第11話 お化け屋敷の怪異

 平良円たいらまどかは目を覚ますと、寝袋から這い出した。二年B組の出し物であるお化け屋敷が本格始動してるので、昨夜はオカルト研究会の部室に泊まったのだった。横を見ると幼なじみで後輩の雲類鷲仁美うるわしひとみがまだ夢の中だった。

「ちょっと仁美、起きなさい」

 寝袋を揺すると仁美はようやく目を覚ました。

「あー、円ちゃん、おはよー」

 モゾモゾと仁美が寝袋から抜け出していると、扉が開いてオカ研の副会長、栗花落愛奈つゆりまなが、両手にビニール袋を持って入室して来た。

「おっはよー、仁美!平良ちゃんもねー」

 コンビニでご飯を買って来たようで、袋の中はパンとジュースだった。

「平良ちゃんは今日はクラスの出し物の担当だっけ?」

「うん。昨日はフリーだった分、今日はしっかりお化け役やらなきゃ」

 円がそう答えると、栗花落はパンを食みながら皮肉な顔つきになっていた。

「ふふふ、知ってる、平良ちゃん?お化け屋敷って本物のお化けを呼び込むらしいよ?」

 オカ研らしい発言だが、小さい頃からこの世ならざる者を視てきた円には、その程度の話で怖がったりしない。

「じゃあ、この部室にも出るんじゃない?河童とかUMAとか」

 円は半眼になってそう返す。

「んー、平良ちゃんは意外と度胸あるよねー。心霊現象の話聞いても丸っきり怖がらないしー」

「お化けなんて視えるだけじゃちっとも怖くないわよ」

「頼もしいねー。この機会にオカ研の正式な部員・・・」

「にはならないわよ。あくまで暇な時のお手伝いだから」

 円はにべもなくそう言い、歯磨きと歯ブラシを持って廊下に出た。


 ジャージから制服に着替えた円は二年B組に向かった。お化け役の生徒はすでに着替えていたが、集まって何やら話し合っている。

「おはよー、みんなー」

 円が声をかけると、親友の八月朔日摩利ほずみまりが、大きく手招きしている。

「どうしたの、摩利?」

「それが・・・昨日、ウチのお化け屋敷で出たらしいのよ、本物のお化けが!」

「えー?私を怖がらせようとしてる?」

「そんなんじゃないってば!ほら、委員長!」

 クラス委員長の長曽我部薫ちょうそかべかおるが頬に手を当てて困った様子で事の次第を話す。

「最初はね、お客さんから凄い仕掛けだねって言われて、何の事か尋ねたら・・・ろくろ首が良い出来だって言われたのよ。でも、ウチのお化け屋敷にろくろ首の仕掛けなんかないでしょ?それで男子に頼んでひと周りしてもらったのよ。そうしたら」

 本当に、ろくろ首に遭遇したらしい。顔は普通の人間でニヤニヤ笑っているが、その首は二、三メートルはあったらしい。男子生徒たちもすっかり怯えて、お化け役を辞退したいと言いだしたそうだ。

「どうしよう、円。これってひょっとして・・・」

 摩利が視線で訴えかけてくる。そう。妖魔ファントムである可能性が高い。

「とわさんは文化祭は三日とも通うらしいわよ。妖魔の出現率が普段より高くなるからって」

「えっと、じゃあとわさんが来るのを待ってれば良いってこと?」

「もうすぐ開始時間だし、そうするしかないわね。多分、お昼くらいに来るはずだけど」

 円は話し合っていたクラスメイトたちに活を入れる。

「もうすぐ開始時間だから、とりあえずみんな用意して!私も着替えて用意するから」

 円の言葉で、とりあえずお化け役の生徒は教室に入って行く。円も衣装を受け取ると、女子トイレに着替えに向かった。


 教室の中をパーテーションで仕切ったお化け屋敷は、それなりにクオリティが高かった。円は白いドレスに着替え、血糊メイクをしてもらって自分のポジションにスタンバイした。

(うーん、ろくろ首ねえ。随分、古典的なお化けね。ウチはゾンビメイクをした、洋風のお化け屋敷なのに)

 教室の外が徐々に騒がしくなってきた。お客さんが入り始めたようだ。外の受付がお客さんを中に通す。

(よーし、私も気合いを入れて驚かそう)

 通路を曲がって来たお客さんの前に突然飛び出して、悲鳴を上げられる。

(ヤバい。意外と面白い!)

