第3章:神社の危機
第13話
がらんとした店内で、私は
ドリッパーの上から丸く円を描くようにお湯を少し注いで、コーヒー粉が蒸れるのを待つ。
ふわりと濃厚なコーヒーの香りが鼻をくすぐってくる。
注いだ分がしたたり落ちてきたら、また円を描くように――。
「そう、その調子だ。
だいぶ慣れてきたね」
「えへへ。いつもマスターがコーヒーを入れるところを見てますから。
真似をしてるだけですよ」
「手順は同じはずなのに、
なんでなのかしら。気になるわ」
マスターがクスリと笑った。
「手順が悪いんじゃないよ。
これは
「なにそれ、ずるっこじゃん」
そう言われても、私自身が何かをしてる訳じゃないし、困ってしまう。
コーヒーサーバーに一杯分が満たされたところでケトルを置いた。
マスターが私の頭を撫でながら告げる。
「いいね。これなら僕が入れたのと遜色ない味になってるはずだ。
今度から忙しいときは、
私が照れて顔を伏せていると、カランコロンとドアベルが鳴った。
入ってきたのは、若い女性。
透き通ってないから、幽霊じゃない。
白いブラウスに淡いブラウンのクロップドパンツ、上から薄手のカーディガンを羽織っていた。
髪の毛はアップにまとめていて、薄い色のサングラス。その奥には切れ長の眼差しが見えている。
足元はベージュのローファーに、肩からは小ぶりの黒いショルダーバッグをかけていた。
「いらっしゃいませ!
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!
一名様ですか?」
女性は
「あら、こんな若い子を三人もはべらして、随分と良いご身分ね?」
マスターが苦笑を浮かべながら応える。
「いらっしゃい、
今日はどうしたの?」
女性――
「ブレンド――ああ、他の子が入れたコーヒーじゃ嫌よ?
きちんと
――マスターを名前で呼んだ?!
コーヒーサーバーを取り換えたマスターが、ドリッパーをセットしながら応える。
「相変わらずわがままだね、
「やあね、子供たちの前だからって他人行儀はやめてよ。
いつもみたいに『
ムッとした様子の
「マスター、この人は?」
「――ああ、彼女かい?
このお店の『協力者』の一人、
お金関係は、彼女が面倒を見てくれてるよ」
「人間なんですか? それとも、『人ではないお客さん』?」
「『どちらでもない』わね。
この回答で満足? お嬢ちゃん。
――それより
マスターはコーヒーを入れながら応える。
「そりゃあ月末だからね。
そろそろ
「だから、その他人行儀はやめてよ。
いつもみたいに『
じゃないと意地悪するわよ?」
ふぅ、とマスターが小さく息をついた。
「――
いつものお前らしく、可愛い女でいなよ」
こ、これは『見たことのないマスター』?!
私や
マスターが
「こんな時間から来るなんて、何がしたいんだ?」
「――うん、いつもいい味ね。
いえ、
これは……そう、あなたの力ね」
私は思わず尋ねてしまう。
「コーヒーを飲んだだけで、わかるんですか?」
「これでも神のはしくれだもの。
そのくらいはわかるわよ」
――マスター以外の神様?!
「今夜は何時から来てくれるの?」
「いつも通り、午後十時からじゃダメなのか」
「もう少し早い方が良いわね。
――午後八時。これでどう?」
マスターがあきれたような表情で
「『いつものお前になれ』とは言ったが、『甘えん坊になれ』とは言ってないぞ。
その時間だと、店を早く閉めなきゃならない。
一度、どこかで時間をつぶして来てくれないか」
「いいわよ? そのあとの
「独占って、あなたはマスターのなんなんですか?!」
「――パトロン、と言えば伝わるかしら?
この店を維持する手伝いをする代わりに、
マスターが鋭い声で告げる。
「
「あら、別にいいじゃない。
子供とはいえ、もう高校生なんでしょ?
女子なんだし、私たちの関係ぐらい想像がつくんじゃない?」
マスターが疲れたようにため息をついた。
「いい加減にしないか
子供相手にみっともない。
――ごめんね
そういうことだから、今日は午後五時でお店を閉めるよ」
私たちは戸惑ったまま、マスターにうなずいた。
****
「ごちそうさま、また後でね」
「何なのあの女! いちいちイラつくわね!
なんでこれみよがしに『私、マスターと親しいのよ』って空気を押し付けてくるの?!」
「ねぇマスター、
マスターは困ったような笑みで
「彼女は古い知り合いなんだ。
持ちつ持たれつの関係、といったところかな。
でも、君たちが心配するような関係でもないよ」
私もおずおずと尋ねる。
「でも『パトロン』って言ってましたよ?
金銭的な援助を受けてるんですか?」
「知っての通り、このお店は生きてる人間のお客がほとんど来ないからね。
お金を払う必要があっても、払うものがない。
だから僕が
――それって?!
マスターがクスリと笑った。
「だから言っただろう? 『君たちが心配するような関係じゃない』って。
僕の力を、彼女に渡すだけさ。
一度にたくさんの量は渡せないから、その間は一緒にいる。
そのことを彼女が意味深に言っただけだよ」
「……その『一緒にいる間』って、何をしてるんですか?」
「んー、映画館に行ったりとか、レストランに行ったりとか。
デートじゃん?!
「それでも、付き合ってるって訳じゃないんですよね?!」
マスターがニコリと微笑んだ。
「違うね。時間をつぶせるなら何でもいいんだ。
月末になると、二時間ぐらいかけて力を渡す。
その報酬として、僕はお店の運転資金を得る。
持ちつ持たれつのドライな関係だよ」
私は疑問に思ったことを尋ねてみる。
「
「サラスヴァティ――君たちには、『弁財天』って名前の方がわかりやすいかな?
七福神の一人だよ」
――超大物だったー?!
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