第44話 幼馴染の決意

「お邪魔します」


「あら、愛理ちゃん、ごめんなさいね。あなたのお母さんに大河の様子がおかしいと話したから、すぐ来てくれたのね」


大河の家は愛理の家の隣だ。すぐに大河の家にたどりつくと、玄関のインターホンを鳴らす。すぐに大河の母親が応対してくれて、愛理は家の中に招かれた。


「大河、くんの様子がおかしいと、母から聞いたんですけど、今日学校での様子は別にいつもと同じでしたよ」


「そうねえ、私も朝、大河を見送った時はいつも通りだと思っていたんだけど、家に帰って、出かけると言って出かけて、戻った後の様子がね。どうにもおかしくて」


 つい、不安になって愛理ちゃんの家に連絡してしまったの。


 そういう、彼の母親の様子は焦ってはいなかったが、心配そうな表情は愛理の母親と同じように見えた。



「大河、愛理ちゃんが来てくれたけど、部屋に入ってもいいかしら」


 部屋の奥から返事はなかったが、がたっという物音が中から聞こえた。部屋の中に大河がいることは間違いなさそうだ。彼の母親は本人の了承を得ずにドアを開けて愛理を招き入れた。


「なっつ、オレは許可していないぞ!」


 そこにいたのは、やつれた顔をした大河だった。大河の反論に対して、彼の母親は説教を始める。


「許可と言っても、大河が部屋に入ってもいいって言ったことないでしょ。お母さん、心配したのよ。愛理ちゃんのお母さんに相談したら、さっそく愛理ちゃんが来てくれたのよ。友達思いなおとなりさんに感謝しなさいよ!」


 彼の母親のいうことは最もだ。わざわざ心配して様子を見に来たので、感謝されるべきである。愛理はじっと大河の様子を観察する。朝学校で会った時より、多少やつれてはいるが、母親たちが心配するほどやばい状況ではなさそうでほっとした。


「じゃあ、お母さんは下で待っているから、二人でゆっくり話をしてちょうだい。話が済んだら夕飯にしましょう。愛理ちゃんが夕飯を持ってきてくれたから、みんなでいただきましょう」


 大河の不機嫌な様子にも臆さず、母親は部屋から出て行った。部屋に残された愛理と大河はじっと見つめ合う。先に目をそらしたのは、大河だった。



「お前が心配して様子を見に来てくれるとは思わなかった。とりあえず、立っていないでその辺に座れよ」


 ぼそぼそと言葉を口にした大河の言う通りに、愛理は床に腰を下ろす。


「大河の様子がおかしいって言われて飛んできたんだけど、そこまでひどくなさそうでひとまず安心した」


「あのくそ親……。別に大したことじゃない。ただ」


 大河は愛理に話すべきか迷っていた。自分が放課後、謎の男に持ち掛けられた話はを愛理にしていいものだろうか。


「ただ、何なのよ。面倒くさいなあ!話して、悩みをすっきり解決したらいいと思うよ。今の大河はただただうっとうしい奴になってる」


 愛理は大河の身に何かあったのだと予測する。最悪の場合、次のターゲットにされるのは大河かもしれない。殺されてからでは遅い。どんな些細な悩みでも聞いておくべきだと思った。


