L-03 独白
良いものが書けない。アイデアはあったのだ。だが、肝心の技法が、表現力が足りない。アイデアを丹念に磨かれた宝石に仕立て上げようとしても、くすんだ石礫にしかならない。書けば書くほどに遠ざかる。
満足のいかない原稿は全てバツを打った。本当は視界に入れたくもなかった。己の失敗なんぞに目を向けたくなかった。だが、積み上がっていく原稿の山は否が応でも視界に写る。それに意識が向く度にアイデアが散る。より一層表現に満足がいかなくなる。筆が進まず、焦燥が募る。
違う。違う。違う!俺が心動かされたものはこんなものではなかった!こんな凡俗でも考えつくような駄文ではなかった!俺が心動かされたのは、もっと高尚で、俗世間を凌駕するものだった。嗚呼、結局は俺のこの行動も、行住坐臥軽蔑している衆愚が行う軽挙妄動と何ら変わりなかった!俺もただ、自分こそは特別だと信じて疑わぬ一人の凡人、衆愚の中の一人に過ぎなかったわけだ。滑稽だった。道化を見下す者が道化になり下がるなど。
どれだけ目の前の鏡を砕いて、その破片を自らに突き刺し、溢れた汚辱を美しいものに昇華しようとしたことか!どれだけ自らの翼から引き抜いた羽根で、溢れ出た文字を文学に綴じようとしたことか!嗚呼、苦痛よ。お前はずっと俺の傍にいたのだろう?傍にいるなら教えてはくれないだろうか?俺はどうすればいい?どうすれば、憧れたものと肩を並べられる?どうすれば、俺は俺が特別だと認められる?
いや、本当は自分が自分を認められるかなど、どうでもよかった。ただ、あいつに俺のことを認めて欲しかった。俺が本を書きたいという我儘を言ったばかりに苦難を強いてしまった、そして終には俺のもとを羽ばたいて去っていった天使。その天使にもう一度だけ、ただもう一度だけ俺を見て欲しかった。本を書いて有名になったら、もう一度羽を休めに来てくれるのではないか、そう思っていた。
頭に留めていたアイデアも全てなくなった。結局、全てありふれたものでしかなかった。既に、偉大なる天才たちか、さもなくば幸運だった凡人たちによって、一通りは試されたようなものでしかなかった。
第10港湾都市マールデズシダデ 居住プラントのどこか 一人で住むというには広過ぎる一室
広い部屋を狭い一室と見紛うほど、高く積み重なった原稿。その殆どに何やら文章が書かれているが、さらにその上から黒く塗りつぶされている。さもなくば、びりびりに破かれている。それらを棺桶とするかのように、一体の人形が横たわっている。
人形の首元には太い縄が締め付けられ、天井から吊り下げられたそれが半ばから千切れていようと、首元の締め付けは緩むことはなかった。
「市民番号59874番の死亡を確認。葬儀、埋葬申請ともになし」
黒いガスマスクを着けた人物が淡々と言葉を口にする。
「ひゃー。これはまた酷い有様っすね」
「自殺だろうし、こんなもんだろ。……おい、新入り。ちょっとこっちに来いよ。面白いもんが見れるぞ」
「え、面白いもん!?何すか何すか?」
報告をした人物と同様のスーツとガスマスクを装備した二人が、故人の前でするには不謹慎と言えるような会話をする。
「大抵、自殺者ってのは最期にお涙頂戴とでも言いたいかのようなものを残すもんだ。ほら、これだよ」
「おっとと。」
投げられた手帳を受け取った人物は、ペラ、ペラ、とページをめくっていく。
「これ、遺書っすか?何か、こんなつまらないものを書く程度だったんなら、この原稿の山も納得っすね」
男の遺書を読んだ人物は薄情にもそう言った。
「そこ。雑談をしていないで、資源の回収をするように。リーパー。お前はまだ魂の回収はしたことなかっただろう?」
「うぇっあ、はい!リーダー!研修で習ったぐらいです」
リーパーと呼ばれた新入りは答える。
「なら魂の回収作業はお前がやれ。死体の解剖は俺たちがやる」
「あっはい!わかりましたっす!」
リーパーは魂魄捕縛装置を起動し、体に残っている霊魂を装置内に吸収する。
「この魂が発電プラントで電力を生み出す資源……なんすよね?」
「ああ、そうだ。そして肉体の方は様々な用途で資源として扱われる。それは俺たちが死んだときも同じだ」
リーパーの問に対して、リーダーが答える。
「まあ、今度のやつは適当にミンチにでもして、魚の餌にでもなるんだろうな」
もう一人も作業をしつつ会話に入る。
「リーパー。お前は“回収者”として働くことに後悔していないか」
「うーん。後悔はしてないっすね。霊廟都市で生まれたといっても、他の都市の人とそこら辺の考え方は変わらないっすよ」
「……そうか。ならいい」
そうして三人の回収者は、哀れな自殺者の死体を“資源”として回収する。彼の死に心を動かすこともなく、ただ淡々と。
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