くちなしのはな【2:2】40分

かさねちえ

くちなしのはな

高崎 明里(たかさき あかり)32歳

結婚を控えたカウンセラー

同院の木本と婚約している

「幸せを高望む」


木本 譲(きもと ゆずる)34歳

木本医院の院長の息子

明里と婚約している

「幸せを消費する」


花江 周子(はなえ ちかこ)32歳

売れない地下アイドル

青空を盲信している

「幸せを夢見た」


大井 青空(おおい そら)20代前半

宗教法人「赤猫の夜明け」代表の息子

周子に木本医院を紹介した

「幸せをうそぶく」


男2人、女2人


文字、45分程度


#台本師の戯れVol1

「ハッピーエンドは犠牲の上に」 参加作品


2025.3.8 投稿


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「くちなしのはな」

作:かさねちえ(@chie_kasane)

高崎 明里♀:

木本 譲♂:

花江 周子♀:

大井 青空♂:

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青空M「ぼくたちは、間違いなく幸せな民族だ。

 戦争や紛争のニュースを見ては、そう実感する人間も多いだろう。

 自分より不幸な人間は、世界中にたくさんいる。

 「そう思いたい」のではなく、それが事実なのだ。

 けれど人間は強欲だから。

 より多くの幸せを求めてしまうし、

 自分が不幸である要因を、誰かに消して欲しいと願っている」




〇木本医院・カウンセラー室


明里「次の方、どうぞ」


周子「失礼します…」


明里「花江はなえ周子ちかこさん…?」


周子「はい」


明里「…」


周子「あの…?」


明里「、すみません。花江はなえさんは当院にかかるのは初めてですよね」


周子「はい」


明里「以前もどこかのカウンセリングに?」


周子「いえあの、こういったことは、初めてで」


明里「そうですか。

 (微笑んで)初めから全てを話す必要はないですし、すぐに私を信用しろとも言いません。

 花江はなえさんがリラックスして、そうですね、例えば友達に相談する、くらいの感じでいいんです。

 ゆっくりお話していきましょう」


周子「…はぁ」




〇木本医院・外

   青空、周子を待っている。

   周子、青空のもとへ合流する。


青空「カウンセリング、どうだった?」


周子「全然。もう行きたくない」


青空「あらら。何か言われた?」


周子「っていうか。普通の家庭に生まれて、何不自由なく育って、幸せに生きてきたような人だったから。そんな人に話すことない」


青空「…そっか」

   青空、歩き出す。

   周子、青空の隣を歩く。


周子「ねぇ、青空そらさんの紹介だから行ったんだよ?

 私は青空そらさんが居ればそれでいいの。

 私のこと理解して側に居てくれる、青空そらさんだけ居ればそれでいい」


青空「んー、ぼくもずっと一緒に居られるわけじゃないからさ」


周子「…」

   周子、立ち止まる。


青空「周子ちかこ?」

   青空、周子が立ち止まっていることに気付いて立ち止まり、振り返る。


周子「…分かってる。忙しいのも。

 青空そらさんを必要としてる人間がたくさん居るってのも、理解してる。

 だから今だけは、側にいて」


青空「うん。周子ちかこの側にいるよ。大丈夫」


周子「…青空そらさん」


青空「なに?」


周子「…抱きしめて」


青空「ふ。ほら、おいで?」


周子「…ん」

   周子、青空のところまで行って体を預ける。


青空「今日は甘えんぼだね」


周子「…ごめんなさい」


青空「怒ってるわけじゃないよ?