「オレだって、こんなことでいちいち頭を悩ませたくないんだよ!でも、オレの家には金が必要だ。それはお前も知っているだろう。だから」


 愛理の言葉にかちんときた大河は思わず、声を大にして叫んでいた。叫んだ直後、慌てて口をふさいだが、吐き出された言葉はもう元には戻らない。


「お金が必要……」


「だから何だよ。まあ、誰だってお金をくれると言ったら多少の興味は湧くだろう。オレもその程度だ。もちろん、ただで金がもらえるわけがない。相手は、オレに」


『時間売買を持ち掛けてきた』


 二人の言葉が同時に吐き出され、見事にハモりを見せた。



『お前らは、本当に仲がいいのだな』


 愛理の頭の中に白亜の声が鳴りひびく。愛理はとっさに違うと大声で叫んでしまった。目の前には大河しかいないため、大河は愛理の叫びに戸惑っていた。


「ご、ごめん。今のはなし。それで、時間売買を大河に持ち掛けてきた人がいたのよね?」


「ど、どうしてそれを」


「そんなことはどうでもいいの。それで、返事はしたの?」


 愛理の嫌な予測は的中していた。まさか、次のターゲットが大河になるとは。しかし、大河はまだこうして生きている。


「そんなにすぐ返事できることでもないだろう。だって、未成年が時間売買をすることは法律で禁止されているし、でも」


「絶対に時間売買をしてはダメ!」


 大河がその場で了承していなくてよかった。しかし、大河はそのことで悩んでいたようだったので、愛理はきつく大河に時間売買はダメだと言い含めることを忘れなかった。


「確かに自分の時間を売って、多額のお金がもらえるのは魅力的だけど、それをしては絶対だめだから。私は知ってる。彼らの末路がどんなに悲惨なことになっているのか。だから私は」


 愛理の説得は、大河を怒らせるのに十分だったようだ。


「知ったような口をきくな。お前に俺たちの事情が分かるのかよ!」


「わからないわ。でも、これだけは言えるの。時間売買は誰も幸せにしない。誰もが不幸になるだけ」


『愛理、こいつに何を言っても無駄みたいなようだ。とはいえ、犯人はこいつに接触した。だったら、こいつの行動を止めずに、ついていき、犯人を捕まえるのが得策だと思うけどね』


「白亜!」


「今のお前の言葉で決心がついた。オレは時間売買をして、お金をもらう。知っているだろう。オレの家は父さんが倒れてから、貧乏になった。母親が懸命に働いても、もらえる給料はごくわずか。オレだって、家族のためにお金を稼ぎたいと思うのはおかしくないだろう」


 大河が自分の気持ちを吐き出していく。しかし、愛理にだって、大河を止めたい理由があるのだ。双方が、自分の主張を譲らず、話は平行線をたどっていた。


「大河、あなたに電話があるのだけど、話は済んだかしら?」


 平行線をたどる二人の話を終わらせたのは、彼の母親だった。大河はこれ幸いと電話を受けるために部屋を出ていく。部屋には愛理一人が取り残された。


『このタイミングでのあいつへの電話か。やばいことになるかもしれないよ』


 部屋に愛理しかいないことがわかると、白亜が愛理の前に姿を見せる。愛理は、はあとため息をつき、床に頭をつけて脱力する。


「もし、今の電話が犯人からの時間売買の催促だとして、私はこの後、どうしたら大河を救えるのよ」


『救う、か。愛理のするべき行動は一つだろう。あの男についていき、愛理自身も犯人と接触すればいい。それと犯人逮捕に協力してくれるといっていた、あいつら二人にも連絡することだな』


「連絡って、でも……」


『戻ってきたようだ』


 部屋の外からこちらに向かって足音がする。白亜はとっさに姿をくらます。部屋はまた愛理一人だけになった。



「悪い、愛理。オレはもう決めたからな。今電話があった。オレは時間売買をしてお金をもらってくる」


 大河の瞳には覚悟の色が見えていた。愛理がいくら説得しようと止まることはないだろう。愛理も覚悟を決めることにした。大河が行くというのなら、自分もそこに行くまでのこと。


「私も一緒に行く。大河を一人で行かせるわけにはいかない」


「なんで、お前が」


「大河、そろそろ夕飯にしましょう。愛理ちゃんとの話を終わらせたくないのはわかるけど、時計を見てみなさい。お腹が減ってきたでしょう」


 母親の声が一階から聞こえてきた。母親の言葉に、二人の腹から空腹を訴える音が部屋に鳴り響く。二人は顔を合わせて見つめあう。


『ぷっつ』


 二人はお互いの腹の音に思わず笑ってしまった。


「とりあえず、今日すぐということはないから、今はお前の母さんが持ってきた夕食を食べるとするか」


「そうね。お母さんがせっかく作ってくれたご飯だもの。食べなきゃ損ね」


 二人は一時、話し合いを止めることにした。一階からカレーのいい匂いがしていた。


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