レギュレーション違反では?

 脳内を夏陽きららと色とりどりのパンツ、それからパンツを崇める邪教徒の宇宙猫たちに占拠されて、ぼんやりとしたまま冴えない週末を過ごし、そして新しい一週間が始まる。


 先週から続く寝不足と脳内の不法占拠者に対する苛立ちに月曜日特有のアンニュイな気分が合わさってとんでもなく気怠い一日を過ごした僕は、やはりいつもと同じ時間に駅へと向かう。


 今日こそは夏陽きららのことなど完全完璧に無視してやるのだ。

 奴を意識の外に追い出して平和な読書時間を取り戻すのだ。


 僕は息巻いていた。


 しかし、駅のホームに夏陽の姿は無かった。

 電車が到着する段になっても夏陽は一向に現れない。


 風邪でも引いたのだろうか。

 何か用事でもはいったのかもしれない。

 あるいは僕に構うことに飽きたのだろうか。


 心配と落胆と安堵が入り混じって、ふわふわとなんとなく不愉快な気分だ。


 居たら居たで鬱陶しいのに、居ないなら居ないで不快感を与えてくる。

 つくづく面倒な女だ。


 空席のままの向かいの席を眺めながら出発のアナウンスを聞き流す。

 ドアが閉まる直前、最後の乗客が駆け込んできた。


 車内はいつも通りガラガラで空席の方が多いというのに、そいつはわざわざ僕のすぐ隣へと腰掛けた。


 夏陽きららだ。


 いつも通り姿を見せたことに安堵した。

 安堵している自分に困惑した。

 そしていつもとは違う行動をとった夏陽きららに戸惑った。


「れ、レギュレーション違反では?」


 だからだろうか、いつもの様に二人きりになった車内でトンチキな発言をしてしまった。


「ふはっ。もー、急に笑わせないでくださいよー、センパイ。なんですかレギュレーションって」

「うっせー。お前の席はあっちだろうが」

「別に決まってませんもーん。あ、ああ、もしかしてもしかしてー、センパイったら今日も見せてもらえるかもーなんて期待しちゃってるんですかぁ?」

「してないが?」

「センパイって意外と素直なところありますよねー」

「期待してないんだが?」

「でもごめんなさい。残念ながら今日は見せられないんです」

「話聞いてる?」


 全っ然、人の話を聞きやがらねぇ。


 いつもより随分と近い距離にあるウルトラスーパーミラクルカワイイ美少女フェイスにジト目をくれてやる。


「もー、センパイったらぁ、見せてもらえないのが不満だからってそんなに睨まないでくださいよー。ちょっと今日は事情があるんです」


 そこが不満なわけじゃねーよ。

 てかなんだよ事情って……あー、あー、アレってことか。

 女子特有の月に一度の――。


「ちがいますよ」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に出てますよ、顔に。めっちゃ気まずそうな顔しましたもん。そうじゃなくてぇ、じ・つ・は――」


 夏陽が顔をぐっと近づけてきた。

 耳元で囁く。


「実は今日、履いてないんです」







 ハイテナインデス。





 ハイテナインデス。






 ハイテナインデスゥゥゥゥゥ!!??








「嘘じゃないですよ?」


 おいやめろ。

 パンツを崇める邪教猫たちすら困惑しているじゃないか。


「見せるのは無理ですけどぉ――――スカートの中、触って確かめてみます?」


 やめろ。

 宇宙猫たちよ、アワビを祀るんじゃない。

 アワビをご神体にしようとするな!!


「まだ誰にも触らせたことないここ、センパイにだけ触らせてあげちゃいますよ?」


 ヒュッと息が詰まる。

 呼吸ができない。

 いっそこのまま酸欠で死んだ方が楽なんじゃないだろうか。


 イエスともノーとも答えられない。

 何一つとしてリアクションがとれない。

 ただただ阿呆のように夏陽きららの顔を凝視し続ける。


 夏陽きららは蠱惑的な笑みを浮かべてその顔を、身体を僕に近づけてくる。



 そして、そして――。








「なんちゃって!!」


 ばっと身体を離してチェシャ猫みたいに意地悪く笑う。


「お、おまっ――!!」

「ドキドキしちゃいました? すんごいドキドキしてましたよね?」

「あのなぁ……」


 僕のリアクションにご満悦といった様子だ。

 本当に性質の悪い女だ。


「どーですかー? そろそろ私にメロメロのデレデレになっちゃってもいいんですよー?」

「こんなことばっかやってるとそのうち痛い目に遭うぞ」

「大丈夫ですよぉ。ちゃんと相手見てやってますから。センパイは襲ったりしないでしょ?」

「そりゃまぁそうなんだがな……」


 機嫌良さそうに足をブラブラさせやがって。

 ああ、もう、本当にムカつく。


「あ、ちなみにですけど、事情があって見せられないっていうのはホントですよ」

「聞きたくない」

「ちなみにぃ、センパイが最初に考えたので大正解です!」

「聞きたくないっつってんだろォ!!」


 なんなんだよ、こいつ。

 もう本当になんなんだよ。


 頭が痛い。

 しんどい。

 早く家に帰りたい。


 今すぐ自室に籠って薄っぺらい内容の自己啓発本でも読みたい気分だ。


「正解者に拍手ーっ!!」



 脳内宇宙猫たちが、気まずさを誤魔化すようにミームダンスを踊り狂っていた。

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