第5話 俺は人間の敵だ

「あ、あの! 何ですかコレ……。いったい何を……」

「魔界の入り口を封印するのさ。キミの魔力を使ってね」

「ど、どういうことですか?」

「魔界の入り口は、初代勇者が封印したものなんだけどね。効力はもって五十年。つまり五十年毎に封印し直す必要があるんだよ」


 何を言ってるのかわからないけど、ここにいたらヤバい気がする。

 妙な不安が押し寄せ、俺は魔法陣から出ようと一歩足を踏み出した。


 バチチッ!


「あづっ!」


 魔法陣から噴き出す光に触れた瞬間、つま先に焼けるような衝撃が走った。


「もう出れないよ。出てもらっちゃ困るしね」

「な、なんでこんな! あぐ!」


 今度は手を前に出したが、光に触れた指先から激しい衝撃が突き抜けた。

 俺の指が黒くただれている。

 本当に、ここから出るのは無理みたいだ。


「な、なぜ俺なんですか! どうしてこんなことするんです!」

「どうせこれ以上説明しても無駄なんだし、おとなしく封印の人柱となってくれたまえ」


 それって、俺を犠牲にするってこと?

 レオナルト様はそう言ったのか?

 俺は死ぬのか?


「もう、レオナルトったら。冥土のお土産くらい、くれたっていいじゃないの。私が教えてあげるね、リヴィアス君」


 エノーラ様がにっこり微笑んで、レオナルト様の前に出た。


「うわぁ。教えてあげるほうが逆に残酷じゃない? まったく、いい趣味してるよキミは」

「そう? 家畜にもちゃんと、ご希望どおりに教えてあげるなんて。愛があると思わない?」

「か……家畜?」


 誰の事を言ってるのか?

 困惑する俺に向かって、エノーラ様がにっこり微笑んだ。


「そう、キミは家畜。人間様の平和を守るために、糧となるべく育てられた家畜よ」


 何言ってんだよ!

 俺が家畜?

 意味がわからない!

 なんなんだよこれ!


「魔界の入り口を封印するには、魔属性の魔力が必要なの。そしてキミは、生まれついての魔属性の持ち主。百万人に一人の、とっても貴重な家畜なのよ。牛さんでいえば、バラミア産の高級肉といったところかしら」


 わからない!

 もう何が何だかわからない!

 これは現実に起きてることなのか?


「キミはこの日のために育てられたのよ。キミがお父さんと思ってる男はね、飼育係。キミの本当の両親は、あなたを引き渡さなかったから殺されたわ」


 父は、父じゃない?

 本当の親は殺された?

 次から次へと、現実味のない話が続く。

 言われてることは真実なのか?

 でも現に今俺は閉じ込められているし、冗談とも思えない。


「殺されたという表現はナンセンスだよ。家畜の親は家畜なんだから。人類の糧となった、という表現が正解じゃない?」

「あいつの親は僕たち人類よりも、子供を守ろうとしたんだよね。ほんとの役立たず、何の糧にもならないゴミだよね。こういうのは殺処分って言うんだよね」

「お! ヴァンサン、それだそれ。しっくりきたね! はっはっは!」


 非人道的な例え話に対し、レオナルト様はとても愉快そうに笑った。


「あ、ちなみにキミの親を殺したのは、キミの飼育係だからね。彼はその役目を受けることで、王国から賃金を受け取っていたのさ」


 じゃあ俺はずっと、父と思っていた両親の仇に虐待を受けながら、家事も仕事もさせられていたのか!

 殺された本当の母のことを、男を作って出ていった「あばずれ」だとも言っていた。

 あれもウソだったのか?

 そ、そんな……。


 じゃあ、この帽子は何なんだよ。

 唯一プレゼントされた、羽付きの帽子……。

 俺は頭を抱えるように、両手で帽子を握りこんだ。


「ほーら、みんなもよーく見ておくのよぉ。私たちは、豚さんや鳥さんや牛さんや下民さんを糧にして生きているの。魔属性は下劣な魔力だけど、私たちの大事な平和を守ってくれる、とーってもありがたい栄養なんだから」

「ぶふふ。命の尊さを学ぶ課外授業ってとこだよね……」


 信じられない……。

 目の前で俺が……人が一人殺されようとしているというのに。

 生徒たちまでもが、まるで本当に課外授業をしているかのような表情だった。

 いいもの見れた……そんな顔をしているのだ。


「いやだ! 死にたくない! 助けて! 誰か助けて!」

「みんな、家畜が命乞いしてるぞ。ちょっとかわいそうになってくるよなぁ。でもこれが、生きるってことだぞぉ」


 レオナルト様がそう言った瞬間、「ぶっ!」と噴き出した生徒がいた。

 アレックスだ。

 それが引き金となって、生徒たちが一斉に笑い出した。


「はっはっはっは! レオナルト様、パネェっす!」

「やだもう、レオナルト様ったら。笑わさないでよぉ」

「いやまじ! もうマジでかわいそうじゃん! 泣いちゃってるもんよぉ」


 異様な光景だった。

 人とか家畜以前に、命乞いを前にして笑う神経が分からない。


 こいつらは命の尊さなんて、みじんも感じていないんだ。

 本気で思ってるんだ。

 自分たちは偉い人種で、俺みたいな人間は自分たちのために犠牲になるのがあたりまえなんだと。


「まあでもリヴィアス君、大丈夫だ。封印でキミの魔力を使うからって、死ぬわけじゃない。ただ魔力が消費された状態で、強力なモンスターがウヨウヨ生息する魔界に転移されるだけさ。運が良ければ生き残れるぞ!」

「へえ。なんだ、よかったじゃねぇか! 家畜なりに根性見せろよなリヴィアス」


 ニヤニヤした顔で、アレックスが俺に向かって言った。


「でも、家畜とはいっても考えたりしゃべったりするのよね。せめてもの慈悲よ。最後に言いたいことある? 聞いてあげるよ」


 エノーラがフフッと笑った。


 俺は生まれてから、ひどい目にばかり合わされてきた。

 幼少から虐待を受けながらも、生かされ続けてきた。

 インペリウム学園では常にいじめられ、地獄のような魔力底上げの訓練をさせられてきた。

 そのすべては、ここで封印に使われるためだった。


 そうか……。

 俺はこいつら人間に騙され続け、苦しめられ続け、そしていいように利用されて殺されるんだ。

 だったら……。


「俺が家畜だってんなら……人間じゃないってんなら……俺は人間の敵だ!」


 そう叫んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。

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