 周子ちかこはいつも我慢しちゃうから」


周子「うん。でもね、青空そらさんには甘えたいの」


青空「うん」


周子「すき。青空そらさん、大好き。大好きなの」


青空「知ってる」


青空「…あー、ごめん周子ちかこ

 この後、人に会うんだ。だから今日はここまで」


周子「えーーー」


青空「ごめん」


周子「…分かった。 ね、また連絡していい? 今日の夜、とか」


青空「返せるかわからないよ?」

   青空、周子を離す。歩き出す準備。


周子「それでも。送りたいの。だめ?」


青空「ダメじゃないよ。じゃあね」

   青空、立ち去る。


周子「うん! またね!」

   周子、青空の背中を見送る。


周子「…はぁ(溜息)」

   周子、笑顔から表情が抜け落ちる。


周子M「本当は、行って欲しくない。もっと一緒に居て欲しい。

 でも。わがままを言って困らせたくないから。嫌われたくないから。

 いい子になんてなりたくないけど、他の方法なんて、知らないから」




〇木本医院近くの喫茶店・喫煙スペース

   譲、タバコを吸っている。

   青空、喫煙スペースに入ってくる。


青空「こんにちは」


譲「あ、どうも。こんにちは」


青空「休憩、ですか?」

   青空、タバコを取り出しながら。


譲「えぇ、やっと取れて。遅めのランチに。

 タバコ、吸われるんですね」


青空「ええ、最近始めたんです」


譲「…へぇ、意外です」


青空「?」


譲「だって大井さんはその、教祖、と言われる存在でしょう?」


青空「(煙を吐く)そうですね。でもウチの宗教はタバコを禁止とはしていないので。

 まぁ、父は嫌な顔をしますけど。

 ゆずるさんと二人で話すのは、これが初めてですよね。

 あと、青空そらって呼んでください。ゆずるさんが良ければ。

 紛らわしいでしょう? ぼくも父も「大井さん」だと」


譲「ありがとうございます。じゃあ…

 青空そらさんのお父様には、父がいつもお世話になってます」


青空「いいえ。父は昔の話が好きでして。

 それで、木本さんとの話もよくするんですよ」


譲「へぇ。仲がいいんですね」


青空「ぼくと父が、ですか?」


譲「ええ。うちは父と事務的な会話しかしないので。仲がいいんだなぁと思って」


青空「…どうなんでしょうね」


譲「…?」


青空「そういえば、ご結婚なさるんですってね。

 おめでとうございます」


譲「耳が早いですね。ありがとうございます」


青空「父が、あなたのことよく話に出すんです。

 若くて腕もいい、期待の次期院長だって」


譲「いやぁ、若くはないですよ。もう35になりますから」


青空「立派ですよ、ゆずるさんは」


譲「恐縮です」


青空「お父様も安心なんじゃないですか?」


譲「さぁ、どうなんでしょう。

 でも早く結婚しろとは言われてましたから。

 孫の顔を見れるのが嬉しいみたいで」


青空「孫」


譲「あー、お恥ずかしい話ですが、妊娠してるんです。妻が」


青空「それはそれは。重ねておめでとうございます」


譲「人の親になる、なんて。想像がつきませんよ」


青空「そうですよね。

 男は自分で変化しないといけないから」


譲「タバコすら自由に吸えなくなるんですかねぇ。

 これ、唯一の息抜きなんですけれどね」


青空「ふ。…あ、もうこんな時間か。行かないと」


譲「お忙しいんですね」


青空「ゆずるさんほどではないですよ。

 それじゃ、またお話してください」


譲「えぇ、ぜひ。また」




〇明里と譲が住むマンション・玄関

   譲、玄関を開けて部屋に入る。


譲「ただいま」


明里「おかえり」


譲「つっかれたー」

   譲、靴を脱いで部屋に入る。


明里「…ちょっとぉ、タバコ臭いんですけどぉ?」

   明里、玄関に出迎える。


譲「えぇ? ごめんって」


明里「もー。消臭剤かけといてよ?」

   明里、譲のカバンを受け取ってリビングへ向かう。


譲「はいはい」

   譲、ネクタイを緩めながら明里に続く。


明里「あ、ねぇ、明日のさぁ」

   明里、譲の方に振り向く。


譲「あーごめん。時間取れそうにない」


明里「今週も? ねぇ、自分の結婚式でしょ!」


譲「仕方ないじゃん、仕事なんだから」


明里「院長にお願いしてよ」


譲「勘弁してよ」


