第12話 オカルト研究会の怪異
「いやー、朝っぱらからのシャワーは気持ち良いねー」
元凶の副会長、
「誰のせいでこんな時間にシャワー浴びる羽目になってると思ってるのよ?」
「いやー、ゴメンして!急に思い立ったもんだからー!なっはっは!」
イラッとした円だったが、反対側を使用してる後輩にして幼なじみの、
「ゴメンねー、円ちゃん。副会長は言い出したら聞かない人だから」
「まあ、もう良いわよ。それにしてもお化け屋敷の件を、早速展示するなんて、栗花落さんも抜け目ないわね」
「なっはっは!本物の心霊現象が起こったら、即発表に決まってるっしょー?」
昨日のお化け屋敷騒動を聞き付けた栗花落は、早速関係者(主に円)に取材して一夜で展示物に加えたのだ。
(まあ、結界も消えたし、問題はないか)
シャワーで身も心もさっぱりした三人は、制服に着替えて文化クラブ棟に帰って来た。すると、部室の前に同級生の
「円さんと回るのは僕だ!君は引っ込んでて貰おう!」
「ほう、先輩だからって俺が大人しく引くとでも思ってるんすか?」
一触即発の状態だ。円は駆け寄り二人の間に割り込んだ。
「ストーップ!何を揉めてるのよ、二人とも!」
「円さん、おはよう!」
「円先輩、おはようございます!」
「喧嘩寸前に見えたけど、理由は何?」
「円先輩と回るのは俺だって言ってるのに、榊先輩が割り込んで来たんすよ」
「僕は昨夜、円さんから了承を得ている!そうだよね、円さん!」
「え、ああ、うん」
「だけど、先に約束してたのは俺だ!俺に優先権がある!そうですよね、円先輩!」
「何でそんなことで張り合うかな?三人で回れば良いじゃない」
円の発言に、神酒と四月一日はガックリと肩を落としていた。
「あーあ。平良ちゃんってば、男心が分かってないねー。どっちも二人きりで回りたいに決まってるじゃん!」
栗花落の言葉に男子二人は顔を反らして赤くなっていた。実に分かりやすい反応だが、円も劣らず恋愛沙汰には疎い。
「私は午後はオカ研の売り子やるから、時間的に一人ずつ回るのは無理なのよ。だから三人で回りましょう、ね?」
肝心のマドンナにこう言われては、男子たちは頷く他はない。
「分かったよ、円さん」
「分かりました。円先輩。ここで待ってます」
男子二人を廊下に残し、オカ研の部室の扉は閉められた。
「あーあ、罪だねー、平良ちゃんってば」
早速、栗花落が口火を切る。
「だって午前中しか回れないし、三人一緒で回ったほうが効率的でしょ?」
「円ちゃん、榊先輩と四月一日くんは円ちゃんに気があると思うよ」
後輩の仁美にすら言われる始末だ。どうしてイチイチ恋愛に結びつけようとするのか?円にはそっちのほうが理解出来なかった。着替えの入ったリュックを置いて、円は二人に後を託す。
「じゃあ、行ってくるわね。午後からは私が売り子やるから」
「ほいほーい、楽しんでねー」
「円ちゃん、二人に気を遣ってあげてね」
「何だか分からないけど、分かった。それじゃあね」
円は二人に手を振って廊下に出た。
「さて、それじゃあ回ろうか、神酒くん、四月一日くん」
「あ、ああ、うん」
「行きましょう、円先輩!」
無駄に気合いの入ってる二人の男子を引き連れ、円は文化祭の出し物を見て回ることになった。
ちょうどその頃、駅前の商店街を歩くロングの銀髪の女性がいた。商店街は半分くらいが閉店しているシャッター街になっているが、たまにあるはずのない店が営業していることがある。怪異に行き逢った者、霊感体質の者にしか視えない店。たなかし雑貨店だ。
駄菓子から武器や防具まで売ってる雑貨屋の看板にはこう書かれている。
