第9話 歩く髑髏(どくろ)

「なんで私がここにいるんですか?」

 大成たいせい高校の文化クラブ棟の中の一室。オカルト研究会の部室の中で平良円たいらまどかは疑問を表明した。

「んん?それは平良ちゃんが臨時部員だからかなー?」

 副会長の栗花落愛奈つゆりまなが、ユルい感じで答える。

「ごめんね、円ちゃん。手が足りなかったから無理言っちゃって」

 一年生で円の幼なじみの雲類鷲仁美うるわしひとみがすまなそうに謝罪する。

「まあ、仁美は良いのよ。栗花落さん、私が手伝ってどんな見返りをくれるのかな?」

「後でアイスでも奢ろうか?クレープのほうがいいかなー?」

「いや、物で釣られると思わないで」

「いやー、悪いな、平良さん。文化祭は明日に迫ってるから、猫の手も借りたくてね」

 オカルト研究会の会長、勅使河原真てしがわらまことは、フレームレスの眼鏡を押し上げ、うず高く積まれたハードカバーの本に囲まれながら、一応の謝罪の弁を述べる。

「確かに私は帰宅部で時間はありますが、こういう、なし崩しな方法は感心しませんね」

「まあまあ。平良ちゃんもオカルトに多少、興味があるから来たんっしょー?」

 それは否定しないが、円はいわゆる霊感体質というやつで、幼い頃から幽霊や妖怪みたいなこの世ならざる者たちを視てきた。その円からすれば、オカルト研究会のしていることなど、子供騙しもいいところだ。

「会長、河童のフィギュア、こんなもので良いっすかねー?」

「ん?おお、良い感じだな。キャブションのほうもよろしく頼む」

「はいはーい!」

 この間の河童騒動の時のだろうが、ハッキリ言って全然似ていない。今回は学校の七不思議をテーマにするようだが、フィギュアも記事もまるでなってなかった。

「ん?栗花落さん。この理科室の動く骨格標本についての記事がないわよ?」

 夜になったら動き出して、しかもその数が増えるという、かなり如何わしい内容だ。校正を頼まれた円としては、さっさと終わらせて帰宅したい。

「あー、それねー。実は今夜は学校に泊まり込んで真偽を確かめようと思ってねー。大急ぎで書くから、平良ちゃんも泊まりでよろしくねー」

 余りにも寝耳に水な話だった。

「ちょっと!泊まりなんて聞いてないよ!そうと分かってたら準備してきたのに!」

「だーいじょうぶだってば!ご飯は用意してあるし、シャワーは運動部のクラブ棟に借りに行けば良いしー」

 それだけ用意周到なら、何故事前に言わないのかと、円は憤慨した。

「それなら着替えの用意も必要じゃない!私、やっぱり一旦帰る!」

「おっ、夜の偵察に付き合ってくれるんだねー、マジ感謝ー」

 円はしまったと思った。栗花落は言質を取ったとニヤニヤ笑っている。非常に不本意だが、学校にお泊まりが決定してしまった。


 円が下駄箱に辿り着くと、ショートカットの元気な女子が声を掛けて来た。空手部のエースで円の親友、八月朔日摩利ほずみまりだ。

「およ、円。何だか疲れた顔をしてるねー」

「聞いてよ、摩利。私はオカ研に嵌められた」

 事と次第を伝えると、摩利は苦笑いを浮かべた。

「オカ研と知り合いになっちゃったからねー。でも、仁美ちゃんからも頼まれたら、円の性格なら断れないね」

「でも、オカ研は連泊するつもりらしいよ。何がそこまでさせるのかな?」

「うーん。私のところは演武と組手やるだけだから、そんなに普段と変わらないんだけどね」

「帰宅部だから、目をつけられたのが運の尽きってやつかな」

 円はため息をついて、摩利と一緒に下校の途に着く。校門を抜けた辺りで、銀色の狐を見かけた。学校の隣には鳥居があり、狐を祀るいわゆる稲荷明神の神社がある。多分そこに祀られている狐だろうが、これは妖魔ファントムだ。妖魔とは人の空想や負の感情から生まれる化け物である。多くは人の生命エネルギーを奪う危険な存在である。

 だが、この銀狐からは邪悪なオーラは感じない。恐らく神として崇められているので、人に取り憑いたりする必要がないのだろう。知り合いの専門家も狐の類いは退治する必要はないと言っていたので、円はスルーして先を急いだ。


