【6】「聞かん坊だぁッ!!!」

あの後、俺は物思いにふけりながら、

床の継ぎ目に挟まったゴミを、ほじくっていた。


「…………」


そんな姿を見かねたヒーリアは、

「ふ〜ん…なかなか綺麗に掃除するものだな〜」とか、

「やはり汗を流すと気分が良いな〜誰のおかげかな〜?」など、

こっちを気遣った、聞かせるタイプの独り言をブツブツと喋っていた。


俺はそれを、ショボくれた顔で受け流す。


だって……恥ずかしんだもん。


そんな事を、小一時間続けていると、

ついにヒーリアが、痺れを切らした。


「なぁ…そろそろ口をきいてほしい。

 仲直りしたいんだ。

 私は…その…人肌に触れられるのが久しくて……

 ちょっと調子に乗ってしまったんだよ。

 ごめんぬ……ぃや……ごめんな」


「……噛んだ?」


「…うん……決まりが悪いな」


ヒーリアの杞憂きゆうを尻目に、

俺は、結構早い段階で立ち直り、

すでに別の事を考えていた。


湯浴みの時のヒーリアの態度……

あの感じは「押せばヤレるんじゃないか!?」

そう思えてならない!!熱烈な性衝動ッ!!!


だって!だって!考えても見ろ!!


出会って間もない男にだな、

肌を晒して、おっぱいまで触らしてくれるんだぞ!!


それもビッチという雰囲気でもなく、

本人の言葉を借りれば「人肌に飢えている」らしいじゃないか!!!

なんだそれ!!めっちゃエッチだ!!!!


いける……これは…押せばいけるッ!!!


しかし…どう押したものか…あせりは禁物だ。

すぐに結果を求めるのは、迂闊うかつとしか言えない。


幸い、時間はまだ、十分にある。

気長にやろうじゃないか……ひひ。


「…君は、ひどく悪どい顔で笑うのだな…」


————————————————————————————————————


次の日から、ヒーリアへの猛烈なアピールが始まった。


朝食にとってきた果物を切って「あ〜ん」させる時に、

それとなく腰に手を回してみたり。



「こらこら。遠慮なしに人の臀部でんぶを触るんじゃない」



シーツを洗濯するなどと、適当な理由をつけて

椅子に移すまでの補助で尻を触ったり。



「……まったく。何故わざわざ尻から持ち上げるんだい?

 もっと考えて持たないと、腰を痛めてしまうぞ?」



包帯を綺麗なものと変えると言い張り、

その豊満な体に抱きつく格好をしてみたり。



「君は、大胆にひっつくんだなぁ……

 いや…嫌じゃないけど……少し、困っちゃうな」



………………………………………………


…………………………………


……………………


あれ?………マジでいけるぞ…これ。



ここまで露骨にボディタッチしたにも関わらず、

まったく嫌がる素振りを見せず、なんなら満更でもない様子。


いかに人肌が恋しいと言っても、ここまでくると

アプローチに気付いていると考えて、間違いないのでは?



そして更に、数日が経ったある日、


それが訪れた。



「アキヒロ!!ちょっと来てくれないか?」


カコーンと、薪を割ったタイミングで

ヒーリアが呼ぶ声が聞こえたので、

俺は、Tシャツの切れ端で、汗を拭いながら室内に向かった。


すると、ヒーリアはベッドに座り、

両足を床に投げ出していた。


「……どした?」


「よし、来たな。

 今から少し歩く練習をしてみようと思う。

 手伝ってくれないか?」


「おー!もう骨治ったの?

 スゲー回復力だなー!!」


「うむ。では少し手を握らせてくれ」


「わかった」


「よ〜し……行くぞ〜……それ!!

 まいまい!まいまい!すっとんぽん!!」


……独特な掛け声だなぁ。


「おっとと…よし…手を離してみよう」


「……どう?」


「ああ……な…なかなか……良いみたいだぞ」


「いや。フラフラしてるけど…本当に大丈夫?」


「ああ……っとと……痛みはないんだ。

 あとは筋力だけ戻れば……っあー!!

 おっとと!!……まずいぞ!!おっととと!!」


「あー!!ちょっと!!あぶないぞー!!!」


「きゃんっ!!」


ヒーリアは、生娘のような声をあげて、こちらに倒れて来た。


俺は、ボディタッチのチャンスだと閃き、

ここぞとばかりに、ぐいっとヒーリアを引き寄せ、

胸元へしっかり抱くと、少しオーバー気味に一緒に倒れこんだ。


「……んっ……」


「!?」


その時、俺の首筋に柔らかい感触が走った。


ゆっくりと目線を追うと、

胸で抱いているヒーリアの顔がすぐ側にある。


……あれ…今、

……首にキスされた?


「はは……コケちゃったな〜

 まだ本調子とはいかないな……うん」


などと、何でもない素振りをしているが、

ヒーリアは、耳まで真っ赤になり

頑なに、こちらを見ようとしない。


もう……俺は辛抱しんぼうが効かない……

今の俺は……聞かん坊だぁッ!!!


「ヒーリアッ!!!」


欲望の赴くままにヒーリアを抱きしめて、

その唇にキスをしようと試みる!!


「あわわ!!待て待て!!落ち着け!!

 乳房を触るのとは、わけが違うよ!!それは!!!」


「良いじゃないか!!ヒーリア!!!

 俺はもう爆発しそうなんだ!!!」


そりゃそうだ。


ここ数日、アプローチを続けて来たが、

それは諸刃もろはの剣、的な効果があった。


チャレンジを続ける度に、

比例して、こちらの性欲も増長されるんだ!!


つまり!!アキヒロカリバーを、台座から抜くとか!

抜けないとか!!抜きたいとか!!そんな感じなんだ!!!


え?アキヒロカリバーって何かって?


今どうでも良いだろうがッ!そんなもんッ!!!


「くぅ〜!なんて力だ!!

 君の本気が伝わってくるぞ!!

 でも、だからと言って流されるものかー!!」


「何で!!いいだろ!!俺は本気なんだぞ!!」


「君が!!……その、私でそうなるのは…嬉しいよ!

 でもね…私は……難しいんだよ……

 君の事を考えれば……その……

 そう言う事は、普通の人とした方がいい!!!」


そして、バッと手で押し返された。


その汗ばむほどの体温が、胸元から消えて、

代わりに、ドライな寂しさが心を満たした。



拒絶…された……



「何だよ…何だよぉ!!!

 思わせぶりにも!!!!

 ほどがあるんだよぉおおお!!!!」


「あ!待って!!アキヒロ!!!」


胃袋が冷水で締められたような不安。


気が付いたら俺は、小屋を飛び出していた。

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