『見えないはずのモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』
銀髪の女性が扉を開くとドアチャイムが鳴って、中にいる女性が振り向いた。長い髪をポニーテールにまとめ、派手な柄のポンチョを来た美女、
「おお、時間通りに来たね、弥子。感心感心」
「何が感心だよ。魔水晶の鑑定士を呼びつけるやつはあんたくらいだよ!」
人間の姿に擬態している
妖魔とは人間の空想や負の感情が生み出す化け物だ。人間の生命エネルギーを奪う危険な存在だが、中には弥子のように人間として社会に溶け込み、魔水晶の鑑定士をしている者もいる。魔水晶は妖魔が退治されたら落とす、生命エネルギーの塊だ。これがギルド組織で高値で取り引きされている。そしてとわは、そんな妖魔を退治する専門家、
「昨日は上級妖魔を退治したからね。他にも中級妖魔のが山ほどあるから、それなりの値にはなるだろう?」
とわはカウンターの向こうから、袋に入った魔水晶をごとりと置いた。そして、隣に熱いコーヒーを並べる。
「ふうん。確かにこれは上級妖魔のだ。鬼だね」
「ご名答。他にも土蜘蛛のやつもあるよ」
弥子は拡大レンズで魔水晶を手際良く仕分けしてゆく。
「うーん、ざっと大まかに見てこんなところかな?」
弥子が電卓で弾き出した金額を見て、とわは肩を竦めた。
「おいおい、冗談だろ?上級妖魔のも入ってるのにこんな安値なわけないだろ?」
「ごねたってこれ以上は出せないよ」
「どうせ金を払うのはギルドだろ?あんたの懐が痛むわけじゃないんだし、もう少し色をつけてくれ」
「あーもう!A+ランクのやつは強突張りばっかりだ!」
弥子は愚痴を漏らしながら再び電卓を叩いた。
「全部で五十万円!これ以上は出せないよ!」
「オーケー!それで手を打とう!毎度ありー!」
「全く、現金なものだよ」
弥子はため息をついて小切手帳を取り出した。金額を書き込み、とわに手渡す。
「むふふ、いつ見てもこの小切手ってやつは愛おしいねえ」
「全く、とんだ守銭奴だよ」
弥子はカップを手に取り、冷めたコーヒーを胃袋に流し込んだ。
「ところで、とわ。今日も文化祭、見に行くんだっけ?」
「ああ、勿論!年に一度の収穫祭だからね」
「まだ稼ぐ気?本当に欲張りだよねー」
弥子はため息をつくが、とわは意に介する様子もなく小切手を懐に仕舞う。
「そんなこと言って、弥子だってまたメイド喫茶に行くつもりなんだろう?」
「恥じらう女子高生のメイド!これは希少価値があるからね。また目の保養に行かなきゃ」
「今日は円ちゃんは午後からオカルト研究会の売り子やるって言ってたから、後で覗いてあげよう」
こうして、社会人として少し問題のある二人は、連れだって
午前中。校庭に並んだ出店を巡って円たちは楽しんでいた。男子二人が牽制しあっているのに円は全く気づいてない。
「四月一日くん、君はさっき奢っただろう?今度は僕が円さんに奢る番だ!」
「何言ってんすか?早い者勝ちっすよ!」
さっきからずっとこんな調子でやりあっている。円はため息をついた。
「もう、揉めないでよ。そろそろお昼にしない?」
「ああ、そうだよね!じゃあ、焼そばを買おうか?」
「いいや、ここはお好み焼きに決まってるでしょ?」
「んー、私は今はたこ焼きの気分かな?」
それを聞くと男子たちは目の色を変えた。
「分かった!すぐに買ってくるから、円さんはここで待ってて!」
「うおおー、早い者勝ちー!」
「あ、ずるいぞ、四月一日くん!」
神酒と四月一日がいなくなると、円は手近なベンチに腰かけた。
「まったく、仲が悪いなー、あの二人は」
