第2話 妖魔憑き

 平良円たいらまどかは、小学生の弟のたまき、幼なじみで後輩の雲類鷲仁美うるわしひとみの三人で、学校に向かっていた。

 シャッターの閉まった店の多い商店街を歩いていると、突然、仁美が転倒した。ツインテールが揺れている。

「痛ーい。鼻、ぶつけたー」

「何も無いところで、よく転べるね、仁美」

 円は腰に手を当てて、ドジな幼なじみを見下ろす。視界の端に地面に沈んでゆく手が見えた。

(何も視えてない、視えてない。あれは目の錯覚、目の錯覚)

 円は普通の人に見えないものが視える体質だった。幼い頃からなので、スルーしてなかったことにするのには慣れていた。

「さ、行くわよ、仁美」

「あ、円ちゃん、待ってよー!」

 いつもの通学路を歩いていると、途中で親友の八月朔日摩利ほずみまりと合流する。

「おっはよー、円!仁美ちゃん!環くん!」

 ショートカットでボーイッシュな摩利は、空手部のエースだ、

「あれ?仁美ちゃん。顔が汚れてるよ?また、転けたのかな?」

 摩利がからかい口調で言うと、

「うー、八月朔日先輩!からかわないでください!」

 仁美は頬を膨らませて抗議する。

「怒らない怒らない。そのドジっ子なところが可愛いんだから」

「ドジっ子って言わないでください!」

 二人は追いかけっこをするが、早くしないと遅刻だ。

「ほら、みんな行くわよ!遅刻しちゃう!」

「おっと、いけない」

「うー!」

 直ぐに学校に向けて歩き出す摩利だが、仁美はまだ文句を言いたげだ。

 小学生の環とは途中で別れて、高校生の三人は学校に急ぐ。

「そういえば、知ってますか、八月朔日先輩?更衣室に出る幽霊の話」

 仁美が話題を振ってきた。生徒会の書記をやってるが、オカルト研究会にも籍を置いている。だから、こうした学校の怪談のネタをよく仕入れてくる。

「更衣室で一番最後に着替えていると、鏡に見知らぬ誰かが映るらしいですよ」

「あー、聞いたことがあるかも。でも一年生の頃だからかなり前だよ」

「それが!バレー部の子が、見たらしいんですよ!腰を抜かしたところを顧問の先生に助けてもらったとか!」

「あー、何だっけ?更衣室のロッカーの扉に掛けてる鏡の中に、幽霊が映っていたとか、なんとか」

 円もクラスメイトから聞かされた。運動部の部員だけが目撃する怪異とか。

「どうせ、何かの見間違いでしょ?そういう話は伝聞する間に尾ひれがつくものだしね」

 円も実際に幽霊が見えたのだろうと思ったが、一応は否定しておく。面倒事には関わらないに限る。

「よっしゃ!それじゃあ今日の部活は、一番最後に着替えよう!噂を確かめてやろうじゃない!」

「おっ、流石ですね、八月朔日先輩!何かあったら教えてくださいね!」

 仁美とは下駄箱のところで別れた。

「ちょっと、本気なの、摩利?」

「んー?学校の七不思議でしょ?あんなのただの噂に決まってんじゃん」

「だからって、自ら火中の栗を拾う必要ないと思うけど」

「円だって信じてないでしょ?」

「まー、それはそうなんだけど。面白半分ってのが一番危ない気がするのよ」

「だーいじょうぶだって!ただの噂に過ぎないって、仁美ちゃんを安心させるためだから」

 そう言われると円も何も言えない。予鈴が鳴って、二人は大急ぎで二年B組の教室に急いだ。


 大成たいせい高校は昔から七不思議に限らず、色々とキナ臭い噂話を抱えている学校だ。それは幽霊に限らず、妖魔ファントムの仕業であることが多い。先だって知り合った夢想士イマジネーターのお姉さんから、この世には幽霊だけじゃなく、人の空想と負の感情が生み出す化け物の話を聞かされたばかりだ。

