4th SINGLE「balloon flower: 君に触れる」
五十嵐璃乃
01. The Loving Ghost
こんにちは!(あるいはこんばんは!)
はじめまして〜。幽霊です!
あ、一週間ほど前に亡くなりました。享年17歳です。
昔から持ってた呼吸器系の持病が悪化しちゃって、こうなってます。
余命があとわずかであることはもともと知ってて、なんとかお医者さんと頑張ってみたのです。
でも、もう
早いうちに亡くなるってことは、自分がこの短い命を授かってから、ある程度は自覚していました。
いや、分かっていたつもりです。
死ぬってどんな感じなんだろう。そんなことは何回も思い描いていましたが、やっぱり、死ぬ時は怖かったです。
意識がぼんやりしていく感じとか、自分の世界が段々暗くなっていく感じとかは、まさに私が予想していた通りの「死」でした。
ああ、天国も地獄もないんだ。死んだら、何もないんだ……。
なんだか神様に裏切られたみたいで、悲しい気持ちになりながら、目を閉じて――――
そうやって死んでいきました。
いや、そうなるはずでした。
気が付くと、私は、どこか分からない部屋の天井でゆらゆらしていました。
最初は本当にパニック状態でした。
え、な、なんで、私生きてるの!?
もしかして、私、ゆ、幽霊になっちゃったの!?
もうなにがなんだか分からなくなりながら、ゆらゆらしていました。ですが、私の浮遊は一瞬にして止まりました。
ここが霊安室だと気が付いたんです。
私の目には、お母さん、お父さん、そして、私の恋人の姿が映りました。
お母さんとお父さんは、部屋の端っこで、静かに並んで佇んでいました。
恋人は、私の名前を叫びながら、泣いていました。
恋人の名前は、ダイスケって言うんです。いい名前でしょー? 私の自慢の恋人で、大好きな人です。いつもは生真面目な顔ばっかしてるくせに、今は、駄々をこねる子供みたいに、顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくっていました。
ダイスケの横には、亡くなった「私」が横たわっていました。
私は、ここにいるのに……。
この体だと、誰にも気付かれないし、誰にも触れられない。
なんでこんなことになってしまったのかは分からないけれど、私は、とにもかくにも、ダイスケの近くにいられるだけで満足な気分でした。
死ぬ時に不安だったことは、死ぬこと自体もそうだし、お母さんやお父さんを悲しませてしまうこともそうでしたが、一番は、ダイスケを独りにさせちゃうことでした。
ダイスケには、私の命がそう長く続かないってことは、体調が本当にひどくなるまで黙っていました。
ダイスケとは中学の時に付き合い始めて、高校も一緒でした。私は、こんな幸せが永遠に続けばいいなぁ、なんて心の中で願っていました。
けれど、自分の身体が永遠どころかあと2年も持たないってことを知るたびに、一気に現実に引き戻されて、ダイスケに本当のことを言うのに臆病になってしまいました。
そのツケが回ってきたんでしょうか。
せっかくダイスケと楽しくデートをしていたのに、私は、体調が悪くなって、倒れてしまいました。
入院までしないといけなくなると、流石にこれ以上隠し事はできないなと悟って、ダイスケに自分の
ダイスケは、何も言いませんでした。
何も言わず、私が涙目で震えながら言葉を紡いでいくのを、嫌な顔ひとつせず、ただ聞いてくれて、最後には、いきなり私のことを抱きしめてくれました。
「何があっても、俺は最期までサキのそばにいるよ。あ、ごめん……、なんか、ありきたりな言葉しか言えなくて……。けど、病気のこと、伝えてくれてありがとう。サキのこと、また一つ知れてよかった」
もー、なんでそんなカッコいいこと言っちゃうかなぁ〜。
それから、ダイスケは、一日も怠らず、私のもとに来てくれました。
雨の日も、雪の日も、私の機嫌が悪い日も、ダイスケが昨日の宿題を終わらせてない日も。
ダイスケは、毎日、その日あったことを私に話してくれました。
嬉しかったこと、つらかったこと、たまには愚痴も聞いたりしたかな。
意地悪な神様が、最後に私に与えてくれたプレゼントは、死ぬ瞬間までダイスケと一緒にいられたことでした。
ダイスケと付き合ってるってことは、お母さんとお父さんはだいぶ前から知っていたんですが、二人は、「あなたが一緒にいたい人といなさい」と言って、私が最期にダイスケと二人きりでいることを許してくれました。
けど、ダイスケとは特別な話はしませんでした。
出会った時から今までのことを、ただ丁寧に、懐かしみながら、時には二人で笑い合いながら話していました。最期だからって、別れを惜しんだり、涙を流したりするのは、私は嫌だったし、ダイスケも照れくさかった(んだと思います)ので、そうしませんでした。
そうして、ダイスケに見守られながら、息を引き取った……はずなのですが、今は幽霊になっているようです。
集中治療室じゃ少しも泣いてなかったのに、私がいなくなった途端、こんなに泣いちゃうなんて……ダイスケらしくないなー。
