たかなし雑貨店は今日も営業中

百花屋

第1話 妖魔と夢想士

 平良円たいらまどかはアラームの音で目覚めた。ベッドから滑り降りるとパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えた。洗顔を済ませてリビングに移動する。

「おはよう、お姉ちゃん」

 小学生の弟、たまきがすでにテーブルに着いていた。

「おはよー」

 円はあくびをしながら自分の席に着く。

「あら、円。また深夜番組を観てたの?」

 母がベーコンエッグの皿を両手にキッチンから現れる。

「うん、まあね」

「テストも近いんだから、程程にしておきなさいよ」

「大丈夫、勉強もちゃんとやってるってば」

 円はトーストに齧りつきながら、スマホを操作していた。

「行儀が悪いわよ。食事の時は食事に集中しなさい」

「はーい」

 円はスマホを置き、ベーコンエッグにフォークを突き刺した。

(今日もいるんだろうな・・・)

 子供の頃からとはいえ、やはり慣れるということはない。出る場所が決まっているモノもいるが、前触れもなく出てくるモノもいる。それが心臓に悪いのだ。

 食事を終え、歯を磨いてからランドセルを背負った環を連れて家を出た。エレベーターに乗り込んで一階を目指す。すると、三階から乗り込んで来た制服姿の女の子が元気に挨拶をする。

「おはよー!円ちゃん!環ちゃん!」

 チビッ子だが、れっきとした高校一年生で、幼なじみの雲類鷲仁美うるわしひとみである。ツインテールの似合う美少女だ。

「おはよう、今日も元気だね、仁美」

「仁美ちゃん、おはよー」

「おはよー!今日も環くんは可愛いね!」

 仁美が環の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「もー、止めてよ、仁美ちゃん」

 仁美の手から逃れた環は円の後ろに隠れる。

「ふひひ、可愛い環くんが悪いんだよ」

 手をわきわきしながら、仁美が環に迫る。

「いい加減止めなさい、仁美」

 円は仁美の頭に拳骨を落とした。

「うー、良いじゃない。ただのスキンシップなのに」

 三人連れだってマンションのエントランスから出ると、ゴミ収集所に半透明の女の子の姿が視えた。

(この子はいつ成仏するんだろ?)

 いつもの光景なので、円は自然とスルーする。自分はただ視えるだけで、何もしてやれないので仕方ない。

「仁美、生徒会の仕事は楽しい?」

 円の問いに仁美はふと考え込む。

「うーん、縁の下の力持ち?って感じで、他の生徒の力になれるのは、気持ちいいかな?」

「でも、あんたオカルト研究会にも入ってなかった?」

「なはは、そっちは幽霊部員になってるねー。オカルトだけに!」

「どれか一つにすれば良かったのに」

「んー、そういう円ちゃんはどうなの?帰宅部じゃない」

「私は特にやりたいこともないからね」

「今からでもいいからオカ研に入らない?」

「今さら入ってもなー」

 通学路の途中で小学生の環とはお別れだ。

「じゃあ、お姉ちゃん、行ってきまーす!」

「うん、気をつけてね」

「バイバーイ!」

 円と仁美は手を振って見送り、二人で学舎に向かう。すると校門近くで、親友の八月朔日摩利ほずみまりと出会った。ショートカットの、いかにもアスリートという雰囲気を醸し出している。

