第7話
翌朝、通学路を歩いてると前方に見覚えのある人物が立っていた。
背が高くて優しい微笑みを浮かべる、琥珀の瞳を持った青年。
青い着流しを着た彼は、女子生徒たちの注目を浴びてるようだった。
「マスター? なんでこんなところに?」
彼はニコリと微笑んで応える。
「
そういって掲げたのは、深い青色をした巾着袋。
受け取ってみると、ずっしりと重たかった。
「中身は何なんですか?」
「お弁当だよ。
良かったら持っていって。
要らないなら、持ち帰るけど」
「――いえ! ありがたく頂きます!
でも、どうして?」
マスターが穏やかに私に告げる。
「きちんとした物を食べて、元気でいてもらわないといけないからね。
君ぐらいの年頃は、食べる物にも気を使わないと」
わざわざ、そのために?
胸の奥がじんわりと温かくなって、思わず巾着袋を抱きしめていた。
マスターがクスリと笑った。
「そんなに喜んでくれて、僕も嬉しいよ」
私は黙ってうなずいていた。
背後から、
振り返ると、
「あれ? 誰かと思ったら喫茶店のマスターじゃないですか。
どうしたんですか? 朝からこんなところで」
「
せっかく会えたんだし、君たちにもこれを渡しておこう」
そう言ってマスターは、着流しの袖口から二つの青いお守りを取り出した。
「今日の面接で使うから、それまで肌身離さず持っておいて」
「あの、なんで夜に面接なんですか?」
「あの店は夜になると、『特別なお客さん』がよく来るんだ。
その接客ができたら、君たちをバイトに採用してあげる。
「それって、『いかがわしい客』じゃないですよね?」
「ハハハ! そんなお客はうちにはいないよ!
君たちは店員として接客すれば、それでいい。
――でもたぶん、最初はとても驚くと思うよ?」
そう言うとマスターは、私たちに手を振ってからお店の方向に歩いて行った。
「朝から目の保養しちゃった……」
「ねぇ
「え?! それは、会ってみればわかるよ!
最初は怖いかもしれないけど、話してるうちに慣れると思うから!」
小首をかしげる二人に、私は愛想笑いで応えていた。
****
お昼休みになり、私は胸を躍らせながら青い巾着をほどいて行く。
中から現れたのは、小さな重箱。三段重ねだ。
一段目が炊き込みご飯、二段目に鶏のから揚げや魚の煮つけ、大豆とひじきの煮物にポテトサラダ。
三段目にはフルーツの盛り合わせが入っていた。
「すっごい手間がかかってない?」
「かかってそうだね……。
マスター、和食も作れたんだなぁ」
まぁでもそりゃそうか。
三百年前はお団子屋とか言ってたし。
和食も作り慣れてるのかもしれない。
「少し分けてもらっても良い?
代わりに私のも分けてあげるから」
「うん、いいよ?」
「――美味しい?! なにこれ!」
え? 美味しいの? マスターの料理が?
「――なにこれ! すっごいジューシーでコクがある!
ただのから揚げの味じゃないよ?!」
私も最後のひとつを口に運んでみる。
――ん~いつものマスターの料理だぁ。
噛んだ瞬間にジュワっと溢れる肉汁!
濃厚なコクとスパイスの香りが混ざり合ってたまらない味になってる!
チェーン店のフライドチキンより、ずっと旨味を感じるなぁ。
「あれ? でも二人とも、マスターの料理は『微妙な味』って言ってなかった?」
二人はきょとんとした顔で私を見た。
「え? でもこれは美味しいよ?」
「あのケーキや紅茶とは段違いね」
ふーむ? 二人の味覚が変化してる?
これはあとでマスターに聞いてみるかなぁ。
****
学校が終わり、
カランコロンとドアベルが鳴り、カウンターにいるマスターがこちらに笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい。好きな所に座って」
「はーい」
三人で窓際の席に座り、私はコーヒーを、
「あれ?
「うーん、ここでバイトするようになってからかな。
マスターの入れてくれるコーヒーはすっごい美味しいから。
この店以外だと、まだ紅茶を飲むよ」
二人が「へぇ」と少し興味あり気につぶやいた。
コーヒーと紅茶が届いて、私たちの前に並べられる。
マスターがカップを置きながら
「君たちの名前を聞いておいて構わないかな?
僕は
知っての通り、ここの店主だ」
「あ、
「私は
「
ついでに志望動機も聞いていい?
どうしてうちのバイトになりたいのかな」
「社会勉強の一環として、接客を学べたらと思いまして」
マスターがうなずきながら微笑んだ。
「感心なお嬢さんだね。
――
「……お小遣いを、稼ごうかと」
「うん、それも立派な心掛けだ。
大丈夫、志望動機として問題はないよ」
そう言い残して、マスターはカウンターに戻っていった。
私たちは顔を突き合わせ、小声で話し出す。
「ちょっと
「あら、あれくらいサッと返せないようじゃ、社会に出てから苦労するわよ?」
二人とも、本音は『マスター目当て』だもんな……。
「そんなにマスターのそばで働きたいの?」
「間近で見れば見るほど、いい男よね」
「まるで人間とは思えない、不思議な雰囲気を持ってるわ。
カラーコンタクトだったっけ? あの琥珀色の瞳も、雰囲気に合ってるわね」
「うーん……でもここのお客さんには、ホント最初は驚くからね?
ここで働きたいなら、きちんと接客できないと駄目だよ?」
二人は燃えるような眼差しでうなずいた。
「ここでのバイト、勝ち取ってみせるわ!」
「ただの接客なんでしょう? それくらい簡単よ」
はてさて、どうなるかなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます