第14話
言葉を失ってる私たちに、マスターが楽しそうにクスリと笑った。
「君たちに少し説明しておくと、
『分霊』って言葉は知ってるかな?」
私たちは首を横に振った。
マスターが穏やかに言葉を続ける。
「神様本人じゃない神様のことだよ。
僕や
だから本質は本体と同じだけど、力が弱い。
日本に来てからは、だいぶ弱くなってしまったね」
それって――。
「マスター、もしかして日本で生まれた神様じゃないの?」
「そうだよ? 僕たちの生まれ故郷はインドの辺り。
そこから中国を渡って日本にやってきた神だ。
僕は
「じゃあマスターも、有名な神様なんですか?」
マスターが妖艶な笑みを浮かべた。
「それは内緒。
日本では竜神として敬われていた神――それで充分だろう?
――さぁ、お店を閉める準備をするよ。
掃除を手伝ってくれるかな?」
私たちはうなずいて、指示された通りに閉店準備をしていった。
フロアの清掃も教わりつつこなしていく。
一通り終わると、着替えるためにスタッフルームに入った。
****
「弁財天だか知らないけど、あの
「子供っぽいよね、あの人。甘えん坊だし。
本当に弁財天なのかな」
私も戸惑いながらブラウスに袖を通した。
「マスターが私たちに意味のない嘘なんてつかないと思うし。
そこは多分、本当なんじゃないかな」
「バイト代が出ても、そのお金が
「そうだね……でもお店を維持するのを手伝ってくれる人だし、悪い人じゃない気もする。
マスターを好きな人なのかもしれないけどさ」
持ちつ持たれつって言ってたし。
きっとマスターの力がないと、
ちょっと私たちに対する当てつけはイラっとしたけど。
バタンと大きな音を立てて、
「ねぇ、今夜マスターを追いかけて見ない?
本当に恋人同士じゃないのか」
「ええ?! そんなことできないよ!
お酒を飲むお店とか、高校生は入れないし!」
「追いかけられるところまででいいのよ。
お店に入ったら、外で待ってればいいじゃない。
二時間くらいなら、九時までには終わるし。
親には怒られない時間よ」
「私は乗った――
「え、マスターたちを追いかけるの?!
本気?! やめようよ、プライベートの時間でしょ?!」
二人は黙って私を見つめてきた。
この流れは……仕方ないか。
二人がやり過ぎないように、私が止めないと。
「……わかった、私もつきあう」
私は小さく息をついた。
****
スタッフルームを出ると、マスターはいつもと違って白いシャツとグレーのジーンズ、その上に黒いジャケットを羽織っていた。
首には銀のネックレスが見える。
こうしていると、普通のお兄さんみたいだ。
「まだ明るいけど、駅まで送ろうか」
「いえ、大丈夫です。
マスターはこれから『お忙しい』でしょうし、三人いれば怖くないですから」
「そうかい? じゃあ気を付けて帰ってね。
明日は定休日だし、みんなとは明後日会うことになるかな」
これが大人の余裕か……。
「じゃあ、お先に失礼しまーす!」
私たち三人は、店長を残して店を出た。
店が見えなくなってから、私たちはお店の前の通りが見える街路樹の影に隠れた。
私は思わず不安になって告げる。
「ねぇ、これで気づかれないの?」
「かがんでれば大丈夫よ」
ほんとかなぁ……。
スマホを見ると、午後八時を少し過ぎた頃。
赤い乗用車が遠くから近づいてきて、お店の前にとまった。
中から降りてきたのは――
彼女はさっきと同じ服装で、そのまま店内に入っていく。
すぐにマスターと一緒に出てきた――腕を組みながら。
「何あれ! なんでマスターに抱き着いてるの?!」
「
「今日は歩いて行きましょう?
いつものバーでいい?」
マスターがため息をついていた。
「何を考えてる?
くだらない遊びはやめておけ」
「あら、いいじゃないたまには。
時間を潰せれば、なんだっていいんでしょ?」
店長と
すぐに霧が晴れて、そこには寂れて朽ちた神社が残った。
初めて見た
「なにあれ……なんで神社になったの?」
「言ったでしょ? あの神社が正体だって。
いつもいるお店は、マスターが作る幻なんだよ」
閉店処理ってのは、このことなんだな。
街路樹の裏でかがんだ私たちの前を、マスターと
私たちは見つからないように頭を低くしていた。
この街路樹の高さなら、
だけど
二人の足音が遠ざかってから、あわてて頭を上げて二人を探す。
十数メートル先を、マスターたちは歩いていた。
「いくわよ、正体確かめてやる!」
……なーんか、気付かれてる気がするんだけどなぁ。
私もゆっくりと立ち上がり、マスターたちを追跡する二人の後を追った。
****
意外なことに、二人は商店街の表通りにあるファミレスに入っていった。
「あれ? バーじゃないの?」
「都合がいいわ。私たちも行くわよ」
ずんずんとファミレスに向かう
店内に入り、店員の案内を断ってマスターたちの席を覗ける場所に座る。
ドリンクバーだけ頼んで、
私は小さく息をついて立ち上がり、二人に告げる。
「飲み物持ってくるよ。何がいい?」
「コーラ」
「メロンソーダ」
私はなるだけマスターたちから見えないようにドリンクバーのカウンターに移動した。
トレイにコーラとメロンソーダを乗せ、自分の飲み物を選ぶ。
私は……アイスレモンティーでいいかな。
レモンのポーションをトレイに乗せ、サーバーからグラスにアイスティーを注いでいく。
注がれて行く紅茶を見つめながら、小さく息をついた。
こんなことして、何の意味があるんだろう。
「こぼれるよ、
「――っと、危ない! ありがとうマスタ……え?」
振り向いた先には、穏やかな笑みを浮かべるマスターが立っていた。
「なん……で? だって、マスターと
マスターはニコリと微笑んで応える。
「分身するぐらい、神様なんだから不思議じゃないだろう?」
――充分に不思議ですけど?!
混乱する私の手から、店長がグラスを奪ってトレイに乗せた。
「席まで運ぶよ。行こうか
「あ……はい」
私はマスターの後について、
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