「おっはよー!二人とも!」

「おはよー」

「おはようございます、八月朔日先輩!」

 朝の挨拶を交わすと校舎に入る。

「そういえば、聞きました先輩?午後四時に体育館の裏に現れる幽霊の話!」

「もう、仁美ってば。そんなのただの学校の怪談だって」

「怪談だから怖いんだよ、円ちゃん!」

「なっはっは、仁美ちゃんはその手の話が好きだねー」

 空手部のエースである摩利は、この手の話は全く信じてない。うん、視えない人の正しい在り方だ。

 一年生の仁美とは階段で別れる。

「そういや、この学校にも七不思議ってあるのかねえ?」

 摩利なら幽霊にハイキックを入れそうだ。

「さあ?一年以上通ってるけど、聞いたことないよ」

「ねえ、今日行ってみない?」

「どこに?」

「だから、午後4時の体育館裏」

「もう、摩利は信じてない癖に野次馬根性は旺盛なんだから」

 話しているうちに2年B組の教室に辿り着いた。

「それじゃまた後でね」

 教室に入るとそれぞれの机に別れる。

 ホームルームを告げるチャイムが鳴った。


 テストも近いということで、円は真面目に黒板に書かれた数式をノートに写していた。ふと、窓に目をやるとポーンとサッカーボールみたいなものが飛び上がって落ちたように視えた。目を凝らして見直すと、ポーンと飛び上がっているのは人の生首だった。

 円は目を剃らした。

(何も視てない。あれはボール、ただのボール)

 授業に集中することで、視たものをスルーする。

(全く、何で私は他の人に見えないモノが視えるんだろう?)

 いわゆる霊感体質ってやつだろうか?そんな能力欲しくもないのに。授業中も休憩中でも、色々なモノが視える。放課後になる頃には精神的にかなり疲れている。

「円ー!今日は部活早く終わるから、行ってみない?」

 円の席にやって来た摩利はそんな提案をしてくる。

「えー?体育館裏?止めようよ。興味本位は良くないよ」

「大丈夫、ちょっと覗くだけだから。まさか怖いなんて言わないよね?」

 毎日、飽きるほど視てるから、わざわざ視る機会なんて増やしたくない。

「それじゃ、4時、5分前に下駄箱のところで待っててよ。そんじゃあね!」

「ちょっとー!」

 摩利はさっさと教室から出ていった。        四時までにはまだ時間がある。円は図書室で時間を潰すことにした。


 図書室ではテスト勉強している生徒たちもいた。円も復習することにして、椅子に座った。カバンから筆箱を出して用意を始めたが、カウンター向こうに座った図書委員の女子生徒の後ろに、何とも言い難い化け物がいた。一見すると狐のように視えるが、赤く光る瞳が不気味なモノだった。幽霊というより妖怪に近い。そういうのもたまに視てしまうので、円は慌てて視線を逸らした。

 スルーするのが一番無難な対処法だ。


 4時近くなったので荷物をカバンに仕舞い、立ち上がった。待ち合わせ場所の下駄箱に向かう。すると、仁美とちょうど行き合った。

「あ、円ちゃん!今帰り?」

「まあね。仁美は生徒会の仕事は終わったの?」

「うん、一緒に帰ろ!」

「ちょっと待って。待ち合わせしてるのよ、摩利と」

「八月朔日先輩と?私も一緒に待って良い?」

「良いけど、ちょっと寄るところがあるのよ」

「え、どこどこ?」

 円はちょっと躊躇ってから正直に離した。

「体育館裏に行くの!?円ちゃん信じてないんじゃなかったっけ?」

「そうだけど、摩利が面白半分にね。私はただの付き添い」

「そっかー。八月朔日先輩がいてくれたら心強いね!」

「どうせ、何もないわよ」

 などと話していると、摩利がようやく下駄箱に姿を現した。

「お待たせー!およ?仁美ちゃんも行くの?」

「はい!八月朔日先輩がいれば百人力です!」

「いよーし!それじゃあ行きますか!」

 やけに張り切る摩利と金魚のフンになってる仁美の後ろを、円は憂鬱な気分でついていった。


「というわけで、体育館裏に来たわけだけど」

「誰もいませんねー」

 摩利と仁美は壁越しに体育館裏を見ているが、何もないらしい。まあ、七不思議なんてそんなものだ。と、円が覗き込むと、後ろ足で立ち上がった犬のような化け物がいた。顔は狼のような獰猛な感じだが、毛むくじゃらの身体は人間のようだ。

 突然の闖入者に苛立っているように視える。

「ま、摩利!仁美!そろそろ帰ろうか?遅くなっちゃうよ!」

 声をかけると、化け物の顔がこちらを見たような気がした。

(ひぃー!)

