第10話 文化祭に集う怪異

 いよいよ、文化祭当日を迎えた。平良円たいらまどかは寝袋の中で目を覚まして起き上がる。二年B組の教室の中だ。オカルト研究会の手伝いは済み、昨日までクラスの出し物である、お化け屋敷の製作に参加していたのだ。

 寝袋から這い出ると、タオルを手に女子トイレに向かった。洗顔を済ませてスッキリすると、クラスメイトの何人かが購買に買い出しに行ってたようで、サンドウィッチや菓子パン、牛乳やコーヒーが用意されていた。

「円の分は確保していおいたよ」

 親友の八月朔日摩利ほずみまりが、パンと飲み物を用意していた。

「ありがと。いよいよ今日からだね」

「私は今日がお化け担当だけど、円は明日だっけ?」

「うん。今日はオカ研のほうに顔を出す予定」

「オカ研は展示だけでしょ?そんなに人手要る?」

「せっかくの文化祭だからね。みんな一通り見て回りたいのよ。だから私も含めて順番に売り子やる予定」

「なるほど。でもオカ研に行く人ってそんなにいるのかな?」

「良いのよ。私は読書タイムと割りきってるから」

 食事が終わるとみんなでセットを組んでお化け屋敷を完成させる。

「さて、私はオカ研のほうに顔を出してくるわね」

「はいよ、行ってらっしゃーい!」

 摩利の言葉に背中を押されて、円は文化クラブ棟に向かう。二階にある部室を訪ねると、幼なじみにして後輩の雲類鷲仁美うるわしひとみが、ジオラマに向かって作業している最中だった。

「おはよー、仁美」

「円ちゃん!おはよー!」

 元気いっぱいなのは結構だが、まだ作業してるとは。果たして間に合うのか?

「おー、平良ちゃん、おっはよー!良かったらこっち、ちょっと手伝ってくんない?」

 オカ研副会長にして同級生の栗花落愛奈つゆりまなが声を掛けて来た。

「ちょっと、後一時間で開会式だよ。間に合うの?」

「だーいじょぶ、じょぶ、じょぶ!後はジオラマの所定の場所にUMAを並べるだけだから」

 UMA、すなわち未確認生物のことである。ちなみにこれは日本でしか通用しない呼び名で、欧米ではクリプテッドというのが正式名称だ。

「ふーん、ところで会長は?」

「うーん、もうすぐ会誌のチェックが終わると思うけど」

 そう言ってる側から会長の勅使河原真てしがわらまことが、大量の会誌を抱えて部室に入ってきた。

「おう、平良さん、おはよう。会誌のチェックも終わった。後は売るだけだな」

 勅使河原が持ってきた会誌は薄いが、随分と数が多い。確か百部だったはずだ。

「何か多くないですか?」

 円の疑問に勅使河原は頭をかいた。

「いやー、ちょっと間違えて発注してしまってね。全部で千部ある」

「はい!?十倍もあるじゃないですか!これじゃ赤字なんじゃ・・・」

「はっはっは!まあ、余ったら去年のバックナンバーも合わせて、お買い得にして売ればいいさ!」

「去年も売れ残ったんですね」

 円は深くため息をついた。

「仕方ない。私が外の場所でも置いて貰えないか聞いて回ります」

「いやー、助かるよ、平良さん。ちなみに三百円で売ろうと考えてるんだが・・・」

 円がじろりと睨むと、

「いや、やっぱり二百円にしよう。薄いしな。はっはっは!」

 虚しい笑い声だった。


 全校生徒が講堂に集まり開会式が執り行われた。生徒会長の開会の辞が終わると、そのまま講堂で早速出し物が始まった。円はクラスの出し物は明日が担当なので、本日は自由の身である。

 取りあえず、オカ研の部室に戻ると、三人がじゃんけんして、売り子の順番を決める。円はオカ研の部員ではないので、売り子をするかしないかは、円の自由意思に任されている。

「わーい、最初に回れるよ!円ちゃん、一緒に行こう!」

「うん、行こっか」

 円と仁美は仲良く出し物を見て回ることになった。


「うーん、たこ焼きとクレープ。どっちにしたら良いか、悩むよー」

「どっちも食べたら?」

「お小遣いには限りがあるんだよ!計画的に使わないと!」

 仁美は悩ましく頭を抱えていた。

「はー、すみません。たこ焼きください」

「はい、ありがとうございます!」

 買ったたこ焼きには爪楊枝が二本ついていた。

「ほら、仁美。半分こしよう」

「あ、ありがとう、円ちゃん!」

 そうして出店を回ってると、

「円お姉ちゃん!」

 元気な声で呼び掛ける者がいた。振り向くと、同じマンションに住むさかき兄妹がいた。兄は同級生の神酒みき。妹は美甘みかも。そして円の弟、たまきもごく自然に参加している。