 幽霊とは違って妖魔は、人間の生命エネルギーを奪う危険な存在であることを教わった。一応、その時に魔除けのブレスレットを貰ったので、円自身がその被害を被ることはないが、友達が危険に晒されるのは避けたいところだ。

(何もなければ良いんだけど)

 教室に辿り着き、自分の席に向かった円は密かに摩利の無事を祈った。


 放課後となり、円と摩利は一緒に教室を出た。下駄箱のところで二人は別れる。

「さあ、張り切って行くよ!」

「摩利、無茶はしないでよ。何かあったら無視してスルーだよ」

「はは、何、円ってば。こういうの信じてないんでしょ?」

「まあ、そうだけど、一応ね」

「大丈夫だって!」

 手を振って摩利と別れると、円は家路についた。いつもの商店街に差し掛かったところで、頭から黒い煙を漂わせているサラリーマン風の人物を見かけた。

(何あれ?幽霊じゃないし、まさか、妖魔の仕業!?)

 サラリーマンはふらふらと、覚束ない様子で歩いている。周りの人間には当然見えてないが、何だか虚ろな顔をしているサラリーマンは、そのまま駅の方に歩いていった。

(何だろ、あれ?今日は雑貨店はあるかな?)

 正体不明なものに関しては専門家がいる。ただ、いつでも会えるわけではない。円は自然と早足になり、商店街の中でもシャッター街になっている一角に急いだ。

 願いが叶ったのか、たかなし雑貨店に今日は辿り着いた。円は呼吸を整えると店の扉を開いた。ドアチャイムの音がして背後で扉が閉まる。

「ん?おー、円ちゃん。ここに来れたってことは、何か新しい案件かな?」

 カウンターの向こうで笑顔を見せるのは、店長の小鳥遊永遠たかなしとわである。髪はポニーテールに纏められ、相変わらす派手な柄のポンチョを身に付けている。

「と、とわさん!実はさっき!」

「まあ、落ち着いて座りなよ。今、コーヒーを入れるから」

 とわはドリップコーヒーの準備を始めた。円は仕方なくカウンターの席に座った。良い香りのコーヒーが出されて、円は一口飲み、気が落ち着いた。

「落ち着いた?じゃあ話してごらん。今日は何を視た?」

 とわに促され、円は先ほど視えたモノについて語った。

「頭から煙ねえ。それは妖魔憑きで間違いないね」

「妖魔憑き?」

「文字通り、妖魔に取り憑かれているんだよ。そうして徐々に生命エネルギーを吸い取られ、いずれポックリと逝ってしまう」

「大変じゃないですか!?あの人を助けないと!」

「ああ、心配は要らないよ。そんなのは他の夢想士が始末する。円ちゃんの知り合いなら助けて上げるけどね」

「夢想士って、そんなにいるんですか?」

 円の問いに、とわは口角を上げる。

「一般には知られてないけど結構いるよ。特に隣の鳴神市なんて、夢想士の養成学校まであるからね」

「そうなんですか!?知らなかったです」

「まあ、一応は一般に知られないように秘匿されてるからね。興味があればお隣の鳴神学園に転校すれば良い。妖魔が視える円ちゃんなら立派な夢想士になれると思うよ?」

「あ、いえ。私は出来たら普通の人生を歩みたいので」

 それを聞いて、とわは大声で笑った。

「なっはっは!円ちゃんはおっとりしてそうで、ちゃんと自分の意見を持ってるよね。嫌いじゃないよ、そういうの」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、妖魔憑きは放っておいて良いんですね?」

「そうそう。他の夢想士が処理するから。あたしはたまにやって来るお客さんの分しか働かないからね」

 それで生計が立てられてるのか気になったが、それを聞くほど円も野暮ではなかった。コーヒーのお礼を言い、円は店を出た。二、三歩歩いて振り返ると、すでにたかなし雑貨店は消えていた。