「じゃーね、円!頑張ってね!」

 商店街の入り口付近で摩利と別れる。商店街は半分くらいがシャッターが閉まったままの、いわゆるシャッター街になっている。そして、ここには存在しないはずの店がたまに視えることがある。知り合いの専門家が経営している店だが、視える体質の円でも、霊的な問題を抱えている時でなければ出会えない店だ。

 商店街の出口付近に近づいた時、

「あれ?」

 アンティークな感じの雑貨店が視えた。たかなし雑貨店。妖魔退治の専門家、夢想士イマジネーターが経営する店だ。夢想士とは空想を現実化させる能力者で、妖魔退治の専門家だ。

 その看板にはこう書かれている。

『見えないはずのモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』

 円は店の前で足を止め、小首を傾げた。

「今は別に霊的な問題は抱えてないのに、何で視えるんだろう?」

 円は店に入って挨拶でもしようかと思ったが、悩みもなく、商品を買うわけでもないので、遠慮してマンションに帰ることにした。


 自宅に帰り、リビングを覗くと何時ものごとく、弟のたまきと同じマンションに住む榊美甘さかきみかもが、宿題を片付けている。

「あ、お姉ちゃん、お帰りー」

「円お姉ちゃん、お帰りなさい」

 二人の小学生は元気に挨拶をくれる。

「ただいまー。お母さん、今日から3日ほど、ご飯は要らないからね」

 キッチンから顔を出した母は、訝しげな表情を浮かべた。

「なあに、円?旅行にでも行くつもり?」

「違うわよ、明日から文化祭が始まるでしょ?その準備に忙しいから、今夜から泊まり込みで作業しないといけないのよ」

「文化祭って、あんた部活動してないんでしょ?」

「それがねー。仁美がどうしても手を貸して欲しいっていうから、仕方無しにね」

「あら、仁美ちゃんのクラブの手伝いなの。なら、仕方無いわね」

 そういうと、母は財布を取り出し、五千円を円に手渡した。

「三日分の食費よ。それで足りる?」

「うん、ありがとう。学食とか購買を利用してやり繰りするよ」

 すると、美甘が声を掛けて来た。

「円お姉ちゃん、文化祭で何かやるんですか?」

「あー、まあオカルト研究会のね、出し物の手伝いをしてるのよ」

「あたしも見に行って良いですか?」

「うん、良いんじゃないかな?神酒みきくんに聞いてみたら?」

 神酒は美甘の兄で、円とは同級生だ。

「そういえば、クラスの出し物もあるのよね。文化祭の三日間は大忙しだよ」

「円お姉ちゃん、頑張ってください!」

「うん。まあ、適度に頑張るよ」

 円は自室に戻ってカバンを置き、着替えとお泊まりセットをリュックに詰めた。玄関で靴を履いてリビングに声を掛ける。

「それじゃあ、行って来まーす!」

「「「行ってらっしゃーい」」」

 三人に見送られ円は学校に戻ったのだった。


「ご馳走さまでした!」

 コンビニで買った弁当を食べ終えて、円は両手を合わせる。オカ研のメンバーはすでに食べ終え、作業に戻っている。

「円ちゃん、この原稿、校正してくれる?」

「ん、ちょっと待っててね、仁美。歯を磨いてくるから」

 円は歯磨きセットを持って近くの女子トイレに入った。すると、奥に俯いた女子生徒の霊が立っているのが視えた。円は手をかざし、

「大いなる光よ、迷いしモノを照したまえ」

 と、呪文を唱えた。すると円の手の平から光が放たれ霊の全身を包んだ。やがてその姿は薄れて消えていった。専門家にもらったブレスレットを着けていると、円でも簡単な浄霊が出来る。妖魔が相手では無理だが。