明里「…このまま上手くやっていけるのか不安」


譲「そんなこと言うなよ。ほら、こっち来て」


明里「…ん」


譲「俺は、お前を愛してる。もちろんお腹の子供も。

 親父は今大変っていうか、ほら金策でさ」


明里「あの宗教のやつ? そんなところに頼って大丈夫なの?」


譲「宗教としてじゃなくて親父の友人として金、出してくれてるんだよ。

 代表の人がさ、古い友人なんだと」


明里「信じられない、宗教なんて」


譲「大丈夫だから。そうカリカリするなよ」


明里「誰のせいでカリカリしてると思ってるの?」


譲「え? うそ、俺のせい?」


明里「(溜息)、もういい」


譲「ね、メシは? 腹減っちゃって」


明里「冷蔵庫にあるもの適当に食べて」


譲「えー、用意してないの?」


明里「病院から帰ってきてから気持ち悪くて」


譲「つわり?」


明里「なのかなぁ」


譲「検診でなんか言われてないの?」


明里「特には…まぁ、問題ないと思うけど」


譲「なんかあったらすぐ言えよ? あ、母さんも気にしてるみたいだし、一緒に着いてきてもらえば?」


明里「えぇ? 大袈裟だよ」


譲「昼間暇してるみたいだしさ。たまに連れ出してやってくれよ。

 最近連絡多くてさ、話し相手が欲しいんだろうけど、ほら俺も忙しいし」


明里「んー…」


譲「…なに?」


明里「…別に。…先に休むね」


譲「おう」


明里M「ゆずるは元々、結婚に乗り気じゃなかった。

 子供ができたから仕方なく、って感じ。

 産む前からこんな調子で、やっていけるのだろうか、私たちは。

 「次期院長の医者と結婚」なんて、

 周りから羨望のまなざしを向けられる、完璧な結婚のはずなのに。

 私の心は全然晴れなかった」




〇街の中(夕)

   周子と青空、並んで歩いている。


周子「…青空そらさん、タバコの匂いする」


青空「うん?」


周子「タバコ、吸ってなかったよね? どっかタバコ臭いところ行った?」


青空「ううん。最近ね、吸うようになったんだ」


周子「えー! タバコなんて良くないよ、いいことなんて一個もないんだから!」


青空「一個も?」


周子「うん。それに青空そらさんのイメージじゃない」


青空「イメージじゃないって…(苦笑い) 周子ちかこにはぼくがどう見えてるの?」


周子「んーーー。優しくて、強くて、 …私を守ってくれる、王子様みたいな…」


青空「ふ。王子様、かぁ」


周子「そう! だから、青空そらさんからタバコの匂いするのヤダ」


青空「そっかー」


周子「…でも、好きだから」

   周子、青空の袖口を掴む。


青空「…」


周子「ごめん。嫌いにならないで…ごめんなさい」


青空「…別に、嫌いにならないよ」


周子「…ほんと?」


青空「…」


青空「周子ちかこ、この後さ」


周子「…ごめん、この後は…」

   周子、掴んでいた青空の袖口を離して立ち止まる。


青空「うん。あの男に会うんでしょ?」

   青空、周子の向かいに立つ。


周子「うん…」


青空「ホテルまで送っていくよ」


周子「ううん…大丈夫。

 青空そらさんとは、ここまでで」


青空「そう?」


周子「…うん。これから他の男に抱かれに行くのに、そんなところ、青空そらさんに見られたくないから…」


青空「そ、か」


周子「うん…じゃあ、行ってきます…」


青空「…うん。またね、周子ちかこ


   周子、ホテルの方角に歩いていく。


青空N「ポケットからスマートフォンを取り出し、遠くなる周子ちかこの背中を撮る」


青空「抱かれたくもない男に抱かれに行くなんて、かわいそうな周子ちかこ

 でもさぁ、その男の奥さんは、何も知らないんでしょう?

 それって、もっと可哀想じゃない?」




〇ホテルの一室(それなりのホテル)・ベッド(夜)

   譲、煙草に火をつける。


譲「お前さ、ウチの病院にいただろ」


周子「…見てたの?」


譲「たまたま見えたんだよ。それで? 何しに?」


周子「病院なんだから、何しに、なんて聞かなくても分かるでしょ」


譲「ふぅん?」


周子「結婚、するんだってね」


譲「どこでそれを?」


周子「次期院長なんて年寄りは好きでしょ、そんな話」


譲「(煙を吐く)それで? お前とのこと、誰かに言いふらしたいわけ?

 いい歳した売れない地下アイドルなんかの言葉、誰も聞かないよ?