「そうしよっか。何もないことだし」

「やっぱり七不思議って、ただの噂ってことですかねー」

 三人で校門を目指すが、化け物は何故か後ろを尾けてくる。

(ヒャアー!ついて来るよー!)

 何も見えない二人は他愛もない話で盛り上がっているが、円は生きた心地がしなかった。

 分かれ道で摩利と別れると、いよいよ円は困った。化け物はまだ尾いてくる。このままではマンションまで連れ帰ってしまう。どうしようかと焦っていると、ふと、見たこともない店が商店街の中にあった。いつもの通学路なので見間違いではない。これも隠し家みたいな怪異なのだろうか?

 弱り目に祟り目だと落ち込む円の目に、その店の扉に書かれた文字は意味深だった。

『見えるはずのないモノを視たことありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』

「あれ?どうしたの、円ちゃん?」

「・・・仁美、あの店が見える?」

「店?何言ってるの、円ちゃん。この辺りはシャッター街じゃない」

 やはり、仁美には見えないらしい。

「仁美、悪いけど先に帰っててくれる?ちょっと用事を思い出した」

「え、何なに?一緒に行くよ」

「いいから!先に帰ってて!」

 仁美は少し鼻白んだ様子で、先に帰った。残されたのは化け物と隠し家だけだ。

(ああ、もう!何で私ばかりこんな!)

 化け物から目を逸らして、円は謎の店の扉を開き、中に入った。ドアチャイムの音がして扉が背後で閉まった。店の中の品揃えは実に雑多だった。駄菓子があり、CDやDVDがあり、書籍があったり、衣服が陳列されていると思えば、パワーストーンやアロマ、剣や刀といったレプリカまで置いてある。

「いらっしゃーい!」

 商品を物色していると、突然背後から声をかけられた。

「わあっ!」

 円は飛び上がって驚いた。恐る恐る見ると、20代半ばくらいの派手なボンチョを着こんだ、ポニーテールのお姉さんがいた。

「ごめんね、驚かせた?」

 お姉さんは何やら悪戯な目でこちらを見ていた。良く見ると凄い美人だ。経営者なのだろうか?

「あ、いえ!お、表の看板に書いてある文章、本当なんですか?」

 すると、お姉さんは極上の笑顔を浮かべた。

「この店を見つけられた時点で、あなたとはえにしがあるのよ。それで、何に困ってるのかしら?」

 お姉さんに勧められるまま、カウンターの席に座った。

「おっと、まだ名乗ってなかったわね。あたしは小鳥遊永遠たかなしとわ。このたかなし雑貨店のオーナーにして、現代の陰陽師よ」

「陰陽師って・・・あの安倍晴明とか?」

「そうそう。芦屋道満とかね」

 そう言ってとわは、カウンターの向こうに移動しドリップコーヒーの用意を始めた。

「最も、今では夢想士イマジネーターって言われてるけどね」

「夢想士?」

「呪術士も今では国際的になっててね。

今ではみんながそう名乗ってる」

 コポコポとコーヒーの香ばしい匂いが店内を満たした。

「さ、コーヒーをどうぞ」

「あ、はい。いただきます」

 円は両手でカップを持ち、一口飲んでみる。

「あ、美味しい!」

「それは良かった。さて、この店を見つけることが出来た、運の良いあなたの名前は?」

「あ、平良円です」

「円ちゃんね。小さい頃から色々視えて、大変だったんじゃない?」

「分かるんですか!?」

 とわは腕を組んで、口角を上げた。

「この店に辿り着ける子は、視える体質の子だけだからね。それで?何を視たのかな?」

 円は幼い頃からの体験を赤裸々に語り、今も化け物に追いかけられてることを話した。

「ほう、学校からずっと付いてきたと。どんなやつだった?」

「何か狼人間みたいな、恐ろしげなモノです」

「ふむ。じゃあ扉を開けるとまだそこにいると」

「はい。多分ですが、まだいます」

「そうかそうか。それは困っただろうね。ちょっと待っててね。さくっと片付けるから」

 再び店内のほうに現れたとわは、その手に日本刀を持っていた。

(本物?いや、まさかね)

 とわが扉を開いたので、円も近づいて様子を伺った。やはり、まだ化け物がいた。しかし、とわを見た途端、化け物は毛を逆立てて威嚇した。

「観念しな。妖魔ファントム!」

 刀を抜いたとわに化け物が襲いかかって来た。

(ひぃー!)

