第38話
酔っぱらったマスターに肩を貸しながらコテージに戻る。
「そこまでお酒に弱いのに、何で飲んだの?!」
マスターがにやけながら私に体重を預けてくる。
「
つい酒が進んだ」
言ってることが、秀一さんと変わらない?!
私が赤くなってると、孝弘さんがマスターの腕を担いだ。
「ほら
部屋に戻るぞ!」
ブン、と良い音がして孝弘さんが前方に転がっていった。
「邪魔をするな孝弘。
俺は今、いい気分なんだ」
これは……手が付けられないモード!
酔っ払いは
私はため息をついてマスターをリビングに連れていく。
「酔い過ぎだよマスター。
ちょっとソファに横になってて。
とりあえずお水を――?!」
横になりかけたマスターに抱きかかえられた私は、一緒にソファに倒れ込んでいた。
秀一さんが遠くから楽しそうに告げる。
「ハハハ! どうだ、本心を隠さなくなった
俺と何も変わらんだろう?
つまり、そういうことだ」
私はマスターにがっちり抱き締められたまま、身動きが取れなくなっていた。
「ちょ、ちょっとマスター! 放してよ!
うぎぎ……だめだ、力が強い!」
腕をいくら引き剥がそうとしても、マスターは離れてくれなかった。
そのまま二人がスマホを構え、私とマスターの姿を撮影していく。
「ちょっと二人とも! 遊んでないで助けて!」
「大人のマスターの力なんて、私たちが勝てるわけないじゃない。
こうなったら証拠を残して、明日からかってあげる」
「遊ぶなー! 助けて秀一さん!」
秀一さんはエントランスの方で笑い声をあげた。
「ハハハ! 俺は今夜、
諦めてそのまま寝てろ」
「そんなー?! どうしろっていうの?!」
「風邪だけは引かないようにね。
――マスターがこれじゃ、今夜の温泉はお預けかしら」
秀一さんが遠くから告げる。
「温泉までの護衛なら、俺が代わりにやってやる。
それで良ければ用意しろ」
「ほんとに?! じゃあすぐ着替えてくる!」
私はお酒臭いマスターにしがみつかれたまま、身動きも取れずに途方に暮れていた。
****
孝弘さんも頑張ってくれたけど、マスターの腕はまったく外れる様子がなかった。
「……無理だな、これは。
すまん
俺は予備の布団を持ってくる」
孝弘さんは私に布団をかけると、自分の部屋に戻っていった。
薄明りの中、布団の中でマスターとくっついている私は、一向に眠ることができなかった。
だっていくらお酒臭くても、マスターに抱きしめられて同じ布団で寝てるんですけど?!
うるさい心臓を抑えつけながら、必死に眠ろうと努力する。
「
エントランスから秀一さんが声をかけてくれた。
「ほんとに? どうやるの?」
「お前を夢の世界に連れていくだけだ。
この距離でも人間を眠らせるぐらい、訳はない」
うーん、夢の世界か。
でも自力じゃ眠れる気がしないしな。
「じゃあ秀一さん、お願い!」
「ああ、わかった」
そこで私の意識は途切れた。
****
なんだかお酒臭くてふと目が覚めた。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはまだマスターの胸板がある。
鳥のさえずりが聞こえるから、もう朝なのか。
身動き取れないのは……変わらないか。
そしてなんだかお腹に違和感があった。
誰かに抱き着かれているような?
必死に後ろに目をやった時、私の時間は止まっていた。
「……なんで秀一さんが、私の隣で寝てるの」
『今夜は近寄れない』って、なんだったの?!
「孝弘さーん! 助けてー!」
私の必死の救難信号は、五分くらい続いた。
****
いくら叫んでも孝弘さんが起きてくる気配がない。
疲れて肩で息をしていると、背後から秀一さんの声が聞こえる。
「ははは、無駄だぞ。
孝弘は酒でぐっすり寝てるし、
大人しく抱き着かれてろ」
ムカッと来た私は秀一さんに応える。
「ちょっと! 約束はどうなってるの?!」
「約束は守ったが?
俺は『今夜は近寄らない』と言ったんだ。
きちんと日が昇ってから、布団に潜り込んださ」
――大人って、汚い!
「ずるい! なにそれ!
まさかこれを狙ってマスターを酔わせたの?!」
「お? 案外頭がいいのか?
ご名答、その通りだ。
あと何時間かは、こうしてお前の体温を味わえる」
「いい人だと思ったのに!」
「良い神ではあるぞ?
俺たちは蛇の性質を持つ。
好ましい体温に惹かれるんだよ」
変温動物か! ……蛇だから、そういうことなの?
私が困惑してると、秀一さんがクスクスと笑った。
「諦めて大人しく抱き着かれておけ。
――お前の匂いも心地良いな。
「やかましい! あー、誰か早く起きてきてー!」
この責め苦は、
二人はニヤニヤしながら写真を撮りまくり、マスターが目覚めてようやく私は解放されたのだった。
****
ムスッとしながらお弁当を食べる私の足元で、マスターが額を床に付けて土下座していた。
壁によりかかって立っている秀一さんが楽し気に告げる。
「そろそろ許してやったらどうだ?
お前だって充分楽しんだだろう?」
「誤解されるようなことを言うなー!
あんなの、二度とごめんだよ!」
「あんだけのイケメンに挟まれて寝てて、何を贅沢言ってるんだろう」
「自分が恵まれてる自覚がないのかしら」
私は二人に食って掛かる。
「こんなの、恵まれた内に入らないっての!
災難でしょうが! どう考えても!」
足元からマスターの声が聞こえる。
「本当に申し訳なかった。
酒の勢いなんて言い訳が通じることじゃない。
僕は君になんてお詫びをしたらいいのかわからない」
孝弘さんがお茶を飲みながら告げる。
「全部、葛城さんの策謀だったんだろ?
それなら不可抗力だ。
私はお弁当を食べ終え、ため息をついてマスターに告げる。
「もういいよ、済んだことだし。
それより、お母さんたちにこんなことを知られないでよ?
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』のバイト、辞めさせられちゃうからね」
顔を上げたマスターは、しょげかえる犬のような顔をしていた。
「わかった、決して知られるようなことはしない」
ようやく立ち上がったマスターは、肩を落としながら椅子に座った。
小さく丸まりながらお茶を口にするマスターは、なんだか可哀想で見てられなかった。
秀一さんが楽しそうに笑う。
「ハハハ! どうだ
俺たち神は『酔って記憶を失う』ことはない。
昨晩のことは、全部覚えてるからな」
え゛。それって抱き着いたことも、孝弘さんを振り払ったことも、全部覚えてるの?
マスターを見ると、さらに小さく縮こまっていた。
私もなんだか恥ずかしくなって、黙ってお茶を口にしていた。
楽し気な秀一さんの笑い声が響く中、私は気まずい時間を過ごした。
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