 楽しくなった円はより役に入り込んで脅かし役に徹する。

 しかし、しばらくすると、出口付近で盛大な悲鳴が上がることに気づいた。そこに委員長の長曽我部がやって来た。

「平良さん、ちょっと良い?」

「どうかしたの、委員長?」

「あの悲鳴、聞こえるでしょ?出口付近にはそれほど仕掛けしているわけじゃないのに、どういうわけか、そこが一番怖かったって、お客さんのアンケートで判明しているのよ」

 確かに、悲鳴は出口方向から盛大に聞こえる。

「それで、委員長。私にどうしろと?」

「平良さん、心霊現象には強いって聞いてるのよ。それに霊能者の知り合いもいるんでしょ?」

「ああ、その人なら昼過ぎには来ると思うわよ」

「そう・・・とりあえず平良さん、様子を見てくれない?」

「私はお祓いなんか出来ないわよ」

「それでも良いから、ちょっと見てきてくれない?」

 長曽我部は手を合わせて懇願する。

「仕方ないなあ。じゃあ見るだけだよ」

「うん。よろしくね」

 委員長に見送られて薄暗いお化け屋敷の中を歩いてゆく。客と勘違いしたクラスメイトたちがゾンビメイクで飛び出してくる。

「って、平良かよ!何で普通にコースを歩いてるんだ?」

「ちょっと委員長に頼まれてね。本物のお化けを見に行くところよ」

「おお!本当に平良は度胸あるな!」

 何故か感心されてコースを歩いてゆく。もうすぐ出口というところで、突然、顔が迫って来た。結構美人だったが、問題はそこに顔しかなかったことだ。長く伸びた首の先に身体がある。

(これで顔が張りぼてだったら問題なしなんだけど)

 しかし、ろくろ首の顔はニヤリと笑い、大きく口を開けて舌を伸ばした。こんなリアルなもの、CGでもない限り作れるわけない。

(つまり、妖魔ね。普通の人間に視える時点で確定ね)

 とは言え、単なる霊感体質の自分ではいかんともし難い。戻ろうかと思ったところで、ろくろ首の身体の隣に鎧武者の姿が視えた。

(ウソ!?一体だけじゃなかったの?)

 鎧武者は手をかざした。すると、何故か身体が吸い寄せられて行く。

(何これ!?ひょっとして・・・)

 鎧武者の近くの空間が僅かに歪んでいる。

(あれって結界!?不味いよ、不味い!)

 しかし、円の身体は吸い寄せられてゆき、結界の中に引きずり込まれた。


 摩利は講堂で空手部の演武と組手に取り組んでいた。ようやく今日の出番を終えて武道場に向かっていると、クラス委員長の長曽我部が手を振りながら駆け寄って来た。

「ちょっと、どうしたの委員長?お化け屋敷のお化けがまた出たの?」

 軽口を叩こうと思ったが、長曽我部の真剣な表情で、洒落にならないことが起こってるのが推察出来た。

「ちょっと委員長!円に何かあったの!?」

「ちょ、ちょっと様子を見に行ってもらっただけなのよ。でも、教室の中のどこにもいなくて・・・そのうち、お客さんの中にもいなくなった人が出始めて!」

 それは最早、円や摩利にどうこう出来る次元じゃない。

「お化け屋敷はしばらく閉鎖してて!私が助けを呼んでくるから!」

「え?でも・・・」

「これ以上行方不明者が出たらどうするのよ!」

「わ、分かったわ。閉鎖しておく」

 その返事を聞いて摩利は急いで武道場に向かい、制服に着替え校門目指して走った。

(とわさん、文化祭は三日間、全部来るとは言ってたけど、待ってはいられない!)

