第4話 体育館の骸骨

 春も終わり季節が一つ進んだ頃。

 高校二年生の平良円たいらまどかは、小学生の弟、たまきと一緒にマンションの一室からエレベーターに向かった。上階から降りてきたエレベーターの扉が開くと、円の同級生、榊神酒さかきみきと、その妹で環の同級生、美甘みかもの姿があった。

「おはよー、神酒くん、美甘ちゃん」

「おはよう」

「おはようございます、円お姉ちゃん」

 挨拶をかわしてエレベーターに乗り込む。

「もうすぐ実力テストだね。神酒くん、調子はどう?」

「うーん、まあまあかな?」

「私もそんな感じかな。数学と物理がちょっと危ういけど」

「あー、僕もその辺は苦手だね」

 エレベーターが三階で止まると、円の幼なじみで一つ年下、ツインテールの雲類鷲仁美うるわしひとみが乗り込んできた。

「おっはよー、みんなー!」

「朝から元気だね仁美。テスト勉強はしてるの?」

「勿論!・・・と言いたいけど、円ちゃん。ちょっと勉強教えてくれない?」

「仕方ないなー。昼休みに図書室で教えてあげようか?」

「うん、ありがとー!」

 仁美は頭は悪くないはずだが、テスト勉強となると途端に調子が悪くなる。

 通学路で小学生の二人と別れると、仁美がまたもや七不思議の話を始めた。

「知ってる、円ちゃん?体育用具室に出る骸骨の話!」

「あんたねー。テスト勉強のほうを頑張ったら?」

 円は呆れて半眼になる、

「べ、勉強はしてるよー。でも、息抜きも必要でしょ?」

「あんたはいつでも抜けてるじゃない」

 円の言い方がツボに入ったのか、神酒は吹き出して笑った。

「笑わないでください!榊先輩!」

「ゴメン、でも骸骨なら理科室の方に出そうだけどね」

「そうよね。何で体育用具室なわけ?」

 二人の先輩に問い詰められると、仁美は頭を捻った。

「うーん、それは理科室には骨格標本があるけど、そんなんじゃなくて。用具室と言っても第一のほうじゃなくて第二用具室のほうだよ」

「第二?そんなのあったっけ?」

「今は使われてないから知らない人も多いけど、体育館の奥の方にあるらしいよ。何でも昔、間違えて閉じ込められた生徒がいて、その後数ヶ月使われてなくて、久しぶりに扉を開いたらほぼ白骨化した生徒の遺体が見つかったんだって!それ以来、体育館で練習してる部活の生徒が何人か、半分白骨化した男子生徒の幽霊を見たとか見ないとか!」

「見たのか見てないのか、どっちよ?」

「だから、そこが七不思議なんだよ!そんなに昔じゃないけど、運動部の生徒たちの間で今でも語り継がれてる怪談だよ!」

「へー、面白そうな話じゃない!」

 通学路の商店街の入り口にいた、ショートカットの女生徒が、ニヤニヤ笑っていた。空手部のエースで円の親友、八月朔日摩利ほずみまりだ。

「摩利、七不思議の一つ、知ってたの?」

「まあねー。運動部の生徒の間では、まことしやかに語られてるね」

「でも、空手部の更衣室も部室も武道場のほうにあったよね?」

「まあ、それは同じアスリート同士ってことで、交流はあるからね。私も第二用具室には行ったことないけど」

「何だ、見たことないんじゃない」

「でも、良い機会だし、みんなで行ってみない?第二用具室に」

「おお!良いですね、八月朔日先輩!みんなで行きましょう!」

 仁美はノリノリで声を上げる。

「円も行くっしょ?」

「はー、テストも近いのに余裕ね、あんたたち」

「むっ!?テ、テストは円に教えてもらうから大丈夫だよ」

「勝手に決めないでくれない?」

 円はこめかみを押さえて唸った。

「そうだ、榊くんも行こうよ!」

「えっ?ほ、八月朔日さん。テスト勉強したほうが良いと思うよ」

「あれー?男の子なのに怖いのかな?」

 摩利の口角は上がりっぱなしだ。

(楽しんでるなー)

 円は半眼になって親友を見つめてしまう。

「こ、怖くはないよ。分かった、一緒に行こうか」

「よし、決まり!部活が終わったら体育館の入り口に集合ね!」

 いつの間にか話が決まってしまった。

(まあ、どうせ単なる噂だから良いか)