もー、めそめそなんかしてないで、いつものぶっきらぼうな感じに戻ってよ〜。
仕方ない、仕方ない、なでなででもしてあげるか〜。
―――――あ、そっか……この体じゃ
葬式の時も、ダイスケはずっと沈んだ表情で、私は、その顔を、ゆらゆらしながら眺めていました。
ダイスケがこんな表情してるところなんて初めて見たから、ダイスケの気持ちが苦しいほど伝わってきて、(そもそも私が原因なのに)私自身も暗い顔になってしまいました。
葬式には、学校の友達がたくさん来てくれていて、みんな泣いていました。
けど、ダイスケだけは、葬式の時も、私が火葬される時も、泣いていませんでした。
そして、火葬によって、この世界に唯一残されていた私の遺体も、とうとうなくなっちゃいました。
遺体が消えたら、今幽霊してる私も消えちゃうのかなぁ。
そう思ってたんですけど、どうやらまだ消えていません。全然ピンピンしてます。
(自分が焼かれるのを見るのは、うーん、なんか変な感じでした)
幽霊してる間、私は基本的に自分の家にいました。
お母さんとお父さんは、私の部屋をそのまま残してくれていたので、私は生前と変わらず、自分の部屋でゴロゴロしていました。
この体だと、お腹が減ることも、トイレに行きたくなることもありません。ただ、眠たくはなるみたいで、その時は、懐かしの部屋のベッドで寝ました。え、幽霊なのに? えーっと、それは自分でもよく分からないんですが、人に触れようとすると、私の体がすり抜けてしまうんですが、人以外のものだったら、触ることが出来るんです。
だから、部屋のものを動かしたり、床の上に座ったり、壁に寄りかかったりすることは出来ます(あ、幽霊だけど、足はちゃんとあるんですよ!?)。
けど、誰かに見られちゃったら、完全にポルターガイストなので、お母さんとお父さんは部屋にはほとんど入ってきませんが、一応注意していました。
なんで私は幽霊なんかになっちゃたのか。その問いを頭の片隅に置きながら、数日の間は、もう二度と会えないと思っていた人たちや街の様子を見に行きました。
学校に行ってみると、友達はみんな元気でした。先生たちも、お変わりないようでした。けれど、住み慣れた街を歩いていると、街の風景は、私一人がいなくなって、ちょっとだけ寂しそうに見えました。
でも、最後に一人だけ、まだ訪れていない人がいました。
ダイスケです。
葬式以来、まだ会ってなかったので、私はウキウキしながら、ダイスケの家に向かいました。
さっき人以外のものには
なんか、こう、説明が難しいんですけど、「すり抜けろ〜」って強く意識すると、すり抜けられるんですよ。
本当不思議ですよね(でも、こっちのほうが幽霊っぽくないですか?)。
なので、玄関のドアは、いとも容易くすり抜けられました。
ダイスケの家には何回も行っているので、ダイスケの部屋の場所はすぐに分かりました。
そして、何してるのかな〜と、小悪魔みたいにニヤニヤしながら、ドアをすり抜けて、部屋の中を覗き込んでみました。
ですが、私が見た光景は、少しも想像していなかったものでした。
ダイスケの部屋には、大きなベッドが壁沿いにあって、ベッドの真向かいに勉強机が、ベッドと机の間に小さなタンスと本棚があります。それは昔から全然変わっていませんでした。
けど、ダイスケは、部屋の真ん中に立って、一つの写真立てを手に持ちながら、その写真立てを呆然と見つめていたんです。
な、なんの写真見てるんだろう……と、恐る恐るダイスケの背後に近づいて、写真を覗いてみました。
それは、昔二人でディズニーに行った時に、シンデレラ城の前で一緒に撮った写真でした。スマホの中の写真をプリントしたことなんてなかったので、すぐに、私が死んだ後にダイスケがプリントしたものだと分かりました。
え〜! わざわざ写真立てにまでしてくれてたんだ!
嬉しさのあまり、ダイスケに抱きつこうとしました。
けれど——なんで忘れてたんだろう——
私の体は、いつも通り
現実にいきなり押し戻された感覚は、私が幽霊になってから初めて感じた〝痛み〟でした。
あ、そうだった……この体じゃ、ダイスケに二度と触れられないんだ……。
手を繋ぐことも、ハグし合うことも、キスしちゃうことも、もうできないんだ……。
この一週間、そんなことは何度も実感したはず、分かっていたはず、なのに、今になって、なんで、私、こんなやるせない気持ちになってるんだろう……。
そうか、私、ダイスケのこととかこの世に未練がありすぎて、ちゃんと成仏できなかったんだ……。だから、あの意地悪な神様が、私に呪いをかけたんだ……。うんうん、きっとそうなんだ……。
(やばい、このままだと大声出して泣いちゃう……)
一回、この部屋を出て、気持ちを落ち着かせよう。そしたら、もう一回ダイスケの様子を見に行って、それで、もうダイスケのことは……
と思っていたその時でした。
「サキ。俺の声、聞こえる……?」
えっ……。な、なんで、ダイスケが私に話しかけてるの……?