「だけど、この学校もいい加減、集まりやすい場所ね」

 ため息をついて歯磨きに取り掛かる。


「はい、オーケー。校正終わったわよ」

 円は原稿を仁美に返した。

「俺のほうも終わった。じゃあちょっと印刷所に行ってくる」

 勅使河原は原稿をまとめると、立ち上がった。

「こんな時間に印刷所が開いてるんですか?」

 円が最もな疑問を口にすると、

「ああ。知り合いがやってる印刷所があってな。今夜は原稿を持ち込むからって待っててもらってるんだ」

「・・・何でもっと早く仕上げないんですか?印刷所の人も迷惑でしょうに」

 スマホを見ると午後八時を過ぎている。

「ああ、平気だよ。毎年のことだし」

 毎年やらかしているらしい。印刷所の人もいい迷惑である。

「なーに、どうせ百部しか刷らないんだからすぐに戻ってくる。それまでに栗花落はクエストを進行させててくれ」

「はいはーい、了解っすー」

 返事を返す栗花落は、ツチノコのフィギュアを作っている。未確認生物ほど胡散臭いものはない。円はパイプ椅子に座って、ぐうっと背筋を伸ばした。

「ふわーあ。取りあえず今日のノルマは終わったよね?ちょっと休憩しない?」

 そう提案した円だったが、栗花落がガタッと立ち上がった。

「甘い甘い、平良ちゃん。これから理科室に偵察に行くよーん!」

「はあ?理科室何かに何しに・・・」

 言い掛けて円は言葉を飲み込んだ。

「まさか、骨格標本?」

「そう!ちゃーんとデジカメも用意してるかんね。さて、三人で真偽を確かめに行こー!」

「私はパスさせてもらう。ちょっと寝かせて」

 椅子の背もたれに背中を預け、円は誘いを蹴った。力を込めて。

「えー!?平良ちゃん、付き合い悪いよー」

 ここまで、散々付き合わせておいて、その物言いはどうなのか?ちょっとイラッとした円は座ったまま目蓋を閉じて、全力で拒否する態度を示した。

「はー、しゃーないねー。じゃあ雲類鷲ちゃん、行こうか?」

「あ、はい。じゃあ円ちゃん、ちょっと行って来るね。お留守番よろしく」

 二人が教室を出ていって、円はようやく全身の力を抜いた。

「後、三日もこの調子かー。果たして保つかなー?」

 取りあえず、制服のままだと寛げないのでジャージに着替えることにした。

 円が着替え終わったタイミングで、廊下からバタバタと騒々しい足音が聞こえて来た。部室の扉が開かれ、仁美は一直線に円に抱きついてきた。背の低い仁美の頭が良いところに入り、円は夕食を戻しそうになった。

「ぶほっ!ちょっと仁美、どうしたのよ?」

 仁美は抱きついたまま、頭を振って震えている。栗花落は呆然として部室に入って来た。

「ちょっと、栗花落さん!何があったの?」

「・・・見ちゃった」

「は?何を?」

「だから!校内を徘徊する骨格標本!」

 いきなりスイッチが入った栗花落は、口角泡を飛ばす勢いで、円のほうに迫って来た。

「えー?まさか。誰かがドクロのタイツでも着てたんじゃない?」

「えっ!?それはそれで見てみたい!」

「演劇部の衣装かな?」

「じゃ、な・く・てー!」

 栗花落は円の肩を掴んで揺さぶる。

「本当に骸骨が歩いていたんだって!だよね、雲類鷲ちゃん!?」

「ほ、本当なんだよ、円ちゃん!カタカタ音を立てて、骸骨が歩いてたんだよ!」

「いや、そう言われても・・・そうだ!栗花落さん、デジカメ持ってたわよね?ちゃんと撮影した?」

「んー?ふっふっふ、褒めてくれて良いよ。あの驚愕のシーンに居合わせながら、果敢にシャッターを切ったあーしにね!」

 栗花落はドヤ顔でデジカメを高く掲げた。

「取りあえず、会長のパソコンに繋いで中身を確認しよう。それによっては信じてあげないこともない」

 というわけで、三人はパソコンの前に陣取り、デジカメを繋いで中身を確認してゆく。

「・・・あのさ」

「どうよ!?恐怖を抑え込み夢中でシャッターを切った、あーしの勇猛果敢な画像の数々は!」

「・・・いや、全部手ブレで、何写ってるか分からないし」

 最近のデジカメは手ブレ補正機能があるはずだが、どの画像も見事にブレていて、円はいい加減、匙を投げたくなった。しかし、最後の画像に何やら白いモノが写ってるのを見つけた。

「んー?これって、ドクロ?」

「え、どれどれ!?どこに写ってんのー!」

「円ちゃん、これも手ブレで見えないよ」

 仁美は栗花落の顔色を伺いながら、そう進言した。

(写真はともかく、視えない人に見えたってところが厄介ね)