 それにさ、そんなことして傷付くのはお前の方だよ」


周子「別に。あなたも大変ね」


譲「…あ?」


周子「このこと、奥さんは知らないんでしょ?」


譲「…」


周子「言わないわよ。言ったところで私に得もないし」


譲「(笑って)そうそう。

 お前はそうやってこれからも俺にいいように使われてればいいの」


周子「奥さんにもそうなの?」


譲「まさか。いい女だよ。顔もそこそこ、稼ぎもある。

 まぁ、セックスは普通、かな。

 最近タバコ辞めろってうるせーんだよ」


周子「あんたの言う「いい女」ってそんなもんなのね」


譲「なんだよ、嫉妬か? かわいいじゃん」


周子「バカじゃないの」


譲「お前は顔はいいからな」


周子「…」


譲「売れない地下アイドルも大変だよなぁ。

 お前に最初に会った「撮影会」、今もたまにあの時の動画見てるよ」


周子「…最低」


譲「(鼻で笑う)地下アイドルのファンなんてやってるキモイ男より全然いいだろ?

 医者で、次期院長で、顔もいい。

 お前を満足させてやれるのは、俺だけだよ?

 な、「結愛ゆあ」ちゃん?」


周子「その名前で呼ばないで」


譲「(笑って)愛を結んで結愛ゆあだなんて、笑っちゃうよなぁ。

 今まで一度だって、お前に向けられた愛があったか?

 愛がお前に何をしてくれた?」

   譲、周子の顔に顔を近付ける。


周子「やめてよ!」


譲「っ、はっはっは…!

