第45話 犯人逮捕へ

 愛理の母親が持たせたのはカレーだった。隣の家だからと言って、愛理に夕食として食べるように持たせたのは、カレーの入った鍋だった。


「やっぱり、カレーって家によって違うのねえ」


「これはこれでうまいな」


「当たり前よ、お母さんは料理が上手なんだから」


 腹が減っていた二人は、言葉を発しながらも、黙々とスプーンを動かして、カレーとご飯を次々に口の中に入れていく。大河の母親はその様子をほほえましそうに見ていた。



「ごちそうさまでした」


 食後の挨拶を終えて、二人は再び大河の部屋に向かう。部屋に入るなり、大河が厳しい目つきで愛理を睨みつける。


「それで、なんでオレについて来ようとする」


「なんでって、大河が時間売買するのを阻止しようと」


 愛理は理由を聞かれてぎくりとする。今、言葉にした理由も本心であるが、これ以上、児童不審死事件の被害者を増やさないために、犯人を捕まえたいという思いもあった。


「それ以外にも理由があるだろう。別に法律で禁止されてはいるが、オレ自身の時間が減るだけで、特にそれ以外に身体に影響が出るわけでもない。それなのに、どうしてそこまでオレを止めようとするんだ」


 大河の純粋な疑問に、愛理はどう答えようか頭をフル回転させて考える。大河に今までの児童不審死の被害者の特徴を言うべきだろうか。そして、今回大河が次のターゲットになっていると正直に話せば、わかってもらえるだろうか。答えに窮し、言葉を発せないでいる愛理を見て、大河は誤解していた。


「本当に、オレを心配してくれていたのか。でも、お前はオレのこときら」


「ごめんなさい。理由は言えないけど、私は大河を止めたい。でも、大河の決意も堅いことがわかった。なら、ついていくしかない」


 しばらく沈黙が続いた。愛理の真剣な表情に大河が表情を崩して妥協した。


「わかった。お前がそんなにオレのこと……。いや、今はそんなこと言っている場合じゃないな。オレについてくるって、本気なのか?」


 愛理が自分の心配をしてくれることにうれしくなっていた大河は、愛理の言葉に我に返って問いかける。当然、愛理は答えは決まっている。


「正気に決まっているじゃない。それで、いつ、どこで、誰と会うことになったの?私もその日は予定を空けておくから。ああ、逃げようとしても無駄だから。大河も知っていると思うけど、私、時間を止めることができるから」


「そ、そうか。でも、いや」


 大河はあまりの愛理の必死さに、ついてきてもらおうと考えを改めた。一人より、二人の方が安心できる。正直に言うと、大河は一人で時間売買をすることに不安を覚えていた。だからつい、待ち合わせ時間と場所を愛理に話してしまった。


「いつも学校から帰るときに横切るあの公園に、明後日の放課後、来て欲しいって。オレに声をかけてきたのは……」



 愛理は話を聞き終えると、すぐに家に帰る支度を始めた。夕食が遅くなり、話もしていたせいで、すでに夜も遅い時間となっていた。いくら隣同士の家とは言え、あまり遅くなると、母親が心配してしまう。大河から待ち合わせ場所と時間、それに相手の名前も教えてもらうことができたので、愛理にとっては思わぬ収穫となった。


「ただいま」


「おかえり、大河君の様子はどうだった?ちゃんと話は聞いてあげられたかしら」


「問題ないよ。大した悩みでもなかったけど、仕方ないから、ついていくことにした」


 母親の心配そうな顔を素通りして、愛理は自分の部屋に向かおうとするが、それを止めた人物がいた。


「愛理、今までどこ行っていたの?」


「美夏!私のことがわかるの」


 声をかけてきたのは、妹の美夏だった。美夏はどこか警戒したような表情で愛理に問いかける。しかし、いつもと違うのは、愛理のことを名前で呼んだことだ。今までは自分に似ている誰かという認識だったはずだが、今日は様子が違っていた。少しでも記憶が戻ったのだろうか。


