第70話 Epi 真島志穂
——京都、某アパート。
「……うぐっ……うっう、い、痛ぃぃぃ……!」
京都府警・霊障対策課に所属する、真島志穂は布団の上で転がるように片手を伸ばし、なんとかスマホを手に取った。
ディスプレイに映る時間は14時23分。
(……ヤ、ヤバイ…マジで動けない……)
三日前に、無理をしたツケがもろに回ってきていた。
いや、ツケというよりもはや“借金の取立て”だ。
異能の反動で、志穂の身体は筋肉痛どころか全身の関節が石になったみたいに動かない。
「うぅぅ……や、やっぱり、使うのやめとけばよかった……トイレに行くのすら地獄なんて……!」
泣き言を言いながら、床を這うようにして部屋のドアに手を伸ばす。しかし、力が入らず、たどり着くまでに10分もかかった。
「……もう絶対に異能は使いませんから……許してぇ……」
ぼそりと愚痴をこぼしながら、なんとかトイレへ。用を足すだけで汗だくになるという有様だった。
(……こ、これ、班長が買ってきたおにぎりも食べれないんじゃ……?)
ヨロヨロと部屋に戻り、台所のテーブルに置かれたコンビニ袋を見つめる。
そこには班長——大村が気を利かせて買ってきた食事が入っていた。
「本当、班長って、変に気を回すとこあるんだよなぁ……」
ぐったりとソファに座り込み、机の上のリモコンを手探りで見つける。
ボタンを押すと、テレビがパチリと点いた。
——『京都・鞍馬山一帯で発生した未曾有の霊障事件について、政府は『京都鞍馬山霊障事件』と事件名を定めました……』
画面には、焼け野原になった錦市場や、倒壊した家屋、ひっくり返った車両等が映し出されていた。
『政府は、鬼の発生に続いて起こった異常気象を“突発的な雷嵐”と発表しましたが、専門家の間では“自然現象では説明がつかない”との意見もあります』
『被害総額は現時点でおよそ——千億円規模になる見込みで……』
「はぁ……本当、大変なことになっちゃったな……」
もちろん、志穂達にはあの雷が“ただの気象現象”じゃないことは分かっている。
(結局、正式には公表されないのかな……)
一般人には「ただの自然災害」としか認識されない。
『また、目撃証言の中には“龍の形をした雷”を見たという報告が……』
あんな派手なもん、誰かが動画に絶対撮ってるに決まっている。案の定、画面にはSNSの投稿が映し出された。
『雷の形がまるで龍みたいに……』
『これ、CGじゃないの?』
『雷神様が降臨したんやないか?』
「……間近で見たけど…あれは本当凄かったなぁ……」
そこへ、スマホの通知音が鳴る。
画面を見ると、大村からのメッセージだった。
【飯はちゃんと食いよったか?】
「……はいはい、ちゃんと食いますよ……」
苦笑しながらコンビニ袋を手に取り、おにぎりの包装を剥がす。
ひとくち頬張りながら、テレビのチャンネルを変える。
——ちょうど、先日、陰陽師協会が開いた記者会見の映像が流れていた。
スーツ姿の長官が神妙な顔つきでマイクの前にいた。
『今回の霊障は封印されていた妖によるものである可能性が高い』
『現在、“異能管理庁”とも情報共有を進めている』
いかにも“後出し感”のある説明をしていた。
画面が変わり、スタジオで険しい表情をしたコメンテーターや司会者が、やや批判的な口調で論じていた。
『それにしても……これほどの災害級の霊障を、事前に把握できなかったんでしょうか?』
『本当に“突発的”なものだったんですか? 封印されていたなら、過去に何らかの兆候があったはずですよね?』
すると、別のコメンテーターが眉をひそめて言う。
『それに、なぜ陰陽師協会は単独で動いたのか……? “異能管理庁”と協力するべきだったのでは?』
『結果的に、陰陽師協会は後手に回り、被害を最小限に抑えられなかった……』
「ま、そりゃ言われるわな……」
志穂は適当に相槌を打ちながら、おにぎりの包装を剥がす。
テレビ画面では、東寺の被害状況が映し出されていた。
鬼の発生源に一人で留まり、鬼を食い止めたとされる、特級陰陽師——賀茂千紘。
彼女だけが、“英雄”として称えられていた。
『当日、京都市内には特級陰陽師が3人いたと確認取れています。賀茂千紘氏以外の陰陽師達は何をしていたんでしょう……?』
『賀茂千紘氏の奮闘がなければ、鬼達が広範囲に広がり、もっと被害が拡大していた可能性が高いと見られています。』
「……は?」
「……英雄って……マジで?」