 そう思った円の目に、校門の辺りに立っている半透明の女生徒が立っているのが視えた。

(単なる噂じゃなかったら困るな)

 円は幼い頃からこの世ならざる者が視える体質だった。それでずっと悩まされて来たが、最近は単なる幽霊なら浄霊することも出来るようになった。

(でも、単なる幽霊じゃなかったら、またあの人に頼むことになりそう)

 円は憂鬱になりながら、校門を抜けて下駄箱に向かった。


 円は昼休みと放課後に、図書室で仁美に勉強を教えていた。

(前にここにいた妖魔ファントムに追いかけられて大変だったんだよね)

 妖魔とは人間の空想と負の感情が生み出す化け物だ。人間の生命エネルギーを奪う、少し危険な存在だ。円はある人から買ったブレスレットを左手首に装着していて、結界を常に張ってる状態なので安心なのだが・・・。

「そういえば仁美。生徒会のほうは良いの?」

 円が尋ねると、仁美は気まずそうに頭をかいた。

「掛け持ちはキツくて止めちゃった」

「それって良いの?生徒会を途中で止めるとか」

「大丈夫だよ!一年生だから、雑用くらいしか仕事なかったし!」

「その雑用も立派な仕事だと思うけどね」

「でも、お陰で掛け持ちしてたオカルト研究会で、色々と面白いネタを仕入れられたし、そっちのほうが私には向いてたみたい」

「そう。まあ、あんたが自分で決めたことなら言うことはないけど」

 円は自分のスマホで時間を確かめた。

「仁美、そろそろ行こうか?部活も終わる時間だし」

「うん!行こう行こう!」

 二人は机の上の教科書とノートを片付けた。


 体育館に向かうと、入り口で摩利と神酒が待っていた。

「二人とも、遅ーい!」

 摩利は腰に手をあてがい、膨れた表情を見せる。

「ゴメン、勉強に集中力してたから」

「おっと、円!明日からは私も混ぜてくれない?」

 摩利も部活が忙しくて、あまり勉強は得意ではない。

「あ、それじゃ僕も参加していいかな?」

 神酒は遠慮がちに申し出る。

「うん、良いよ。環も美甘ちゃんに宿題の面倒見てもらってるし」

「先輩方!早く行きましょう!」

 仁美は靴を脱いですでにスリッパに履き替えている。ノリノリだった。

「はいはい。慌てるとまたコケるわよ」

 言った側から滑って早速コケていた。

「あうー」

「ほら、仁美。危ないから手を繋いで」

「え?い、良いよ。子供じゃないんだから!」

「早々にコケてる人間が何言ってんだか」

 円は無理やり仁美の手を取った。チビッ子だから手も小さくて可愛い。

「さーて、行くわよ、みんな!」

 次にテンションの高い摩利が拳を突き上げて体育館を横切ってゆく。壁の大きな扉を開くと、更衣室と第一用具室、そして第二用具室が並んでいた。

「あっ!」

 そこで唐突に摩利の動きが止まった。

「ねえ、この扉って鍵が掛かってるんじゃない?」

 後ろを振り返って摩利が疑問を口にする。

「まあ、普通はそうだよね。え?職員室から借りて来なかったの?」

 円が呆れて尋ねると、摩利は舌を出して自分の頭を小突いていた。

「うーん、でも借りるにしても理由を聞かれたら困るか」

 そう言いつつ円が引き戸に手をかけると、扉はあっさり開いた。

「・・・うーん、誰も使わないから施錠もされてなかったってこと?」

 全員、開け放たれた扉から中をそっと伺った。薄汚れたマットや跳び箱、その他、文化祭などで作られたとおぼしきガラクタが散乱している。

「よし、みんな別れて探してみよう!」

 摩利がそう言うが何を探すのやら。

「えっと、だから骸骨よ骸骨!」

「骸骨ねえ」

 あったとしても、文化祭で使われた手作りの骸骨だろう。お化け屋敷の出し物とかで見たことがある気がする。

 しばらく四人で探してみるが、それらしき物は見当たらない。

「うーん、ただの噂だったか。まあ、七不思議なんてそんなものよね」

 摩利がガラクタをバックにしてそう言った時、彼女の肩に誰かが手を置いた。

「もう、何?なんか見つかった?」

 摩利は手を広げて見せるが、他の三人は摩利の前にいる。

「ま、摩利。う、後ろに!」

「え?わあっ!」

 摩利が自分の肩を改めると、そこに置かれた手は人間の骨だった。テンパった摩利はハイキックで背後にいる者を蹴り飛ばした。それは半分以上、白骨化した人間だった。ピクリと動くと骸骨はスーッと立ち上がった。