頬杖をついた円の視線の先に、半透明の女子高生がいた。少し古い型の制服で、かつて大成高校に通っていたのだろう。普段はさ迷っているのが、文化祭の熱気に当てられてやって来たのだと思われる。円は幼い頃からこの世ならざる者を視てきた。昔はただスルーするしか方法がなかったのだが。
(大いなる光よ、迷いし者を照らしたまえ)
円は手をかざして心の中で呪文を唱えた。すると、円の手の平から光のエネルギーが流れ、女子高生の霊は光に包まれて消えていった。知り合いである専門家の小鳥遊永遠から貰ったブレスレットのお陰で、こうした少しばかりの浄霊が出来るようになった。流石に妖魔となると強力過ぎて太刀打ち出来ないが。
「お待たせ!円さん!」
「円先輩!こっちのは山芋が入ってて美味しいらしいですよ!」
二人とも両手にたっぷりのたこ焼きを抱えている。
「あ、ありがとう。飲み物も買ってこなきゃ」
「勿論、お茶も買ってるよ!」
「俺がそんな抜けたことするわけないじゃないですか!」
二人は円を真ん中に、両隣りに座った。
:「さあ、遠慮なく食べてよ、円さん!」
「円先輩、こっちのほうが旨いですよ!」
同じたこ焼きなら、そんなに味の違いがあるとは思えないが、取りあえず、神酒のたこ焼きから一個貰って頬張った。熱いのでハフハフしていると、二人が見つめて何やら緊張している。
「さて、今度は四月一日くんのほうね」
こちらも熱くてハフハフしてしまうが、男子たちは何やら真剣に見つめてくる。
「二人とも食べないの?」
「ま、円さん!どっちのたこ焼きが!」
「美味しかったですか!?」
どっちがと言われても、同じたこ焼きだから、正直どちらとも言えないが、ここはどっちかに決めなければいけないようだ。
「うーん、どっちかと言うと、四月一日くんのほうかな?」
「本当ですか!?イエーイ、やりい!」
嬉しそうな四月一日とは対照的に、神酒は不機嫌そうにたこ焼きを爪楊枝でつついていた。
「あ、勿論、神酒くんのも美味しかったよ?同じたこ焼きなんだから、そんな大きな違いはないでしょ?」
しかし、二人とも聞こえてないようで、得意そうな四月一日と暗い顔をしている神酒は、実に分かりやすい反応をしている。
円は思いきって二人の手を、不意打ちで掴んだ。
「ま、円さん!?」
「円先輩、な、なにを!?」
「二人とも仲良くしてよ。どっちも私の大事な友達だよ!」
「友達・・・」
「と、友、達」
どういうわけか、二人とも嬉しいような悲しいような複雑な顔をしていた。
だが、その時。ピシリと音がして、背後に気配が生じた。円と四月一日は振り向いたが、神酒は気づいてないようだ。
ほぼ、白骨化した
「四月一日くん、これって体育用具室の髑髏よね?」
「はい。祭りの雰囲気に当てられて、姿を現したんでしょう」
立ち上がった四月一日の手には錫杖が握られていた。四月一日は呪術士の家系で、その実力夢想士でいえばBランクの実力だ。
「ちょっと始末して来ます」
「失認結界を張るのを忘れないでね」
「分かってます。すぐに戻って来ますから!」
四月一日は錫杖の先で空間にシンボルを描き、失認結界を張った。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね!」
円が四月一日の後ろ姿を見送っていると、神酒の弾んだ声が聞こえた。
「あれ?四月一日くんは用事かな?いなくなったようだけど」
「ええ、どうしても外せない用事が出来たみたいで」
「そうかー!じゃあ円さん、次はどこに行こうか?そういえば、もうすぐ体育館で軽音部の演奏が始まるよ。行ってみない?」
正直、四月一日のことが心配だが、夢想士でもない自分に出来ることはない。スマホで時間を確認すると、そろそろ売り子をしないといけない時間だ。