 化け物は袈裟斬りにされて、ホロホロと塵のようになって消えてゆく。

「おっし、魔水晶ゲット!」

 とわは地面に落ちている、うっすら色のついた水晶の欠片を拾い上げた。

「ありがとね、円ちゃん。思いがけずボーナスが手に入ったよ」

 扉を閉めたとわは、水晶の欠片を手に、にんまりと笑った。

「えっと、待ってください!ちょっと認識が追い付かないんですけど」

 再びカウンターの向こうに戻ったとわは、うんうんと首を縦に振っていた。

「あいつらは妖魔って言ってね。幽霊とは別物だよ。人間の想像力や負の感情が凝り固まって生まれると言われてる」

「想像力や負の感情?」

「そう。術士が意図的に造ることもあるけど、古来、鬼やあやかし、妖怪と呼ばれるものは、人間の空想が産み出したものなんだよ」

「幽霊とは全く違うんですね?」

「その通り。ほとんどの幽霊が無害なのに対して、妖魔は人間の生命エネルギーを食らう。妖魔に取り憑かれて徐々に弱ってゆき命を落とす人間もいる。いや、本当にこの店を見つけられて良かったよ、円ちゃん」

 とわは、後ろの戸棚の中を漁り、パワーストーンのブレスレットを取り出した。

「さ、これを着けてごらん。君を護ってくれる魔除けのブレスレットだ」

 円は受け取ると、左の手首に装着する。すると、不思議な感覚に襲われた。暖かいエネルギーが全身に漲るようで、円は驚嘆の声を上げた。

「凄いですね!おいくらですか?」

「初回特典で100円で良いよ」

「え!?そんな100均の店みたいに!」

「ついでに、おまじないを教えてあげよう」

「お呪い?」

「幽霊とか低級妖魔に出くわした時はこう唱えれは良い。『大いなる光よ、迷いしモノを照らしたまえ』。さ、言ってごらん」

「あ、はい。『大いなる光よ、迷いしモノを照らしたまえ』!」

「そう、それで大抵の幽霊や低級妖魔は退けられる。但し、無闇に浄霊はしないこと。妖魔でも力のあるやつは、あたしのような夢想士でないと退治出来ないからね。基本は今までのようにスルーしたほうが身のためだよ」

「そんな強力な妖魔の場合はどうすれば良いんですか?」

「その時はまたこの店を見つければ良い。但し次からは有料だよ」

 とわは、ニッコリと微笑んだ。


 しっかりと礼を言い、店を出た円は二、三歩歩いてから振り返った。だが、その時にはシャッター街があるばかりで、たかなし雑貨店は影も形も無くなっていた。

(今までで一番不思議な体験をした)

 円は首を捻りながら家路についた。マンションに辿り着くと、ゴミ収集所に女の子の幽霊が寂しそうに佇んでいた。

(本当に効き目があるか分からないけど)

「大いなる光よ、迷いしモノを照らしたまえ」

 一応、両手をかざしてそれらしく唱えてみる。すると、天から目映い光が落ちてきて、女の子を包んだ。不思議そうに周りを見渡していたが、すーっとその身体が上昇してゆく。信じられなかったが、本当に浄霊してしまった。