「「「「わあーっ!」」」」

 四人は回れ右して走り出した。円は仁美の手を握りしめて懸命に走った。入り口に辿り着くと、靴に履き替えて全員が校門に向かって猛ダッシュした。


 通学路の商店街の入り口に辿り着くと、全員呼吸を荒くしてしばらく喋れなかった。

「ほ、本当に骸骨が出たわね」

 ようやく喋れるようになった円は摩利を見た。彼女は骸骨に触られた肩をしきりに擦っていた。

「さ、触られちゃったよ!どうしよう、祟りとかあるのかな!?」

 神酒と仁美も顔が青ざめていた。

「うん、摩利。これはあそこに行くしかないよ!」

「あそこ?・・・あ、そっか!」

 摩利の顔が少しだけ安堵する。

「と言うわけで、私たち寄るところがあるから、仁美と榊くんは先に帰ってて」

「えー!?みんなで帰ろうよ、怖いよ!」

「大丈夫!骸骨は追ってきてないから!榊くん、仁美のこと送ってあげてくれる?」

「あ、ああ、良いけど」

「お願いね。じゃあ二人とも、お疲れ様」

 仁美が不安げに振り返って、マンションに向かって歩いてゆく。

「さて、今日は多分見つかると思うけど」

 商店街を歩いてゆくと、途中からシャッター街になる。非常に閑散としているが、円は目的の店を探す。

「どう、円?見つかった?」

 流石に少し怖がっている摩利に、円は振り返って笑った。

「うん、あったよ。たかなし雑貨店」

「本当に?どこどこ?」

 円は摩利の手を握った。すると、摩利は目を見開いた。シャッター街の端に、一軒の店が確認出来る。その看板には

『見えるはずのないモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』

 と書かれている。たかなし雑貨店は視える人しか見つけられない。

「うーん、前にも思ったけど不思議だよねえ。シャッターが降りてた閉店した店だったのに、円と手を繋いだら途端に雑貨屋さんが見えるんだから」

「さ、入ろう」

 円は摩利の手を引いて店の扉を開いた。ドアチャイムが鳴って、店内にいたポニーテールで派手なポンチョを来た、20代半ばくらいの綺麗なお姉さんが顔を上げた。

「おー、円ちゃんと摩利ちゃん、いらっしゃーい!」

「こんにちは、とわさん」

 小鳥遊永遠たかなしとわ。たかなし雑貨店の店主にして、夢想士イマジネーターだ。夢想士とは、妖魔という化け物を退治する、呪術の専門家だ。円と摩利は過去に何度か助けてもらっている。

「おっと、二人とも!まだ店内には入らないで!」

「え?」

 駄菓子から本物の剣まで様々な雑貨が並べてある店内。そしてカウンターがあり、コーヒーを飲むことも出来る。とわはカウンターから出てきて円たちの目の前で足を止めた。

「あらら、これはまた、今回は厄介なヤツに憑かれてるね」

「えっ!?」

「摩利ちゃん、動かないでね」

 とわはポンチョの下から日本刀を取り出した。刀を抜くと、いきなり摩利の右肩の上辺りを刺し貫いた。円が振り向くと、人の手の骨のようなモノが煙になって消えた。

「嫌なヤツに店内に入って欲しくないからね。さ、二人とももう入って良いよ」

 背を向けるととわはカウンターの向こうに戻った。ドリップコーヒーの用意をして、とわは笑顔をみせる。

「さて、今日はどんな案件を持って来たのかな?」

 目の前に湯気の上がるコーヒーカップが置かれた。円たちはカウンター席に並んで座る。

「今日はまた七不思議の一つなんですけど」

「あー、七不思議ねー。大成たいせい高校は七と言わず、百くらい不思議なことが起こるからね」

「そうなんですか?」

 摩利は興味深そうに尋ねる。

「ここに相談にくる人の七割くらいは、大成高校の生徒さんだからね」

 それは円にとっても初耳だった。

「集まりやすい場所っていうのがあるんだよ。いわゆる心霊スポットってやつかな?最も、大成高校の案件は妖魔絡みであることが多いんだがね」

「とわさん、今日は体育館の第二用具室の骸骨の話なんですけど」

 円はことの顛末を詳しく話して聞かせた。

「そうか。

 とわはポツリと呟いた。

「また?それは前に退治したことがあるってことですか!?」

「まあ、風水なんかで言うと、あの第二用具室は特に良くないモノが集まりやすい場所なんだよ。退治しても浮遊霊なんかが寄ってきて負の感情や生命エネルギーを吸収して、実体を獲得して、妖魔化してしまう」