「ゴメンね、神酒くん。私もオカ研の売り子やらなきゃいけない時間なの。軽音部の演奏は他の子と見に行って」
円は立ち上がると、スカートの後ろをはたいた。
「え、もうそんな時間?そろそろ
「じゃあ、ここで解散ね。楽しかったわよ」
「ほ、本当に?」
「うん。まあ、正直いうと神酒くんと四月一日くんの仲が悪いのが残念だったけど」
「え、彼と仲良くしたほうが良かったの!?」
「それはそうでしょ?折角の文化祭なのに、ギスギスしてたら楽しめないわよ」
神酒は分かりやすく落ち込んでいるようだが、もう本当に時間がない。
「じゃあ、私はもう行くわね。神酒くん、色々と奢ってくれてありがとう!」
円は小走りでその場を離れた。朴念仁の円には、男達の恋の鞘当てに全く気づいていなかった。
美甘は環を連れて大成高校にやって来た。勝手に回っても良いのだか'、過保護の兄がそれを許さないのだ。
「別に高校の文化祭なんだから、危ないことなんてないよね?」
「僕もそう思うけど、お姉ちゃんも一人で回っちゃダメって言ってたよ」
円の弟の環は少し気が弱いが、意外と芯の強い小学生だ。
「およ?美甘ちゃんと環くんじゃないか」
そこに知り合いのとわと、先日、メイド喫茶で会った銀髪の女性が通りかかった。
「とわお姉さん!弥子さん!こんにちは!」
「あ、こ、こんにちは」
小学生たちはキチンと挨拶をする。美甘は年の割にしっかりとしているが、環は少し人見知りなところがある。
「お兄さんを待ってるのかい、美甘ちゃん?」
「はい!私たちだけで回っちゃダメだって言われてるので!」
「なるほど。神酒くんも保護者してるねー」
とわは以前、学校の七不思議関係でお世話になった。不思議な力を持った頼れる人だ。
「二人ともお昼は食べたのかい?良かったら、お姉さんが奢ってあげよう」
「良いんですか!?」
「ああ、好きなものを選ぶといいよ」
「流石の守銭奴も子供には奢ってやるんだ?」
「うるさいよ、弥子」
とわは弥子の頬をつねった。
「痛い痛い、冗談だってば、とわ!」
何だか仲の良い二人だった。
「まずは定番の焼そばでも食べようか」
「はい!」
「あ、ありがとうございます」
美甘は環の手を引いて、とわたちの後に続いた。
文化クラブ棟に戻った円は、オカルト研究会の部室の扉を開けた。すると、山ほど積まれた会誌が載っているテーブルの向こうで、会長の
「会長!戻りましたよ!」
「わあっ、ビックリした!」
座っていた椅子からずり落ちそうになっていた勅使河原は、居眠りから覚めてボーッとしている。
「お昼過ぎたので交代しますよ。お疲れ様でした」
「あー、平良さん。ありがとう、助かるよ」
大きく伸びをして立ち上がった勅使河原は、立ち上がるとテーブルの向こうから出てきた。
「それじゃあ僕も文化祭を楽しんで来るよ。後は頼むよ、平良さん」
「はい。任せてください」
部室を出ていく勅使河原を見送り、円はテーフ'ルの向こうの椅子に座った。
「売れた会誌は・・・三十三部。完全に赤字ね」
円は苦笑して部室に置いてある本の山から一冊取り上げ、ページを捲る。ここからは読書タイムだ。活字を目で追っていると、展示してあるジオラマで何かが動いた。円が目を凝らして視てみると、それはツチノコだった。
(想いが凝集して妖魔化したのね)
ツチノコはジオラマの自分のスペースの上で、ゆっくりと、うねうねと動いていた。どうやら低級妖魔のようだ。なら危険はないだろう。円は再び読書に戻った。
しばらくすると違う場所からも物音がしているのに気づいた。別の展示場所に小さなグレイ型宇宙人たちが、何やら騒いでUFOの中から出たり入ったりしている。
(そういえば、都市伝説で小さなおじさんってのがあったっけ?)
