第19話 幼馴染
「そして演劇部だ」
「やぁ、ナタリーじゃないか。久しぶりだな」
どうして幼馴染の侯爵の息子がいる演劇部に連れてきたのよ……。
ミセル様の婚約者になる前には、親のつながりもあって度々会っていた。長ったらしい金髪に紫の瞳のチャラい貴族。会っていたのは幼い頃だ。母親が愛人に夢中になる前……そういえば、こいつもヒロインの攻略対象者だ。
少しミセル様と話したあとに、また私に向き直った。
「昔から跳ねっ返りだと思っていたが、まさかそちら側にいくとは思わなかったよ。やはり綺麗な蝶は一箇所には留まらないものだな。まさかとびきり美しい花を捨てるとは、さすが君だ」
美しい花……ミセル様のことね。
「捨ててはいないわよ。とびきり美しい花は蜜を吸うより守りたいの」
「他の蝶の手出しは許すのか?」
愛人だという噂は本当なのかと暗に聞いてるわね。そのうえで、正妻を快く迎えるのかと。
「美しい花と美しい蝶を守るのが私の仕事よ。それ以外、何もないわ」
貴族って回りくどいわよね。
「君と話していると、他の誰からも得られない刺激がある。社交の場には出てこないのか」
学園に通う貴族も、たまに夜会に現れる。卒業してから本格的に参加する者が多い。
「メイドとしては出ているわよ」
突っ立って警備している。
「それじゃ、君と話せない。今までも指を咥えて君が立っているのを見るだけでだった」
他の令嬢と話し込んでいたじゃない。一応警備だから目を配ってはいる。
「話せなくていいのよ。私はもうそちら側には行かないわ」
「それは残念だ」
全然残念だと思っていないくせに。口説くのが仕事だと思っているわよね、貴族って。
「今日は見学していくのか? 君がいなくて残念だよ。せっかく学園で会えると思ったのに。これから通うのか?」
「しないし、通わないわ」
そう言ってミセル様を見る。私が見学をしないと言っても彼がしたいと言うのなら、避けられない。
「少し遊びに来ただけだよ。もう戻る」
「そうですか。残念ですが、また機会があれば」
「ああ、またな」
なにしに来たんだろう。
ミセル様の後ろについて歩き続ける。
「ナタリー、やっぱり学園に通う気にはなれない?」
ああ……なんだ。
そのためか。
「私には無縁の場所だと再確認できました。こんなぬるま湯、浸かりたくないです」
誰もが自由を楽しんでいる顔をしている。居心地が悪い。
「僕の婚約者だった時には孤独を楽しんでいたんだろう? 違う楽しみ方を見つけてもいいと思うけど」
「ミセル様から離れたくありません。私のいないところで何かに巻き込まれるかもしれない」
「……学園に通われても、ミセル様には私がついていますよ」
そりゃ、イグニスは強いけど。
「ご主人様と離れたい護衛なんていません」
「そうか。ま、たまには放課後あたりに遊びに来たらどうかな。君だけなら屋根を飛んで簡単にここまで来れるだろう」
「……必要性を感じませんが」
「息抜きだ。君のパスをもらった。気が向いたら来るといい」
カードを渡された。
ものすごくいらない……。
「気が向いたら考えます」
「ああ、気が向いたら」
気が向く時はないと思うけど。
学園にはのんびりとした空気が漂っている。青い空はすごく眩しく感じるし、木々の葉っぱがそよそよと揺れている。学生たちは他愛もない話に花を咲かせて――。
こんな空気に浸かりたいとは思わない。
♠
「で、彼女が君の言うところのヒロインだな」
裏庭の人通りのないところにヒロイン、パルフィが座っていた。
「ナタリー様、本当にすみませんでした……っ」
「ミセル様、こんな人がいないところに貴族の令嬢を一人で待たせてはいけなかったんじゃないですか」
思いっきり待ちぼうけさせていたでしょう。
「人はいるだろう」
「……いますね」
護衛は遠くにいる。
私たちが来る前から、見張らせていたのね。
というか待たせていたならすぐに来ればよかったのに。
「ナタリー様。私、なんでもします。もうどう謝っていいのか……」
なんでもって言葉を安売りしすぎね。
「死ねと言ったら死ぬわけ?」
「えっ……と」
「言葉には責任を持つべきね。あなたは私が死なない世界を願っただけでしょう。謝る必要もないし、私の知らないところで勝手に幸せに暮らしたらいいわ」
……知らないところでは無理か。貴族だものね。耳には入ってくる。
「誰と――」
誰と恋人になるつもりなのとはストレートすぎよね。
「誰となの」
この言葉で通じるでしょう。
「あ、もう全然。あの、まったく」
「あなたにも使命があるはずでしょう」
金持ちの男をゲットして没落した家を救うという使命が。
「……はい」
ま、恋愛を人に強要しては駄目だけど。彼女の願いで私がこうなったという負い目で動けなかったのかもしれない。
この子、いい子っぽいし。
仲よくしたくはないけど。
「したいようにしなさいよ。では、行きましょうか、ミセル様」
「ええー。積もる話があるんじゃないか」
「何もありません」
「たまにナタリーがここに来るかもしれない。その時は頼むよ、パルフィ嬢」
「あ、はい! もちろんです!」
来るつもりないけど。
でも……そうか、ミセル様と仲を深める可能性もあるのか。それなら動向は気にした方がいいのかもしれない。
「ミセル様、彼女は優秀なんです?」
「ああ、首席入学者だ」
そこはゲーム通りか。実際に頭もいいのだろう。ここは貴族だけでなく富裕層も通う。とにかく金がかかる。が、彼女は首席入学により学費免除だ。その頭のよさと器量で、親からは期待をかけられている。
「手を抜かずに精進なさいな。私のご主人様を射止められるならどうぞ」
あれ。私、ゲームと似たようなこと言ってない? 悪役令嬢っぽくない? これ、ゲームの強制力?
今までは言ってないのにな。
確か……「ミセル様と何か話していたわね。私の婚約者を横取りしようとでも思っているのかしら、泥棒子猫さん。射止められるものならやってみなさい」みたいな台詞があったような……。途中でやめたし、何度も死に戻ってるから記憶はあやふやだ。
「え、えっと……」
私とミセル様とイグニスの関係を測りかねているわね。
「ナタリーはイグニスの恋人だ」
「ぬぁ!?」
あ、変な声が出ちゃった!
パルフィもびっくして、目がまん丸じゃない。この前抱き合っていたのは見られたけど、死を回避したことを知って思わず……という雰囲気ではあったわよね。
あーあ。ものすごく泣いたし、恥ずかしいわ。
「でも、僕のものだ。そうだよね」
「はい。我が主」
何がしたいんだ、この人は。
「ではまたね」
なんだか疲れたわ……。
学園のこの空気。
温すぎるお風呂にでも入っている気分だ。
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