「東京都H市のとあるアパートについて」

「だめだな、ボツだ」


 オカルトサイト編集長の石木に提出した原稿が返される。


「いまどき、ホラーSFが読まれるわけ無いだろう。今の流行は、実話もの、つまり、実体験ホラーだ」


「でも、プラズマがヒトダマに見えたり、特定の周波数にのみ反応する人形がいたり、ホラーSFでも読みごたえのある記事は書けます」


「いいや、だめだ。だが、そんなに言うなら、ひとつ仕事を任せよう。なあに、簡単だよ、事故物件に1日泊まって、起きる現象を記事にしろ」


「でも、私、事故物件なんて、どこにもアテがありませんけど」


「その点については安心しろ。すでにとある物件にアポを取ってある。とりあえず、身支度をととのえて、行ってこい」


 私はその言葉に従い。編集長の石木に教えてもらった住所へ向かった。


 現地につくと木造2階建てのアパートがあり、2階へとつづく階段の入口に60代ぐらいの男が立っていた。


「はじめまして、オカルトサイト「暗部」の石平です。石木へご紹介していただいた森本さんですか」


「ああ、ほら、カギだ。風呂は無いから、近くの銭湯を利用してくれ。部屋は204号室だ」


「ありがとうございます」


 204号室のカギを受け取ると、森本はそれじゃ、と言い、管理人室へと帰っていった。


 今のところ、風呂に入る予定は無い。徹夜で、何らかの現象を体験し、記事を書かねば。


 そう思いながら、荷物を手に階段を上がり、204号室の前に来た。ガチャッ、という音がして、左隣の203号室の住人が顔を出した。


「あれ、新入りさんか」


「いえ、ここに1日だけ泊まらせてもらうだけです」


「ああー、ここ住めないもんね。夜うるさすぎて」


「うるさいって、どういう……」


「カベにな、ドンドンドンって、何かがぶつかるような音がするんだよ」


「それが住めないって言われる理由ですか」


「ま、1日くらいなら、良いんじゃない。この辺、変なやつばっかだから、気をつけてね」


 住人はそう言うと、階段を降りて、どこかへ去っていった。


「カベにぶつかる音か……」


 カギを使い、中へ入る。

 左手に流し台があり、玄関を入ってまっすぐ行くとベランダがある。右手に小さな窓があり、窓を開けると、すぐそこに隣のアパートがあった。


 問題となるのは、203号室と204号室を隔てる壁である。


 土壁で作られている以外には、特にこれといった特徴はない。黒いシミのようなものも探したが、見つからなかった。


 その後は、撮影用の機材を置いたり、ラジオを用意したりして、深夜になるのを待った。


 深夜2時。この時間まで何もなかった。コックリさんをやったり、1人かくれんぼをしたりしたが、何も起こらなかった。


 今回は収穫なしか……。そう思った時。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ……。


 何かが勢いをつけて壁にぶつかるような音が鳴り始めた。


 すぐに土壁を見た。何かがぶつかってはいない。いや、この音は……。


「この部屋の音じゃない……」


 音がするということは、何かが物理的現象を通じて、音の波をつくっているということである。どこだ。どこで音がしてる。機材を使って、音が鳴っている方向を探す。


 玄関。ちがう。土壁。ちがう。ベランダ。ちがう。アパートが隣りにある窓。ここだ。


 窓を開けて、音の正体を確かめようと、窓を開く。そして、音の正体を知った。


「トンネル効果だと」


「はい、量子力学が関わる分野での話ですが、通常はエネルギー的に通過することができない場所、対象を、一定の確率で通り抜けてしまうことがあるんです」


「それで」


「はい、事故物件の隣のアパートで、これを実証しようと50代の男性が壁に向かって、体当たりをし続けているんです」


「それが何かが壁に当たるような音がする事故物件の正体か」


「はい、また、あそこは事故物件でもありません。誰も死んでなどいません。うるさくて住めないだけです」


 あの夜、そして翌日に聞きまわり、集めた情報から、近所から「ぶつかりおじさん」と呼ばれる男がいると分かった。


 石木が私の書いた記事から顔を上げる。


「どうでしょうか」


 私はたずねる。


「だめだな、ボツだ」

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