第45話

伊庭はチーフマネージャーになっていた。今も新人マネージャーの挨拶まわりについていた。伊庭にはほとんどオフはなかったが、忙しい方が良かった。伊庭は今でも恭子を忘れる事が出来ずにいた。


もうすぐ伊庭の誕生日がやって来る。

絵里香はサプライズを考えていた。

伊庭は色々なマネージャーの相談に乗ったり、スケジュールをチェックしたりしてとても忙しくて誕生日なんか忘れているのに違いない。


絵里香は料理が好きだった。得意というほどではないが、母子家庭で育った絵里香は小学校の時から料理をしていた。オフを取って絵里香は時間をかけて2人だけのホームパーティーを用意していた。


テーブルの上にずらりと並べられた料理の数々を見て、伊庭は目を丸くしていた。

「これ、どうしたんですか?」

「やっぱり忘れてる。今日、伊庭さん誕生日でしょ」

伊庭はオフの日でもスーツ姿だった。急にマネージャーが休んだので代わりに金沢に行っていたのだ。

大事な話があるからと、絵里香のマンションに誘われて来た。


ワインの代わりにジンジャーエールで乾杯をして、2人だけのパーティーは始まった。伊庭は何も言わなかったが穏やかな目で絵里香を見ている。絵里香にはそれ以上何も要らないと思った。

「誕生日おめでとう」

絵里香は包装紙に包まれた小さな箱を、伊庭に渡した。

「ありがとう。開けますよ」

伊庭は箱を開けた。

中には銀色に輝くネクタイピンが入っていた。

「付けてあげるね」

絵里香は早速ネクタイピンを伊庭のネクタイに付けた。

「うん。似合う」

絵里香は思わず微笑んでいた。

その笑顔はどんなドラマよりも可愛かった。

お返しに伊庭はギターを弾いた。

絵里香はその曲を聴きながら思った。

やっぱり、他の人なんて私には無理。

ちゃんと断ろう。

だってこんなに満たされる事なんてないと思うから……

絵里香は幸せでいっぱいになっていた。


結局、絵里香はその交際を断った。

例え報われなくても、自分の気持ちを偽る事は出来なかった。

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