頭部がでかくてアーモンド型の大きな目を持つ宇宙人たちは、可愛い代物ではなく、むしろ不気味だった。
(そういえば、河童の宇宙人説ってあったわね)
隣の、プールに出現する河童のジオラマでは、緑色の肌をした小さな河童が水音をさせて泳いでいた。
(低級妖魔でも、これだけ大量にいると不気味ね)
円は立ち上がり、展示物のほうに近づいた。手をかざし、
(悪しき者よ、大いなる光で消え去るが良い)
心の中で呪文を唱えた。
ツチノコや河童、宇宙人たちは消え去ったが、最後の展示物。円たちのお化け屋敷に出た鎧武者は消えようとしない。それどころか、徐々に身体が大きくなってゆく。
(つい昨日、騒動があったばかりで視た人たちの念が強いってこと!?)
円は後ずさって、ロッカーの中からモップを取り出して身構えた。とわから貰ったブレスレットは防御結界を自動で張ってくれるから、取りあえず大丈夫とは思うが、何か武器を持っていないと不安だった。
「ううむ、儂は何をしておったのか・・・ここはどこじゃ?すぐに討伐をせねば」
(喋った!?ということは上級妖魔?でも、何でそんな強力なモノが!?)
円はハッとして、テーブルの上に積まれた会誌をパラパラと捲った。そして、その中の一つの記事が目に止まった。
『歴史に残る妖怪バスター。酒呑童子と土蜘蛛を退治した
(この記事、栗花落さんが特に力を入れて書いてた記事。その想いと文化祭で集まる様々な感情とエネルギーが相まって、源頼光を具現化してしまった!?)
「む?そこな娘!ここはどこじゃ?儂の配下の四天王はどこにおる?」
(言葉が通じるなら、何とか言いくるめて時間を稼がないと!)
とわが文化祭に来る。オカ研には必ず顔を出すと言っていたから、それまでの時間稼ぎをしなければならない。
「えっと、あなたは源頼光様ですね?」
「おう、儂を知っておるのか?ならば聞くが、配下の四天王はどこにおる?」
源頼光の配下といえば、茨木童子の片腕を切り落としたという
「えっと、到着は少し遅れるそうですので、頼光様はここで少しお待ちください」
「左様か。ではここで待たせて貰うぞ」
源頼光は椅子に座り腕を組んだ。円は取りあえず急場を凌いだので、自分も座って待つことにした。
無事に神酒と合流した美甘たちは、お昼を食べて講堂に向かった。大成(たいせい)高校名物の軽音部のライブを観るためだ。
「神酒くん。軽音部はどんな演奏をするんだい?」
とわの問いかけに神酒は丁寧に答える。
「えっと、J ポップとヘヴィメタルの二バンドですね」
「J ポップなら少し分かるが、ヘヴィメタルのほうは良く分からないなあ」
「まあ、洋楽のコピーバンドだから、あまり分からないかもしれません。でもノリは良いですよ」
講堂の照明が落とされ、壇上のカーテンが開いてゆく。途端に耳を弄する轟音が響いた。生徒たちはノリノリで頭を上下に振ってリズムに乗っている。
「こりゃあ、ノイズだ。あたしには合わないね」
そう言ったとわだが、壇上のバンドの演奏よりも気になるモノを見かけた。メタルのイメージに合わせた装飾なのだろうが、ドラムの後ろに骨格標本が飾られていた。それは問題ないのだが、白骨化した妖魔が数体、ステージの上で踊っていた。
「とわ、妖魔だ!」
弥子に言われるまでもなく、とわは席を立った。
「弥子、みんなを頼むぞ」
「オーケー。仕事しておいでよ!」
弥子は親指を立ててウインクする。
とわは暗がりの中、音もなくステージに近づき、呪符を数枚ばら蒔いた。
「
呪文を唱えるとステージ上に失認結界が作られた。バンドの連中の姿は見えるが、踊る白骨たちは隠された。
とわは一挙動でステージの上に飛んで、白骨たちの前に立ち塞がった。白骨たちは戸惑ったように動きが乱れる。