 つまり、そういうことだ。幽霊ではない。骸骨の姿でうろついているなら、妖魔に違いない。しかも、その姿を仁美と栗花落も目撃してるのが問題だ。低級妖魔なら視えないし害はないが、中級、上級の妖魔なら、一般人の目にも映る。その上、生命エネルギーを奪う危険な存在だ。

「とにかく、私も行ってみるわ。この目で確かめないと対処出来ないし」

「えー!?ま、また行くの!?」

「おっ、頼もしいね、平良ちゃん!よーし、リベンジに行くぜー!」

 栗花落は気を取り直したのか、拳を突き上げていた。そして三人はクラブ棟を出て本校舎に向かった。

「えっと、理科室のほうで良いのよね、栗花落さん?」

「いやいや、それが理科準備室のほうなんだなー、骨格標本が置かれてるのは。まあ、隣だからあんまり変わらないけどねー」

「でも、理科室って科学部の部活で使われてなかったっけ?」

「それがねー。部員を4人以上集めたから、クラブ棟に部室が作られたんだよ。歩く骸骨の噂が出始めたのが、ちょうどその頃だったかなー?」

 本校舎に辿り着くと一階の理科室に向かう。

「ところで、栗花落さん。三人しか部員がいないのに、オカ研はなんで部室があるの?」

 円の素朴な疑問に、栗花落は露骨なまでに顔を背けた。

「ま、まあそれは、会長のコネを使って色々とねー、なはは」

 三年生の勅使河原はもうすぐ会長を辞めるだろう。そうなったらどうなるのだろう?

 何てことを話しているうちに理科室に辿り着いた。

「で、ここからどうしたの?」

 円の問いに仁美が抱きつきながら答えた。

「じゅ、準備室のほうだよ。理科室から入れるでしょ?だから、まずは理科室に入って・・・」

 仁美が説明している時、背後でカチャカチャと謎の音が聞こえた。振り向いた円は骸骨とマトモに目が合った。いや、骸骨だから目はないが。

「ひゃああー!また出たー!」

 胴に抱きつかれて円は呼吸が苦しくなった。しかし、確かに骸骨が歩いている。しかも上から糸で吊ってるとか、そんなギミックはなく、本当に骸骨が滑らかな動きで歩いてくる。まるでターミネーターだ。

 栗花落は名誉挽回とばかりにデジカメを構えて、カシャカシャと連写していた。

 しかし、これは上級妖魔のようだから、逃げなくては命の危機だ。円はそう思って撤収命令を出そうとしたのだが、

「現れたな、骸骨!俺が引導を渡してやる!」

 背後を振り替えると、仁美のクラスメイトである四月一日光わたぬきひかるが、錫杖を持って近づいてくるところだった。

「四月一日くん、危ないよ!それに、秘密にしなきゃダメなんじゃないの?」

 円の言葉で四月一日の足が止まる。

「そうですね。円先輩たちは逃げてください。こいつは俺が何とかしますから」

 おお、何だか男前な台詞だ。

「分かった、後は任せるよ!栗花落さん、仁美、逃げるよ!」

 円は二人の手を掴んでクラブ棟に向かって走り出した。

「あー、待って待って、平良ちゃん!まだベストショットが撮れてないんよー!」

「却下!」

 