 (息を吸う)お前のその顔、好きだよ俺は。もっと歪ませたくなる」


周子M「男はそう言って私に跨がる。

 この男に逆らえない理由も、今となってはよく分からない。

 好きに体を使われて、そんな写真を握られたところで、

 私はまだ何か、守りたいものがあっただろうか?」




〇明里と譲が住むマンション・リビング

   明里、ダイニングテーブルでウェディング資料を見ている。


譲「ん。飲み物、ここ置くな」

   譲、キッチンから二人分のカップを持ってきて明里の向かいに座る。


明里「ん、ありがとう」


譲「それ、結婚式のやつ?」


明里「そう。もー決めること多くて本当大変!」


譲「迷ったら一番いいやつ頼んどけばいいから。な?」


明里「…えぇ?」


譲「ほら、親父の友達のさ、宗教法人やってる人。

 その人も結婚式にさ、祝儀出してくれるんだって。結構たくさん」


明里「私たちの結婚式に? なんで?」


譲「なんで、って… そりゃ儲かってるんじゃねぇの?」


明里「だって私、その人に一度も会ったことないのよ?」


譲「式に来るよ。その時あいさつすりゃいいだろ?」


明里「んー…」


譲「親父の顔を立ててやってくれよ。な?」


明里「…」


譲「…で? それ、ブーケ?」

   譲、資料に目をやる。


明里「あ、うん。ブーケと式場の飾りの花をね、くちなしの花にしようと思って」


譲「ふぅん」


明里「ふぅん、って」


譲「だって俺、花詳しくねぇもん」


明里「それは知ってるけどさぁ。まぁ普通そうか…」

   明里、スマホでくちなしの花を画像検索する。


明里「これ。この花」

   明里、譲にスマホの画面を見せる。


譲「…ふぅん? なに、好きなの? この花」


明里「うん。すっごくいい香りなの。花屋さんではあんまり見かけないけど」


譲「いいじゃん。白くてキレイだし、きっと似合うよ」


明里「…えぇ?」


譲「なに、えぇ、って。えっ、照れてんの?」


明里「…別に? なんかめずらしいなぁって」


譲「そう?」


明里「なんかいいことでもあった?」


譲「えぇ? いやいや、自分の嫁褒めることくらいあるだろ普通に」


明里「普段全然そんなこと言わないくせに」


譲「そうだっけ?」


明里「そうよ」


譲「そんな怒んなよ」


明里「怒ってないです」


譲「カリカリすんなって」


明里「…もう」


譲「じゃあ俺寝るわ。明日早いし」

   譲、自分のカップを持ってキッチンへ行き、そのまま寝室へ行く。


明里「わかった。おやすみ」


明里「はぁ~。 あと何を決めなきゃいけなんだっけ…」

   明里、資料をパラパラしている。


青空N「その時、メールの通知音が部屋に響く。」


明里「ん、メール? なんだろ、珍し」

   明里、スマホを確認する。


明里「知らないアドレス…? はー、誰よ、って…

 この写真に映ってるの、ゆずる?」




〇木本医院・カウンセラー室


明里「こんにちは、花江はなえさん。お変わりないですか?」


周子「はい」


明里「最近、何か困ることはありませんでしたか?」


周子「いえ、特には」


周子N「狭い部屋にキーボードの打鍵音だけんおんが響く。

 形式的な質問と何気ない会話の後に一息つくと、女は私の目を見つめ口を開く」


明里「最後に花江はなえさん。これはカウンセラーとしてではないんだけど…」


周子「…はい」


明里「この傷、覚えてる?(腕を捲る)」


周子「…それ…」


明里「…」


周子「…明里あかり、ちゃん?」


明里「…うん。チカちゃん」


周子「うそ。ごめんなさい、私、全然気づかなかった…」


明里「ううん。私も確信が持てなくて。

 地元を離れて都内にいる友人、他にいないから」


周子「そう…」


明里「…家には帰ってるの?」


周子「ううん。もう帰らない。家も、過去も、全部捨ててきたから」


明里「そう…」


周子「………その指輪…結婚してるの?」


明里「あぁ、二ヶ月後にね、式を挙げるの」


周子「…そう。おめでとう」


明里「ありがとう。(袖を直しながら)ごめんね急に。

 …そうだ、結婚式、良かったらチカちゃんも来て!」


周子「でも…急に一人増えるの大変なんじゃないの?」


明里「ううん!式も結構急だったっていうかさ!

 ほら、妊娠しちゃって。(お腹をさすりながら)

 だから参加者が一人増えるくらい、どうってことないの。

 私、チカちゃんにも来てほしい。…だって友達じゃない」


周子「…考えておく」


明里「うん。あ、チカちゃん、お付き合いしてる方とかいないの?

 もしいたら、その方と一緒に来てもらってもいいし! ね?」


周子「(曖昧に笑う)」


明里「次来る時までに招待状、用意しておくから。

 これからも待ってる。カウンセラーとしても、友達としても」


周子「…ありがとう…それじゃあ、今日はこれで…」


明里「うん。またね、チカちゃん」




〇木本医院近くの道路

   周子、早歩き。

   青空、周子の進行方向に立っている。


周子「(呟くように)なんで今更…」


青空「周子ちかこ?」


周子「…青空そらさん…どうしよう私!」

   周子、青空に気付いて駆け寄る。


青空「何かあったの?」


周子「あの子知ってるもの、私が、私が殺したの」


青空「周子ちかこ!」

   青空、周子の肩を掴む。


周子「…ぁ…」


青空「落ち着いて」


周子「…ごめんなさい、私!」


青空「いいよ、大丈夫だから。ね?」


周子「…私、私ね、」


青空「うん」


周子「(呼吸を整える)…カウンセラーが、」


青空「うん」


周子「同級生だったの、小学校の」


青空「え?」


周子「前に話したでしょ? 私の、親と、祖母のこと」


青空「うん」


周子「小学校の頃、私、あの子に怪我をさせて、それを祖母が庇って謝って」


周子「あの子の親は、あの子をすごく可愛がってたから。

 傷が残ったらどうするんだってすごい怒って」


周子「私、怖くて…あの子の親が怖いんじゃない、親に知られたら、今度こそ、私、死んじゃうんじゃないかって」


周子「だから、祖母が謝ったの。

 私の責任ですって。だからこの子は悪くないんです、って」


周子「私、ホッとしたの。酷い子供だって分かってる、でもこれで、親に知られないで済むって」


周子「でもダメだった、私と…祖母も私と、一緒に殴られて」


青空「周子ちかこは悪くない」


周子「おばあちゃん、まだ息があったのに…お父さんが、階段の上に、運んで…」


周子「それで…突き落としたの…」

   周子、青空の目を見る。


周子「…私のせいで、死んじゃった」


周子「おばあちゃん、私のせいで、死んじゃったの…!」


周子「うっ…」


青空「きみは悪くない」

   青空、周子を抱きしめる。

   周子、静かに泣く。


青空「周子ちかこは、悪くないよ。悪いのは…そう。

 周子ちかこをこんなに不安にさせる奴が悪いんだ」


周子「私を不安にさせる奴が、悪い…?」


青空「そう。だってそうでしょう?

