L-02 寓話 せいぎをふりかざすワルモノたち

刃を信じるなかれ。人を傷つけうるものは決して正義とはなれぬ故。


 鏡を信じよ。鏡は常に正義のみを写し出すが故。


 ある所に正義を掲げる王がいました。彼の王はいつも剣を身につけていました。彼の王はいつも己の剣に写る自分に、正義を見出していました。


 ある時、人々の間で争いが起こりました。それはそれは大きな争いでした。王もまた、騎士たちを率いて自ら敵国の城へと向かいました。そうして自らの正義を振りかざしました。何度も。何度も。

 

 敵国の民も、かの王からすれば正義を汚す悪党に他なりませんでした。

敵国の民に正義の鉄槌を下しました。敵国の村を聖なる炎で焼き尽くしました。

敵国の子供も「悪党の子供は同じ悪党に育つから」と、悪い魔女を燃やすように火刑に処しました。

女子供を守ろうとした男を「正義執行を妨げた悪者」として八つ裂きにしました。

女を「悪に奉仕する魔女」として、いくつもの槍をその体に突き刺し、血を抜き、顔を押しつぶしました。老人は「長年、悪を容認していた」という理由で、目の前で人々に正義が振りかざされる様を見せ、二度と悪行をなせぬよう、四肢を奪われました。


 そうして、いつしか剣は正義の痕がこびりつき、赤く濁ってしまいました。それでも、王の掲げる正義は錆びていませんでした。


 やがて二つの国の王は互いの騎士を連れて、大きな鏡の前で対峙しました。その鏡は正義のみを写し出す鏡でした。その鏡の中には誰一人としてそこを居場所とする者は居ませんでした。

 

 犠牲も厭わず二人の王は戦いました。やがてただ一方だけが残りました。最後まで正義を振りかざしたにも関わらず、鏡の中には誰の姿も見えませんでした。王はそのことに憤り、鏡に剣を振りかざしました。現実の欠片が刺さっても、王は自らの正義が放つ輝きから目を離せませんでした。


 勝利した王様は新たな統治を始めました。反対するワルモノは全て正義の名の下に執行されました。

課税に反対する国民を一族郎党根絶やしにし、その財産を正しい者のために分配しました。

法律を守らぬ者は誰であれ、どんな理由であれ決して赦すことなく、正義の絶対性を示すために断罪しました。

自らの求婚を断った乙女を、悪女としてその顔を酸で溶かし見せしめとしました。

悪評を立てる者を正義を貶める悪として、その口を縫い付け、燃やし、喉を引き裂き、二度と悪事を働けないようにしました。


 ワルモノが減っていく度に、王の正義は輝きを強めていきました。


 やがて王に反対する人はいなくなりました。


 一人残らず。


 王の振りかざす正義はとても眩いものでした。彼の者が自らの持つ光で盲てしまうほどでした。そんな王には、自らの輝きで生まれた陰を見ることなど、到底できませんでした。


 ―光あれば陰はあり。光なければ陰はなし。


 他者の視点に立たぬゆえ、自らの振りかざす光によって、自らの顔に陰が差す様を見ること能わず。




 第1軍略都市アドナージドゥイグラート 士官学校にて


 「我らは軍隊である。武力によって人類文明を守ることを、その使命とする」


 教壇に立った教官は、黒板に文字を綴りつつ講義を続ける。


 「先ほど話した寓話は、実際に起こったことではないが、かつて人類史で繰り返し起こったことを題材としたものである」


 士官学生らは教官の話をノートにまとめながら、講義を清聴する


 「人は、強い正義感を持つほどに“悪事”を行いやすい。武力を行使する我々こそ、この寓話を教訓とし、間違った形で武力を行使することなどあってはならない」


 ―そう。彼らはこの時代の人類の剣であり、盾でもあったんだ。だからこそ、その力を誰かを虐げるために使わないように、実例を基にした寓話を教訓としたんだ。けれども、不思議なことが一つあるね。正義を映し出す鏡の中に、誰一人として映らなかったのは何故なんだろう?


 ―「この世に絶対の正義なんてない」ということなのかな?それとも……。「正義とは悪事を合法的に行うための免罪符でしかない」という意味だったりするのかもね。だから、多くの人たちは自分の行為を悪だと認めたうえで、合法的にそれを行うために、自ら率先して正義を“かたった”んじゃないかな?

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