「確かに・・・肩を触られた実感がありました」

 摩利は自分の身体を抱き締めてブルッと震えた。

「摩利ちゃんにも視えて、触られたってことは、相手は上級妖魔だね。逃げだして正解だったよ。下手したら食われてたよ」

 とわは物騒な物言いをするが、それは事実なのだろう。いよいよ退治してもらわなければいけなくなった、

「とわさんに退治してもらうには、もう一度あそこに行かないとダメなんですよね?」

「うん。学校に部外者が入り込んだら、不審者として通報されるかもしれないからね」

「分かりました。明日、部活が終わった頃にまた行ってみます」

「円は見かけによらず度胸あるよね。私はもうブルッちゃってるんだけど」

 円も、まったく怖くないわけじゃない。ただ、子供の頃から他人に見えないモノを視てきたから、多少免疫があるだけだ。

「とわさん、あの紫水晶アメジストを持っていけば良いんですよね?」

「うん、それであたしは影移動出来るからね」

「分かりました。明日はよろしくおねがいします」

 円たちはカウンター席から立ち上がる。

「あ、摩利ちゃん。君にも渡しておこう。魔除けのブレスレットだよ。触られて気持ち悪かっただろう?」

 摩利がブレスレットを受けとる。円も着けているやつだ。

「あ、ありがとうございます!おいくらですか?」

「友人割りで100円で良いよ」

「安っ!」

 摩利はとりあえず100円玉を渡した。

「それじゃ、失礼します」

 円たちはカバンを持って扉に向かった。

「ほーい、また明日ね」

 とわは手を振って見送ってくれる。外に出て振り返ると、たかなし雑貨店は跡形もなく消えて、下ろされたシャッターがあるだけだった。

「毎度のことだけど、不思議だよねえ」

 摩利はシャッターに手を触れて、実感を確かめている。

「摩利、そういうことだから、明日も部活終わったら付き合ってよ」

「うー、断りたいところだけど、親友に言われたら断れないね」

「何言ってんの?あんたが言い出しっぺじゃない」

「なはは。それもそうか」

 円は商店街で摩利と別れて家路に着いた。


 マンションの自宅に戻ると、弟の環と美甘がいつものように宿題を片付けていた。

「円お姉ちゃん、お帰りなさい」

「ただいまー、二人ともちゃんと宿題して偉いねー」

「何言ってるの?こんな時間に帰ってきて。あんたもテスト勉強、ちゃんとやってるの?」

 キッチンから出てきた母にお小言を貰う。

「ちゃんとやってるわよ。図書室で勉強してたから遅くなっただけだし」

 円は反論した。実際、仁美と勉強してたのは事実だ。

「そう?なら良いけど」

 キッチンに戻った母の背中を見送り、円は自室に入って制服から私服に着替えた。そしてリビングに戻ると美甘に声をかける。

「美甘ちゃん、今夜もお泊まりしない?」

「え、良いんですか?」

「勿論。いつも環の面倒見てもらってるからね」

「分かりました!お泊まりセット取りに行ってきます!」

 すると、母がまたキッチンから顔を出した。

「円、美甘ちゃんが泊まるんなら、神酒くんも食事に誘いなさい」

「あ、うん。美甘ちゃん、お兄ちゃんに伝えてくれる?」

「はい!すぐ戻ってきます!」

 美甘がパタパタとスリッパの音をさせて玄関に向かう。

「お姉ちゃん。また、美甘ちゃんと一緒にお風呂に入るの?」

「当たり前でしょ?環は嫌なの?」

「嫌っていうか、恥ずかしいよ」

「良いじゃない。もう裸の付き合いに慣れたでしょ?」

「全然慣れないよ!」

 環は顔を赤くして必死に訴える。

「別々に入ってたら時間かかるでしょ?三人一緒に入ったら経済的なのよ」

「何が経済的なのか分かんないよ」

 環はテーブルの上を片付けて、自分の部屋に戻った。


