第2話 壊れゆく日常

朝。


やっぱり、夏の朝は少し冷えるものだ。

まだ周りの人達が活動をしていないのか、外も静かだ。

音もなく、目も瞑っているので視覚もなく。

研ぎ澄まされた感覚が、より一層肌に触れる空気を敏感に感じる。


「さっっっっむ!?!?!?」


寒いというより痛い。

足先がキンキンに冷えて、霜焼けになりそうだった。

昨日とは比べ物にならないくらいの寒さ。

ふと、草太は枕元にあるスマホを見る。

時間は6時30分を回っていた。


昨日と同じ部屋。

同じ天井。

同じ朝のはずなのに、胸の奥がざわつく。

そもそもこの時間帯、いつもなら隣の荒波道場から練習生の声が聞こえるはずだった。


草太は布団に包まりながら、カーテンに手を伸ばして外を見た。


「………え?」


視界が白かった。


隣の道場を囲う壁も、広場も、道もーー

全てが白一色に覆われている。


ひらひらと舞い落ちる白い結晶が、夏の朝の光を反射していた。


「……雪?」


思わず声がかすれる。


あり得ない。

今日は夏だ。

昨日までは、確かに夏だった。


草太は慌ててスマホを掴み、Tmitterを開いた。

画面には、流れるように同じ話題が並んでいる。


ーー【異常気象】全国的に気温急降下

ーー【速報】専門家語る「ウェーブ現象とは」

ーー【緊急】夏季に降雪を観測


草太の視線が、その文字に釘付けになる。


慌てて一階へと降り、テレビを付ける。


「では、ウェーブ現象について気象庁と繋がっております」


「我々が認識していた地球温暖化についてですが、これは地球寒冷化の前兆だったと考えられます。まるで津波のように波が……」


どのチャンネルを変えても、同じことばかりを報道していた。


「……嘘でしょ……?」


口ではそう言いながら、胸のざわつきは消えなかった。


着替えを済ませ、草太は外に出る。

隣の荒波道場へと視線を向けた。


いつもなら朝の稽古を行なっているが、流石にこの雪ではできなかったのだろう。

門も閉まったままだった。

円果の姿も、特に見られなかったので、草太は橙弥の家に行くことにした。


その途中で、見慣れた後ろ姿を見つける。


「……まどか!」


振り返った円果は、同じように不安げな顔をしていた。


「そうた、これ……どうなってんの?」


同じ疑問を抱えたまま、言葉を交わそうとした、その時だった。


ーー地面が、揺れた。


道の側にあった木々を薙ぎ倒し、黒い影が現れる。

赤い複眼に、6本の脚。

まるまると太った腹部。


「……なに、あれ」


巨大な蜘蛛のような化け物が、雪を踏み締めて姿を現した。


円果は、一瞬で今起こっている状況を理解したように、息を整えてスッと構えの姿勢を取る。


「……下がってて、そうた」


その声には、いつもの軽さがなかった。


一方で草太はーー

全く足が動かない。


幾度となく、ゲームの中では倒してきたモンスターだが、現物を見るとなるとそうもいかない。

頭の中が真っ白になる。

膝が草太を嘲笑っていた。


蜘蛛の化け物は、円果を認識すると頭のてっぺんから亀裂が入り、少女の上半身が生えてくる。

どこかで見たことのあるような少女だったが、思い出せなかった。


そんな状況に呆気に取られていると、蜘蛛の化け物は、円果に一気に距離を詰めた。


「……やば!?」


油断していたところに、蜘蛛の化け物-女郎蜘蛛-の足に生えた爪が円果を串刺しにせんと襲ったが、間一髪のところで跳び退く。


蜘蛛の脚が地面を抉り、雪と土が跳ね上がる。

冷たい空気の中で、円果の息が白く弾けた。


「……くそっ……」


かわした。

だが、それだけだった。


続けて、別の脚が体勢を立て直そうとする円果の横腹目掛けて襲い掛かる。


ーー間に合わない。

道場で多くの練習生達と組み手を組んできたが、これほどまでに素早く、そして手の多い相手は初めてだった。


避けることができないと分かった円果は、受け身の体制を取りつつ、攻撃を受ける。


軽々と吹き飛ばされた体は近くにあった木に叩きつけられる。

そして、追い打ちをかけるように女郎蜘蛛は糸を吐き、円果は木に貼り付けられる形となって身動きが取れなくなった。


円果が行動できないと分かると、女郎蜘蛛の複眼が次の獲物を見つける。