 何とかオカ研の部室に辿り着いて、三人は気を落ち着けるためにコーヒーを飲んでいた。

「はー、落ち着いた。それで平良ちゃん、さっきの子は誰?」

「あ、栗花落先輩。私のクラスメイトです。四月一日光くん。何でも、家が呪術士の家系らしくて」

「なんだってー!?雲類鷲ちゃんは何でそんなネタを黙ってたわけ?後で早速インタビューしなきゃ!」

「いやー、それは止めておいたほうが良いよ。下手に記事にしたら四月一日くんが迷惑するでしょ?コンプライアンス的にもアウトだよ」

「じゃあ、匿名で写真無しなら良いっしょー?こんな面白いネタ、没にするのは惜しいしー」

「まあ、他の人に特定されないなら良いか。でも、栗花落さん。この件にはあまら関わらないほうが良いよ。祟りがあるよ」

 円はあえて分かりやすい言い方で釘を刺した。妖魔の存在は上手く説明出来ないし、専門家にも秘密にするよう、やんわりと口止めをされている。

「うへえっ!祟りは勘弁して欲しいなー。ただ写真を撮っただけだしー」

 そして、円はどうしても出掛ける責任を負ってしまった。

「ちょっと、知り合いの霊能者の人に会ってくるよ」

 パイプ椅子から立ち上がり、部室を出ようとすると、仁美が腕にすがり付いてきた。

「円ちゃん、ひょっとしてあの人のところ?」

「うん。四月一日くんだけじゃ解決出来ない可能性あるし。仁美、くれぐれも妖魔の話はしないようにね」

「う、うん、分かった」

「平良ちゃん、霊能者の知り合いもいたのー?出来たらその人にインタビューとか・・・」

 言いかけた栗花落には取りあえず鋭い視線を送る。

「あー、出来ないんだねー。じゃあ、しゃあなしだねー」

 栗花落は目を逸らすと、未確認生物のフィギュアの制作に取り掛かった。

 円は部室を出ると下駄箱まで走り、一路、商店街を目指した。


 商店街の半分ほどを占めるシャッター街に辿り着くと、場違いな雑貨店が存在していた。たかなし雑貨店。妖魔退治や怪異の専門家が経営している店だ。

 円は入り口の扉を開いた。ドアチャイムの音が鳴り、ロングヘアーをポニーテールにした、派手な柄のポンチョを着た美女が振り向いた。小鳥遊永遠たかなしとわ。空想を現実化する能力を持つ夢想士イマジネーターだ。

「おや、こんな夜遅くに珍しいね、円ちゃん」

「こんばんは」

 円は駄菓子から武器まで売ってる雑然とした店内に足を踏み入れた。いつものカウンター席に座ると、程なく熱いコーヒーが出された。それを一口飲むと円は口火を切った。

「とわさん、大変なんです!七不思議の一つなんですが、校内を彷徨う骨格標本の噂があって!」

「あー、もうそんな季節か。文化祭だね?」

「はい。泊まり込みで作業をしてたんですが、オカ研の二人が歩く骨格標本の取材に行って・・・」

「歩く骸骨に遭遇したと。毎年、この時期になるとこの店を訪れる人が増えるんだよ。大成たいせい高校は良くないモノが集まりやすい場所だからね。お化け屋敷なんて催しをしたら、来てくださいと言ってるようなものだ」

