【9】「アンデット野郎」

あれから数日が経った。


ミミナミは、ヒーリアが回復するまでは、

ここに留まると言い、小屋での共同生活に加わった。


「虚神教の今後については、私がどうにかする。

 ヒーリア様が、普通の女として生きる為に、あれは邪魔だ」


頭が悪いと、バカにしていたミミナミは、

俺が思うよりも、ずっとさとく、ふところの広い人物だった。


そしてミミナミは、俺に「お前も覚悟を決めろ」なんて言いやがった。


正直なところ、俺はみさおを立てる事に不安を感じていた。


この『不安』というのが、

何を原因としているのか俺にも分からない。


ヒーリアの事は、女性として好きだ。

もう、とっくに好きになっている。


だから彼女に呪いがあるとか、

魔女として忌み嫌われているとか、

そういうのは、あまり気にしていない。


俺にだって、人並みの幸せに理想がある。


それが好きになった相手と迎えられるものなら

申し分ない事のはずなんだ。


元の世界にだって未練はない。


そういう生き方をしてきてしまったから。


なら…なぜ、こんなに『不安』なんだ?



「おい」



……分からない。


この、理由の分からない不安に陥るのは、人生で何度目だ?


……俺は、その度に逃げて誤魔化してきたけど、

今度は、ヒーリアには、真面目に向き合いたい。



「おい…と言っている」



ヒーリアと結ばれる事への不安……

ヒーリアへの不安……いや違う。

そうすると…俺の何かが問題なのか?


それなら……この不安は……



「こらぁ!!無視するな!!!」


「あぃ!んぉおお!!」


脇腹に走る鈍い衝撃に、きたねぇ咆哮が飛び出た。


「やめろよミミナミ!!!

 今もう少しで、人生の成長に踏み出せそうだったんだぞ!!」


「知るものか!

 私の事を無視するからだ!!

 どけ!そこに突っ立ていると

 ヒーリア様のお洋服が干せないだろう!!」


小屋の庭先、木と木にロープを渡した簡単な物干の前で、

ミミナミは、ヒーリアの洋服を両手で持ち上げたまま、

その足を器用に使い、俺の脇を突いてくる。


「まったく…洗濯物も、まともに干せないのか?

 この愚鈍ぐどんめ。……どれ、私の華麗なる物干し術を見るがいい」


そう言って、器用な手付きでロープに洋服をかけたミミナミは、

フンフンと自慢げにしている。


何をそんなに威張ることがあるのか…などと考えながら、

ふと、感慨深く物干しロープを手で撫でる。


「まっとうな使い方されてよかったな」


「ほらどうだ!!このシワのない見事な干し加減をみよ!!

 お前のような、ぶきっちょには、永遠に辿り着けない領域だぞ」


「あ〜はいはい。

 すごいぞミミナミ

 えらいぞミミナミ」


そう言って、ミミナミの後頭部を撫でる。

跳ねっ毛が潰れて、ぴょんぴょんと揺れた。


こいつ…犬っぽいんだよなぁ〜

そうそう、昔、婆ちゃん家で飼っていた、

ゴールデンレトリーバーの「せんべい」に似てる。


お〜せんべい、よしよし。

きちんとウンチ報告できて偉いぞ〜


「……おい。気安く人の頭を触るんじゃない。

 このブ男めが……」


しまった。


ヒーリアとの生活で忘れていたけれど、

普通は、異性にボディタッチなんてしたら

キモがられて嫌われる!


……まぁ、こいつに嫌われても……問題ないか?


「フフン……」


「…ん?」


口では、嫌がる様な事を言ったミミナミだが、

満更でもないのか、撫でられる手を払ったりはしない様だ。


こうやっていると、

こいつに命を狙われていた事が嘘みたいだな。



……そういえば、聞きそびれていた事があった。



「ミミナミは知ってるのか?

 ヒーリアがあんなにボロボロになった理由」


それは当初から聞きそびれていた謎。


というのも、聞いてしまったら、

何か、触れちゃいけないモノに

触れる気がしていて避けていたんだ。


「……あぁ……知っている………」


「知ってるの?」


「……ああ…」


「………」


「…………」


やっぱこいつは、おバカだな。


含みがあって言いたく無いのなら、

適当に「私は知らん」とでも言えばいいのに、

わざわざ、肯定してだんまりとは。


この件に関してはヨールーの記憶にも無い。


ただ敵にやられたって事では無い気もするし…

……ありゃ?…この場合の敵って王国になるのか?

