5章 金と感情

1.住吉周真④

月曜日の朝の男


 始業時間前、職場の給湯室で緑茶を立ち飲みしていたところ、同僚の向後こうごに「よっす〜周真!」と声をかけられた。

 朝からテンションが高くて何よりだ。およそ月曜日の朝には刺激が強すぎるであろう、この笑顔。

 ジャケット代わりに作業着を羽織っている僕に対し、向後はいつも上下細身のスーツを着こなしている。パッと見、市役所の職員ではなく民間企業の営業マンみたいに見えるかもしれない。


「周真と同じ班の中村ちゃんに『今は給湯室にいるかも』って聞いてきたんだけど、見事に予想的中だったみたいだな〜!」


 そう言って向後は爽やかに笑う。反対に、僕はマグカップを手にしたまま苦笑してしまった。まだギリギリ勤務時間外とは言え、庁内で「周真〜!」は怒られそうだからやめてほしいと思ふ、今日このごろ。




 向後とは、小学一年生から続いている古い仲だ。

 僕が通っていた小学校は一学年に一クラスしかなかったため、自動的に六年間ずっと同じ教室で過ごしたということになる。そのまま中学も高校も同じところに進み、今や同僚。

 幼馴染と言い表すことも可能だが、男同士で幼馴染と呼び合うことには若干のキモさを覚えてしまうので、ここは腐れ縁としておきたいところ。

 僕とは全く違うタイプの性格なので、相性的には良くも悪くも普通かな──と思っていたが、現時点、しょっちゅう顔を合わせる友人といったら、同じ職場に勤める向後くらいになってしまった。

 つまり、彼は頼れる友人というわけである。




「そーいや来月のイベント、俺も現地のスタッフやることになったんよねー」と向後。


 どうやら向後の持ってきた話題は、仕事がらみの雑談だったらしい。

 向後は観光課の所属なので、市のプロモーションの場となる催事に関係してくるのも不思議なことではない。


「イベントって農業フォーラムのこと?」


 そう返せば、向後は爽やかな笑顔のまんま頷いた。

 それは県央の市民アリーナを会場として行う、そこそこ大規模なイベントだ。当市も、県が後援となるそのイベントにブースを出すことになっており、その主たる担当課は、僕の所属する農林課になる。


「そそ。俺は我が市が誇る『めっぴい』の着ぐるみに入って、アイドルばりのポーズをキメる係ってことよ!」


「わー、ご愁傷さまだ……」


「おまえも入るか? めっぴい」


「いや勘弁して……。ていうかもう当日の配置決まってるし」

 

 とはいえ僕は、小作りな体格の向後よりも、さらに身長が低い。すなわち、着ぐるみ適性が高いということになる。悲しき事実。


 こういうイベントごとは、通常業務のあいまに準備を進めるのが常だ。そのせいかいつも直前までバタバタしているので、急に「住吉くんも交代で着ぐるみ入ってくれる?」みたいなことを言われる可能性も無くはない。杞憂であってほしいけど。


「ていうか周真、月曜の朝から疲れた顔してない? 子どもがなかなか寝てくれなかったとか?」


 僕が疲れた顔に見えたとすれば、眼前にいる陽キャとのギャップのせいじゃないか、と咄嗟に思ったが、考えてみれば他にも思い当たる要因がある。


「いや、うちの子どもはわりかし夜に寝てくれるほうみたいなんでさ。……そうじゃなくて、土曜日にちょっとしたいざこざがあって。向後、同じ高校だった飯田さんって覚えてる?」


「あー、そりゃもちろんよ。だっちのことだべ?」


 だっちて。

 少々面食らったが、向後は構わない様子で「だっちと何かあった?」と尋ねてくる。


 ひとまず、未冬さんが飯田さんの誕生日のお祝いに急遽行けなくなり、代わりに僕がプレゼントを持って行ったことと、それがどうやら飯田さんの地雷だったらしいことをかいつまんで話した。


「なんと言うか彼女、そもそも僕のことを良く思ってなかったみたいなんだよね。未冬さんは飯田さんから何か聞いてるかもしれないけど……いや、それならさすがに僕を飯田さんのとこに行かせたりしないか。うーん、難しい」


 ふと友人を見れば、腕を組んで、柄にもなく渋〜い顔つきをしていた。


「なんつーか周真って、遠慮しすぎってか、奥さんの人間関係に全く踏み込めないタイプよな」


「……うん、返す言葉もない、かな」


 自分でも分かっているつもりだったけれど、第三者の目線で言われてみると、やはり胸に来るものがある。

 しかし、向後の様子は打って変わって、明るい調子でぽんぽんと軽く肩を叩いてきた。


「だが、それがおまえの長所でもある。未冬ちゃんと上手く行ってるなら焦ることもねえべ? 仮に──未冬ちゃんの事情にズケズケ突っ込んだせいで二人が喧嘩する、みたいな事態になれば、俺と、あと青川が悲しむことになるしな!」


 向後はそう言い置き、もう一度僕の肩を叩いて給湯室を後にしてしまった。

 残された僕は、とりあえずマグカップのお茶をずずっと啜る。


──青川くん、絶対に無関係なのに、勝手に人質にされてたな。


 僕の交友関係の中でもひときわチートのようなステータスをした友人の顔を思い浮かべつつ、ともかくこの件に関しては、穏便に解決できたらと願ってやまない。

 懸念材料の一つとして、飯田さんのご家族が農業者だということが挙げられる。

 飯田克樹さん──飯田さんのお父さんには当課に異動してからお世話になっているし、今後も良好な関係を築きたいのである。

 ないとは思いたいが、今件を多方面に飛び火させないことが第一。

 そう、高校時代の友人どうしのトラブルという域を出てしまっては困る。


──そんなことを考えてしまうあたり、なんだかイヤな社会人になってしまったもんだな。


「あ、住吉さんおはようございます! やっぱり給湯室でティータイム中でしたね!」


 同課の女性の後輩である中村さんが給湯室に現れ、少々気恥ずかしさを覚えた僕は「アハハ……おはようございます……」と笑ってごまかしつつ、そそくさと自席へ戻った。


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