第2話 始動
円果は草太を横目に部屋の隅でストレッチをしていた。
そんな円果を見て微笑みながら、草太は今日の準備を始めることにした。
「円果は、今日は学校で補習でしょ?」
その言葉を聞いて、円果の肩が急に下がる。
「そうなんだよね……。草太、代わりに出てくれない?」
草太は、横目で円果を見て微笑み、リュックを背負いながら言った。
「嫌だよ」
草太はリビングへ行き、食パンをトースターに刺す。
いつものように。
そして、いつものようにテレビの電源を付ける。
テレビでは、最近話題になっている科学者の論文が映し出されていた。
「最近話題の、匿名でネットに上がった論文ですが、これに根拠があると思いますか?」
ニュースキャスターがコメンテーターに話を振った。
この論文については、草太もネットで見たことがあった。
『今現在起きている地球温暖化は、地球寒冷化の前兆である。津波が来る時、波が一旦引くように、気温が急激に下がる前に一度気温が物凄く高くなる期間がある。これをウェーブ現象という』
こんなような内容だった。
どうして話題になっているのかも草太には分からなかったし、難しい話は苦手だったので、そうなのか程度にしか気を止めていなかった。
それに今のご時世を考えると、ネットに書いてあるものの大半は、先の戦争で勝利した隣国が、草太たちの国民を嘘で固めた情報で洗脳するために流しているものが大半だ。
あてにならない。
草太は焼けたパンを頬張りながら、横目でテレビを見る。
そして寝室から出てきた円果に学校へ行くよう伝えて、家から追い出した。
そんなことよりも草太には今日、やることがあるのだ。
地獄のようなテスト期間を生き残れたのは、この予定があったから。
この楽しみだけを生きがいにして、地獄の日々を乗り切った。
草太は、軽い足取りで家を出て、見慣れた通学路を行く。
その時だった。
フワッと地面が揺れたかと思うと激しい頭痛が襲う。
そして、様々な記憶が頭の中を巡った。
大量の記憶が脳内を駆け巡り、その一番奥には光がある。
光を超えると、そこには「牧野橙弥(まきの とうや)」の姿があった。
ふっと我に返り、草太は目を開ける。
草太は片膝を付いた状態で、道路に座り込んでいた。
「なんだったんだ……。今のは……」
ゆっくりと立ち上がったが、身体には特に異常は感じず、スッと立つことができた。
そんなことよりも、草太には行く場所があった。
けれど、思い出せなかった。
先ほどの頭痛の影響だろうか。
あれだけ楽しみにしていたことのはずなのに、どこに行くのか全く思い出せない。
草太は、少し悩んでいつもの場所へ行くことにした。
いつもの場所とは、幼い頃に作った秘密基地だ。
幼馴染の荒波円果と牧野橙弥と3人で作った秘密基地。
近くの山の中にあった木造の廃墟の中に作ったものだった。
ふぅ。っと息をつく。
秘密基地に到着した草太は、ゆっくりと腰を下ろす。
朽ちた屋根から、太陽の光が漏れ、空を飛ぶ鳥の声が通過していく。
時折、廃墟の木の柱がミシっと音を立て、天井にある梁がピキっと鳴く。
拾って来たタイヤのイスの中からリスが出てきて、何かを口に入れていた。
「どこ行こうとしてたんだっけ……」
草太は持ってきたリュックを枕にして、大の字になって横になった。
どれだけの時間が経っただろう。
寝起きなのにも関わらず、草木が揺れる音が心地よくて、草太は眠りについていた。
「おい、大丈夫か?」
聞き慣れた声で目を覚ます。
いつものパターンだ。
「円果……、また窓から……。」
寝ぼけながら草太が起き、あくびをして目を開けると、そこにはきょとんとした牧野橙弥がいた。
「大丈夫か…?こんなところで…」
不安そうな顔をした橙弥は草太の顔を覗き込む。
「あぁ、橙弥か」
草太は目をこすりながらあくびをする。
少し困ったような顔をした橙弥は、タイヤの椅子に座って草太の様子を伺っていた。
「ここで…何してたんだ?」
少しの沈黙を破ったのは、橙弥だった。
「何って……」
何かをする予定だったが、それも忘れてしまっていて、特に何かするわけでもなくここに来たので、その質問は草太にとって一番辛いモノだった。
「橙弥こそ、ここで何してたの?」
タイヤに腰掛けた橙弥は、朽ちた屋根を見上げて言った。
「気がついたら、ここにいたんだよな」
どこか悲しげな表情で空を見る橙弥。
橙弥はこの悲しげな表情を時折見せる。
今から2年ほど前、当時の白炭荷村の村長だった橙弥の父親は、隣国の人間に連れて行かれた。
理由はよく分からなかったが、その日のことを草太はよく覚えていた。
だからこそ、人一倍隣国に対して恨みを持っている橙弥は、その日を境に冷たい目をするようになり、時折悲しげな表情をするようになった。
何も考えているか分からない時も増えて、幼馴染である草太や円果たちとの関わりも減ってきていた。
「そっか」
そうとだけ言うと、草太は立ち上がり、橙弥の隣に座った。
「何か思い詰めてるんだったら、いつでも話してよ?僕ら幼馴染なんだから」
草太は、ボーッと屋根を見上げている橙弥の横顔を見ながら話した。
その時だった。
「ここにいたのかぁ!探したよ!そうたぁ!」
能天気な声がその場に響く。
円果だった。
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