驚いて、ダイスケのほうを振り向くと、ダイスケが一生懸命涙をこらえているのが見えました。あともうちょっとで涙腺崩壊、みたいな状態でした。
「……お、俺はね、サキが死ぬまで、泣かなかった。
泣いたら、サキが自分が死ぬことを連想すると思ったから、絶対に泣かないって決めてた。
そうやって我慢してたんだけど、サキが本当に死んだら、すぐできなくなった。
近くにいた誰かが死ぬって、しかも一番大切だった人が死ぬって、俺、そんな経験したことなかったから、甘く見てたのかも……。
サキが……大好きだったサキが、いなくなったら、もう何も考えられなくなった。
涙が、いつまでも流れてくるだけだよ」
私は、ダイスケの話を、黙って聞いていることしかできませんでした。
「葬式の時も、サキが火葬される時も、その後も、学校にも家にもどこにもいないサキのことばっか考えてる。
前を向いて、なんてみんな言うけど、前なんて向けない。
後ろにある今までの思い出がすっごく輝いて見えて、そっちばっかに目が行くから。
だから、霊安室で泣いた時から、泣くのはもうこれっきりにしようって決めた。
今日まで、ずっと我慢してきた。
楽しかったことに目を向けて、サキがもういないなんてことには目を向けないようにしてた。
この写真も、スマホにあるたくさんの写真から選んで、プリントしたんだ。
けど、俺、やっぱだめだった。
これ見てたら、やっぱ思い出しちゃった……。
サキがいない……そんなことを認めたくないよ。
俺はまだ現実に目を向けられないよ……。
サキとのこと……。サキ、サキ……。やっぱ、俺、サキに会いたい。
サキ……会いたいよ……」
ダイスケの言葉を聞いた瞬間、私は、自分が今幽霊であることなんか関係なく、ダイスケに抱きついていました。
私の目からは、涙がずっと溢れていました。ダイスケも、静かに大粒の涙を流していました。
触れられなくても、伝わらなくてもいい。
それでも、私は、ここにいる。
今はダイスケと向き合いたい……。やっぱ、私は……ダイスケのことが大好きなんだ。
「ダイスケ……! 私も、ダイスケと一緒に生きていたかった……。もっとたくさん一緒にいたかった……。
ごめんね、私のせいで、ダイスケに嫌な思いさせちゃって……。
今ね、なぜか幽霊になってるの、私。
けど、幽霊になっても、いつか成仏しても、私はダイスケの側にいるよ……。
だから、だから……、私のことを思い出して寂しくなっても、私はちゃんとここにいるから、前を向かないなんて言わないで、頑張ってこれからも生きて……。
きっと私じゃなくても、いい人は他にたくさんいるから、私のことは、その時になったら忘れてもいいよ。けど、ずっと私のこと想ってくれるなら、それでもいいよ……。
私のこと今まで好きでいてくれてありがとう……。ダイスケ、大好き……」
ダイスケにちゃんと伝わったのかは分からないけれど、私は、むせび泣きながら、自分の気持ちを、ありったけダイスケに伝えました。
すると、私の体が段々薄くなっていきました。そして、体が勝手にダイスケから離れていきました。
その時、私は悟りました。
ああ、私、これから、ちゃんと成仏するんだ……。ダイスケにもう一回、愛の告白できたからかな……。だとしても、いきなり過ぎるでしょ、これ……。
死んだ後も、ダイスケの様子が見られてよかったなぁ。けど、もうちょっとだけ、ダイスケの近くにいたかったなぁ……。
これで本当に、私、死んじゃうんだ……。
ねぇ、ダイスケ、私さ————
————今さっき、誰かに抱きしめられる感触がした。
しかも、それと同時に、サキの声がはっきりと聞こえてきた。部屋の中で、天国にいるであろうサキに対して、独り言を呟いていたら。
けど、実際に部屋の中を眺めてみても、サキの姿は見当たらない。
『前を向かないなんて言わないで、頑張ってこれからも生きて』か……。
あれが本当にサキの幽霊の声なのか、もしくは俺の幻覚なのかは分からないけれど、その言葉は俺の心をすでに突き動かしていた。
サキ……俺もお前のこと大好きだよ、ずっと。
4th SINGLE「balloon flower: 君に触れる」 五十嵐璃乃 @Rino_Igarashi
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