俺は、それ以上言い返す言葉もなくて、黙って書類をまとめて、慎一郎さんに借りた鞄に詰め込んだ。こういうところを翔真に嫌われているのだろう、と思いながら。

 「……その鞄、どうしたの?」

 不意に翔真が声のトーンを変えたから、俺はもう傷つきたくないのに、翔真の顔を見上げていた。翔真の声には、さっきまでの俺を徹底的にあざける色はなくて、だったらどんな色があるのかといえば、なんの色もないのだ。そんな声を、俺はこれまで翔真から聞いたことはなかった。

 「……借りた。」

 「男物だね。」

 「……うん。」

 「誰に?」

 誰でもいいだろ、と示すために、首を横に振った。慎一郎さんのことを翔真に話すには体力が足りなかったし、話したいとも思わなかった。これで、全てが終わりだと思った。荷物はまとめ終わったし、これ以上話すことだってない。もう、俺が出て行く以外のイベントなんて、起こりようもない。それなのに、翔真が立ちあがって、こちらに歩み寄ってきた。俺は、驚いて身がすくんだ。一瞬、瞼も閉じた。翔真が、薄く笑うのが分かった。

 「いつも俺のこと、怖がってたよね。今もだけど。」

 否定はできなかった。いつも怖かった。翔真が、というよりは、翔真に嫌われることが。翔真に嫌われるような振る舞いをしてしまうことが。いつも、怖かった。

 「その鞄のひとのことは、怖くないわけ?」

 俺は、なにを訊かれているのかよく分からないまま、機械的に頷いた。慎一郎さんは、怖くはない。

 「友達とか、男とか、全然いないと思ってた。」

 翔真が言って、俺は曖昧に頷いた。友達も男も、全然いない。翔真の言うことは、間違っていない。多分翔真は、慎一郎さんの鞄を見て、勘違いをしている。でも、その勘違いを否定する気にはなれなかった。最後の見栄だ。俺にだって、あの雪の真夜中に、頼るひとのひとりくらいはいると。

 「あっそ。じゃあね。」

 翔真は短くそう吐き捨てた。今度こそ、終わりだ。こんなにあっさり、俺と翔真の5年間が終わってしまう。俺は鞄を胸に抱きかかえて立ち上がり、じゃあね、と、それだけ返した。それ以上口を開くと、一緒に嗚咽が零れだしそうだった。そのままの勢いで、翔真に背を向け、アパートを出る。足を止めたら、その場に座り込んでしまうと分かっていた。座り込んだら、終わりだ。もう立ちあがれない。俺はまた、翔真に縋ってしまう。もう終わりなのだと分かっていても、もう一度だけ、と彼に縋った夜が、俺には何度もあった。

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