「こんにちは、円さん」

 爽やかに挨拶する神酒だが、また裸の円を連れていた。神酒は妄想者パラノイアだ。

 円は幼い頃から幽霊などのこの世ならざる者たちを視てきた。幽霊は無害だが、中には人の空想や負の感情から生まれる妖魔ファントムのような危険な存在もいる。

 神酒はそんな中で妄想を具現化してしまう妄想者だ。普通の人間には視えないし、害はないのだが、裸の自分が知り合いに絡み付いてる絵面など視たくない。

(また、私の裸を妄想しちゃったわけね。お年頃だから仕方ないとはいえ)

 不愉快なので手をかざし、心の中で呪文を唱える。

(悪しき者よ、大いなる光で消え去るが良い)

 円の手から光のエネルギーが放出され、裸の自分を綺麗さっぱり消し去った。これはある専門家から教わった対処法だ。但し、低級妖魔までしか対処出来ない。

「あ、ま、円さん。僕、また妄想しちゃってた?」

 以前、円の目には何が視えてるか、それは何故生み出されるか説明したことがある。それから何回もやらかしてるので、円ももういい加減に慣れてしまった。

「良いのよ、神酒くん。仕方ないことでもあるんだし」

 円のこめかみがピクピクと痙攣してる。理屈では分かっていても、感情が納得出来ないだけだ。

「よし、美甘ちゃん、環。一緒に回ろうか?」

「はい!」

「うん!」

 というわけで、小学生の方にばかり構うことになってしまう。

「どうかしたんですか、榊先輩?」

 項垂れてる神酒は仁美が相手をするので問題なしだ。

 その時、妙に周りがざわついていることに気付いた。バタバタと走ってゆく生徒たちは講堂を目指している。

「何かあったのかしら?」

「円ちゃん、行ってみよう!」

 仁美に促されて円たち一行も講堂に向かった。人混みを掻き分けて講堂の入り口に辿り着くと、壇上で演劇部の公演が行われていることが分かった。しかし、主役は演劇部ではなかった。そこには一年生の四月一日光わたぬきひかると、頭に角を生やした鬼が戦っている光景が展開していた。

(四月一日くんったら!こんな目立ったことをしたら不味いんじゃないの?)

 人の空想や負の感情が生み出した化け物が妖魔だが、それを退治する専門家もいる。それは空想を現実化する能力を持った夢想士イマジネーターだ。その能力に応じてCランクからAランクに分けられるが、四月一日はBランクだ。弱くはないが互角なのは中級妖魔までだ。上級妖魔には勝てない。いや、それよりこれは不味いんじゃないだろうか?周りの反応から鬼の姿は他の生徒にも視えているみたいだ。そして錫杖を振るって戦っている四月一日は、どんな風に見られているだろうか?

