『夏の終わりに燃えたもの』 ―アムシェルの手記―
1789年8月25日。
あの夏の夕暮れ、空は血のように赤かった。
季節はまだ穏やかな風を残していたが、どこかざわつく空気が村を包んでいた。1789年、パリの郊外にあるシャロン――私の生まれ育った小さな村でも、「革命」の言葉が低く響き始めていた。
だが、それが私たちエルフィニア人にどのような形で襲いかかるのか、あの日の私は知る由もなかった。
父ハイデンは金融街で有名な投資家で、母エリザは毎日の祈りを欠かさぬ敬虔な人だった。妹のサラはまだ11歳、空を見上げては「雲は神さまの船」と話していた。村人たちの中には私たち家族に親しげな者もいたが、心の底に潜む偏見が、ある日、現実となって牙を剥いた。
それは突然のことだった。
「アシュケナム一家は貴族と通じている! 密告者だ!」
そんな噂が、まるで疫病のように広がった。群衆の顔は怒りに染まり、手には鍬や松明が握られていた。人は、恐怖と飢えの中で、敵を必要とする。見慣れた隣人が、いつのまにか異端の象徴になる。それが「大恐怖」だった。
その夜、家の扉が打ち破られたとき、私は手にしていた聖書を落とした。
「アムシェル、裏口から逃げなさい」と父は言った。
「なんでよ、お父さん、みんなで……!」
私の言葉を遮るように、父は私の背を押した。その腕の力強さが、今でも時折、夢の中で私を泣かせる。
炎が巻き起こった。母の声が聞こえた。サラの小さな手が、私の袖を掴もうとしていたのを、私は振り払ってしまった。あれが最後だった。
私は生き延びた。ただ一人。
家族を奪われ、名を呪われ、私は村をあとにした。靴は片方脱げ、足は血でにじんでいたが、背中にはまだ、父の手の温もりが残っていた。
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