 とわは腕を組み頭を左右に振った。

「えっそうなんですか!?オカ研とは別に、私のクラスの出し物はお化け屋敷なんですけど」

「あー、それは少し覚悟しておいたほうが良いかな?大成高校の怪異は七つなんかで収まらないからね」

「と、とにかく!歩く骸骨なんですけど、オカ研の二人も目撃してるんです!これって不味いですよね?」

「そうだね。円ちゃんだけじゃなく、他の者まで目撃してるとなると、それは良くて中級、悪いと上級妖魔だからね」

「そ、それで四月一日くんが歩く骸骨を退治しようとしてるんです!大丈夫ですかね?」

 それを聞くと、とわは腕組みを解いてため息をついた。

「あの少年も困ったものだね。去年にも同じようなことがあった。全然懲りてないってことか。まあ、才能はあるけどまだ修行不足だ。これは手助けしたほうが良いか」

「お願い出来ますか?」

「まあ、少年も知らない仲じゃないし、円ちゃんに頼まれると動かざるを得ないね。紫水晶アメジストは持ってるかい?」

「あ、はい!一応、常に持ち歩いてます」

「良いね、その素直な姿勢は。少年にも見習って欲しいものだ」

 円は立ち上がると、急いで学校に取って返した。


 学校に戻ると、円はオカ研の部室には戻らず、そのまま理科室のほうを目指した。すると、何やら騒がしい音が響いていた。理科室の前で骸骨と四月一日が戦っていた。

「雷撃!」

 四月一日の持つ錫杖から稲妻が迸る。骸骨はバラバラになるが、直ぐに一ヶ所に集まり、再び人体の形に戻る。

「くっそう!不死身かよ、このドクロ野郎!」

 円はそろそろと近づき、四月一日の背後に迫った。

「四月一日くん、苦戦してる?」

 いきなり背後から声をかけられ、四月一日は文字通り飛び上がった。

「円先輩!危ないから下がっててください!」

 そう虚勢を張っているが、既に疲労が色濃い。

「とわさんに救援要請しておいたから、四月一日くんも一旦引こう!」

「はあっ!?ポンチョに応援なんか頼んだんですか!?必要ないですよ!こんなやつ、俺一人で・・・」

「倒せてないから来たんじゃないか」

 円の影から現れたとわは、日本刀を持ち、呆れた様子で四月一日に言葉を浴びせる。

「去年もそうだっただろう?この大成高校は風水的にも易学的にも、良くないモノが集まりやすい。だから、上級妖魔も出現しやすいと、注意しておいたはずだけどね」

 四月一日が悔しそうに顔を歪ませるが、自分の実力不足は分かっているのだろう。何も言い返せない。

「さて、骸骨の一体は、取りあえず退治しておこう」

 とわは弾丸のように、目にも止まらないスピードで一気に距離を詰め、骸骨の額に呪符を貼り付けた。

「急急如律令(きゅうきゅうじょりつりょう)!」

 発動の呪文を唱えると、骸骨は頭を抱えて苦悶しているように見えた。

 そして、抜刀したとわは袈裟斬りで骸骨を斬り伏せた。バラバラになった骸骨は元には戻らず、塵となって消えて魔水晶を落としていた。

「魔水晶、ゲットっと」

 とわは刀と魔水晶をポンチョの中に仕舞い、四月一日に向き直った。

「君は見込みがある。だが今の修行法では上級妖魔は、いつまで経っても倒せないぞ」

 すると、地雷を踏んだのか、四月一日の顔は憎悪にまみれた恐ろしい表情を浮かべていた。

「代々、呪術士の家系である四月一日家を侮辱する気か!?」

「そんな気は毛頭ないが、現に君の力では上級妖魔は倒せないじゃないか?」

「うるせえっ!俺の修行が足りないだけだ!いつか必ず倒せるようになってやる!」

 四月一日は踵を返すと一目散に走り去った。

「とわさん・・・」

 円は何と言っていいか分からず、遠ざかる四月一日の背中を見つめていた。

「四月一日家は土御門家の流れを組む家系でね。分かりやすく言うと陰陽師の血筋なんだよ」

「陰陽師って、あの安倍晴明の?」

「そう。低級や中級なら退治出来るんだろうが、上級妖魔は無理だ。夢想士のAランクでないと倒せない」

「他の呪術士ではダメなんですか?」

 円は素直な疑問を呈した。日本だけに限っても様々な呪術があると思うのだが、夢想士というのは特別なのだろうか?

「前に話しただろう?妖魔は人の空想や負の感情から生まれると。夢想士は正に空想から作り出した術や武器で戦う。だからこそ妖魔を倒せるんだよ」

「陰陽道や他の呪術では無理なんですね。四月一日くんは・・・」

「彼は夢想士でいえばBランクだ。でも基本の呼吸法と瞑想で鍛えないと、今以上のランクアップは難しいだろうね」

 振り向いたとわの顔には、どこか寂しげな表情が浮かんでいた。

「しかし、円ちゃん。少年のことは置いておくにしても、気を付けたほうが良いよ」

「何をですか?」

「いや、文化祭は祭りだろう?寄って来るんだよ。霊や妖魔が」

 学校の中には活気が溢れている。夜になっても灯りが点けられ、生徒たちが楽しげに準備を行っている。こんな明るい雰囲気のところに負の存在が寄って来るというのは、何だか皮肉な感じだ。

「特に妖魔は生命エネルギーが旺盛なところに集まってくる。吸い放題だからね」

「それはつまり、文化祭の間にまた妖魔が現れるということですか?」

「うん、流石に敏いね円ちゃんは。人が大量に集まる場所に妖魔の影あり、だよ」

 とわは窓ガラス越しに校庭のほうを見つめていた。露天を開くクラスの生徒たちが、こんな時間でも忙しそうに準備に余念がない。

「ここからでも視えるだろう、円ちゃん。君なら視えるはずだよ」

 露天の準備をしている生徒たちの上に、半透明のモノが沢山浮遊している。あれは低級妖魔だろうか?何だか幻想的な光景だった。

「気をつけるんだよ。知らない間に上級妖魔の結界に迷いこまないとも限らないからね」

 とわはそう言い残し、円の影に沈み込んで姿を消した。

「霊や妖魔は祭りに集まる、かあ」

 円は踵を返してクラブ棟に向かった。少なくとも今夜はもう何も出ないだろう。明日からの文化祭に向けて、最後の追い込みだ。円の足取りは軽かった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る