第36話

 レストランに入ると、大人たちは四人席に座った。


 私たちは六人席に案内されたので、私は端っこの席に腰を下ろす。


 その隣にマスターが座ると、秀一さんは隣のテーブルから椅子を持ち出して、私の隣に座った。


「……そこまでして近くにいたい訳?」


「悪いか? それだけお前の巫力ふりょくが強いんだよ」


 向かいに座る孝之さんが、テーブルに肘をついて告げる。


「あんたらにとって、朝陽あさひみたいな巫女はどういう意味があるんだ?」


 秀一さんもテーブルに肘をついて、私の顔を眺めながら応える。


「自分の力を高めることができる。

 なにより朝陽あさひのそばは居心地がいい。

 少し辰巳たつみの匂いが気になるが、そのくらいは許容範囲だ」


 早苗さなえ歩美あゆみも向かいの席に座った。


 歩美あゆみがぼそりと告げる。


「これはこれで、イケメン二人を間近で見る良い機会ね」


 早苗さなえがうなずいて告げる。


「いい目の保養だよねー」


「他人事みたいに言わないで!」


「だって、他人事だし?」


 早苗さなえの薄情なセリフで、私は黄昏たそがれながらメニューを眺めていた。





****


 店員さんがテーブルまでやってきて、オーダーを取っていく。


 みんなが料理名を口にすると店員さんが復唱し、去っていった。


「店員さん、秀一さんのことまったく見なかったね……」


「だから言っただろう? 『目には入っても気にならなくなる』と。

 辰巳たつみと違って、俺は信仰されている神だからな。

 ホームグラウンドなら、この程度は朝飯前だ」


 孝弘さんが背もたれに体重を預けながら告げる。


「そんなあんたが、なんで朝陽あさひを欲しがるんだよ」


 秀一さんは私から目をそらさずに応える。


朝陽あさひを欲しがるのに理由が必要か?

 孝弘は朝陽あさひが欲しいと思う気持ちに理由があるのか?

 それが答えだ」


 孝弘さんの顔が真っ赤に染まっていた。


 私は小首をかしげて孝弘さんに尋ねる。


「ねぇ孝弘さん、今の秀一さんの言葉はどういう意味?」


「……なんでもねぇよ。朝陽あさひは気にすんな」


 そう言って気まずそうにお水を口にしていた。


 うーん、秀一さんの舐めるような視線がなんだか気になる。


「ねぇ秀一さん、なんでそんなに私を見てくるの?」


「触ることができないからな。目で堪能してるだけだ。

 お前は気にせず過ごしていろ」


 いや、気になるでしょ……。


 マスターが秀一さんに告げる。


「秀一、朝陽あさひの聖痕を消せ」


「断る。それは朝陽あさひを守るものでもある。

 辰霧たつぎりにいる間はつけておけ」


 ギシリ、と音が聞こえて驚いてマスターの顔を見上げた。


 とても悔しそうに歯ぎしりをしているマスターに、私はおずおずと告げる。


「どうしたの? マスター。

 なんだからしくないけど」


 マスターがふっと優しい顔になって私に応える。


「なんでもないよ。

 朝陽あさひさんは気にしないで」


 隣から「ククク」と笑い声が聞こえて秀一さんを見た。


「見たか、朝陽あさひ

 辰巳たつみとて本質は俺と変わらん。

 独自の信仰を経て変質しようが、根っこは同じ。

 お前を独占したくてたまらない――それが辰巳たつみの本音だ。

 おきれいな上辺に騙されるなよ?」


 私はカッと顔が火照るのを自覚しながら、うつむいてお水を口にした。


 マスターが独占したがってるって、ほんと?


 チラッとマスターを盗み見ると、憎しみすら込めてそうな眼差しで秀一さんを睨み付けていた。


 早苗さなえがため息をついて告げる。


「イケメン二人から取り合いされる気分はどう? 朝陽あさひ


「……すっごい気まずいです」


 私の正直な告白に、早苗さなえ歩美あゆみ、孝弘さんが明るい笑い声を上げた。





****


 食事を終えると、みんなでコテージまで歩いて戻っていく。


 その間も秀一さんは、私の隣から離れようとしなかった。


 コテージ前でも離れない秀一さんに、孝弘さんが告げる。


「あんた、いつまでついてくる気だ?」


「無論、中までだが?」


 私はあわてて声を上げる。


「中って、コテージの中なの?!」


「それ以外の何がある?