円果の視界の隅で、震える草太が映る。


「そうた、にげて!」


ダメだった。

足が鉛のように重く感じる。

力が入っている感じだった。

足だけじゃない。全身だ。

まるで、ラルクエに出てくる状態異常の石化をしてしまったように。


女郎蜘蛛は動かない次の獲物へ、ゆっくりと距離を縮めていく。


「そうた!はやく逃げて!」


円果の声が草太の耳に届く。


いつもそうだった。

気の弱い草太は、同じ学校の同級生からいじめられることが多々あった。


あの日もそうだった。


ランドセルを取られて、中身を全て近所の川に捨てられそうになっていた。

そんな時に、円果が来てくれて、いじめっ子達をボコボコにして草太を助けてくれていた。


あれから数年が経っているけど、現状としては当時と何も変わっていない。

また、守られている。


そんな自分に嫌気がさしてため息が出た。


殴られるのは慣れている。

ゆっくりと、ただゆっくりと近付いてくる女郎蜘蛛に対して、草太はゆっくりと目を閉じて覚悟を決めた。


足音が近付いてくる。

地面の揺れを、足から感じる。


「そうた、にげて!」


草太の耳に円果の声が響く。

ずっと、ずっと……

声が枯れるんじゃないかってくらい叫び続けている。


草太だって、生きたかった。

別に大した人生じゃなかったし、良いことの方が少ない人生だった。

ただ一つ、心残りがあるとすれば、まだラルクエ3をやれていないことか。


そう思うと、だんだんと円果の声に腹が立ってくる。


逃げなきゃいけないのは分かっているからだ。

でも、動かないのだ。

恐怖で全身の筋肉が固まってしまっている。

どうしようもないのだ。


ふと、こういう時、ラルクエの主人公である勇者だったらどうするか。

そんなことを考える。


勇者だったら「死ぬのはいつでもできる。だから、生きる選択をしろ」


そう言うんだろうな。

そう思うと、今の自分は勇者とは全く反対の考え方なんだなと感じる。


「生きたいと思ったその時、お前の物語は始まるんだ」


余計に腹が立ってきた。

みんな都合の良いことばかり言って。


「ぼくだって……」


小さな、本当に小さな声が草太の口から漏れる。


「僕だって逃げたいよ!でも、どうしたら良いって言うんだよ!!」


思わず叫んでいた。


女郎蜘蛛は、草太の目の前にくると大きく脚を振り上げる。


「だめぇ!!!!」


円果の声も、草太の声も、ただただ雪が虚しく吸っていく。


そんな時だった。


二人が持っていた、昨日橙弥からもらった赤い石のかけらが光出す。

その赤い光は、草太と円果を包み込み、草太の両手に柱のような形と、円果の両手首に輪の形でまとまる。


あまりの光に女郎蜘蛛は怯む。


光が収まったと思うと、草太の手には赤と青の剣が1本ずつ両手に収まっている。

円果の両手首には、緑と黄色の腕輪が付いていた。


「なんだ……これ……」


草太は、自分の手に収まっている剣を見て目を丸くする。


そうこうしている間に、木に貼り付けられた円果が蜘蛛の糸を引きちぎり、女郎蜘蛛にものすごいスピードで距離を詰める。


そして、その勢いのまま女郎蜘蛛の脚に拳をねじこむ。


悲鳴を上げる女郎蜘蛛。

吹き飛ぶ蜘蛛の脚。


草太は目の前で起こったことに呆気に取られる。

円果が女郎蜘蛛に距離を詰めた時間が早過ぎる。

人が出して良いスピードに思えなかった。


「もしかしたら……」


状況は飲めなかったが、もしかしたら、この剣があれば戦えるんじゃないか。

まるで、ラルクエの勇者のように。


そう思うと、草太はなんだかワクワクしてきた。

円果は、草太の前に立ち女郎蜘蛛を睨みつける。


「そうた、下がってて」


再び、円果は構えの姿勢を取る。

あの頃とは違う。

変わらないといけないんだ。


草太は持っていた剣を強く握りしめた。


「僕だって……」


一歩。

草太は積もった雪の上を踏み出した。


「僕だって戦うよ!」


円果の隣に立ち、双剣を構えた。

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ある日の繋 飢谷猪むぎ @KiyaiMugi

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