 全速力で走って商店街に向かう。駅前の商店街は半分は閉店したシャッター街になっている。だがそこにあるはずのない店が出現することがある。

 たかなし雑貨店。人の空想や負の感情が生み出す化け物、妖魔。その妖魔を退治出来るのは、空想を現実化させる能力を持つ夢想士イマジネーターだけだ。

 その妖魔が絡む事件が起こっている時だけ視ることが出来るのが、たかなし雑貨店。駄菓子から武器まで売っている、正に雑貨屋だ。その看板にはこう書かれている。

『見えるはずのないモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』

 霊感体質でもない摩利でも、今日は店の外観がハッキリ視える。摩利は扉を開ける。ドアチャイムが鳴り中にいる人物が振り返った。

 長い髪をポニーテールにまとめ、派手な柄のポンチョを着た、二十代半ばくらいの美女がそこにいた。小鳥遊永遠たかなしとわ。A+ランクの夢想士だ。

「おや、珍しい。今日は摩利ちゃん一人かい?」

 摩利がカウンター席に座ると、熱いコーヒーが出てくる。それを一口飲むと摩利は事の次第をとわに話した。

「昨日から謎のお化けが出現していることは話題になってたんです。でも、私は空手部の演武とかがあったので今日は休みだったんですが、お化け役をやってた円がいなくなって、他にも行方不明者が出ているらしいんです!」

 話を聞いたとわは天井を見て、ため息をついた。

「そりゃー上級妖魔だね。恐らくお化け屋敷の中に結界があるんだろう。閉鎖して正解だったよ」

 とわはカウンターを潜って店の方に出てきた。

「じゃあ、摩利ちゃん。急いで行こうか。事は一刻を争うよ」

「あ、はい!」

 店を出ると二人は駆け足で大成(たいせい)高校に向かった。


 学校に到着して二年B組の教室に向かうと、担任の蓬莱朋美ほうらいともみ数学教師がいた。

「だから、すぐにお化け屋敷を解体しなさい!行方不明者が出るなんて、下手をしたら新聞沙汰になるわよ!」

「でも、先生!まだ文化祭二日目ですよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 喧々諤々の言い合いをしてる教師と生徒の間にとわが割り込んだ。