 朝はお前たちが俺のやしろに来るまで我慢してやった。

 だがもうこれ以上、我慢してやる理由はないだろ」


「あるよ! ここは私たちの宿泊場所なの!

 秀一さんの泊まる場所じゃないよ!」


 フッと秀一さんが笑って応える。


辰巳たつみの結界のことなら、気にするな。

 もう今の俺なら、これぐらいは破れるからな。

 ――それとも、朝起きたらベッドに俺がいるシチュエーションが好みか?

 それならそれで、俺は構わんが」


 私はマスターに抱き着いて訴える。


「マスター! どうしたらいいの、この人!」


「……朝陽あさひに触れないと約束を交わした。

 神の言葉には重みがある。

 約束を破れば、相応の罰則があるからね。

 ――秀一、朝陽あさひの部屋に入らないならコテージに入れてやる」


 秀一さんは肩をすくめておどけてみせた。


「はいはい、それで手を打ってやるよ。

 俺はリビングで寝てやるから安心しろ」


 マスターが私の肩を抱いてコテージに入ると、その後ろを秀一さんが付いてきた。


 あとから入ってきた早苗さなえたちが、ぼそぼそと会話する声が聞こえる。


「また朝陽あさひだけ呼び捨てにされてる」


「いいわよねー。役得じゃない?」


「……ともかく、全員揃うまで自由時間だ。

 あと二時間くらいだろ、たぶん」


 マスターに背中を押されるように階段を上がり、途中で下に振り返る。


 マスターが階段の前で立ちふさがるように秀一さんの邪魔をしていた。


 その横を早苗さなえ歩美あゆみが通り抜けると、秀一さんが私に告げる。


「俺はいつでもお前を見ている。

 その聖痕がある限り、ずっとな。

 だから安心して過ごすといい」


「――安心できるかー!

 早く消してよ、この傷跡!」


「言っただろう? それは『お守り』だ。

 それがある間、他の『あやかし』はお前に手出しできん。

 大人しく俺に守られておけ」


 マスターを見ると、背中から怒りがにじみ出ているようだった。


 ……気まずい。


 私はため息をつくと、女子の部屋に戻っていった。





****


 女子たちが部屋に姿を消してから、孝弘が秀一に尋ねる。


「なぁあんた。本当になんでそんなに朝陽あさひに執着するんだよ。

 朝陽あさひは困ってるじゃねーか」


 秀一がニヤリと笑って応える。


「俺は辰巳たつみより蛇に近い神格だ。

 蛇ってのは執念深い。これは変えられん。

 一度気に入ったら手に入るまで執着する。

 だから俺も理由を問われても、『惚れたから』としか言えん」


 辰巳たつみがため息をついて告げる。


「秀一、お前の性格はまったく変わってないな。

 あれだけ信仰を集めて、まだ変われないのか」


「知ってるだろう?

 俺はお前より本体により近い。

 その分、純度がお前より高いからな。

 簡単に本質は変わらんよ」


 孝弘はガシガシと頭を掻いてため息をついた。


「なんだよ、またライバルが一人増えるのかよ」


 秀一が楽しそうに笑う。


「ハハハ! 俺たち神の愛には、そう簡単に勝てんぞ?

 人の愛とは質が違うが、俺たちは確かに朝陽あさひを愛している。

 自分の気持ちも伝えられん人間の男が、俺たちに勝てると思わんほうがいい」


「うるせーよ!

 ……って、小金井こがねいさんも朝陽あさひを愛してるのか?」


 辰巳たつみは黙って秀一を睨みつけていた。


 代わりに秀一がニヤリと笑って応える。


「『神の愛』は『人の愛』と違う。

 俺たちの愛を人間が理解することは、たぶんできんだろう。

 だが俺たち竜神は独占欲が強い。

 元が蛇だからな。そこは諦めろ」


 孝弘がため息をついて告げる。


「それで葛城さんは、バーベキューも参加するのか?」


「当然だろう。食いはしないが朝陽あさひから離れるつもりがない。

 この旅行の間はずっと居てやる。

 安心して守られていろ」


「安心、ね……ま、朝陽あさひに触れないなら我慢してやるさ」


 孝弘は手を振りながら部屋に戻っていった。


 残された辰巳たつみは無言で秀一を睨み続けていた。

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