 榊兄妹がやって来て、みんなが夕食の食卓に着いた。しばらく他愛もない世間話が続いたが、神酒がこっそりと話しかけて来た。

「円さん。結局あれからどうなったの?」

「ああ、大丈夫。明日、専門家の人に来てもらうから」

「専門家?霊能者とか?」

「まあ、そんな感じ。私と摩利が立ち会うから心配いらないわよ」

「うーん、まあ円さんがそういうなら」

 神酒はそれ以上追求はしてこなかった。わざわざ怖い思いはしたくないのだろう。円もそのほうが気が楽だ。食事が終わると神酒は自宅に帰った。流石に神酒は一緒にお風呂に入れない。

 脱衣場で三人は服を脱ぐが、環が健気にタオルで隠そうとする。円はそれをひっぺがし、風呂場に入った。

「もう何回も見られてるのにまだ慣れないの?」

「な、慣れるわけないよ!」

「さ、美甘ちゃんは前を洗ってあげてね。私は後ろを洗うから」

「分かりました!」

「わーん、自分で洗えるよー!」

 環の抗議はさくっと無視して全身を隈無く洗う。美甘の身体は環に洗わせて、円は髪を洗い、タオルでまとめて身体を洗い始める。

「そういえば、環と美甘がちゃんの学校にも七不思議ってあるの?」

「え?うーん、トイレの花子さんとかですか?」

「鉄板だねー。もっとオリジナリティのある噂ってないの?」

「あ、そういえば、本校舎の階段の踊り場に大きな鏡があるんですけど、そこで合わせ鏡したら鏡の世界に引きずりこまれるって噂があります」

「ほうほう。興味深いねー。あ、でも面白半分にやっちゃダメだよ。世の中、本当に不思議なことってあるからね」

「はい、分かってます!」

 聡明な美甘なら大丈夫だろう。これが仁美だったら、絶対に自爆する。

 風呂から上がって対戦ゲームでひとしきり盛り上がると、小学生たちは舟を漕ぎ出した。

「ほらほら、環。自分の部屋で寝なさい。美甘ちゃんは私の部屋ね」

「・・・はーい」

 寝ぼけ眼の美甘をベッドに寝かせて、円はブレスレットを左手首に装着した。幽霊はどこにでも唐突に現れるから、お守りは常に身につけている。

「それじゃあ、おやすみー」

「おやすみなさい、円お姉ちゃん」

 枕に頭を乗せるとすぐに眠気がやって来た。


 翌日、いつものメンバーで通学路を歩いていると仁美が、不安そうに円の顔を覗き込んで来た。

「ねえ、円ちゃん。昨日の骸骨って本当にいたんだよね?」

 仁美は怖いから無かったことにしたいらしい。こんなのでよくオカルト研究会に所属してるなと、円は呆れてしまった。

「本当にいたわよ。今日、専門家にお祓いしてもらうから」

「えっ!?円ちゃん、そんな人知り合いにいたの?」

「まあ、色々と縁があってね」

「私にも紹介してよー!」

 ツインテールを揺らして仁美が食いついてくる。

「ダメダメ。遊びじゃないんだよ」

「うーっ!」

 仁美は立ち止まって目を潤ませていた。

(見たら泣く癖に、見られなくても泣くわけね)

「仕方ないなー。紹介してあげるわよ。榊くんはどうする?」

「えっ!?ぼ、僕は良いよ。夕食の買い物に行かないといけないし」

 まあ、そのために帰宅部なのだから、無理には誘えない。

「よーし、それじゃあ部活が終わったら、また体育館入口に集合ね!」

 摩利が話をまとめて、一同は学校に向かった。


 今日も今日とて、図書室で仁美と自習していると、他の生徒の背中にちらほら取り憑いてる霊の姿が視える。

(うー、気が散るけど、全部浄霊する暇はないし)

 円はスルーして勉強に集中する。そして、部活が終わる時間になると仁美を連れて体育館に向かった。摩利は部活を終えてすでに待機していた。体育館から運動部の生徒が次々と出てゆく。それと入れ替わりに円たちは中に入り第二用具室を目指す。