「ゴメン、美甘ちゃん!お兄ちゃんとここで待ってて!環もね!仁美、後は任せたわよ!」

 円は人混みから抜け出し、下駄箱で靴を履き替えて商店街に走った。半分はシャッター街になっている商店街。しかし、そこに時折、あるはずのない店が視えることがある。

「やっぱり、今日は視えた!」

 たかなし雑貨店。妖魔絡みの問題を抱えていないと、円ですら発見出来ない店だ。その看板にはこう書いてある。

『見えるはずのないモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』

 円は膝に手をついて荒い呼吸を繰り返していたが、息を整えると扉を開いた。ドアチャイムが鳴り、カウンターの向こうにいる女性が振り向いた。

 長い髪をポニーテールにまとめ、派手な柄のポンチョを着た、二十代半ばくらいの美女が口角を上げている。

「おや、円ちゃん。今日は随分と息を切らしてるね。何か緊急の案件かな?」

 小鳥遊永遠たかなしとわ。たかなし雑貨店のオーナーにして、A+ランクの夢想士だ。今まで妖魔絡みの問題を解決してくれたプロフェッショナルである。

「と、とわさん!学校で!講堂で演劇部の公演中に!鬼が現れて!それを四月一日くんが退治しようとしてて!でも、他の生徒たちにも見られてて!」

「落ち着きなよ。ほら、特製のブレンドコーヒーでも飲んで」

 崩れるようにカウンター席に座った円は、コーヒーを飲んで何とか気持ちが落ち着いた。

「とわさん、大変なんです!」

 事の顛末を語って聞かせると、とわの表情も苦いものになっていった。

「全く困ったものだね、あの少年は。夢想士の存在は秘匿しなきゃいけないってのに」

 がしがしと頭をかいたとわは、円に向き直った。

「幸い、演劇部の公演中だったんだよね?じゃあ、少年も劇を演じてるという設定で行こう」

「分かりました!それじゃあ私は急いで学校に戻ります!」

「はっはー、慌てなくて良いよ。あたしも一緒に行くから」

「いつもの影移動じゃないんですか?」

「ふふん。だって、文化祭なんだろ?」

「あ、そうか!一般のお客さんも学校に入れるんだった!」

 カウンターを潜ってとわは店の扉を開いた。

「さ、行くよ。円ちゃん!」


 とわと円は軽い駆け足で学校に戻った。講堂では四月一日がまだ鬼と戦っていた。人垣を掻き分けて壇上の下まで移動すると、とわは大量の呪符をばら蒔いた。

急急如律令きゅうきゅうじょりつりょう!」

 術が発動する呪文を唱えた。すると呪符は壇上に綺麗に並び、目の前の光景を隠してしまった。大掛かりな失認結界だ。まだ円の目には見えているが。

 とわは一挙動で壇上に飛び上がった。手にはいつもの日本刀が握られている。

「なっ!?おい、ポンチョ!こいつは俺の獲物だぞ!」

 不機嫌そうな四月一日の声は無視して、とわは近づくといきなりその横っ面をひっぱたいた。

「まったく救いがたいね。妖魔を退治する時は失認結界を張るのは基本だろう?大成たいせい支部には報告しておく。君はしばらく謹慎でもしていると良い」

 いきなり叩かれて呆然としている四月一日は無視し、とわは鬼に向き直った。

「大方、この辺りに潜んでた妖魔が祭りの雰囲気に誘われて現れたんだろうが・・・」

 とわは抜刀して、体長二メートルはある鬼と対峙した。

「視てろ、少年!これがプロの仕事だ!」

 とわは鬼の足元に赤い石を投げつけた。派手な爆発が起き、怯んだ隙に一気に距離を詰めた。振るわれた刀は見事に鬼の首を跳ねた。サラサラと塵になってゆく鬼。後に残されたのは手の平サイズの魔水晶だった。

「そんなにこれが欲しいのか?ならくれてやる。最もしばらくはIDカードも没収されるだろうが

 とわが投げた魔水晶を、四月一日は呆然としたまま受け止めた。失認結界が解かれると、舞台袖で成り行きを見守っていた演劇部の部長が声をかけてきた。

「あ、あのー。さっきまで視ていたのは何なんでしょうか?まるで本物の鬼が突然現れ、そこの生徒と戦い始めたんですが?」

「ああ、何てことはないよ。単なる立体映像だ。甥っ子は将来映像関連の仕事に就きたいらしくてね。高価な機材でデモンストレーションをしたんだ。悪かったね、劇の邪魔をして。ところで出し物はなんだったんだい?」

「あ、ああ、源頼光が酒呑童子を退治する物語だったんですが」

「はあん、なるほど。だから強固に実体化してしまったのか」

「え?それはどういう・・・」

「ともかく、騒がせて悪かったね。甥っ子にはキツく言っておくから」

「は、はあ・・・」

 呆然としている演劇部長を置き去りに、とわは四月一日の胸ぐらを掴んで舞台袖に掃けた。円も階段を駆け上がり、舞台袖に侵入した。

「さあ、IDカードを出したまえ」

「な、何であんたに渡さなきゃならねーんだよ!」

「A+ランクの仕事には夢想士の管理も含まれている。私に渡したくないなら、兄上にでも預けるんだね。私は今回の件を大成支部に報告する義務がある。どうするか自分で決めるんだ」