 円はようやく対処の方法が見つかり、上機嫌でマンションのエレベーターに乗り込んだ。


 夕食の時にもいつになくにこやかな円を見て、母は訝しげに呟いた。

「何か良いことでもあったの?」

「うん、まあね。長年の肩の荷が降りた気分!」

 母と環は顔を見合わせて首を捻るばかりだった。

 お風呂の中でも円は鼻唄を歌うほど上機嫌だった。

「お姉ちゃん、ご機嫌だね」

 環は円の背中を洗いながら尋ねてきた。

「まあねー。どれ、今度は私が洗ってあげる!」

 スポンジを奪うと環の全身を丁寧に洗ってゆく。

「お、お姉ちゃん、くすぐったいよ」

「遠慮しない!ほら、こっち向いて!」

「お、お姉ちゃん、前は自分で洗うから!」

「何、遠慮してるのよ!ほら、ゴシゴシゴーシ!」

「う、うう・・・」

 身体を洗い終わって円は湯船に浸かり、浴槽に背中を預ける。環は真っ赤になりながら、背中を円の胸に預けてくる。その身体を抱き締めると、円は息を吐いた。

(これでもう、怖いものなしだー!)

 円は長年の悩みが解消されたことで、もう天にも昇る心地だった。


 翌日、いつものようにエレベーターに乗っていると、三階で仁美が乗り込んで来た。

「おはよー、円ちゃん、環ちゃん!」

 いつも元気なチビッ子、仁美が挨拶する。

「おはよー!仁美!」

「あれ?何だか円ちゃん、元気一杯だね?」

「そう?いつも通りだよ!」

 言いつつ、円の頬は緩みっぱなしだ。

「これは相当、良いことがあったね。環ちゃん、知らない?」

「それが僕にもさっぱり」

 エントランスを抜けてゴミ収集所を見ても、もう女の子はいない。

(あー、清々しい気分!)

 途中で合流した摩利も何だか引いていた。

「ま、円、朝から飛ばしてるね」

「えー?そんなことないよ。いつも通りの私だよ!」

 その円の言葉を信じる者はいなかった。

 授業中に、窓の外に現れる生首も、心の中で呪文を唱えて手をかざすと、光が生じて現れなくなった。

(やったね!)

 これからは変なモノを見ても対処出来る。それだけで円は幸せの境地に浸って、授業中も笑みがこぼれて仕方なかった。


 放課後になり、摩利は部活に向かった。

「それじゃあね、円」

「うん!部活頑張ってね!」

 ムダにテンションが高い円に首を捻りつつ、摩利は空手部の部室に向かった。円もカバンを持って階段に向かった。降りる途中で仁美とバッタリ出会った。

「円ちゃん、今帰り?」

 仁美の問いを肯定する。

「うん。仁美は生徒会は?」

「今日はないよ。テスト前だしね」

「じゃあ、一緒に帰ろっか?」

「うん、そだね!」

 しばらく無言だったが、円はふと気になって仁美に問いかけた。

「ねえ、仁美。学校の七不思議って他にどんなのがあるの?」

「え!?どしたの、急に?」

「いや、ちょっと気になっただけだけどさ」

「うーん、音楽室で誰もいないのに鳴り出すピアノとか?」

「よし、行ってみよう」

「えー?円ちゃん、そういうの興味なかったんじゃなかった?」

「まー、私もちょっとお祓いが出来るようになってね」

「え、本当なの、円ちゃん?」

「さあ、行ってみよう!」

 円は先陣を切って音楽室に向かった。

 三階にある音楽室は普通に吹奏楽部が使っていた。

「・・・まあ、それはそうか」

「円ちゃん、諦めよう」

 その時、円は昨日のことを思い出した。図書委員の背後にいた狐のような化け物を。

「よし、図書室に行こう!」」

「え、なんで!?」

「まあ良いから良いから」

 円たちは一階にある図書室に向かった。昨日の図書委員はいないかもしれないけど、もしアレが図書室に取り憑いてる妖魔だとしたら?

 図書室に辿り着いた円はカウンターを改めた。昨日と同じ図書委員だった。そして、その背後にいる狐のような化け物がいる。おそらく妖魔だろう。

「よし、ちょっと待ってね、仁美」

「え、何するの、円ちゃん?」

 円は手をかざして心の中で呪文を唱えた。

(大いなる光よ、迷いしモノを照らしたまえ!)

