第9話
◆
墓地の見学は意外な人数が集まった。
どういう素性とも知れない記者らしい人物はやはり十人程度だったが、市民がどうしてか墓地に集まっていた。市民の数は五十人ほどいたのではないか。
何か特別な日だったわけではない。一部の市民はどうしてこんなに人が集まったのか、不思議に思っているようにも見えた。
それよりも、この記者向けの墓地見学に集まった市民たちは、記者たちが構えるスマートフォンの前に集まり、それぞれが自分の思いを感情的にぶちまけ始めた。
食べ物に苦労している、飲み水にも苦労している、疫病が広まりつつある、シェルターの中の劣悪な環境を報道してほしい、爆撃が続いてから夜も眠れなくなった、そんな言葉が次々と強い口調で、様々な表現で行き交う。
僕はユルダとともに様子を見に来ていたので、そんな彼らを少し離れたところから、さも別の墓標に祈りを捧げに来たけれど状況に困惑しているという雰囲気で眺めていた。
「こんなに墓地に人がいるのは初めてだ」
僕の言葉に、当たり前だろう、とユルダが応じる。不機嫌そうだった。
「俺たちが何もしていない以上、軍がやったんだ。市民に記者が墓地を取材するという情報を適当に流せば、人も集まる。無制限に人が集まれば収拾がつかないのは自明だから、うまくやったようだな」
ユルダはそう言いながら、集団を緩く囲むように並ぶ兵士を見ているようだった。兵士は明らかそうとわかる服装をして、自動小銃を携行している。威圧感のある光景だが、市民は少しも臆していないし、記者たちも慣れているようだ。
市民の中にいる老婆が何事かを絶叫し、崩れ落ちた。嗚咽を漏らしてうずくまる彼女を、記者たちがスマートフォンで撮影している。
老婆の様子には胸を打つものがあるが、それを撮影している記者を含めて離れて見ていると、何か、映画の撮影現場を見ているような気分にもなる。
記者の一人がスマートフォンをぐるりと墓地の光景に巡らせるように動かしたので、僕とユルダはそっと誰とも知れない墓標の前でこうべを垂れる姿勢に戻った。
「こんなところで言うのもなんだが、ハンマ、困ったことが起こっている」
「なんだ? もうすでに困りすぎるほど困っているよ」
「配給のことだ。数字と実数が合わないことによる影響が大きくなったきた」
僕はちらりとユルダの横顔を見た。ユルダは瞑目していた。しかし言葉は続く。
「死者を捏造した影響だ。食料の配給される総量が、帳簿の上での数字より、実際の数字の方が大きくなりつつある。当たり前だ。例えば十人が生きていて、その十人に合わせて配給量を計画しているのに、実際には十二人や十三人が生きているんだからな」
そうか、としか僕は言えなかった。これ以上の揉め事など御免だったが、この問題は身から出た錆としかいえないものだった。
「配給は、ほとんどが炊き出しという形のはずだ。なんとかならないかな」
「炊き出しだから今はなんとかなっている、ということだ。そうやって誤魔化せないものは、計画を立て直さないといけない。不自然にはなるが、なんとかなるだろう。ただ、ややこしいな」
あまり長い時間、立ち尽くして祈りを捧げ続けるのも不自然だろうと、僕とユルダは誰かの墓標の前を離れた。記者による市民への取材は終息に向かっており、集まっていた市民も散り始めていた。
僕とユルダは歩きながら、配給について意見交換したが、いくら二人で話し合ったところで備蓄されている物資がいきなり増えるはずもない。
シェルターに辿り着く寸前だった。空襲警報が鳴り始めた。駆け出して、自分たちのシェルターを目指す。爆音を伴ってミサイルが飛来し、どこかの建物を破壊する轟音が全てを圧する。
なんとかシェルターに飛び込み、奥へ進んだ。墓地にいたものたちも避難しただろうが、市民が空襲警報で逃げ惑う様子は、さぞ記者たちにとっては美味しい映像だったはずだ。
何度か、激しい振動がシェルターを揺さぶる。電気が時々、消えた。情報端末はどれもバッテリーを内蔵しているので、停電でデータが飛ぶことはない。
ユルダが離れ際に「配給の量の再計算は俺の方でなんとかやっておくよ」と言ってくれた。
僕は彼の背中に礼を言い、自分の仕事に戻った。
調査を継続している生存している市民の情報は、依然として錯綜していた。死んでいるとされたものがひょっこり五体満足で現れたり、行方不明者が病院のベッドで動けずにいたりする。市民には時間を見つけては自分の家族を探すために東奔西走するものがまだまだ大勢いた。
ついでに、初期段階でダァナ市から脱出した人間についても、わからないことが多かった。全く統制がとれていない状態だった上に、爆撃がひどいために所在の確認も生死の確認も不可能な場合が多い。
結果、ダァナ市では侵略を受ける前は人口は八万人ほどいたとされるが、現在の僕たちの手元にあるデータベースでは、五万人程度しか把握できていない。
僕はその日も遅くまで仕事を続け、ここのところの日課になっているその場にいる全員でのメリダ国国営放送のニュース配信を眺める時間になった。全員が小さな端末の画面を覗き込む。
ダァナ市の墓地からのレポートはほんの短い時間だったが、なるほど、確かに情に訴えかけるような内容ではあった。例の泣き崩れた老婆の映像もちゃんと編集されて組み込まれていた。それと、僕とユルダの背中が映った場面もあった。この時ばかりは仲間たちが笑い出した。僕とユルダは居心地が悪いったらない。
いずれにせよ、ガルダ大尉の思惑は当たったようだ。
そう思えた。
しかし、状況は何も変わらないまま、さらに十日が過ぎた。
ダァナ市がリューゼス連邦軍に包囲され、五十日になろうとしている。
大きな変化があった。
街の西側の運河を渡るための橋、唯一残されていた橋が爆破されたのだ。
メリダ国防軍の作戦なのか、リューゼス連邦軍による攻撃なのか、情報は錯綜したが、橋がなくなったという事実は変わらない。
ダァナ市の孤立は、より深刻なものに変わった。
(続く)
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