「あのー、すみません。あたしの姪っ子がこのクラスでお化け役をやってるはずなんですが」

 生徒の保護者と勘違いした蓬莱教師は、咄嗟に作り笑いを浮かべた。

「あ、初めまして。担任の蓬莱です。実は今は非常に立て込んでまして。どうぞ、こちらの生活指導室のほうへお越しください」

 とわはその後に続いて歩いて行ったが、五分もしないうちに戻ってきた。

「とわさん、先生はどうしたんですか?」

 摩利の問いに、とわはウインクを決めて答える。

「なあに。ちょっと眠ってもらっただけだよ」

 それを聞いて全てを察した摩利は、改めてとわを紹介する。

「みんな、この人が霊能者のとわさんだよ!」

 おおっと、生徒たちの間で歓声が上がる。

「大体の話は聞いてるよ。閉鎖したのは賢明な措置だった。それじゃあたしがこれから・・・」

 言いかけた時、

「ちょっと待った!」

 一人の男子生徒が声を掛けてきた。振り向いて見ると、一年生の四月一日光わたぬきひかるが立っていた。

「なんだい、少年。君は謹慎中の身だろう?」

 とわの鋭い眼光に僅かにたじろいだ四月一日だったが、気合いを入れ直して口を開いた。

「話は聞いてる。結界があるんだろ?だったら上級だけじゃなくて、中級もかなりいるはずだ。露払いをしたい」

 周りの生徒たちにはちんぷんかんぷんだろうが、摩利は四月一日の言いたいことが分かった。

 とわは腕を組んで少年と睨み合っていたが、ため息をついて天井を見上げた。

「分かった。少年の同行を許すよ。他の生徒の皆さんは誰も中に入らないよう、見張っててくれるかな?」

 委員長の長曽我部と他の生徒は、コクコクと頷いた。

「よし、行こうか」

 とわを先頭に四月一日、摩利の順番で教室の中に入って行く。暗がりの中、四月一日は摩利のほうを振り向いて、とわに疑問を呈した。

「おい、ポンチョ。何で先輩がついてきてるんだよ?」

「摩利ちゃんは戦力になる。そもそも円ちゃんが結界の中に拐われたのに、じっとしてられないよ、摩利ちゃんは」

「良いのかよ!夢想士でもない先輩を巻き込んで!?」

「摩利ちゃんには前にも手伝って貰ったことがある。実に頼もしい活躍をしてくれたよ」

「ちっ、俺には厳しいくせに先輩には甘いんだな」

 暗がりの中を歩いてゆくと、出口付近でいきなり顔が現れた。

「何だ、ろくろ首か?随分と古典的な妖怪が出てきたな」

 ろくろ首の隣には鎧武者の姿も視える。

「どれ、摩利ちゃんにはドレスアップしてもらうか」

 とわは呪符を摩利の頭に張り付け、呪文を唱える。すると、摩利の全身がスケイルアーマーの鎧姿になった。

「さて、お前たちにはこれだ!」

 とわは二枚の呪符を取り出し、二体の妖魔に投げつけた。

急急如律令きゅうきゅうじょりつりょう!」

 発動の呪文を唱えると呪符が矢になって妖魔たちの身体に突き刺さる。苦しみ出した妖魔たちは歪んだ空間の中に逃げ込む。

「よし!行くぞ、二人とも!」

 とわの背中を追って摩利は走り、歪んだ空間に飛び込んだ。


 円は奇妙な世界で昆虫型の妖魔に追われて逃げ回っていた。途中で木の棒を拾うと寄って来る妖魔たちを殴り飛ばす。

「もう!近寄らないでよ!」

 中級妖魔だからそれほど脅威ではないが、流石に近寄られると不味い。妖魔は人間の生命エネルギーを奪うからだ。

 しかし、結界の中は結構広い。遠くのほうに日本の城の様なものが見えるが、この結界を作った上級妖魔がいるのだろう。近づかないのが吉だ。昆虫型がいなくなると、今度は顔に目も鼻も口も無い、のっぺらぼうの集団が現れた。

「何でこんな純和風の妖怪がいるのよ!」

 取り囲まれないよう、移動しながら棒を振り回して威嚇する。効果はあまりないが。そうこうしているうちに、円の後ろに様々な妖怪たちが現れる。

「そっか。学校で代々お化け屋敷をしてきた記憶が実体化してるから、こんな百鬼夜行になってるのね!」

 子供の頃にアニメで見た様々な妖怪が、行列を作って円の後を追って来る。怖くはないが、あれだけの集団に生命エネルギーを吸われたら干からびて死にそうだ。

「とわさん、早く来てくださーい!」

 百鬼夜行を引き連れて逃げ回っていると、前方に鬼の集団が現れた。

「不味い!とわさんがくれたブレスレットが結界を作るから、襲われても大丈夫のはずだけど、これだけの数になると・・・」

 足を止めて周りを見渡すと、すっかり取り囲まれてしまった。万事休すだが、鬼たちの一角から戦闘音が聞こえた。

「円ー!」

 摩利の声も聞こえた。ようやく、とわが助けに来てくれたようだ。

「こっちよー!早く助けてー!」

 円は棒を振り回して周りを威嚇しながら、必死に声を張り上げた。すると、あちこちで爆発が起こり、稲妻が走った。あれは四月一日だろうか?

