開眼せよ。蒙を啓け。何事にも捉われずに世界を正視せよ

【ご注意】

いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。

今回の話は人によっては不快な思いをされるかもしれません。

具体的には女性特有のもので苛々している女性に対する男性目線での批判的な意見が描かれております。

あくまで作中人物の思想信条を反映した内容であり、決して女性を蔑視する意図はなく、またそうした思想を推奨しているわけではありません。

ですがこうした描写に不快感を覚える方はいらっしゃると思います。

その場合はどうぞ今回の話は読むのを控えていただけると幸いです。

以下、今回部分の大まかな流れ。


体調不良でものすごく不機嫌な夏陽きらら

→トゲトゲしい空気に不快になる志藤優弥

→優弥にウザ絡みするきらら

→我慢の限界を迎え、冷たい態度できららを突き放す優弥

→優弥の態度にショックを受けつつ謝罪するきらら

→言い過ぎたことを後悔して謝罪を返す優弥






以下本編。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あくる日も夏陽きららは僕の隣に腰を下ろす。

 空いてるんだからもっと他の席に座れよ、と文句を言いたいところだがそれはできなかった。


 なぜなら、夏陽きららの機嫌が、それはもうとんでもなく悪かったからだ。


 本人曰くのウルトラスーパーミラクルカワイイ美少女な容姿が台無しになるほどトゲトゲした空気を周りに振りまいている。

 隣に座る僕が少し身じろぎしただけでもギロリと睨みつけてくる不機嫌っぷりだ。


 昨日の話から察するに生理で体調が悪いのだろう。

 あるいは別の理由で機嫌が悪いのかもしれないけれど、こっちとしてはいずれにせよたまったもんじゃない。


 マジで勘弁してほしい。

 精々八つ当たりされないように息をひそめて気配を殺し、やり過ごすのであった。


 今日だけはもう一人ぐらい同乗者がいて欲しい。

 そんな願いも虚しく今日もやはり僕と夏陽の二人きりで電車に取り残されてしまう。


「センパイ……お腹痛いです……」


 いつもより一オクターブくらい低い声で夏陽がいう。


 勘弁してくれ。

 どうして『触るな危険』状態なのに自らぶつかりにくるのか、コレガワカラナイ。


「ちょっと! なんで無視するんですか!」


 先程とはうってかわってキンキンと甲高い声で喚く。


 ほら来た。

 もう面倒臭い。

 無視するってほど間が空いたわけではないのに、即時のレスポンスが無かったことがよほど気に入らないらしい。


 生理で体調悪いときの女性に何を言ったところで、どうせキレてヒスって泣かれて、面倒くささが指数関数的に上昇していくんだ。

 僕は知ってる。


 もちろん気が利く男なら上手くやれるけど、僕はそうじゃないってだけの話だとは分かってるんだがな。


 なんかもう、なげやりな気分になってきたので適当に相手することにする。

 そもそも僕がこいつに気を使う必要がないのだ。

 僕と夏陽はあくまで単なる顔見知りの同じ電車の乗客同士にしかすぎないのだから。


「はいはい。大変だなー」

「なんでそんなに他人事なんですか! もっと労ってください! 心配してください! この私がこんなにも苦しんでるんですからもっと優しくするべきじゃないですか!」

「いや他人じゃねーかよ」

「ひどい! ひどすぎます! ウルトラスーパーミラクルカワイイ美少女が辛い思いしてるんですよ!? こんなにカワイイ私が悲しんでるなんて人類の損失じゃないですか! センパイはもっと私に優しくするべきです! さっさと慰めてください労ってください優しくしてください! それが男の義務ってもんです!」

「知らねーよ」

「なんでですか! なんなんですか!! 隣で女の子が生理で苦しんでいるのになんでセンパイは優しい言葉一つかけられないんですか! サイテーです! サイテーすぎますよ!」

「お前ちょっといい加減にしろよ?」

「私を悪者にしようってんですか!? 信じられない! 最悪です! サイテーです! もうほんと信じられない! サイアクサイアクサイアク!!」

「うぜぇ……」

「あー!! ウザいって言った!! しんどいのに! 辛いのに! 生理で体調不良の女の子にウザいとか言った!! サイアクすぎます! センパイは女の子に対する配慮を勉強してください! そんなんだからモテないんですよ!」


 あーもう、ホントウザい。

 もう無理。

 いい加減もう限界。


「生理を免罪符にしてんじゃねーよ。僕はお前の家来じゃねえんだぞ」


 辛辣な、夏陽きららを拒絶する言葉が二人きりの車内に響く。

 思ったよりも冷たい声がでた。


 言い過ぎただろうか。

 いや、ウザ絡みしてきたのは向こうで僕は被害者だ。

 そもただの同乗者にすぎない僕に絡んでくるのがおかしいのだ。


 ひゅっと息を呑む音が聞こえる。

 夏陽はショックを受けたように目を見開いて固まった。


 金切り声で喚かれるだろうか。

 ギャン泣きされるかもしれない。

 それとも暴れて暴力に訴えてくるか。


 いずれにせよ僕は来るべき嵐に備えて身構える。

 サイテーサイアクの気分だ。


 脳内では宇宙猫たちが僕に批難の視線を投げかけてきた。


『汝、夏陽きららを直視せよ』


 うるさい。


『夏陽きららは女であるが、同時に夏陽きららである』


 意味分からねーよ。


『夏陽きららは女である。夏陽きららは女であるが、それはイコールではない』


 うぜえ。


『開眼せよ。蒙を啓け。何事にも捉われずに世界を正視せよ』


 知るか、ボケ。


『汝、夏陽きららを直視せよ』


 もう黙ってろ。


 クソが。

 脳内で好き勝手言いやがって。

 ミーム汚染が深刻だ。

 勝手に脳内を占拠する謎概念のくせしやがって。

 お前らなんて財団の研究施設に収容されてしまえ。


「あの……センパイ……その、ごめんなさい……」


 夏陽の、掠れた、震える声に僕の頭に上った血液が急速に下りていく。


『夏陽きららは夏陽きららである。汝、夏陽きららを直視せよ』


 分かってるさ。

 今日の夏陽の言動はウザいし、迷惑だし、心底不愉快なものではあったが、いちいちキレるほどのものじゃなかった。体調が悪いのはわかってたしな。

 それでも僕が、体調不良者への配慮さえ忘れてキレてしまったのは、夏陽の言動に僕が不愉快に感じる『女』のウザい部分を重ね合わせてしまったからだ。

 つまり、ステレオタイプな『女』に対する憤りを夏陽にぶつけて八つ当たりしているのだ。


 ヒスってるのは僕もじゃないか。

 クソだせーな、今の僕。


 夏陽は片手でお腹を押さえて、もう片方の手でスカートを握りしめ、じっと俯いている。


「僕の方こそ言い過ぎた。すまなかった」


 ああ、もう、本当にクソだせーな。

 サイテーサイアクだ。

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