俺の立場なら敵はヒーリアになるけど……

でも、感覚的には王国側が敵だしな…


もう面倒だなぁ。


「俺たちの敵にやられたのか?」


「俺たちの敵?……ふふっ…そうか、

 私達の敵……そうだな」


「?」


「私にも、そいつがなんなのか、分からない。

 今までに、2度交戦したが、

 わかった事といえば、そいつがアンデットだという事だ」


「アンデット?…え〜っと、ゾンビとかスケルトンとか?」


「いや。体は朽ちてはいない。

 朽ちても再生する方のアンデットだ。

 そいつは、魔位12示のヒーリア様が放つ魔法を、

 ことごとく耐えきった」


俺は魔法について、ほとんど分かっていないけれど、

攻撃魔法と言えば、いくらかは心当たりがある。


火球や水弾をぶつけたり、

稲妻や大岩を落としたり、

どれもこれも、体に受けると

タダじゃ済まない物騒な魔法だ。


その魔法を掻き消すでもなく、受け流すでもなく

『耐えきった』と言うなら、確かに不死アンデットと呼ぶ他に無い。


「ヒーリア様の魔法による攻撃は、アンデットに有効だった。

 だがどんなダメージを受けても再生し歩みを止めず

 遂にはヒーリア様を追い詰めた」


ミミナミが言うには、一度目の戦いでは、

見切りを付けて撤退して、うまく逃げられたけど、

2度目は突然の襲撃に遭ったらしく、

ヒーリアは、周りの人間に危害が及ばない様に、

アンデット野郎を引き付け、戦いながら逃げたのだと言う。


「逃げながらの戦いで、ヒーリアはボロボロになったと……」


「その様だ。その時、私は下らない雑務をこなしていてな。

 御側に居らず、役に立てなかったのだ。

 私が側にいれば、あんな怪我はさせない」


おいおい。


その『下らない雑務』って言うのは、

俺を始末しようとしていた事じゃ無いよな?


しかし…アンデット、不死か。


不死……そう言う意味では、ヒーリアもアンデットになるのか?


「なんかヤバそうな奴だなぁ…

 一体何者なんだ?心当たりは?」


「……本当に知らないのだな?」


「ん?…なんだよ…なんか疑ってんの?」


「いや…私達の考えでは、

 あのアンデットは、王国側が用意した特殊な兵力だと思っていた」


「王国側?……う〜ん。

 俺が知る限りじゃ、そんな化け物は居ないよ。

 こっちで最強の兵力はマルケリオンっていう

 いけ好かないイケメンだ」


「マルケリオン…法力の大賢者か。

 確かに奴は相当な実力者だった。

 なにせ、歴代大賢者の中でも強者と名高い

 『鋼鉄の大賢者ネダチ』と、互角に戦ったのだからな」


その口ぶりは、マルケリオンの実力を見て、

知っていると言わんばかり。


そうか…忘れていたけれど、

ミミナミはウドドとかいう列車を襲撃した、虚神教団の一味だった。


その時、マルケリオンと鉢合わせて戦ったのか。


知り合いが、殺しあった仲というのは、なんか複雑な気持ちになるな。


「確かにマルケリオンは強力な魔法使い。

 だが、あのアンデットはそういう次元じゃない」


「次元が違う?もっと強力な魔法を使えるのか?」


「いや。魔法とかスキルとか…そういう事じゃなくてだな。

 なんと言えばいいか……そう【暴力】が受肉した様な…そういう強さだ」


「よくわかんないな。

 一体そいつは何をしたんだ?」



俺の質問に対し、ミミナミの衣類を干す手が止まる。



トラウマを掘り起こす時の嫌悪感、

身震いに肩を抱いて眉間にはしわ、視線は遠く、

片方の唇を噛み締め、そしてミミナミは、ようやく口を開いた。



「…何処どこからともなく現れた、そのアンデットは、

 大賢者ネダチの魔法攻撃を、生身のまま相殺そうさいして、

 無手のまま一撃……素手で殴り殺したんだ」

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