月曜日が終わらない男

 その日はやたらと問い合わせが多くて、班の直通電話がひっきりなしに鳴っていたような一日だった。


 受話器を取って組織名から名乗っていたら、やきもきした声で「住吉くん、いる?」と被せてこられることもしばしば。

 定型文は「若芝市役所農林課の住吉がお受けいたします」なので、最後まで詠唱を聞いてもらえれば済む話なのだが、せっかちなお客様というのは、悠長に待ってくれないからこそせっかちなのである。いらち、とも言う。


 住吉は私でございますが──などと言いづらそうに言って、地味に気まずい空気になってみたり、「ここが担当かどうか分かんないけど、とりあえず知ってる番号に電話してみたわ!」とか言われてみたり。


 その場で返答できるような簡単な問い合わせだけならいいけれども、もちろん、そう甘いわけもない。

「確認して折り返します」と切ったのち、担当者を確認したり、バタバタと調べたり、先輩職員に助けを求めたり、関係機関に連絡を取ったり、打合せの日程を調整したり。……その途中に、別件のお問い合わせが来たり。

 そんなこんなやって、気付いたころには17時過ぎ。もはやお決まりのパターンと言っていい。


 うちの部署に限ったことではないのだろうが、まだまだ外部との連絡は電話が主流だ。

 相手が組織の人間でも同様。まずは担当者に電話して、不在の場合は“メールで内容送っときますんで!”という旨の伝言をお願いし、せかせかメールの本文を打つ……みたいなパターン。複数のお相手さんと、これまでに何度やり合ったか分からない。


「住吉さん、残業ですか?」


 定時を過ぎたころ、隣のデスクの中村さんに声を掛けられた。

 ミディアムくらいの長さの髪を、今日は後ろで一つにまとめている。


「ですね……。明日の打合せに持っていく書類だけでも仕上げないといけないし」


 小声でこぼすと、中村さんは「あっ」と口元を押さえた。


「今日は住吉さんご指名のお電話が多かったですもんね。月曜日って、週始めだからか、お問い合わせが集中しがちですし……」


 そっか、月曜日だもんな、となんだか素直に納得してしまう。

 電話を取るのも役所の仕事。予定していた事務仕事が止まってしまったとて、そういう日もあると割り切ることも必要なんだろう。


 打合せ資料の作成について、中村さんが手伝いを申し出てくれたが、それは丁重に断らせてもらった。

 ともあれ、若い女子に気にかけてもらえるってのは満更でもない。僕みたいなのにも優しく接してくれるし、小柄ながら、いつもぴんと背すじを正して立つところは可愛いなと思うし。

 って、いや、口には出しませんよ。出しませんけど、そう思ってしまうだけならセーフでしょう? 日本国憲法第十九条(思想および良心の自由)。


……未冬さんに、残業で遅くなるって連絡を入れないと。


 そっと離席してスマホを取り出してみると、当の未冬さんから、ちょうどメッセージと画像が送られてきたタイミングだった。


 お、と思ってアプリを開くと、画像は、うつぶせでピコモンの絵本を眺めるこーくんの写真。

『ピコモンはかせになるためのお勉強中だそうです♡』とのコメント付きだ。

 まだ言葉を喋れもしないのに、やたらと真剣な表情で絵本を見つめる航。0歳児らしかぬ妙に大人ぶった姿に、思わず表情が緩んだ。


 メッセージの文面からするに、未冬さんは普段と変わらず元気そうに感じる。

 しかし返信しているあいだ脳裏に浮かんだのは、昨日の朝、未冬さんが「まだ茉侑子からの既読がつかないみたい」と憂いていた顔だった。


 飯田さんとの連絡は取れただろうか。

 連絡は未冬さんに一任したから、僕はメッセージの内容は知らないけれど──二人は旧知の仲なのだし、きっと僕なんかが前に出るより、何倍も円滑に進めてくれるはず。

 ……そう思っているけれど、本当にそれで良かったんだろうか。


 いや、今はよそう。仕事を片付ける方が先だ。

 僕はスマホを作業着のポケットに突っ込み、急いで着席してパソコンに向かう。



……そして、残業を終えて帰宅した僕を待ち構えていたのは、ほろほろと涙をこぼす未冬さんの姿だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る