 普段は優しいお姉さんキャラだったのが、嘘のように厳しい言葉と態度で四月一日に迫っている。

「・・・兄貴に渡すよ。あんたには渡したくない」

「そうか。じゃあそうしたまえ。君の厳しいお兄さんを失望させるようなことは、今後は控えるんだね」

「う、うるせー!あんたに関係ないだろうが!」

 四月一日は不機嫌そうに言うと、その場を立ち去った。

「とわさん、大成支部って何ですか?」

「夢想士たちが仕事を円滑に進めるために誕生した互助組織だよ。簡単にギルドと名付けられてるが、日本だけじゃなく世界中に本部や支部がある。まあ、一種の秘密結社だよ」

「へー、フリーメーソンとかイルミナティみたいなものですか?」

「お、円ちゃんも意外と詳しいじゃないか」

「最近、オカ研の手伝いをしてるので、自然に覚えたんです」

「ふむ。まあそういった組織だよ。あの少年の兄もA+ランクの夢想士でね。何度か共闘したことがある。少年はそんな兄に憧れて、早くランクアップしたくて焦ってるようだがね」

 舞台袖から移動して、仁美たちと合流する。

「ふむ。一年ぶりか。大成高校の文化祭は妖魔の出現率が高いから、稼ぎ時でもあるんだよね」

 ご機嫌な様子で出店を見て回るとわは楽しそうだった。

「とわさんも文化祭、楽しみにしてるんですか?」

 円は何気なく質問したつもりだが、とわは遠い目をして語る。

「十代の頃は修行に明け暮れてたからね。リアタイで楽しんだ記憶はないんだよ」

 そう言うとわの横顔は何だか儚げに見えた。

「それじゃ今日は楽しみましょう、とわさん!」

「そうだな、楽しもう」

 こうして一行は出店巡りを楽しむのであった。


 校庭の出店巡りを終えて、今度は校内の催しを見て回っていた。ちなみに、この段階で何体かの妖魔に出くわした。とわは失認結界を張り、サクサクと退治して魔水晶をゲットしていた。

「年に一度の豊作の日だよ」

 とわは円だけに聞こえるようにそう語る。大成高校は集まりやすい場所である上に、三日間のお祭りだ。既に両手で抱えきれない魔水晶をゲットしているが、派手な柄のポンチョの下に消えてゆく。まるで四次元ポケットのようだ。

 やがて、三年A組のメイド喫茶に辿り着いた。

「お、メイド喫茶があるじゃないか。少し休憩していこう」

 とわの鶴の一声で入店することになった。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 そのフリフリのメイド服はかなり気合いの入った代物だった。

「おお、良いね。日本が世界に誇る貴重な文化だ!」

 いつもより、少しテンションの上がってるとわは、案内されるままに机にクロスを掛けたテーブルに落ち着いた。

「よし、やはりここはオムライスを頼むべきだろう!」

「出店で散々食べたのに、まだ食べるんですか!?」

 流石に円もお腹一杯で、無難に紅茶を頼んだ。仁美や榊兄妹も、環も飲み物だけだった。

「何だ何だ君たちは?メイド喫茶に来たらオムライスを頼むのは鉄板だろう?」

「いや、知りませんよ。メイド喫茶なんで初めてだし」

「あたしも初めてです」

 美甘も正直に申告する。まあ、メイド喫茶に通う小学生などいないだろう。

「お待たせしましたー!」

 メイド服を着た先輩たちが、注文した物をテーブルに並べてゆく。

「こちらのお客様はオムライスですね。それでは愛を込めて描かせていただきますね」

 ツインテのメイドさんがケチャップでハートを描いてゆく。そして両手でハートマークを作って美味しくなる呪文を唱える。

「美味しくなあれ、萌え萌えキューン♡」

(成りきってるなあ。無駄にクオリティが高い)

「ありがとう。早速いただくよ!」

 オムライスをスプーンで一口食べると、とわは今日一番の笑顔で親指を立てた。

「旨い!愛情のこもったオムライス!完璧だよ!」

「ありがとうございます!ご主人様!」

 色んな意味で未知の体験だった。

「何か、メイド喫茶でバイトとかしてそうですね。あのメーターの振り切り具合はハンパないですよ」

「ああ、きっと何年も本物のメイド喫茶で働いてきたんだろう。高校生であのクオリティは出せない」

 とわはオムライスを味わいながら、そう評価を下した。

(ん?あれれ?何か今の台詞に違和感が・・・)