「本当に不思議だなあ。ま、知り合いに妖魔憑きなんていないし、今回はこれで一件落着」

 円はぐうっと伸びをして、家路についた。


 帰宅すると、見たことのある靴が玄関

にあった。スリッパに履き替えてリビングに入ると見知った顔が、環の対面に座り、宿題を片付けていた。同じマンションに住む榊美甘さかきみかもだった。

「いらっしゃい、美甘ちゃん」

「円お姉さん、こんにちは」

 美甘は軽く頭を下げて挨拶する。美甘の兄の神酒みきとは同じ学年だが、あまり接点はない。円が高校に入学するタイミングで引っ越して来たのだ。美甘は弟の環とは同じクラスなので、たまにこうやって一緒に宿題をしている。

「環ー。美甘ちゃんにしっかり教えてもらいなさいよ」

 環の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、頭を振って強引に逃げる。

「や、止めてよ、お姉ちゃん!僕はちゃんと勉強してるから、教えてもらう必要ないよ!」

「あ、環くん。そこ間違ってるよ」

「えっ?どこ?」

「ほら、ここの問3は・・・」

 結局、教えてもらっている。環が算数が苦手なのは先刻承知だ。部屋で着替えようと思っていると、キッチンにいる母に呼び止められる。

「円ー!ちょっとニンジンを買って来てくれる?今夜はカレーにするから」

「えー?買い物してきたんじゃないの?」

「冷蔵庫にあると思ってたのよ。悪いけど、ひとっ走りお願いね」

「もう、仕方ないなー」

 円はカバンを部屋に置いて、再び商店街を目指した。


 商店街に辿り着くと、いきなり足首を掴まれた。驚いて下を見ると地面から生えた手が円の足首を掴んでいた。

(ひいー!ウソでしょ!?)

 今朝、仁美を転ばせた真犯人だ。無闇に使うなと言われてるが、ここで使わないと何時使うのかという話だ。

(大いなる光よ、悪しきモノを照らしたまえ!)

 円のかざした手の平から光が生じて手を包み込む。手は円を解放すると、光の中でホロホロと崩れて消えた。

「はー、良かった。低級妖魔だったみたいね」

 とわに教わったのだが、妖魔には序列があるらしい。低級妖魔なら今のように円でも祓える。だが中級、上級になると夢想士でないと退治出来ないらしい。円は先だって調子に乗って中級妖魔を怒らせて、かなり怖い思いをした。

 ため息をついて視線を上げるとシャッター街が続いている。

(つまり、とわさんが出るまでも無かったわけね)

 気を取り直した円は、商店街の中にあるスーパーを目指して足を踏み出した。


 スーパーでニンジンを吟味していると、見た顔を見つけた。榊美甘の兄の神酒だった。彼の家は両親が出張中ということで、家事は神酒がやっていると聞いたことがある。円は思いきって声をかけることにした。

「こんにちは、神酒くん」

「えっ?あ、平良さん!」

 何故か手にした玉ねぎを取り落としている。

「やだなー、円で良いよ。私も下の名前で呼んでるし」

 そうしないと、妹の美甘とごっちゃになって、ややこしいからだが。

「そ、それじゃ、円さん。奇遇だね」

「うん、お母さんがニンジン買い忘れてね。神酒くんのところは今夜の夕食はどうするの?」

「ああ、肉じゃがにしようと思ってるんだけど」

「そうなんだ。具材は似てるね。そうだ!美甘はちゃんも来てるし、今晩はウチに夕食食べに来ない?」

「え?美甘のやつ、またお邪魔してるんだ。ゴメン」

「全然良いよ。環に勉強教えてくれるから助かってるし。お礼もかねてウチにカレー食べに来なよ」

「本当にお邪魔じゃないかな?」

「うん、大歓迎だよ」

 こうして榊兄妹は平良家で夕食をお呼ばれすることになった。


 リビングのテーブルに五人が揃い、夕食が始まった。

「「「いただきます!」」」

 みんな、スプーンでカレーを掬い、口に入れる。

「あ、美味しい!おばさん、料理お上手ですね!」

 如才ない美甘は高評価の感想を述べる。

「でしょ?ウチはカレーが自慢なんだよ」

「ちょっと円。他の料理も美味しいでしょ?」

 円の発言に母は口を尖らせる。

「勿論、美味しいよ。その中でもカレーはお店が出せるほど美味しいってことよ」

「まあ!円ったら大袈裟ね。流石にお店には負けるわよ」

「いや、でも本当に美味しいですよ。是非レシピを教えてください!」

 神酒もカレーを口に運びながら、本当に美味しそうに食べていた。

「兄妹揃ってお上手ね。沢山食べてね」

 母も気をよくしてニコニコしている。

 

