第4話 特別な礼拝の日
腰ほどまでに長いヴェラの髪を、アウラが丁寧に編み込んだ。その上に清潔な白色のスカーフを巻く。
ヴェラも同じようにアウラの髪を整えた。
メサパトル伯がフェルリナを訪れる日、村人は良い服を着てめかし込む。
村人が着る良い服の多くは、オスター家の人々の古着だ。
一年に数回、村の広場で古着市が開かれる。古着と言えども、簡単に買えるほど安くはない。しかし、美しい服を見るのは楽しいもので、村人はそれらを眺めて心を躍らせる。
ヴェラの薄い赤色のチュニックも、古着市で手に入れた良い服だ。ヴェラの体には大きすぎるため、縫い物が得意なアウラが手直しした。
メサパトル伯の到着を待つ村人は、そわそわとして落ち着きがない。
青空の下、ヴェラは同じ年頃の女の子たちと話に花を咲かせていた。大人も同様にいくつかの塊を作って笑い声を響かせる。
「あんたたち! 服を汚すんじゃないよ!」
走り回って遊ぶ男の子らに、母親から怒声が飛ぶ。一度は大人しくなるものの、また同じことを繰り返す。
「男の子って幼稚よね」
「そうだよね。やっぱり落ち着きのある年上の男が魅力的だわ」
「わたし、馬具工房の見習いのカトゥルがかっこいいと思うの」
「ああ、わかるー」
ヴェラの周りでは、素敵だと思う男の話で盛り上がっている。
「ねえ、ヴェラは? 誰が良いと思う?」
黙って聞いていたヴェラも問いかけられる。
「えっとねえ、騎士さま」
ヴェラの答えに周囲は驚きの表情を浮かべた。
話題にしているのは恋の対象となる男のことなのだから、その反応は当然だ。
親よりも老いて見えるフェルリナの騎士に、少女らの胸はときめかない。
「あはは。ヴェラの騎士さま好きは変わらないわね」
「まあね、騎士さまはかっこいいとは思うけど、ちょっと年上すぎじゃない?」
嘲るような態度に、ヴェラは少しばかり腹立たしくなる。ヴェラだけを笑うならば構わないが、騎士を軽んじるのは聞き捨てならない。
「フェルリナの騎士さまは貫禄があってかっこいいと思うわ。それに、みんなだってメサパトルの騎士さまが好きでしょう?」
ヴェラは揚々と言葉を返した。
「わかるー」
「メサパトルの騎士さまは若くて素敵だわ」
「村の男なんか霞むくらい、かっこいいわよね」
一度は騎士を否定した者が、メサパトルの騎士には好意的な感想を述べた。
メサパトルの騎士は比較的若い者が多い。その見目よい姿に、少女らは心を奪われる。
フェルリナの騎士もメサパトルの騎士も、服装はさほど変わらない。風に揺れる赤色のマント、オスター家の象徴である狼が描かれた白色のコート、脚線に沿う細身のズボン。
異なるのは騎士が漂わせる雰囲気だ。
例えて言えば、フェルリナの騎士が空に浮かぶ白雲だとすると、メサパトルの騎士は空を大きく渡る虹のようだ。
フェルリナの騎士は村の見回りをし、困っている人に手を貸してくれる。気軽に言葉を交わすほど親しくはないが、とても身近な存在だ。
一方、メサパトルの騎士を見る機会は少なく、直視できないほどに輝かしい存在だ。
どちらもヴェラにとって憧れの騎士であることに違いない。
昼の鐘の後、土の道を馬が力強く踏む低い足音が聞こえてきた。人々の歓声を浴びながら、メサパトル伯一行がフェルリナに入る。
騎馬隊が目の前に現れると、ヴェラの胸は高鳴った。
「わあっ! かっこいいっ!」
歓呼の声をあげた瞬間、騎士がヴェラに微笑んだ。そんな気がしただけで、本当はヴェラを見てすらいないかもしれない。
勘違いだとしても、騎士がヴェラの心を魅了したのは確かだ。頬が燃えるほど熱くなり、幸福感に包まれた。
礼拝堂の内部は、ほんのりと甘い香りが漂う。蜂の巣から採取した材料の蝋燭を使っているためだ。
ヴェラの家で使っている動物の脂の蝋燭は、お世辞にも良い香りとは言えない。
聖炎を灯したランタンを持つメサパトル伯が、静かに祭壇へと進む。金色の糸で刺繍されたガウンは、フェルリナ男爵イグレアの着るガウンとは、豪華さに格段の差がある。
祭壇の奥で輝くのは、色ガラスを組み合わせて作られた絵だ。神の象徴である野バラが描かれている。
白色の聖炎が祭壇の蝋燭に点火されると、詠嘆の声が人々の口からもれた。
「神は騎士に聖杯を授けた」
メサパトル伯が語りかける。毎年恒例の、神と英雄の話だ。
普段のフェルリナ男爵による礼拝とは違って、緊張感のある空気が流れている。
かつて、ノヴァテッレの大地はドラゴンの邪悪な力に支配されていた。恐怖に震えながら暮らす人々を救おうと、騎士たちがドラゴン退治に立ち上がった。
人よりもずっと大きなドラゴンは、黒い体に長い首と鋭い爪を持つ。その爪は大地を切り裂き、多くの命を奪った。
ドラゴンを弱体化させるまじないをかけるため、大地に祝福を与える五神が五人の騎士にそれぞれ聖杯を授けた。
騎士たちが自身の血を聖杯に注ぐと、ドラゴンの強大な力を鎮めることができた。しかし、ドラゴンを倒すには至らず、眠らせるだけにとどまった。
ドラゴンの眠りは、騎士の子孫である王家と四公爵家によって、今も維持されている。
脅威から解放された人々は、騎士たちを英雄と称賛した。
五神は英雄たちに大地を分け与え、ノヴァテッレ国が建てられた。ヴィードが王座に就き、四人の英雄は公爵位を授かった。
ノヴァテッレ国は、王家が治めるセントリア地域を中心に、東西南北に公爵家が治める四つの地域が広がる。
ヴェラの住むフェルリナは西に位置するオスタリア地域にあり、オスター家が治めている。その当主として立つのが、オスタリア公である。
メサパトル伯、フェルリナ男爵、騎士や神官もオスターの血を引く者だ。
「我々の平穏な暮らしは、神と英雄によってもたらされたものである」
メサパトル伯の話が終わりに近づく。
壁に描かれたドラゴンと騎士の絵を、ヴェラは横目で見る。ドラゴンの脅威が今も続いていたら、と思うと背筋が寒くなった。
「神と英雄に感謝し、祈りを捧げよう」
メサパトル伯が胸の前で手を組んで目を閉じると、人々も同じく祈りの姿勢をとる。
穏やかで幸せな日々がずっと続くことを願い、ヴェラも深く祈りを捧げた。
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