第8話
こつんと膝に青い巾着袋が当たった。
おっと、そういえばお弁当箱を返してなかった。
私は「ちょっと返してくるね」と
「マスター、お弁当ごちそうさま!
とっても美味しかったです!」
巾着袋をカウンターに置くと、マスターがそれを受け取って嬉しそうにしていた。
「全部食べてくれたみたいだね。
口に合ってよかったよ」
「あはは、
――そういえば、なんで二人はマスターの料理を美味しく感じられたんですか?
前は紅茶もコーヒーも、『微妙な味』って言ってましたよね?」
マスターは重箱を洗いながら応える。
「ああ、それはお守りの影響だよ。
あれは君の髪の毛と僕の鱗で作ったお守りで、君の力の影響を受けるからね。
今の
マスターの鱗?!
「そんなことして、マスターは大丈夫なんですか?!」
「んー、ちょっと頑張ってみた。
せっかく
それに小さい鱗だから、そこまで大きな負担じゃないよ」
ほらー、負担あるんじゃんか……。
私は小さくため息をつく。
「もう、そこまでしなくてもよかったのに。
マスターに無理をさせてまで、
マスターが私の目を見て、妖艶な笑みを見せる。
「どうしたの? 僕を独り占めにできなくなるのが惜しくなった?」
何その顔?! 初めて見るんだけど!
私は顔がカッと熱くなり、全身の毛穴が開いた気がした。
「~~~~?! なんでそんなことを私が思うんですか!」
「ハハハ! 冗談だよ。
男の僕より、女友達が居てくれた方が君も退屈せずに済むでしょ?
このお店は、あまり繁盛してる訳じゃないからね」
「――知らない!」
私はマスターに背中を見せて、乱雑に歩いて
****
「どうしたの? 大きな声を出して」
「なんでもない!」
「さては大人のマスターにからかわれたの?
「
なんで大人ぶるのよ!」
「あら、私は心だけは大人のつもりだもの」
「そういう奴に限って、いざという時に子供っぽくなるんじゃないの?
見栄を張っても良いことなんてないよ?」
「見栄なんかじゃないわ。本当のことだもの」
そこまで大人みたいに達観してるとは思えないんだよなぁ。
――そうだ!
「じゃあさ、
「やっぱり落ち着いていて、包容力のあるタイプよね。
クラスにいる男子はみんな、子供っぽくて相手にならないわ」
私はニンマリと笑って告げる。
「じゃあさ、ちょっとカウンターに行ってマスターと話して来たら?
マスターの大人っぽいところ、
「じゃあちょっと話をしてくるわね。
ナイスアシスト、ありがとう
そのまま
「ちょっと?! 何をしてるのよ
これでマスターが
あんただって、そうなったら悔しいでしょ!」
私はニコニコと微笑みながらカウンターを見て応える。
「それはどうかな~?
あのマスターが簡単に落とせたら、苦労はないと思うよ?」
「え~? そんなに手強い人なの?」
「あはは! まずは
私たちは静かに、カウンターにいるマスターと
****
食器洗いをしている
「どうしたの? 何か僕に用事?」
「ちょっと話をして来いって、
そう言って
「やれやれ、若い子の遊びに僕を巻き込むのかい?
それで君たちが楽しいなら構わないけど。
――紅茶が良い? それとも、コーヒーを飲んでみる?」
「そうね、あっちに紅茶がまだ残っているし、コーヒーを頂いてみようかしら」
「了解。砂糖とミルクは付けるのかな?
それとも――僕と同じ、ストレートで飲んでみる?」
ニコリと妖艶な眼差しを向ける
あわてて取り繕いながら、
「そ、そうね! それじゃあマスターと同じ、ストレートをお願いするわ」
「わかった――でも、大人の味だからね。
口に合わなかったら、素直に砂糖とミルクを使った方が良いよ?」
そう言って
その動きに
「マスターは、付き合ってる女性が居るのかしら」
「
当ててごらん?」
――意地悪な質問ね。
「マスターみたいに綺麗な顔の人を、女性が放っておくとは思えないわ。
引く手あまたなんじゃない?」
「ハハハ! そうだね、僕に興味を持つ女性は結構いるみたいだ。
そう、たとえば君みたいにね」
流し目で見つめられた
「私は! バイト先の雇用主をリサーチをしてるだけです!」
「そうかい?
それなら誠実に応えてあげるべきかな?
――昔、愛していた人ならいたよ」
「昔って、今は違うんですか?
別れちゃったんですか?」
「人はいつまでも一緒にいられる訳じゃない。
別れはどうしても訪れるものさ。
だから一期一会、今ある縁を大切にしたいと僕は思ってる。
――さぁどうぞ、お嬢さん。当店自慢のコーヒーだよ」
コトリと
コーヒーなんて飲むのは初めてで、それが苦いものだと知っている。
それをいきなりストレートで飲むなんて、無謀だということも。
なんで自分は見栄を張って、ストレートなんて頼んでしまったのだろう。
そう思いはするが、ここで砂糖やミルクを使えば『負けた』ような気がして、おそるおそるコーヒーに口をつけた。
「にが――」
『苦い』と言いかけて、あわてて口をつぐんだ。
「だから言ったでしょ。
慣れない人は、砂糖とミルクを使いなさい。
人の別れと同じ苦さが、そこにはある。
いつかは味わうものだとしても、避けられるなら無理に味わう必要はないさ」
真っ赤になりながら、
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