 仁美はすでにビビって円の手を、痛いほど握りしめている。通用扉を開くと、更衣室と二つの用具室が存在感を示していた。

「さてと、みんな心の準備は良い?」

 円は第二用具室の前で仁王立ちになって二人に声をかける。

「オーケー!いつでも良いよ!」

「わ、私も、いつでも、良いよ!」

 摩利はともかく、仁美は必死に強がっているのが丸分かりだ。円は引戸に手を掛けると、勢いよく開いた。

 昨日と同じく雑然とした部屋だった。円と摩利は中に足を踏み入れるが、仁美は入り口辺りで足を止め、中に入ることを躊躇っていた。

「もう、仁美はオカ研でしょ?こういうのは率先して調べなさいよ」

「だ、だって・・・ま、円ちゃん!」

 円の背後でバチッと何かが爆ぜた音がした。振り返ると、半分骸骨の生徒が立っていた。触ろうとしてブレスレットの結界に弾かれたようだ。

「わあー!で、出たー!」

 仁美は容易くパニックに陥ってる。摩利は構えて迎え撃つ気満々だった。

「あれっ!?おかしいよ、円!三人いる!」

 摩利が指摘する前に円も気付いていた。半分白骨化した生徒の数が三体に増えている。どうしようかと思っていたら、円の影からポニーテールで派手なポンチョをまとった女性がすーっと現れた。

「ひゃあっ!」

 仁美は驚きのあまり尻餅をついていた。

「お待たせー」

 軽く口角を上げたとわが現れた。

「おや?新顔だね?」

「私の幼なじみの仁美です!それよりとわさん!骸骨が三体に増えてます!」

「ふむ、誰かゾンビ映画の想像でもしてたのかな?」

 とわはポンチョの下から呪符を取り出した。三枚の呪符は勢いよく飛んで三体の骸骨の額に張り付いた。

「急急如律令(きゅうきゅうじょりつりゃう)!」

 すると、骸骨たちは苦しみ出して額の呪符を剥がそうとする。

「さあて!仕上げだよ!」

 とわはポンチョの下から日本刀を取り出し、三体の骸骨に向けて駆けた。全ての首を切り落とすと、骸骨たちの身体が燃え出して塵になってゆく。後には水晶のような石が三つ落ちていた。

「魔水晶ゲットっと。みんな無事だね?」

 鞘に納めた日本刀がポンチョの下に消える。何だろう?四次元ポケットだろうか?

「さて。今日は新しい子がいるね?」

 とわは座り込んでいる仁美に視線を向けていた。

「あ、私の幼なじみの雲類鷲仁美です」

 円が紹介すると、仁美は慌てて正座して、とわに向かって頭を下げた。

「仁美です!私、霊能者の人に初めて会いました!弟子にしてください!」

 仁美はとんでもないことを言い出した。

「はっは、面白い子だね。あの窓のところにいる者が視えるかな?」

 とわが指差す先の窓には半透明の霊の姿があった。

「いえ、視えません!」

「そうか。じゃあダメだ。この世ならざる者が視える者でないと夢想士にはなれない」

「夢想士?」

「まあ、君は色々と呼び込み安い体質のようだから、これからも仕事を持って来ておくれ。あたしも儲かるからね」

 とわはニッコリと微笑むと、円の影の中に沈んでいった。

「わあっ、消えちゃったよ!凄い!これが本物の霊能者なんだね!」

 夢想士は霊能者とは違うが、説明が面倒なので、仁美にはそう思っててもらおう。

「さ、浄霊は終わった!帰ろうか?」

 円は先頭になって体育館から出て、帰宅することにした。


 用具室の骸骨の件が片付き、実力テストが終わって、みんなで帰宅する途中で、仁美がまた新たなネタを披露した。

「円ちゃん、知ってる?部室棟の階段の踊り場にある鏡!そこで合わせ鏡したら鏡の世界に引きずりこまれるって話!」

 円は頭を捻った。

(はて、どこかで聞いたような?)

 そして思い出した。確か美甘が言っていた七不思議の一つだった。何だろう?共時性シンクロニシティってやつだろうか?

「仁美、間違ってもやっちゃダメだよ」

「あうー、分かってるよ。でも、この間のお姉さんなら何とか出来るかもしれないじゃない?」

 仁美の言いたいことは分かるが、触らぬ神に祟りなしだ。

「そういう面白半分なのが一番危ないんだよ。やっちゃダメだよ」

「むう、分かってるよー」

 仁美は口を尖らせて不服そうだ。また近く、やらかすかもしれない。円はそうならないように祈るばかりだった。








 


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