 晩餐が終わると、榊兄妹は帰り支度を始める。

「美甘ちゃん、今夜は泊まっていかない?ゲームで対戦しようよ!」

 円は深く考えずにそう提案した。この間、新しいゲームソフトを買ったばかりだったからだ。

「良いんですか、円お姉さん!」

「おい、美甘。ご迷惑だろ」

 兄の神酒は嗜めるが、平良家母がオーケーを出した。

「そうね。同じマンションに住んでるんだし、親睦を深めるのもありね」

「ありがとう、おばさん!じゃあお泊まりセットを取りに行ってきます!」

 美甘は上機嫌で出ていった。

「すみません。ご迷惑じゃないですか?」

 神酒は済まなそうに伺う。

「良いのよ。環に勉強教えてくれたお礼もあるしね」

 家主の鶴の一声で決定した。

「美甘のことをよろしくお願いします」

 神酒は玄関先で頭を下げた。


 そして、お泊まりセットを持って再度来訪した美甘は、三人一緒にお風呂に入ることに難色を示した。

「恥ずかしがることないよ。私と環は毎日一緒に入ってるし」

「いえ、そういうことじゃなくて」

「榊家では別々に入ってるの?」

「・・・一緒に入ってます」

「じゃあ良いじゃない。私と神酒くんが一緒に入るのは流石にダメだけど、小学生なら問題無しだよ」

 ということで、円と環、美甘の三人は一緒に入浴することになった。脱衣場で服を脱ぐ時、環が何だか隠しながら、恥ずかしそうにしていた。

「何、隠してるのよ、環!」

 円は環の腰に巻かれたタオルを奪い取った。

「わあっ、止めてよ、お姉ちゃん!」

 ついでに環を羽交い締めにして、浴場に入る。

「じゃあ、美甘ちゃん。環の体を洗ってあげる?」

「は、はい」

「うう、恥ずかしいよー」

 スポンジを泡立てて、環の身体を擦ってゆく。閉じられた両足を無理やり開くと、美甘がポツリと言った。

「・・・お兄ちゃんと違う」

「ああ、そりゃ神酒くんは高校生だから大人に成長してるんだよ」

 その言葉に美甘は、円と自分の胸を見比べた。

「あたしも高校生になったら、円お姉さんみたいに胸が大きくなりますか?」

「うん、毎日牛乳飲んでたら大きくなるよ」

「・・・頑張ります!」

 環の身体を洗い終わったら交代した。洗いやすいように美甘は立ったままだ。環はスポンジで恐る恐るその身体を擦り始める。

(可愛いなあ。私も昔はああだった)

 円は自分で髪を洗い、タオルでまとめて身体を洗い始める。

「そういえば、円お姉さん」

「普通にお姉ちゃんで良いわよ」

「・・・お姉ちゃん。このマンションって変な噂があるんですね」

「噂?どんな?」

「非常階段の最上階から、飛び降りる幽霊が出るって噂です」

「んん?それって最近の話?」

 円が浴槽に入ると環がぐったりして、背中を胸に預けてきた。その前にさらに美甘が陣取り、環に背中を押し付けている。

「あたしたちが引っ越して来てから、学校のクラスメイトから教えてもらいました」

「ということは、約一年前か。私はその噂聞いたことないけど」

「クラスメイトの中に何人か、このマンションに住んでる子がいて、実際に見たことあるらしいです」

(目撃情報ありか。幽霊なら私でも祓えそうだけど、あまり調子に乗ると良くないって、とわさんが言ってたからなー)

