謎の女、登場
住吉くんを追い出したあと、一人テーブルに戻って息をついた。
ふと視界に入ったのは、白い紙袋だった。未冬の夫が、妻に持たされてきたもの。
彼は未冬が高校時代に別れた相手だったはずが、現在では彼女と夫婦となっている人物。しかしそれは、言ってしまうならば過去に一度未冬を捨てたはずの男だ。
彼がどのような経緯で未冬と復縁して、結婚して、子どもを授かるまでに至ったかなんて、知らないし、知りたいとも思わない。ただ、あの様子を見るに、私が四年ほど前まで未冬と恋人関係にあったとは欠片も頭にないことは確かなように思える。
そうなれば、妊娠中だった妻に対して『飯田さんの家に泊めてもらったら?』と声を掛けていたという未冬の発言にも合点がいく。古い女友達なんだな、くらいの認識なのだろう。相手が元恋人だと知っていたなら、同性だとして、そもそも妻が会いに行くことすら許していないはずである。
そういうところがむかつくのだ。呑気で、警戒心がなくて、無自覚に相手を見下していることについて、まったくの無頓着で。
しかしながら、そんな無防備さを未冬に買われたのであろうことは、容易に推測できてしまう。何も知らずポヤポヤしているほうが幸せなのだ、あの男は。
私自身も、彼に余計なことを伝えるつもりはない。未冬の家庭を壊したいわけではないし。
ただ、未冬にとって、女同士の恋愛とはなんだったんだろう、とは思う。
私は真剣だったつもりでも、未冬にしてみれば、ごっこあそびの延長でしかなかったのかも──。
「ね、さっきのカレとはどういうご関係なんですか?」
不意に、横から肩をつつかれた。
見ると、華やかな顔立ちの若い女子がにっこりと微笑んでいる。ウェーブがかった栗色の髪に、若い世代に人気のあるブランドのワンピースを着た美女。
私は硬直した。あの住吉くんとのゴタゴタが、他人に見られていたのか。
言葉を詰まらせていると、若い女子は朗らかに笑った。
「警戒しなくて大丈夫ですよ! わたしも仲間なので!」
「……仲間?」
「男に去られた女どうしでしょ? すぐ隣なのに、一人飲みだなんて寂しいじゃないですか。仲良くしましょうよ!」
この女、男に去られた女どうし、と言ったのか。
なにやら面白くない勘違いをされている。
去られただって? この私が。あの男に金を握らせて追い払った、この私が。
「いや、べつにあの人は──」
「はいはい、お話はゆっくり聞かせていただきますから〜!」
若い女子は隣のテーブルからワイングラスを持ってきて、一瞬の躊躇もなく私の対面に腰を下ろした。
「ちょっとあなた?」
咎めるが、女子は少しも悪びれず優雅に微笑んだままだ。
なんて強引な子だ。
怒りを感じるよりも、なんだかちょっと呆れてしまう。
──どこか未冬に似てる。
ふと、そんな感想が頭に浮かんで、私は慌ててそれを振り払った。
「さっきの人なら、ただの友人の配偶者ですから……。何を勘違いしてるのか知らないけど、友人の代理で荷物を届けに来ただけの人ですよ」
しかし女子は「わぁ!」とむしろ前のめりに食いついてくる。
「配偶者? すごーい、あの人ダンナさんなんだぁ!」
「友人の、ね」
「友人の、って……あ! もしかして、禁断の三角関係だったりしちゃいます?」
「そんなわけ……」
思わず口をついて出たが、途中で言葉が止まってしまった。
私は、彼女の勘繰りを否定しきれない。
三角関係であることは、事実……なのだろうか。
その実態が、“未冬”という星の引力に逆らえない男と女の話だとしても──。
いや、だからってどうしてシラを切り通さなかったんだろう。こんなこと、今日知り合ったばかりの他人に話す内容でもないし、説明する気もないのに。
「ふふっ、図星だったんですか〜?」
若い女子はニヤニヤと笑っている。どうやら酒の肴にする気満々のようだ。
泥沼に足を取られたように、どんどんと面倒な事になっている。
「とりあえず、お姉さんも飲みましょうよ〜!」
謎の美女はグラスを勢いよく持ち上げる。この時間で、もう酔っ払っているのだろうか。桃のように滑らかな頬は、それほど赤いようには見えないが。
といか、私はどうして誕生日に限ってこんな子に絡まれてるんだろう。
しかしながら、このまま誤解されたままでいるのも釈然としない。
「……分かった。飲むから」
結局、しぶしぶ乾杯した。
グラスに口を付けながら、頭の中ではすでに一日の反省会が開催されている。
どうやら本日は忘れがたい誕生日になりそうだ。
……今のところ、あんまり良くない意味で。
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