「さあ、覚悟しろ!」
とわはポンチョの下から日本刀を取り出した。抜刀し、抵抗を試みる白骨たちを次々に斬り捨ててゆく。白骨たちの残骸は一つにまとまると、巨大な骸骨になった。
「がしゃどくろか!典型的な妖怪だな!」
とわは、がしゃどくろの足元に赤い石を投げつけた。爆発が起こってその巨体が這いつくばった。
「引導を渡してやる!」
とわは刀でがしゃどくろを細かく斬り伏せて塵に返してゆく。
「流石にA+ランクの夢想士。圧倒的な強さだね」
弥子はとわの仕事の手際の良さに拍手を贈った。また後で魔水晶の鑑定をする羽目になるだろうが。それにしても、大成高校は本当に妖魔の発生率が高い。文化祭の時は特段にその傾向が強くなる。
「お疲れ様、とわ」
席に戻ってきたとわに、弥子は労いの言葉を口にする。
「あれ?とわさん、どこに行ってたんですか?」
美甘の疑問にとわは簡潔に答えた。
「ああ、ちょっとお花を摘みにね」
その言い回しは、現代っ子に通用するのか?そんなことを考える弥子だった。
取りあえず、源頼光に椅子に座って貰った円だったが、モップを手放す気にはなれなかった。妖怪退治の代表のような存在だが、ここにいる源頼光はあくまで妖魔だ。突然、生命エネルギーを吸われたら堪らない。
「ところで、娘よ。変わった服を着ておるな。異国人か?」
突然、頼光が問いかけてきたが、返答に窮する問いかけだ。
「ああ、いえ、まあ。あなたから見たら異国人みたいなものですね」
「この建物も変わった建築様式じゃ。儂はいつの間にか異国に来てしまったのかのう?」
「えっと、それは・・・」
その時、部室の扉が唐突に開かれた。
「いやー、参りましたよ、円先輩。あいつら突然姿を消して・・・」
現れたのは四月一日だった。瞬時に妖魔の気配を察知し、手に錫杖を握っていた。
「鎧武者?お前、妖魔だな!」
「うん?何だ小僧。貴様、儂を愚弄する気か?」
立ち上がった頼光は腰に差していた刀を抜いた。
「四月一日くん、気をつけて!それは上級妖魔だよ!しかも、妖怪バスターの源頼光だよ!」
「へえ。そりゃ相手にとって不足なし!」
四月一日は錫杖をぶんっと振って先手を取った。
「雷撃!」
稲妻が迸ったが、頼光は刀でそれを受け止めた。
「ほう、なかなかの霊力!貴様、鬼の眷属か!」
「なっ!?妖魔のくせに俺を鬼扱いだと!」
「仕方ないよ、四月一日くん!その妖魔は源頼光として実体化してるから!」
円は四月一日に情報を渡した。
「源頼光!?あの妖怪退治で有名な?」
「本性を現せ!この鬼め!」
頼光は刀を振るい、四月一日に斬りかかる。四月一日は錫杖で応酬するが、その剣撃は凄まじく、四月一日は徐々に押され始めた。
「うおおっ!この野郎!」
四月一日は剣撃をさばくのに必死で、雷撃を放つ余裕もなさそうだ。すると、その時、
「何だか派手に遊んでるな」
第三者の声が割り込んだ。それは待ちに待った、とわの声だった。
「とわさん!」
「ん?円ちゃんもいるのか?だったらこの状況を少し説明してくれるかい?」
「オカ研が展示しているUMAや宇宙人が実体化したんです!その中でも昨日のお化け屋敷の展示が一番強力で!」
戦いは廊下のほうにまで移動していたので、円も廊下に飛び出した。すると、そこにはとわと、先日会った銀髪の女性、弥子がいた。
「嫌な気配を感じたから、子供たちを神酒くんに預けて来たんだが、正解だったな。少年、妖魔を相手にする時は失認結界を張れと言っただろう?」
とわの苦言に四月一日は必死に抗弁する。
「し、仕方ないだろ!?中に入ったらいきなり源頼光に斬りかかられたんだぞ!」