 円は迷ったが、取りあえずスルーすることにした。自分から藪をつつく必要はない。

 風呂から上がると、環は少しのぼせていたが、冷たいジュースを飲ませて落ち着かせた。対戦ゲームは盛り上がり、母に早く寝なさいと注意されるほど、熱中した。

「それじゃ美甘ちゃん、寝ようか?」

「はい」

「環も一緒に寝る?」

「や、やだよ。狭いし。絶対朝になったら僕は床で寝てると思う」

 それもそうかと思った円は無理に誘わず、自分の部屋に入ると、美甘と一緒にベッドに横たわった。セミダブルなので二人ならそんなに狭くはなかった。


 アラームが鳴り、円は手を伸ばしてオフにする。気がつくと美甘は円の身体に抱きついていた。

(あーもう、可愛いなあ!)

「美甘ちゃーん、朝だよ。起きなさーい」

「ううん、おはようございます、お姉ちゃん」

「うん、おはよー。顔を洗いに行こうか?」

「はーい」

 朝食を摂った後、一旦自分の家に帰る美甘に、一緒に登校しようと誘う。この一年、一緒に登校したことがないことに、今さらながら気がつく。

 榊兄妹は五階なので八階からエレベーターに乗る円と環は、いつもよりゆっくり家を出る。五階で再会した後、三階で仁美が乗り込んで来た。

「あ、榊先輩!おはようございます!」

「あ、おはよう」

「あれ、ひょっとして、こちらは妹さんですか?」

「そうなんだ。仲良くしてくれると嬉しいんだけど」

「はい、勿論です!」

「妹の美甘です。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げる美甘に、身長が勝ってるのが嬉しいのか、仁美は満面の笑みだ。

「よろしくね、美甘ちゃん!」

 こうして、今朝から一緒に登校する仲間が増えたが、通学路の途中で合流した摩利を視て、円は顔がひきつった。

「おはよー、みんなー」

 摩利は頭から黒い煙を出していた。


「摩利、昨日は何があったの!?」

 2年B組の教室に入ってすぐに摩利から事情聴取する。

「うーん、特に何も無かったよ。一番最後に更衣室を使って、鏡を覗いたけど、何も見えなかったし。それより、今日は妙に身体がダルいんだよね」

 いや、これはもう妖魔に取り憑かれている。学校の七不思議に妖魔が絡んでいたとは。いや、そういえば前の七不思議にも妖魔が絡んでいた。

(これはもう、とわさんの案件だよ)

 円は密かにそう決心した。

 休み時間の度に摩利の様子を見るが、いつもの溌剌さが欠けていた。これは生命エネルギーを吸われているからだろうか?

 ようやく、終礼のチャイムが鳴って放課後になった。

「よし、摩利!私と一緒に帰ろう!」

「えー?私は部活があるんだけど・・・」

「そんな疲れきってて部活なんて出来ないでしょ?」

「うーん、でも」

「はい、帰るよ!私の肩に掴まって!」

「うーん、分かったよ」

 摩利はようやく折れて、円の肩を借りて歩きだした。

 下駄箱付近に来ると仁美と出くわした。

「あれ?八月朔日先輩、部活休みですか?珍しいですね」

「うーん、ちょっとねー。疲れが溜まってて今日は休み」

「仁美は生徒会?」

 円が尋ねると仁美は肯定した。

「うん、これから。それじゃあ八月朔日先輩、お大事に!」

 仁美が去った後、円は摩利を支えながら商店街に向かった。


 商店街のシャッターの閉まった一角に、たかなし雑貨店の看板が視えた。

(良かった、今日も見つけられた)

 円は摩利を引きずって店内に入った。

「いらっしゃーい!おや、その子はこの間、鬼にストーカーされてた子だね」

(私と一緒なら摩利も店の中に入れるんだ)

