第8話

       ◆


 早朝に墓標を設置するのが日常になったある日、ガルダ大尉からの呼び出しがあり、僕は例の軍が使っているシェルターへ出向いた。僕と面会したのはやはりガルダ大尉だけだった。

「ハンマさん、現在の死者の数を教えていただけますか」

 大尉の言葉に、僕は持参した端末を起動し、数字を確認した。

「四〇三一人です」

「実際の死者の数ですか?」

 どきりとしたが、狼狽はなんとか隠せたはずだ。

 僕は別のファイルを開き、読み上げた。

「実際の死者数は、三六八九名です」

「つまり……、三四二名は存在しないわけですね?」

「存在しないというよりは、身元不明の死者、ということになります」

 なるほど、とガルダ大尉はなんでもないように頷いた。罪の重さ、裏切りの意味を彼は正確に理解しているのだろうか。僕にはそうは思えなかった。僕は自分がやっていることにおびえ始めていた。

「ハンマさん、メディアを墓地に入れようと思います」

 僕が自分の内なる思考に没頭していて、ガルダ大尉の言葉に反応が遅れた。

「メディアを、なんですって?」

「墓地を取材させます。それで少しは訴求力が補強できると思います」

 彼が何を言っているかを想像し、すぐに察しがついた。

 彼は、世界のメディアによるこの戦争の実際、ダァナ市の実際の報道を、インパクトの大きいものにしようとしているのだ。そもそも死者数を偽ったのも、そのためだ。墓地を見せるなどというのは、死者数の捏造と比べればどうということはない。

 問題は、僕たちが当の海外メディアの実際を知ることができないのに対し、軍はそれを知っている、ということだ。

「大尉、その、お聞きしたいのですか」

 どうぞ、というようにガルダ大尉は無言で頷いた。

「我々は情報ネットが復旧してからも、メリダ国以外のメディアに触れることができないのですが、何故でしょうか」

「民間からでは他国のメディアに接触できないようになっているだけです。士気に関わりますので」

 どう応じるべきか考え、僕は舌をもつれさせながらやっとのことで言葉にした。

「戦況は、悪いのですか?」

「いいえ、メリダ本国は国際的な支援を受けて、リューゼス連邦軍を押しとどめつつあります。それはダァナ市についてはあまり救いにはなりませんが」

 士気に関わる、というのは、ダァナ市の市民がもはや捕虜になるか、殺されるかしかないと悟るのを避けたい、ということか。

 そんなことは多くの市民がぼんやりと意識しつつあることだ。情報を選別したところで、そのひたひたと迫ってくる絶望の影を意識しないで済むなんてことはない。

「我々にも海外メディアの情報を渡してもらえませんか。自分たちの行動の結果を知りたいのです」

 この時、珍しくガルダ大尉はすぐに首を左右に振った。

「それはできません。必要があれば、私の口から伝えます」

 しかし、と言葉を返そうとしたが、ガルダ大尉の方が早かった。

「墓地にメディアを入れます。日程はこちらから通達します。民生担当者の側からも状況を把握しておけるように人員を出してください。軍からも人を出します」

 一息に言うと、これで話は終わりだというようにガルダ大尉が席を立ち、外へ通じる扉を手で示した。無言でだ。

 僕は何も言わずに座ったまま、彼を見ていた。

 感情をめったに見せない男は、既に通常通りの無表情に戻っている。ただ鋭い眼光を僕に据えている。口元は強固な意志を示すように引き結ばれていた。

 少し粘ったが、結局は無駄になり、僕は席を立った。シェルターを出ると夕暮れが街を染めていた。

 もはや街の様相は激変していた。激しいミサイル攻撃にさらされ、高層建築は破壊されて無残な断面を晒し、そこここで完全に倒壊した建物が瓦礫の山と化している。もう嗅ぎ慣れてしまった異臭は、ずっと昔からこの街に存在したかのようだ。

 自分たちが働くシェルターへ向かいながら、僕は墓場をメディアに取材させるということを具体的に想像しようとした。報道記者はほんの十人もいないはずで、さすがに墓を掘り起こしたりはしないだろう。

 メディア受けする映像として、家族が墓標の前で泣きながら祈りを捧げているようなシーンがあったほうがいいのか。それとも、実際に遺体が埋められる場面があったほうがいいだろうか。

 いかにもおぞましい発想だった。誰かの悲しみや絶望を材料にするなど、間違っている。遺体を埋めることもまた、見世物にするようなことではない。

 自然、ため息が漏れた。

 シェルターに戻ると、仲間たちは仕事を継続していた。死者は毎日、その数を増やし続けている。それに合わせて食べ物、飲み物その他を調整しないといけない。

 ユルダが近づいてきて、僕を見るなり口をへの字にした。

「また何か、軍人さんからのお願い事を聞いてきたって様子だな」

「まさにね……。墓地をメディアに取材させるそうだ」

「それくらいならいいだろう。まさかスマートフォンのカメラを回しながら、墓を暴いたりはしないだろうしな。いくらでも映像を撮らせてやれよ」

 しかし、と僕は椅子に力なく腰掛けて、額に手をやっていた。

「市民が見世物にされるのは、僕はあまり好きじゃないよ。僕たちは、救済を望んでいるんだから」

「救済のためにいもしない死者を捏造したから、許されると思っているか?」

 僕は顔を上げてユルダを見た。ユルダは笑みを浮かべていたが、力はなかった。

「俺やお前は、純粋な被害者じゃないよ。情報を操作して戦っている、ある種の兵士みたいなものさ。戦場にいるんだよ」

 ユルダが言いたいことは、被害者意識を捨てろ、ということか。 

 僕は状況に流されたけれど、ダァナ市の防衛やリューゼス連邦への情報戦で、軽くない役割を負っているのだとできるだけ意識しないようにしていた。

 もはやそれは直視しないではいられないのかもしれない。

 僕が黙り込むのを気落ちしたのと勘違いしたのか、ポンとユルダが肩を叩いた。

「墓地の見学ツアーの企画を練るとしよう。メディアの皆さんが何を求めているかは知らないが、さすがに何かしらは用意してやったほうがいいだろう」

 そう言ってから、少し低い声でユルダは続けた。

「死者数の捏造よりも、そのほうが効果があるかもしれないしな」

 効果、か。

 僕は自分が何をしているのか、わからなくなってきた。

 ありもしない虚偽、虚像で誰かを誘導するのが、僕の役目なのだろうか。

 誰かを騙すのが、僕の使命か。

 いくぞ、とユルダが動き出したので、僕も席を立って墓地の取材に参加させるべき仲間に声をかけていった。



(続く)

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