「うおおー!」

 四月一日が錫杖を振るって鬼を蹴散らして現れた。

「大丈夫ですか、円先輩!」

「四月一日くん!助かったよ!」

「私もいるわよ、円!」

 鎧姿の摩利が鬼たちをハイキックで吹っ飛ばしていた。

「助かったよ、摩利!流石、空手部!」

 円は安堵して親友に抱きついた。

「食らえ、鬼ども!雷撃!」

 四月一日の稲妻が周辺の妖魔たちを焼き尽くす。そして、とわは赤い石をばら蒔いて爆撃しながら現れた。

「どうやら間に合ったようだね」

「とわさん!助かりました!」

「礼なら少年に言ってあげなよ。君のために結界に飛び込んだんだから」

 日本刀を握ったとわが、颯爽と現れた。

「はい!四月一日くん、ありがとうね!」

「え!?あ、いや。夢想士として当然のことですから」

 僅かに顔を紅潮させながら四月一日は円のお礼を受け取った。

「ほら、円ちゃんも剣を使いなよ」

 とわはポンチョの下から西洋風の剣を取り出した。相変わらず四次元ポケットのようだ。

「よし、中級妖魔を倒しながらあの城に向かうよ。あそこに上級妖魔がいるはずだ」

「分かった!」

「分かりました!」

「了解です!」

 群がって来る中級妖魔たちを斬り倒し、感電させ、蹴り飛ばし、剣で追い払いながら城を目指す。

 異様なデザインの世界を統べる上級妖魔は不意に姿を現した。頭に二本の黒い角、白い一本の角を持った二メートルを越える大物の鬼が、金剛棒を持って城から登場する。

「むう、忌々しい夢想士どもか。俺様の結界に入り込んでくるとはな」

 腹に響く低温ボイスでラスボスが歓迎の声を上げる。

「とわさん!あの鬼、喋りましたよ!」

 円はかつて無いほどに強力なオーラを放つ鬼に驚愕していた。

「ああ、上級妖魔ともなると知能が高くなるからね。不思議なことではないさ」

 とわは刀を構え、三本角の鬼と対峙した。鬼は金剛棒を振り上げて襲いかかって来る。その攻撃を刀でいなしてとわは鬼の足元に緑の石を投げつけた。その石から巨大な植物の蔓が生み出されて鬼の身体に絡み付く。

「うぬっ、小癪な!」

 斬りかかろうとしたとわだったが、鬼は太い蔓をその豪腕で引きちぎった。

「おお、こいつは思ったより手強いな」

 とわは刀を構え直して驚嘆して見せる。

「わっはっは!俺様は何人もの夢想士を葬ってきた!貴様も同じように退治てくれよう!」

 三本角の鬼の動きは早く、円は目で追えなくなった。しかし、とわは金剛棒の攻撃を巧みにかわし続けている。

 そして、円たちの周りにも中級妖魔が集まって来た。四月一日と摩利が前と後ろを受け持ち、円はあぶれた妖魔に剣を振るった。こちらも予断を許さない状況だが、とわたちの戦いは不可視の領域に突入していた。

「凄い。動きが速すぎて全然視えない」

「あれは疾走状態オーバードライブですよ。思考速度と反応を上昇させるスキル。ポンチョはA+ランクだから常人の十万倍の速度で動けます!」

「十万倍って・・・桁が違いすぎて実感出来ないわ。時間が止まってるようなものじゃない?」

「俺だって普通の人間の百倍で動けるんですけどね。でも、あいつには敵わない」

 四月一日が少し悔しそうに呟いた。やはり、とわと四月一日の間には越えられない壁があるようだ。

 そして、動きが止まった時、三本角の切断された左腕が地面に転がった。

「うぬう!己れー!」

 三本角は城に向かって駆け出した。

「逃がさないよ!」

 とわが後を追う。

「俺たちも移動しましょう!」

 四月一日の提案に反対する理由もないので、円たちは中級妖魔を蹴散らしながら、とわの後を追った。城の内部に入ると柔らかくなった地面に足を取られた。

「うおっ、危ねー!」

 動きが取れなくなると、蜘蛛の姿をした妖魔たちが群がってきた。

「土蜘蛛か!先輩たち、杖に掴まってください!」

 四月一日の指示に従って錫杖に掴まると、すーっと空中に浮かび上がってゆく。

「凄い!空中に浮かんだわ!」

重力操作グラビティコントロールです。慣れたら空を飛ぶことも出来ますよ」

 同じように宙に浮かんでいたとわが、こちらを振り向いて怒鳴った。

「君たちは行方不明者を探してくれ!鬼はあたしが片付ける!」

 そう言い残し、とわは宙を飛んで三本角の後を追った。

「だってさ。四月一日くん、どこにいるか分かる?」

 摩利の問いに四月一日は頷いて見せる。

「こっちに生命反応があります!暴れる準備をして下さいよ!」

 四月一日は宙を進んで、巨大な檻を見つけて近づいてゆく。その周りには土蜘蛛が群れを成していた。

「雷撃!」

 四月一日は稲妻を地上に降らせて、土蜘蛛の群れを散らす。そして、ゆっくりと檻の前に降りた。

「電撃ショット!」

 四月一日は錫杖に電撃を溜めて、檻を激しく乱打する。やがてヒビが入り、檻はバラパラに崩れさった。中に五人の男女が倒れている。

「先輩方!中級妖魔が近づかないように頑張ってください!」

 四月一日は錫杖を振るって近づいてくる土蜘蛛の群れを蹴散らす。摩利も蹴り技を繰り出して行方不明者を守る。円も心得はないが、とにかく剣を振るって中級妖魔たちを駆逐する。