「はい!でも今回は妖魔憑きらしくて!」

「あー、その頭から出てる煙を視たら分かるよ。店の中じゃ狭いな。ちょっと表に出ようか?」

 とわはそう言うと、カウンターから出てきた。

「どれ、お姉さんも手伝って上げよう」

「ありがとうございます」

 摩利を引きずって赴いたのは、近くの廃工場だった。

「ここなら、誰にも見られないね。さて、円ちゃん。妖魔をその子の身体から追い出してくれるかな?」

 とわは被っているポンチョから日本刀を取り出した。

「え、私がやって良いんですか?」

「今は夢想士イマジネーターのあたしがいるんだよ。さ、やってやって」

「は、はい。大いなる光よ、悪しきモノを照らしたまえ!」

 円は座り込んだ摩利の頭に手をかざし、呪文を唱えた。すると、円の手の平から光が流れだし摩利の頭に注がれる。

 次の瞬間、摩利の頭から毛むくじゃらの熊のような妖魔が抜け出した。

「おっと、思ったよりも大物だったか」

 とわは距離を詰めて日本刀を振りかぶる。だが妖魔は見た目に反して素早かった。刀が届く前に前足でとわを殴り飛ばした。

「ウソっ!?大丈夫ですか、とわさん!」

 地面から立ち上がったとわは、タフな笑顔を見せる。

「中級妖魔でもトップクラスだね。攻め方を変えるか」

 とわは、ポンチョの下から色とりどりのパワーストーンを取り出した。

「それ!」

 赤い石を投げつけると炎に変わり、妖魔の顔面を燃やした。緑の石を投げつけると植物の蔓のような物が、妖魔の全身を縛り上げて自由を奪う。紫の石は長い槍状に変化した。それを投げつけると妖魔の胸に深々と突き刺さった。妖魔は苦悶の咆哮を上げる。

「トドメだ!」

 距離を詰めたとわは、胴を薙ぎ払って頭から下半身まで一気に斬り裂いた。妖魔はホロホロと塵に帰ってゆく。そして、落ちている魔水晶を拾い上げた。

「うん、これは高く換金出来そうだ。円ちゃん、お疲れ様」

「あのー、とわさん。前から思ってたんですが、それって何なんですか?」

「これ?魔水晶だよ。妖魔の生命の源泉だったもの。これを高く買い取ってくれる組織があるんだけど・・・ま、円ちゃんは深く関わるもんじゃないよ」

 とわがそう言うなら、そうなんだろう。

「ううーん、あれ?ここはどこ?」

 放心状態だった摩利が正気付いた。

「安心して、摩利。全て解決したから」

「円?あ、この間のお姉さん!」

「お久しぶり、摩利ちゃん。身体の調子はどう?」

「あ、あれだけダルかったのが、ウソみたいに消えてる!」

「円ちゃんの友達で良かったね。さ、遅くならないうちに帰りなさい」

 とわの指示で三人は廃工場を後にして商店街のところまで戻った。

「お世話になりました、とわさん」

「何の何の。じゃあ二人とも、気をつけて帰るんだよ」

 とわが店の扉の中に姿を消すと、たかなし雑貨店も無くなってしまった。

「あれ?円、さっきまでお姉さんがいたよね?」

「問題が解決したから帰ったよ。もう姿は見えないよ」

「そっかー。お礼を言いたかったんだけど」

「私が言っておくよ。それより摩利。本当に元に戻った?」

「うん、元気一杯だよ、ほら!」

 摩利はハイキックを繰り出す。

「パンツ見えてるよ。ここは部室でも道場でもないんだから、控えたほうが良いよ」

「おっと、ゴメン。ついね」

 笑って見せる摩利はすっかり復調していた。

「じゃあ、私帰るわ。じゃあね、円」

「うん、それじゃあね」

 手を振って商店街で別れた。


(後の懸案事項といえば)

 円は夕食を終えると環とお風呂に入り、湯上がりのまま外に出ると、非常階段が見える位置に移動した。すると、最上階から人影が落ちるのが視えた。

(火のない所に煙は立たぬ、か)

 影は地面に落ちると、また最上階に現れ飛び降りるのを繰り返していた。

「自殺した人の霊かな?」

 よく目を凝らして視ていると、その人影は頭に角を生やして口が耳元まで裂けている。

「うん、妖魔だね。今度とわさんに報告しなきゃ」

 円は自分の家に帰り、環と対戦ゲームで盛り上がった。










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