L-04 “生きたい”という病
第3医療都市トゥリアトゥリキ
ある少女の日記
◯月☓日
今日は家族がお見舞いに来てくれた。すごく嬉しかった。弟は、私が少しでも気を紛らわせることができるようにと、本を持ってきてくれた。特に嬉しかったのはこれだった。
◯月△日
体がだるい。少し前まではペンを持つことも出来ないほどに、全身が痛かった。これが私の病気。不定期に全身を痛みが支配する、そんな病気。どれだけ気を紛らわせても、全身に痛みが走る度に辛い現実を突きつけられる。痛みが走った日は大抵悪夢を見るけど……今日はいい夢を見られるといいな。
△月◯日
最近は特に痛みが酷い。丸一日痛みを感じることがなければ良い方だった。何でこんな状態で生きなきゃいけないんだろうって考えた時に、いつも家族が傍にいて励ましてくれた。家族がお見舞いに来てくれることが唯一の救いだった。……一応、まだ痛みがない時間はあるから、その時にでも日記を書いておこう。死んだら、上層選民の人たち以外は多額のお金を支払わないと、遺体は資源として再利用されるらしい。その時に日記だけでも、私が存在したってことを残しておきたいから。
△月☓日
病院の先生はいつも「もうじき良くなる。もう少しだけ頑張ってみよう」「いつかきっと楽になるから」、そんなことしか言わない。ねえ、何時なの?何時になったら、この苦痛から解放されるの?
△月△日
ふと、家族のことが心配になった。私はずっと入院している。病院の入院代はどうしているのだろう。最近は効き目が薄くなってきた麻酔薬の薬代含め、かなりの負担になっている筈なのに。今の私の存在意義って何なのかな?病院代で家族に迷惑かけて、病気が治る気配が無いのに薬を使い続けて……。こんな状態で何で生きているのかな。
□月◯日
久しぶりに体調が良かったから、散歩にでも行ってきたらどうかと先生に言われた。お見舞いに来てくれた弟と一緒に散歩していたら、弱っている野良猫を見つけた。大きな怪我をしていた。そんな状態でも、私たちが近づくと頑張って体を起こしてこっちを警戒していた。
□月☓日
何で生き物は生きようとするんだろう。誰かに命令された訳でもないのに。生きていたら、怪我や病気みたいに苦しいことが沢山あるのに。私は何で生きているんだろう。こんなに苦しいのに、この苦しみがいつなくなるかもわからないのに、どうして生きたいって願うんだろう?先生はいつか病気が治ったら幸せな日々が来るって言ってた。いつかじゃない。今苦しいんだよ。今すぐに解放されたいんだよ。何でこの気持ちを分かってくれないの?
□月△日
先生は何度も私に「君には生きる権利がある」って言ってくれた。そして、「死んではいけない」とも言われた。これじゃ、生きる権利じゃないよ。私たちには“生きる義務”はあっても“死ぬ権利”はないみたい。
□月□日
体が軽い。痛みがない。嘘のように体の調子が良い。ようやく“退院”できるんだ。ようやく家族の所に逝けるんだ。……皆は頑張った私を褒めてくれるかな。
激痛に耐えながら書いたのだろうか。最後のページは震える筆跡で書かれている。筆圧も不安定だった。それまでの整った文と違い、行の枠からはみ出している文字もあった。
それはまさしく、少女が頑張って生きようとした証だった。
□月□日 第3医療都市トゥリアトゥリキの病床プラント第42号棟の一室で一人の少女が死亡。少女の家族は、一カ月前に少女を除いた一家心中により死亡していることが確認されている。少女の遺体は資源として再利用することが決定された。
「今回の“資本”は短命でしたね」
―患者を自分たちの利益を生み出すものとしか考えない世界。
「そうだな。苦痛に耐えられず、自分で点滴の薬品の量を増やして自害するとは」
―人の命よりも自分たちの利益を優先する獣。
「ええ。それに、入院代も僅か3、4ヶ月分しか入ってませんよ」
―奇病、難病、新しい病。その治療薬を、人を犠牲にして生み出したモノを利用して自分たちで用意するマッチポンプ。
「我らの利益になるどころか、ただの損害にしかならなかったな」
―蠱毒の坩堝。
「ところで、病棟管理長。この日記はどうしますか?」
―毒を生み出すのは、結局は人間に他ならなかった。
「要らん。捨てておけ」
―頑張って生きたという証さえ、消えてなくなる世の中。
「はい、わかりました」
―自分が生きたいがために、苦しんでいる者から死ぬ権利を奪い、生きる義務を押し付ける。……君たちの世界はそうならないといいね。
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