 そこに、金剛棒を持った三本角の鬼が吹っ飛んできた。とわは日本刀を振るって追撃の手を緩めない。再び疾走状態に入り、激しい攻防が繰り広げられる。

 そして、鬼の三本の角が斬り飛ばされた。苦悶の咆哮を上げる鬼。

「これで終わりだ!」

 動きの止まった鬼の首が跳ねられた。ホロホロと塵になってゆき、後には魔水晶が残された。それを回収すると、とわは赤い石をばら蒔き、土蜘蛛たちを始末してゆく。

「結界の主が死んだからこの結界はもうすぐ崩れる。外に出るとしよう」

 とわは呪符をばら蒔き呪文を唱えた。行方不明者たちを中心に強力な結界が張られる。

 とわはさらに呪文を唱えて空間転移を行う。徐々に崩れ始めた鬼の結界が薄れてゆき、四人と行方不明者たちは二年B組の教室に帰ってきた。

「ふう。みんな、お疲れ。少年、良くやった。今回の件も報告しておく。謹慎が早く解けるかもね」

「お、おう。そうかよ。手伝った甲斐があるぜ」

 四月一日はそっぽを向いて頭をかいた。なかなか素直になれないお年頃のようだ。

「でも、どうします、この人たち?妖魔の姿を目撃してますけど」

 円は早速、後始末のことを考えていた。

「それなら心配ないよ。記憶を消しておくから」

 とわは行方不明者たちの額に呪符を貼り、呪文を唱えた。

「これで良しっと。さて、後は君たちのクラスメイトたちに上手く説明するだけだね」

 行方不明者たちは目を覚まして、何が起こったのか理解出来ず、しきりに首を捻っていた。


 クラスメイトたちと、担任の蓬莱教師は事の次第を、ちょっとした手違いによる騒動ということで納得していた。お化け屋敷も解体されることなく、明日の最終日まで稼働することになった。委員長の長曽我部もホッと胸を撫で下ろしていた。

「さて、私はお化け役に戻らなきゃ。とわさん、四月一日くん、摩利、お疲れ様でした」

「うん、お疲れ。今回は大変だったね」

「何の、親友の危機だったから当然だよ」

「お、お疲れ様です。円先輩、明日は周れるんですか?」

 四月一日はそわそわした様子で尋ねてきた。

「うーん、お昼までならね。午後はオカ研の売り子やる予定」

「そ、そうですか。なら、あの、明日は一緒に周りませんか?」

「え?別に良いけど」

「おー!四月一日くん、男前だねー!」

 摩利に茶々を入れられるが、四月一日は小さくガッツポーズを取っていた。

「ほう、青春だねー。少年、今日はあたしと周るかい?」

 ニヤニヤしたとわにからかわれ、四月一日は真っ赤な顔で怒鳴った。

「う、うるせーな!そんなんじゃねーよ!それじゃ円先輩、また明日!」

 踵を返して四月一日は一目散に走り去った。

「青春だ」

「青春ですね」

 とわと摩利は感慨深げに、しきりに頷いていた。

「もう、止めてよ、摩利。ただ一緒に周るだけだよ」

「こりゃ四月一日くんの道のりは険しいねー」

「はっはっは、一度しかない青春時代だ。精々満喫すると良い。じゃあ、あたしも周って来るよ」

「あ、じゃあ私もお付き合いします!」

 とわと摩利は肩を並べて去っていった。

「さて、お化け役に戻りますか」

 円は教室の中に入り自分のポジションに戻った。


 そんな様子を物陰から見ていた人物がいた。

「ねー、お兄ちゃん。いつまでここにいるの?早く周ろうよ」

 小学生の榊美甘さかきみかもは、兄の神酒みきの服を引っ張った。隣には円の弟であるたまきもいる。

(うー、あの一年生は何者だ?僕が円さんを誘うつもりだったのに!)

 榊家は円の住むマンションに引っ越して来た馴染みである。神酒は円と同級生であり、美甘も環の同級生だ。

 神酒にとっては気になる存在である円を、知らない一年生が誘っていた。これは由々しき事態だ。

「よーし!明日は僕も誘うぞ!一年生に負けてられない!」

 こうして円の知らないところで、男たちが火花を散らしていたのだった。






 

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