玄関を開けると短い廊下、その先にリビングがあって、さらにその奥が寝室。俺はリビングに上がって、最低限の身の回りの物をまとめた。誰もいないと思っていても、なぜだか自然と足音をひそめてしまう。ひとりの部屋は、やっぱり空虚で、いつもの休日を思い出した。

 後は、寝室の本棚にある書類やらなにやらを持っていけば、なんとか生活はできる。寝室のドアを開け、中に入ると、ベッドの上に人影があった。見慣れた、ほっそりとしたシルエット。翔真が、ベッドに腰掛けて煙草を吸っていた。

 「来たんだ。来れないと思ってた。」

 さらりと流れる水みたいに、翔真が言う。俺は、言葉を失って突っ立っていた。だって、翔真の姿と部屋の様子は、あまりにも分かりやすく、事後だった。濡れた髪と、ボタンを留めずにはおったシャツ。男二人分の汗と精液の匂い。翔真がここに残っているのは、もちろん俺を待っていたからなんかではなくて、昨夜が雪だったからだろう。雪の中でかけるのが嫌で、男を部屋に呼び込んだのだ。俺と暮らしていた間、それだけは、しないでいてくれたのに。

 「……荷物を、」

 俺は、ぎこちなくそれだけ絞りだし、翔真に背を向けて本棚の前にかがみこんだ。その俺に翔真が、さも呆れた、という感じの声を投げかけてくる。

 「そういうとこ、まじで嫌いだった。男引っ張り込むなって、言えばいいじゃん。」

 「……。」

 俺はなにも言えず、ただ黙って本棚の中身を整理した。

 「荷物まとめて、黙って出て行くんだ。そういうとこも、まじで嫌い。言いたいことがあるなら言えばいいのに、黙って被害者面するよね。いつも。」

 煙草と香水の匂いが、汗と精液に混ざって香る。俺にとってはいつも、それが翔真の匂いだった。自分の魅力に自覚的で、性的に奔放で、いつも眩しかった、翔真の匂い。胸がいっぱいになった。何度裏切られても俺は翔真の側を離れなかったし、今だって離れたくはない。でも、もう終わりなのだ。決定的に、嫌われてしまったから。

 「かわいそうなところもあるとは思うよ。親のこととかね。でも、それにいつまでも胡坐かいてぐじゅぐじゅしてるとこ、まじで嫌い。」

 翔真の言葉は、止まらない。煙草の煙と一緒に吐き出されては、どんどん俺の心を抉っていく。

 「自分が一番かわいそうだと思ってるんでしょ? 俺みたいなお気楽な人間とは、出来が違うと思ってる。」

 「違う、」

 反射で言い返してから、その先の言葉が続かなかった。 

 「違わない。」

 翔真があっさり、俺の言葉を撥ね付ける。

 「全然違わない。あんた、いつもそうだったよ。」


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