志穂が見た、橘家にいた賀茂千紘は、スマホをいじりながら、班長の顔をチラ見して。
『……何その顔…? ウケる……』
(めちゃくちゃ、やる気なさそうだったんだけど……)
「確かに戦闘したんだろうけど……“奮闘”とかするタイプじゃないでしょ… 」
(……本当、どういう世界線の話なんだろうなぁ……)
志穂は苦笑しながら、おにぎりの残りを一気に口に放り込む。
その直後——ピンポーン。
志穂はソファの上でダラけたまま、虚ろな目で玄関の方を見た。
(……誰? 今、動ける状態じゃないんだけど……)
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン——。
「いっ……つぁぁぁぁぁ!!! や、やめろぉぉぉ!!! 今開けるから待てぇぇぇ!!」
叫びながらも、のたうち回ること十数秒。ようやく、壁を伝いながら玄関へたどり着く。
よろよろとドアノブを回し、少しだけ扉を開けると——
「志穂さん!!」
そこには、満面の笑顔で立っている龍二の姿があった。
両手にはなぜか大きなバッグ。
「……あんた、なんでここに……?」
「班長から聞きましたよ! 志穂さん、動けなくなってるって!」
「いや、それは確かだけど……」
「だから!! 僕が助けに来ました!!」
———ドンッ!!
そう言って、勢いよくバッグを差し出す。
「な、何それ……?」
「フフフ……これはですね……!」
龍二は、妙に得意げな顔でバッグを開けると、そこからゴツゴツした金属のフレームが覗いた。
「じゃーん!! 『バイオニックモーションサポートスーツ“試作型”』です!!」
「……は?」
志穂は一瞬、思考が止まった。
「異能使用後の身体機能低下を補助するために、僕が開発しました! これを装着すれば、筋肉痛でも動けるようになります!!」
「……いや、絶対ヤバいやつでしょ……それ……」
「大丈夫です! ほら、僕が今から装着して見せますから!」
そう言うが早いか、龍二は素早くスーツを肩にかけ、腰のベルトを締めた。
背中には妙にメカメカしい動力ユニットがあり、そこから複数のケーブルが伸びている。
「よし……装着完了! これで僕の身体能力が向上する!!」
カチャッ。
龍二は腕のスイッチを押した。
——ウィィィィン……!!
スーツが低く唸りを上げ、金属フレームが龍二の手足に沿って稼働し始める。
「うおおお!! すごい、めっちゃ軽い!!」
スーツの補助で、龍二はスッと姿勢を正した。
「ほら! これなら志穂さんもすぐ動けるようになりますよ!!」
「……ホンマかいな……?」
「ええ、じゃあ次は……ダッシュモードを試しますね!!」
カチッ。
龍二がスーツの「加速モード」のスイッチを押した、その瞬間——
——ブオオオオォォォン!!!!!
「ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
龍二の体が唐突に海老反りになる。
「ま、待って!!違う違う!!止まれ!!止まれぇぇぇぇぇ!!」
——ブオオオオォォォン!!!!!
補助フレームが暴走し、龍二の体がぐねぐねと意味不明なポーズをとりながら暴れ回る。
「ちょ、待て!? 何やってんの!!」
「止まんない! 止まんないいいぃぃ!!!」
———ズガァァン!!!
龍二はそのままリビングの壁にめり込んだ。
「ぎゃああああ!! 助けて!! 首が!! 背中が!!」
「……あんた……何してんのよ!!」
「ちょ、ちょっと待って……今スイッチを……」
カチカチカチカチッ!!
龍二は必死でスーツの操作を試みるが、完全に制御不能。
「や、やばい、止まらないっ……!!」
ガタガタと震えながら、妙な角度で前転し始めた。
「いやああああぁぁぁ!!志穂さん、助けてぇぇぇぇ!!!」
志穂は目を見開いたまま、声も出せずに絶句する。
——ゴロン、ゴロン、ゴロン……。
しばらく回転し続けた後、スーツはようやく停止。
龍二はぐったりしながら起き上がり、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「……まったく問題ないです」
しーん……
「んなもん使えるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
志穂の怒声が部屋中に響き渡る。
荒れ果てた部屋の中、小さなため息が静かに漏れた——。
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