 すると、今度は円の手の平から光が奔流となって妖魔に放射された。光が当たった瞬間、狐の化け物はバタバタと暴れた。そして、円の存在を確認すると、勢いよく襲いかかって来た。

「えっ、ウソ!?」

 円が咄嗟に身をかわすと、妖魔は勢い余って机の上を滑った。自習していた生徒たちの教科書やノートなどが、派手に床にばらまかれる。

「えっ?」

「何だよ、いったい?」

「風じゃないの?」

 あの妖魔は見えないだけで、物理的な存在であると知れる。

(不味い、これは想定してなかった!)

 円は仁美の手を掴み、引きずるようにして廊下を走った。

「ちょ、ちょっとどうしたの、円ちゃん!」

「良いから走って!」

 妖魔は空を飛ぶようにして追いかけてくる。

(そうだ!妖魔の狙いは私だ!仁美は大丈夫のはず!)

 下駄箱に辿り着いた時、円は仁美の手を離した。

「ゴメン、仁美!私、用を思い出したから!」

「え、え?円ちゃん!」

 急いで靴を履き替えると円は校門に向かって走った。妖魔は思った通り円を狙って追ってくる。

(貰ったブレスレットの力が通じない!ひょっとして、より強力な妖魔ってこと!?)

 円は一縷の望みを賭けて、商店街にコースを定める。もう息が上がっていたが、もう少しだ。こんなピンチの時だからひょっとしたら!

 円の想いが届いたのか、たかなし雑貨店が見えた。そして、扉を開いて小鳥遊永遠が出てきた。

「とわさーん!」

「もう少しだよ、円ちゃん!」

 円は最後の力を振り絞ってとわの元に駆ける。とわの横をすり抜けて、勢い余って店の扉に体当たりしてしまった。

「さあ来い、妖魔」

 狐の姿をした赤い瞳を持つ妖魔は、立ち塞がったとわに襲いかかる。とわは、日本刀を構えて、袈裟斬りに妖魔をたたっ斬った。断末魔の叫びを上げて妖魔は塵に帰る。魔水晶を残して。

「はあっはあっ!助かりました、とわさん」

 座り込んで肩で息をしている円に、近づいてきたとわはしゃがみこみ、円の頭に軽く拳骨を落とす。

「あいたっ!」

「ちょっとばかり浄霊が出来たからって、天狗になってたね?」

「うっ、そ、それは・・・」

「幽霊ならともかく、妖魔は人間の生命エネルギーを奪う危険な存在だ。これに懲りたら呪術士の真似事は止めるんだね」

 とわは笑顔だったが、少し怒っているようだ。

「ゴ、ゴメンなさい!調子に乗ってました!」

「うん、分かればよろしい」

 とわは立ち上がると、店の中に入ろうとする。

「と、とわさん!また会えますか!?」

 必死に呼び掛けると、とわは振り返り、今度は優しく微笑んだ。

「勿論。君が本当に必要だと思ったら、たかなし雑貨店はいつでも現れるよ」

 手を振ってくれるとわの姿が、扉が閉まって見えなくなると、たかなし雑貨店もまた消えてしまった。


 帰宅して、制服を脱ぎ捨てると円はため息をついた。

(やっぱり、にわか仕込みはダメだよね。これからはしっかり相手を見極めないと)

 食事を済ませて、環と一緒にお風呂に入っていると、風呂場の隅にドヨンとした人影が立っている。

(妖魔!?いや、何か幽霊っぽいけど!)

 いつもならゆっくり湯船に浸かるが、その夜は早めに風呂場を出た。自室に戻って机の前に座ると、円は膝を抱いてため息をついた。

(幽霊だか妖魔だか区別がつかない。やっぱり、今までみたいにスルーしたほうが良いのかな?)

 後は勉強もそこそこに、早めにベッドに入った。


 翌日、いつもの三人でマンションを出ると、いつもの通学路を歩いた。そして、いつもの場所で摩利と合流した。

 だが、円は目を見開き、顔から血の気が失せた。摩利の背後に角と牙を生やした化け物がいたからだ。

(とわさーん!どうしたら良いの、これ!)

 円は頭を抱えて心の中で叫んだ。


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