「とわさん、それって」

「大丈夫。オムライスは他の生徒が作ってるんだろう。問題はないよ。ただ、さっきの子。円ちゃんも良く視てごらん」

 言われてさっきのメイドを良く視てみると、僅かに黒い煙のようなものが、頭から立ち上っていた。

「あれって、妖魔憑きですか!?」

「そうだね。普段は街中のメイド喫茶で働いてて、今日は大成高校の文化祭があるから出張して来てるんだろうね」

「ただ、メイドをやりたいだけ?そんな妖魔もいるんですか?」

「妖魔が全部危険な存在というわけじゃない。中には人間と協力関係になってる妖魔もいるんだよ」

「へえ、知りませんでした」

 とわはオムライスを平らげて、コップの水を一気に飲み干した。

「ともあれ、憑依されてる人間のエナジーが吸い取られてるから、このままって訳にはいかない」

 とわはポンチョの下から呪符を取り出した。それをばら蒔くと、

「急急如律令!」

 失認結界を張った。先程のメイドが驚いた様子で辺りを見渡している。とわはゆっくりとそのメイドに近づいてゆく。

「あ!あんたは・・・!」

「はいはい、さっさとこの子の身体から出るんだ」

 とわはそのメイドの額に呪符を貼り、呪文を唱えた。

「わー!」

 メイドの頭からずるりと飛び出したのは、やはりメイド服を着た銀髪の女性だった。

「小鳥遊永遠!何で邪魔するのさ!」

「憑依されてる子のことも考えろ。大体、お前は普段からメイド喫茶で働いてるだろ?何でわざわざ出張してるんだ?」

「ボクだって好きで憑依してた訳じゃない!客として来たんだ!でも、みんなメイドの基礎が出来てないから、手本を見せてあげたくなってね」

 何やら親しげに話している。知り合いなのだろうか?ちなみに円も失認結界の中にいるので、他の人間の目には見えなくなっている。

「あのー、とわさん。この人知り合いですか?」

「ん?あー、元は隣の神社にいた銀狐だよ。狐は化けるのが上手いからね。人間の姿になって人間として生活してるんだよ」

「ん?この子は視える子なの、とわ?」

「あー、ウチの常連さんだよ。平良円ちゃん」

「そっかー。ボクは仙道弥子せんどうやこ。よろしくねー」

 手が差し出されたので、円はその手を握った。暖かい。ちゃんと実体がある。

「えっと、仙道さんは・・・」

「弥子でいーよ、円ちゃん!」

 横ピースを決めて弥子が訂正する。

「・・・弥子さんは何でメイドになったんですか?」

「だって、可愛いから!えっ、可愛いくない!?」

「ほらほら、絡んでないで早くそのメイド服を何とかしろ」

 とわに頬をつねられて弥子は涙ぐんだ。

「いででで!分かったよ!分かったから放して!」

 とわが手を放すと、弥子は恨めしげにとわを見つめながら、両手を振った。すると無難なワンピース姿になる。

「あー、本当に乱暴者だよ、とわは」

 その時、結界が解かれて、仁美たちが驚きの声を上げた。

「ま、円ちゃん!今、消えてなかった?もしかしてキャトルミューティレーション!?」

「いやいや、なんで屋内で宇宙人に拉致されなきゃならないのよ」

「ちょっと知り合いを見つけてね。しばらく席を外してたんだよ」

 流石にとわは慣れたもので、適当な口実を口にする。

「あー、みんな、ボクは仙道弥子。よろしくねー」

 凄く何気に懐に入り込む弥子。狐だけに人を化かすのは得意なのだろうか?