 ぼくはきみの親も家も燃やしてあげた。そしたら不安がなくなったでしょう?」

   青空、周子の瞳を見ながら。


周子「…うん」


青空「だから、不安は取り除いてあげなきゃ」


周子「取り除く…」


青空「そう、取り除く。周子ちかこはその方法、知ってるでしょう?」


周子「……私…私が、取り除かなきゃ…」




〇明里と譲が住むマンション・玄関

   明里、玄関を開けて部屋に入る。部屋の中は暗い。


明里「…ふーーー」


譲「おかえり」

   譲、奥の部屋から出てくる。


明里「わっ! …いたの? びっくりさせないでよ、なんで電気つけてないの?」


譲「寝てたんだよ。今日遅かったな」


明里「んー…」


譲「仕事?」


明里「そう。…最近来てる患者さんがね、小学校の同級生だったの」


譲「え? お前の田舎って、九州だよな?」


明里「うん」


譲「そんな偶然、あるんだなぁ」


明里「…なんかさ、色々、思い出しちゃって」


譲「いろいろ、って?」


明里「…うん(あまり聞こえてない)」


譲「明里あかり?」


明里「…うん。(ハッとして)あ、ごめん、大丈夫だから」


譲「…」


明里「あ、今週末は」


譲「あーごめん、週末は」


明里「あ、違くて。わかってるから」


譲「…うん」


明里「でも、なるべく早く帰ってきてね?

 かわいい女の子に囲まれてデレデレしないでよ? あなた、面食いなんだから」


譲「そんなことないよ」


明里「あるの、そんなこと。

 前もさ、なんだっけ? 熱心にしてたじゃない? あの地下アイドルの…」


譲「(被せて)もうやめたよ。今は明里あかりだけ」


明里「(溜息)…どうだか」


譲「信じて。お前だけだから」


明里M「もう。と言って、男の腕に収まる。

 結婚式までもうすぐ。

 大丈夫。全部、全部、上手くいく。

 ちょっとしたことが胸に引っかかるのは、きっとナーバスになっているだけ。

 そう自分に、言い聞かせる」




〇木本医院近くの喫茶店・喫煙スペース

   譲、タバコを吸っている。

   青空、喫煙スペースに入ってくる。


青空「こんにちは、ゆずるさん」


譲「あっ、青空そらさん。こんにちは」


青空「最近、よく会いますね」


譲「そう、ですね」


青空「あ、そうだ。結婚式。

 父が行けなくなってしまって。なので代わりにぼくが出席させて頂きますね」


譲「あ、そうなんですか」


青空「とても残念がっていました。…まるで自分の息子の結婚式のように」


譲「いやぁ、はは…」


青空「それで、父からこれを預かってるんです」

   青空、カバンから厚みのあるご祝儀袋を出して譲に差し出す。


譲「え………これ…」


青空「直接渡せなくて申し訳ない、って謝っておいてくれと。父が」


譲「え、でも、青空そらさん、出席されるんですよね? 式に」


青空「ええ。それとは別に、です。

 あ、もちろん、当日もご祝儀は持っていきますよ?」


譲「…でも」


青空「これから何かと入用いりようでしょう?

