第20話 買い出し
「本当にいいんですか、通わなくて」
「どうしてあの方もあなたも、私を通わせたがるのよ」
今日はイグニスと買い出しだ。
そんなものは下っ端に任せればいいものの、気分転換になるのでオフの時に足りないものがないか聞いて多少買ってきたりしている。
今回の買い出しはいつもと違う。なぜだか部下に「こちらが足りなくなってきたので侍従長と一緒に買ってきてください」と午後になって追い出された。「ミセル様の許可は得ています」とも言っていた。彼らに私たち二人ともを留守にさせる権限はないので、100%ミセル様の意向だ。それを私が察することまで織り込み済み。
今日は戻らなくていいですよとまで言われている。
「あなたは私たちとは違う。あちら側の人間だ。護衛職からはいったん退いて、通われた方がいいと思いますよ」
「そのまま貴族の仲間入りする流れになるじゃない」
「あなたは貴族ですよ」
どうして、こんなにも線引きされるんだろう。恨みがましい目で見ても、イグニスは無表情のままだ。
「頼まれたのは文房具類だけですよね」
「そうね」
せっかくのデートのようなもので不機嫌になりたくないのに、苛立ちを隠せない。
「さっさと買ってしまいましょう」
「……そのあとはどうするのよ」
「戻ればいいんじゃないですか」
「戻らなくていいって言われてるけど」
「戻るなとも言われてませんよ」
苛々する!
苛々する!
めちゃくちゃ苛々する!
「……まぁ、行きたいところがあるのなら付き合いますけど」
「そうね。付き合ってもらうわ!」
私のことを好きっぽく見えるのに、ここまでその気を見せてくれないと辛すぎる。
……辛いって、私は何を期待していたんだろう。
もらったアクセサリーは服の下に身に着けている。毎日キスだけはたくさんしてもらってる。
これ以上何を?
私はもしかして、普通のデートをしたかったのかな。手とか繋いで楽しいねって笑って一緒にご飯食べて……。
こんな血塗られた道を歩んでたくさんの人を死に追いやって、前世では全てを捨てておいて、学園に通うなんて普通の学生みたいなことも気持ち悪いって思っておきながら、私は普通のデートを……。
「ど、どうしたんですか、ナタリー」
「なんでもないわよ」
つい涙が出てしまったわ。
「わ、分かりました、付き合います。あなたの行きたいところに付き合いますから泣かないでください」
「それはどうも」
可愛げがない。
昔からそうだった。
普通の女の子ならどうしただろう。あなたとデートがしたかったのとか可愛く言って、ここに行きたいのとかあなたの行きつけのお店がいいのとかおねだりしてみたりとか……。
そんな普通の女の子になれないから、私は前世で死を選んだのに。
まずい。ちょっとズビズビになってきた。
「な、なんでそんなに泣くんですか」
「泣いてない」
「泣いていますよ」
でも泣きたくないから、泣いてないってことにするのよ。
「……来てください」
手を引っ張られて狭い路地の奥に連れていかれる。不審者とか出そうだけど。
「もしかして、何か辛いことでもあったんですか」
「……え」
「貴族だってことで、虐められたりはしていないですよね。だから戻りたくないとかでは――」
「それは絶対ないわ。仲間のメイドはみんないい子よ。先輩もやさしくしてくれる」
誰もが簡単に人は殺せるけど。まさか、そんな勘違いをするとは。
びっくりしすぎて涙も止まるわ。
「それなら、誰に……、あ、貴族連中ですか。学園にも行ったことですし、何か言われました? すぐに対処します。教えてください」
「私が泣いた原因は自分かもしれないとか考えないの」
「……私ですか」
違うわね。
イグニスはイグニスらしくしているだけ。いつもと変わらない。それなのに私がこんなに泣いているから、見当違いなことを考えてしまっている。
「違う……かもしれない」
「なんですか、かもって。あ、私に相談したいことがあったんですか。だから、帰りたくないと。あれ、でもそんなの夜に言ってくれればいいのに。あ、いつもと違う雰囲気じゃないと言えないことってありますよね。えっと、どうしようかな……」
いつもよりよくしゃべる。ものすごくあたふたしている。私の涙なんかで焦ってくれているらしい。
「おうおう、こんなところで痴話喧嘩かぁ〜? って、うわ!」
やっぱり狭い路地の奥だし、変な人が来た……。私もイグニスも反射的にナイフをいくつも取り出している。何本表に出てるんだってくらいに刃がギラついている。
「死にたいです?」
「チッ!」
すぐに踵を返して逃げていった。
「……行きましょうか」
「そうね。買い出しが終わったら連れていってほしいところがあるわ」
「分かりました」
私たちに「普通のカップル」は無理なのかもしれない。
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