「お母さんがあんたのことを心配していたから、あんまりお母さんに迷惑をかけない方がいいと思ったから。別にあんたがどこ行っていようが私には関係ない」


 ぶっきらぼうに言い放つと、すぐに美夏は自分の部屋にこもってしまった。美夏に話しかけられたのは久しぶりだと気づき、うれしく思う反面、いまだに記憶を取り戻せていないことに悲しみも覚える。いったい、いつまでこんなむなしい生活が続くのか、愛理はいい加減に嫌になっていた。



「次のターゲットがわかったとはどういうことですか。詳しく教えてください」


 愛理は部屋に着くとすぐに電話を掛けた。もちろん、部屋に入る前に電話機のの子機を持っていくことを忘れていなかった。まず初めに電話したのは、塾の先生である田辺だった。田辺の方が愛理と同じ気持ちを持っていて、話しやすかったのだ。


「ええと、私には幼馴染の男子がいるんですけど、どうやら彼に犯人が接触したみたいで、それで様子がおかしいことに気付いたので、問い詰めたら、お金を得るために時間売買をすると言っていました」


「それは本当ですか。では、犯人と接触することが可能ということですよね。わかりました。早速ですが、相手の名前と集合日時、待ち合わせ場所を教えてください」


 田辺の食いつき具合に愛理は驚きつつも、大河との会話を思い出し、詳細に話をしていく。白亜と話した時に気付いた被害者の共通点も伝えておく。


「貧困家庭で、お金が欲しい子供、ですか。確かに被害者全員に共通していることですね。これは、愛理さんが一人で考え付いたのですか?」


「いえ、違います。白亜と話していて気付いたんです。だから、白亜のお蔭でも」


『電話を回せ』


 電話の途中で、白亜が愛理の前に姿を現し、愛理から受話器を奪い取る。愛理が止める間もなく、田辺に向かって話し出す。


『今の話だが、当然、愛理は大河についていくそうだ。お前は自分の兄に連絡をつけろ。犯人は厄介な相手だ』


「ツーツー」


話したいことを話した白亜は、田辺の返事も聞かずに勝手に通話を終わらせて、子機を愛理に返した。白亜の行動に愛理は驚いて固まっていたが、白亜が気にする様子はなかった。


『何を固まっているのか知らんが、これで、愛理のしたいことができるぞ』


 犯人逮捕ができる。


 白亜に言外に告げられて、愛理の思考は動き出す。そうだ、大河には悪いが、犯人が大河を狙うことは判明した。それについていくことで、犯人を捕まえることができるかもしれないのだ。


 その日、愛理はなかなか眠ることができなかった。これから出会うであろう、犯人の姿を想像したり、どのような気持ちで子供の命を奪っているのか考えたりしているうちに、朝になってしまった。明け方、やっとうとうとしている中、ちょっとした夢を見た。



「な、なぜ、あなたが」


「お前こそ、いや、これは素晴らしい機会だ。お前のせいで、オレは」


 愛理の前には、二人の男が言い争いをしていた。背中越しなので、誰なのかはわからなかったが、お互いに知り合いのようだ。愛理たちが経っている場所は、どこかの公園のようで、この場所を愛理は知っている気がした。


 はっと目を覚ますが、そこにはカーテンから陽の光が差す、自分の部屋があった。愛理は頭をふって、今見た夢の内容を忘れようと試みた。しかし、夢にしてはあまりにも鮮明過ぎて、なかなか頭からその映像を消すことはできなかった。まるで、何かの暗示のように愛理の頭にこびりつく。


「そろそろ起きないと、遅刻するわよ」


 一階から母親の声が聞こえる。愛理はベッドから下りて、もそもそと学校に行く支度を開始した。パジャマから私服に着替え、一階に下りていく。


「まさか、これが世間でいう、予知夢みたいなものとか言わないよね」


 愛理が漏らしたつぶやきは誰にも聞こえることなく、静かに部屋に響き渡った。



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