「あ、初めまして榊神酒と妹の美甘です」

「私は雲類鷲仁美です!」

「僕は平良環です!」

「うんうん。神酒くんに美甘ちゃんの兄妹と仁美ちゃん。それと環くんもよろしくー」

 あっという間に溶け込んでしまった。コミュニケーション能力が無駄に高い。

「さて、続きを見て回るか。そういえば、噂のオカ研の展示も見に行かないとね」

 大所帯になってしまったが、ぞろぞろと文化クラブ棟に向かうことになった。


 オカ研の部室に到着すると、二年生で副会長の栗花落が、椅子に座って暇そうに売り子をやっていた。

「いらっしゃいませーって、仁美と平良ちゃんかー」

「私たちだけじゃないわよ。お客さん連れてきたから、ちゃんと接客してよ栗花落さん」

「おお!いらっしゃいませー!ゆっくり見てって下さいねー!」

 しかし、宇宙人に超古代文明、未確認生物と扱っている分野は随分と広い。

「オカルトってのは隠されたものって意味があるからね。何か不思議なことがあれば取りあえずオカルトに分類するから、扱う分野が多岐に渡るんだよ」

 とわの博識ぶりに栗花落が食いつく。

「おお、お姉さんは同行の士でしたか!そうなんすよー。毎月会誌を出してるんすけど、毎回ネタがありすぎて困ってるんす!」

 仲間を見つけて栗花落は興奮気味に捲し立てた。

「君たちが視える体質なら、もっと迫真の展示が出来るんだけどね」

 とわは展示物を端から端まで見て、そう結論を述べる。

「それって霊感体質というやつですか!?」

「うん。でもただ視えるだけだと苦労するから、視えないに越したことはない」

 とわは円を振り向いてウインクを決める。

「ところで、お姉さん。会誌はどうですかー。内容は濃いっすよー」

 栗花落に言われてとわは会誌をパラパラと捲る。

「お、コティングリー妖精事件の記事もあるのか。この事件で妖精の写真が撮られて、世界中が騒いだものだ」

 初耳だった円も会誌を手にしてその記事を見た。1917年。第一次世界大戦後のイギリスはコティングリーという田舎で、二人の少女が妖精に会い、写真まで撮ったという。当時の知識人である、シャーロック・ホームズの作者として有名なコナン・ドイルも、この妖精写真は本物と認定し、物議を醸した事件だ。

「とわさん、この妖精事件って・・・」

「ああ、恐らく本物だろう。妖魔は人間の空想が生み出す。妖精だってそうだ。世界中の謎や不思議は3割くらいは妖魔だよ」

「意外と少ないですね」

「妖魔の存在は表向きは秘匿扱いだからね。それに勘違いや、やらせなんかが多いからね。宇宙人に関しては専門外だけど、いるなら会ってみたいね」

 とわは笑顔で二百円を払い、会誌を買っていた。

「それじゃ、僕ももらおうかな?」

 神酒も会誌を買って美甘に渡していた。それを美甘と環が食い入るように読んでいる。

「毎度ありー。助かるよ、榊くん!」

 この二人は確か同じC組だ。それなりに仲が良さそうだ。円は少しモヤモヤしてしまった。

「栗花落さん、私も買うわよ」

 円は神酒を少し押し退けて会誌を手に取った。

「えー?平良ちゃんには手伝って貰ったから、タダで良いよ」

「ダメ!公私混同はしない主義なの!」

 円は二百円を払い、ツンとして顔を反らす。

「なーんか、ちょっぴりジェラシーを感じるんすけどー?」

 ニヤニヤした栗花落に嫌な指摘を受ける。

「何の話?とわさん、早く次に行きましょう」

「ん?構わないけど、もう見ないのかい?」

「私は作業手伝ってましたから、内容は把握してます」

「そう?なら次に行こう」

 オカルト研究会なのに、妖魔が一匹もいないなんて、なんて空想力のないクラブなのか。円は密かにため息をついた。


「さて、それじゃあたしはこれで帰るよ」

 催し物をある程度見て回ると、とわはあっさりと撤退宣言をする。

「良いんですか、とわさん。まだ全部見てませんけど」

「なーに、文化祭は三日あるんだ。明日の楽しみを取っておくよ」

 そう言ってとわは、弥子の首根っこを捕まえた。

「さ、帰るよ、弥子」

「えー!?なんでボクまで!まだ見て回りたいよ!」

「あんたはメイド喫茶の夜の部に出勤だろ?人間として生活するならちゃんと稼がなきゃダメだよ」

「えーん、それはそうだけど!」

「それに、魔水晶の鑑定もして貰いたいしね」

 とわの発言に円は首を捻った。

「鑑定?」

「ああ、弥子は元々魔水晶の鑑定士だからね。メイド喫茶にハマって副業をしてるけど、本業は魔水晶を鑑定して報酬を払うのが仕事なんだよ」

「何か、裏の世界というか、夢想士の世界って知らないことだらけです」

「ああ、円ちゃんが視える体質じゃなかったら、知ることのない世界だろうね。なるべくなら引き込みたくはなかったんだけど」

 とわはそこで言葉を切って人差し指を突きつけた。

「円ちゃんには才能があるからね。そのうち夢想士のスカウトをさせてもらうよ」

「えー!?そんなの無理ですよ!私は普通の高校生で十分です!」

「ふふふ、今すぐってわけじゃないよ。でも、考えててね。それじゃ!」

 とわはすちゃっと敬礼をすると、弥子を引きずって校門のほうに向かった。

「私が夢想士・・・ねえ?」

 円は神酒たちが休憩しているベンチに向かいながら、それは無いなと思うのだった。





   


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