 結婚式に持っていくご祝儀とは別に」


青空「…そう、これはゆずるさんが使ってくださって構わないんです。奥さんには秘密で」

   青空、譲に半歩近づき耳元で囁く。


譲「…(生唾を飲む)」


青空「…ね?」

   青空、元の位置に戻る。


譲「あ…はは。じゃあ…ありがたく頂戴します」

   譲、ご祝儀袋を受け取る。


青空「(にっこりと微笑む)。ぼくも、ゆずるさんのこれからに、期待しているんです。

 (小声で)きっとあなたが、ぼくを自由にしてくれる」


譲「…え?」


青空「結婚式。楽しみにしていますね」




〇結婚式場・花嫁控室


青空N「そして、結婚式当日。花嫁控室の扉の前に、周子ちかこの姿があった」


   周子、花嫁控室の扉を三度ノックする。


明里「はい。どうぞ」


   周子、控室の扉を開け中に入り、後ろ手に扉を閉める。

   明里、鏡越しに声を掛ける。


明里「チカちゃん。来てくれると思ってた」


周子「…本日はお招き頂き、ありがとう。…とても、キレイだわ」


明里「ありがとう」


周子「この香り…」


明里「いい香りでしょう? くちなしの花。私の、一番好きな花。

 ねぇ。くちなしの花言葉、知ってる?」


周子「…いいえ」


明里「喜びを運ぶ。…ふふ、本当に、その通りになった」


周子「…」


明里「間違いなく私は今日この瞬間、世界で一番幸せな人間なんだわ」


周子「それは…結婚式を迎える花嫁だもの。

 花言葉に頼らずとも、幸せなんじゃないの?」


明里「…そうね」




〇結婚式場・ロビー


青空「ゆずるさん」

   青空、譲に近寄りながら声を掛ける。


譲「青空そらさん」

   譲、青空に声を掛けられて振り向く。


青空「本日はお招きいただき、ありがとうございます。

 ご結婚、おめでとうございます」


譲「ありがとうございます」


青空「新婦は控室、ですか?」


譲「ええ」


青空「ドレス姿の奥さまは、とてもおキレイなんでしょうねぇ」


譲「前撮りした時にも見ましたけど、まぁ、キレイでした。

 なんて、惚気ですかね」


青空「いいじゃないですか、惚気。奥さんにも伝えました?」


譲「いやぁ、直接はちょっと」


青空「ふふ。きっと喜びますよ。

 それに、人が幸せそうにしてる顔がぼく、好きなんです」




〇結婚式場・花嫁控室


明里「でもね。私が運んできて欲しい喜びは、もう「結婚」じゃないから」


周子「…そう」

   周子、バッグから刃物を出し、明里に近づく。

   明里、席を立って振り向く。


周子「ごめんね、ッ!」

   周子、明里の腹部に刃物を突き刺す。 

   明里、周子をふんわり抱きしめる。


青空N「周子ちかこが小さく謝罪の言葉を口にすると、明里あかりの腹にナイフが刺さる」


明里「ウッ…ゲホッ、ゲホッ…」


青空N「明里あかりがゆっくりと膝から崩れ、周子ちかこも共にしゃがみ込む」


周子「はぁ…はぁ…はぁ…(荒い息遣い)」(同時でよい)


明里「はぁ…はぁ…はぁ…(弱弱しい息遣い)」(同時でよい)


周子「(呟くように)…今更なんで…私の前に現れたの…

 私のせいじゃない…私は…被害者なのよ…!

 過去は捨てたの…親も家も、燃やしてもらったのに…」


明里「…私だって…知りたく…なかった、わ…」


周子「私を傷つける人間は…許さない…」


明里「…よりにもよって…ゆずるのお気に入りが…チカちゃん、なんて…」


周子「…………………は?」


青空N「その瞬間、気付いたのだ。

 目の前の女が言っていることに。

 それまで、ただの雑音としか認識できなかった言葉が、その意味が、

 自身と食い違っていることに」


青空N「そうしてさらに、気付く。

 花嫁が座っていた椅子の前。

 机の上に置かれた、大量の写真や書類の存在に」


周子「なに、これ…」


青空N「そこに、周子ちかこの映る写真もあった。

 通帳のコピーやメールのコピーも」


明里「…ふ。どこで選択を、間違えたんだろう…」


青空N「女が呟く。誰に届くでもない言葉を」


   譲、花嫁控室の扉を三度ノックし入ってくる。


譲「明里あかり? もう準備で、き… 明里あかり明里あかりッ!?」

   譲、明里を抱き起こすと、周子の存在に気付く。


譲「周子ちかこ? お前…なんでここに…?」


周子「わたっ、わたし… 違う、私、こんなつもりじゃ…」


明里「ふ、ふふふ…」


譲「! 明里あかり!」

   譲、明里に視線を戻す。


明里「何も知らない、バカな女だ、って…そう、思ってたんでしょう?

