ある日の繋

飢谷猪むぎ

第1話 ある日の始まり


柔らかな光が差し込む部屋で、少女は机に向かって書いていた。


「できた」


母のような温かい瞳で、ノートに書いてある文字を眺めて、ニコッと笑った。

どれだけの時間が経ったのだろうか。

熱中して書いていたから分からないが、窓の外では太陽の下で鳥が木の上で羽を休めている。

思ったよりも時間は経っていなさそうだった。


少女は、満面の笑みでノートを眺めてから本棚にしまうと、部屋を後にした。




栗原 草太(くりはら そうた)は、夏の朝の少し寒い空気を感じて、掛け布団の中で丸まった。

今日から夏休みだ。

特に早く起きる必要もない。


隣の荒波道場からは、練習生たちの朝練の掛け声が聞こえてきている。

何も変わらない日常。

中学校はしばらく無く、草太的には非日常の毎日が幕を開けたが、要所要所ではやっぱり日常が息をしていた。


「あと5分だけ……」


草太の両親は4年前の飛行機事故で亡くなっている。

故に、誰かが起こしにくるなんてことはないが、誰にともなく、そっと呟いた。

掛け布団の中の温かさが、草太の身体を包み込んだ。

気持ち良くなって、意識が遠のいていく。

別に良いのだ。今日から夏休みなのだから。


ゆっくりとゆっくりと、意識が無くなっていく。


その時だった。


「おっはよ〜そうた!」


バカみたいにハイテンションな聞き慣れた声と共に、草太の腹に鈍痛が走る。


幼馴染の荒波 円果(あらなみ まどか)だった。

どれくらい寝ていたのか分からないが、荒波道場の朝練が終わるくらいには寝ていたらしい。


「もう少し寝させてよ、まどか……」


円果はシャーッと慣れた感じでカーテンを開ける。

光が草太の目を襲い、たまらずに布団で顔を覆った。


「なーに言ってんの!今日から夏休みだよ?楽しまなきゃ」


草太の上に掛かっている布団も剥いで、丸まっている草太の顔をニカッと笑って覗き込む。


「楽しむ……あっ!」


その言葉でハッとする。

今日から夏休み。

つまり、待ちに待ったラルゴンクエスト3、通称ラルクエ3の発売日だ。


前作のラルクエ2が発売されてから5年。

ようやく続編が夏休み1日目に発売されるという情報を聞いて、ずっと待っていた。


急いで布団から飛び起きて、出かける準備を始める。


「急にどーしたのさ。なになに?なんか楽しいこと思い出した?」


急に活発になった草太を見て、円果は目をまんまるにしていた。


「出る時、鍵閉めて行ってね!あと、ちゃんと補習授業行っておいでよ!」


それだけ言うと草太は家を出た。

背後から、嫌なことを思い出した円果のでかいため息を感じながら。


外は雲一つない青空が広がっていて、綺麗な入道雲が天を突き抜けている。

ここは、岐阜県の山の中にある小さな村なだけあって、特に賑わっているとかそんなこともなく、夏休み初日だというのに村はとても静かだった。


村で唯一、ゲームを売っている店は「てっちゃん」という名前の電気兼ガス屋だ。

草太は、てっちゃんに向かって走りながら持っていたスマホでTmitterというアプリを開いて発売日を確認する。

間違いない。今日だ。


ワクワクしながら走っていた、まさにその時だった。


急に視界が歪み始める。

立てなくなり、思わず膝をつく。

頭が急に痛くなり、何やら音が頭の中を駆け巡る。

何を言っているか分からない。

言葉なのか。何かの鳴き声なのか。

それすらも分からない音が、草太を襲った。


どれくらい経っただろうか。

草太の顔に一滴の雫が落ちて、目を覚ます。

目を開けるとそこは、昔幼馴染と一緒に作った秘密基地だった。

木造の廃墟を自分たちでアレンジして作り上げた、僕らだけの場所だった。


確か、てっちゃんに向かっていたはずなのに、もう何年も来ていなかった秘密基地で寝ていたことに驚いた。


「よ、よう……」


聞き覚えのある声がする。

幼馴染の一人、牧野 橙弥(まきの とうや)だった。


「とうや、こんなところで何してるの?」


橙弥は、草太の二つ年上。

今年の4月から村の外の高校へ進学したのを機に、それっきり会っていなかった。


「ちょっと、野暮用でな」


草太に目を合わせず、ぽりぽりと額をかく橙弥。


「そうか、夏休みに入ったから帰ってきたんだね?」


久しぶりの再会が嬉しくて、草太はニカッと橙弥に微笑んだ。


「まぁ、そんなところだ」


橙弥も草太と一緒にニカッと笑う。


「懐かしいよね、ここ。まどかと三人で作ったの、覚えてる?」


朽ちた屋根から差し込む光を浴びて、床に置いてあったタイヤを枕にして草太は横になった。


「まどか……?あぁ、懐かしいな」



橙弥は宙を眺めながら、草太の横に腰を下ろした。

久しぶりの再会で、草太の中でラルクエはどうでも良くなってしまっていた。


「高校生活はどう?やっぱり勉強は難しい?」


中学生から高校生になると、草太の中では一歩大人になるような感覚があり、隣にいる橙弥は少しだけ遠い存在になってしまったように感じていた。


「あぁ、まぁそれなりにな」


ふーんと話を聞いた後、草太はスマホに目を落とす。

時間は16時30分を回っていた。


「まどかも呼ぼうか!せっかくとうやが帰って来てるんだし、まどかも会ったら喜ぶと思う」


そう言って、橙弥の返事も聞かずにLIKEというメッセージアプリで円果に連絡をした。


円果が秘密基地に来る少しの間、橙弥とは昔の話をした。


この秘密基地を作り始めた日のこととか。

円果が近くの川で溺れてた男の子を助けた時のこととか。

ラルクエについて語ったりとか。


楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。


「おっ!ほんとにとーや来てるじゃん!」


突き抜けた能天気な声が秘密基地を覆った。


「円果、久しぶりだな」


橙弥は笑顔で円果を出迎えた。


「そういえば……」


そう言って、橙弥はポケットの中を何やらゴソゴソしていた。


「これ拾ったんだけどさ、結構綺麗じゃない?何か特別な鉱石とかだと思うんだけど」


そう言って、橙弥は手のひらに乗った赤い石を二人に見せた。


「結構きれいだねぇ」


「まどかにきれいとは分かるの?」


笑いながらいじる草太に円果はプーッと頬を膨らませた。


「これをさ……」


橙弥は、近くに転がっていた大きめの石を、赤い石に叩きつけた。

赤い石は綺麗に三つに割れた。


「再会の証、友情の証として、二人に渡そうと思ってさ」


そう言って、赤い石の欠片を草太と円果に手渡す。


草太は、欠片を頭上に掲げる。

赤い石の欠片は、夕日の光を浴びて一層赤く見えた。

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