「ほう、源頼光として妖魔化したのか。こりゃなかなかレアケースだ」
とわは呪符をばら蒔いて、失認結界を作る。これでオカ研の部室付近は完全に隠された。
「さて、頼光公!手合わせを所望する!」
とわは日本刀を抜いて前に出る。
「ん?女の身で刀を振るか?呪術士か?」
「ご名答。いざ、尋常に勝負!」
「良かろう!多くの鬼を斬ってきた、我が愛刀の錆びにしてくれる!」
二人の剣士の戦いになると、速すぎて目視出来なくなった。疲れ果てて座り込む四月一日の隣に移動する。
「ねえ、四月一日くん。あれって・・・」
「オ、
「上級妖魔って、やっぱり手強いのね」
「反応速度が段違いなんですよ。正直、ポンチョが来てくれて命拾いしました」
「そんなに実力差があるんだ・・・」
「認めるのは癪ですけどね」
見えない剣の応酬の合間に、とわは赤い石を投げつけた。爆発が起きて頼光の動きが鈍る。その隙にとわはその首を跳ねた。流石の熟練の動きだ。
頼光の身体が塵になってゆく。そして、魔水晶を落とした。
「回収っと。良く持ちこたえたな、少年。円ちゃんを守り抜いた。立派だぞ」
「ほ、褒めたって何も出ねえぞ!」
四月一日はそっぽを向いて強がった。なかなか素直にはなれない性分のようだ。
「しかし、上級妖魔が出るとは。円ちゃん、オカ研は何かタブーの展示でもしてるのかい?」
「あ、あー。副会長が昨日のお化け屋敷の件を展示しちゃって。多くの人の共通認識になってたから、それで強力な妖魔になったんだと思います」
「ふむ、聡いね。やはり円ちゃんは夢想士にスカウトしたいね。逸材だ」
「勘弁してください。私は平穏な学校生活を送りたいので」
「そうか、そりゃ残念」
「おい、ポンチョ。円先輩をこっちの世界に引っ張りこむな」
ようやく立ち上がった四月一日は、とわに噛みつく。
「ははは、安心しろ、少年。無理強いはしないさ」
そう言ってとわはオカ研の部室に入り、お化け屋敷のジオラマに呪符を貼り付けた。
「これで良しっと。おー、展示物から主役たちがみんな消えてるな」
「あちゃー。栗花落さん、怒るかな?」
円は頭を抱えたが、とわは口角を上げて提案した。
「材料はあるのかい?時間はあるから、展示物を作り直そう」
「おー、それは良いアイデアだ!円先輩、手伝いますよ!」
四月一日は腕を捲ってやる気満々だ。
「えっと、ボクは関係ないからメイド喫茶に行って良いよね?」
弥子の言い分はとわの鋭い眼光で却下された。
「みなさん、ありがとうございます!材料はここにありますので!」
こうして四人は粘土細工に挑むことになった。
「おっ疲れさまー!あれ?平良ちゃん。何か展示物が変わってない?」
部室に戻った栗花落は開口一番で疑問を表明した。
「いやー、そんなことないよ。気のせい気のせい(棒読み)」
「あれ?円ちゃん。お化け屋敷のジオラマに何でお札貼ってるの?」
仁美も展示物の変化に気づいたようだ。当然ではあるが。
「え、演出だよ演出!お化け屋敷にお札ってピッタリじゃない?」
「おー、流石の平良ちゃん!これを機に我がオカ研に!」
「入りません!」
そこだけは断固として断った。そこに会長の勅使河原が顔を出した。
「おーい、講堂で閉会式が始まるぞ!急げ!」
「「「はーい!」」」
円たちは講堂に向かいつつ、今年の文化祭について話し合った。色々とあったが、楽しい三日間だった。妖魔が絡む事件もあったが今となっては良い思い出だ。円は小さいおじさんがたむろしているのを見つけたが、見逃して上げた。終わり良ければ全て良し。
そして、閉会式が始まった。
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