4① ー書庫ー

「旦那様が直接こちらにいらっしゃることはないと思いますので、好きに見ていただいて大丈夫です」


 図書館のような広さに、フィオナは目を輝かせた。体の弱いフィオナにとって本は大切な知識の塊である。

 領主の城にある図書館より広いかもしれない。天井高のある部屋は広大で、どこに何があるのか確認するだけで時間が掛かりそうだ。


 細かく分類され並べられているのを物珍しげに眺めていると、気になる部門を見付けた。


「魔法?」


 一冊取り出して眺めると、そこには傷薬の作り方や火傷の治し方などが載っていた。生活に密着した本のようで、魔法というより薬の製作方法の本だ。

 魔法の本はブルイエ家にあった。本当の魔法の本だったが、フィオナはほとんど使うことはなかった。フィオナの体力では魔法を発動するのに疲労が伴うからだ。

 ぱらぱらとめくっていると。リディが興味深そうな顔をした。


「魔法にご興味があるのですか?」

「人と人の体を入れ替える魔法とかあるのかと思って」

「どうでしょう。古くはそんな魔法があったかもしれませんが、戦争があって多くの魔法が禁止されましたし、この国で魔法を使える人は限られていますから、あってもこの書庫に保管されているかどうかは」


 何百年も昔、魔法を使った大きな戦いがあった。その戦いは大きな犠牲を伴ったため、その後攻撃的な魔法などが書かれた本は禁書になり、許可を得た者だけが学ぶことを許されるようになった。それはフィオナも聞いたことがある。


(でも、ブルイエ家には……)


「旦那さんも使えないんですか?」

「旦那様は優秀な方ですので、魔法も得意でいらっしゃいます。公爵家の人間は攻撃魔法などを学ぶ許可を王から得ておりますし……」


 リディは言い淀んだ。クラウディオが使えるのならば、クラウディオに聞くのが一番早いと言うわけだ。禁書になっている本も、この場所ではない別の書庫に保管されているかもしれないという。

 しかし、それを確認するには、セレスティーヌが別人になっていることを伝えなければならない。


 フィオナは、ぐぬぬ、と頭を抱えた。手っ取り早く聞ける相手に聞けないとは。


「フィオナ様は魔法を使われるのですか?」

「私は、あまり。セレスティーヌさんは使えるんですか?」

「奥様は魔力のある方でしたが、魔法を学んだことがないので使えないです」


 魔法を使うには魔力がなければならない。魔力はある者とない者がおり、それは遺伝であったり先天性であったりとまちまちだ。ただ魔力があってもそれなりに魔法を学ばなければ使うことは難しい。


 セレスティーヌは魔法が使える魔力を持っていても、学ぶことはしなかったようだ。

 それを口にすると、リディは困ったような顔をした。


「セレスティーヌ様のご両親は、女性に学びを与える方ではなかったのです。この国では女性がなにかをするには男性の許可が必要ですから。ご自身が自由にできるお金があれば違いますけれど、親の庇護にいる内は父親の許しを得なければなりません」


 若い女性であるセレスティーヌが自由にできるお金はなく、学びに使うことを父親が許さなければなにも学べない。父親の庇護下から公爵の配偶者になり、公爵夫人となってセレスティーヌにお金は与えられたが、彼女が学びに使うことはなかった。


 嫁いだのにわざわざ勉強する必要はないということだろう。セレスティーヌの身分ならば周りが全てを行ってくれるからだ。


「旦那さんに離縁を突き付けられたらどうなるんでしょう。実家に戻るしかないんですか? 働きに出たり、個人的にお店で働いたりとかはできないんですか?」

「離縁されることはないと思いますが、ご実家に戻ることは好まれないと思います。ご両親と仲が良いわけではないので。それと、公爵夫人が働きになど、世間体もありますので難しいです。事業としてであれば行なっている方もいますけれど」


「セレスティーヌさんが自由に使えるお金はないんですか?」

「公爵夫人に相応しいお金をいただいています。その辺りも結婚の際に契約されておりますので」


 両親と仲が良くないのにクラウディオと結婚ができたとなると、クラウディオの家に恩を売ることに利があったのだろうか。

 それにしても、お小遣いが契約で決まっているとは、クラウディオに嫌がられる一端ではなかろうか。


 しかし、セレスティーヌはそのお金でドレスや装飾品を良く買っていたそうだ。クラウディオに見せるためだろうが、意味を為さなかった。そも、借金で苦しんでいる夫のお金をそのように使っていれば嫌がられて当然だろうに。


 あれだけ相手にされていないのに、逆にメンタルが強いというか、めげない性格である。

 だからこそ、おかしな薬に手を出してしまったのかもしれない。

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