 ふ。ふふふふふふ…

 完璧な幸せじゃないなら、こんなもの、いらない…

 (息を吸う)…みんなみんな、私と一緒に、堕ち、て…ぇ」


譲「………明里あかり? きゅ、救急車… おいっ誰かっ!!!救急車ァ!!!」




青空N「その後、結婚式は中止された。

 明里あかりは救急車で運ばれ、なんとか一命を取り留めた。

 お腹の子がクッションになったんだ、と医者が言った。

 子供は死産した、らしい」




長めの間




〇人のいない街の道

   青空、鼻歌を歌いながら歩いてくる。

   手には週刊誌。


青空「(週刊誌の表紙を見ながら)なになにぃ?

 木本医院・宗教との黒い関係、

 エリート医師の不祥事…ねぇ。


 んー、こっちの記事はちっちゃいなぁー

 宗教法人「赤猫の夜明け」、

 教祖と見られる代表・大井の息子が失踪。


 ふふっ、ふふふふふふふ!

 みぃんな、みぃんな、堕ちて行ったねぇ~。(週刊誌を捨てる)


 あーーー、自由って、最高~~~」

   青空、街に消えていく。




以下、あとがき


以下、体裁を考えず書き散らかしているのでご了承ください。


#台本師の戯れ 第一回「ハッピーエンドは犠牲の上に」の共通テーマのもと書きあげた台本です。


〇明里について

高崎明里って名前、とてもキラキラしてて、自信があって(プライド高いとは違う)、頭のいい女然とした名前でとても気に入っています。


明里の親は怪我の件、祖母が亡くなった件を受けて明里に「あの子と遊んじゃダメよ」って言われます。

悲しいよね、親にそんなこと言われるの。親の気持ちも今は分かるけど。


物語の中で、どこで何を知って、何を想って言葉を吐いているのか、読み取ってくれると。


〇周子について

周子(ちかこ)って名前もコンプレックスありそうでいいよね。


周子って精神が成長しなかった子。

たくさんコンプレックスがあって、たくさん辛い思いして、自分では幸せを選んでいるはずなのに、結果幸せにはなれない。不満があっても人の顔色を窺って何も言えない。つらい。


周子の「いってきます」は、青空の元に帰ってきたい想いがあります。


〇譲について

譲は自信が超ある人。地位とか技能とか頭の良さとか、そういうものに裏付けされた自信があって、欲が強い男。なのにいざってときに考えが及ばない。あるある。


明里に対して、周子に対して、青空に対して、で態度が変わります。使い分けってやつ。


精一杯のクズを演じて欲しい。

けれど「まぁ、キレイでした」は本心なんだ。かわいい奴。


譲は喫茶店で何食べるんだろ。ホットサンドとか食べててほしいな。ブラックコーヒーと共に。

家で明里に出してくれた飲み物は、明里がノンカフェインの色々を用意している。


〇青空について

宗教法人の親のもと、教祖として育てられて、お金とか不自由なく暮らせているけど「親からの愛」はもらえなかった。籠の中の鳥だった。

とても頭のいい子です。人たらしだし。唯一ハッピーになる人。


〇その他、書き散らかし


物語の中で、特に明里と青空が意図を持って発言してるところがたくさんあるので、そこ注目してほしいです。


「自分が不幸である要因を、誰かに消して欲しいと願っている」って、とても他人に期待してる。

誰かにどうにかして欲しい。自分ではなにもしない。したくない。


明里と譲のシーンは、所謂「いちゃいちゃ」ではないけど、聞いててにこにこする。

なんだかんだ相性はいいよねって。


くちなしのはな、知ってます?めぢゃくちゃいい香りです。昔住んでた家の庭にあった花です。

最初の構想では くちなし→死人にくちなし で明里は死ぬはずでした。

でも、あんなに決死の思いで啖呵切ったのに、生き残ってしまう方が絶望だろうな、と思って死を免れました。えへへ。


最後の明里と周子が考えていることが同じじゃなかったことが分かったとき、が私の中で一番楽しいポイントです。(言い方)


どうか読んでくださった方、演じてくださった方、聞いてくださった方にとって、トラウマになりますように

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くちなしのはな【2:2】40分 かさねちえ @chielilly

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