第7話 日和side
「寒っ⋯⋯。行ってきます」
玄関の扉を開けると広がるのは⋯⋯雪景色。綺麗だなあ。私が吐いた息も真っ白で、まだ誰の足跡も付いていない、誰の痕跡もない、この白い世界にずっと魅せられていたいと、願う。
⋯⋯まあ、結局、学校へ行かなきゃいけないからずっと、なんていうのは無理だけど。
「んねー、日和、今日何やるの?」
いつもの様に、ライと学校へ行く。いつも喋りながら行くけれど、それは『誰もいないのに1人でブツブツ喋っているやばい人』だ。私はそれになりたくないから、スマホを耳にあてながら喋っている。
「えーっと、なんだっけ⋯⋯。あ、あれだ。持久走」
「わ⋯⋯大変そう。頑張って。僕は端っこで見てるよ」
んー、ライは他人事だなあ。まあ、事実、他人事なんだけど〜。
⋯⋯それにしても、持久走かあ。やだな⋯⋯。体力に自信なんてないし。
「⋯⋯」
教室へ無言で侵入し、準備を始める。
「あっ、きたきたっ」「ほんとだ〜」
嘲笑ってくる、彼女達は無視すればいい。相手しなければいい。
⋯⋯そんなの分かってる。でもさ。心は傷付くんだよね。あーあ。辛いなあ。
そんなことを考えていると、もう2時間目が来た。
さっきの授業で先生に当てられたけど、聞いてなかったから答えられなかったな⋯⋯あはは。
「持久走だよ〜?」「やだね」「ほんとそう」「あ、
⋯⋯結美って、
「っ⋯⋯そ、だね⋯⋯」
傷付いたような顔をした久山さんがそれだけ告げて走っていく。
体育の授業が始まり、準備体操をする。⋯⋯あ。
見学の人のところに久山さんがいる。どうしたんだろう。怪我している風には見えないけど⋯⋯。
「⋯⋯さっきもあの子のこと見てたけど、どうかしたの〜?」
ライの言葉に頷く。⋯⋯ここでは喋れないからね。
「グループ内でいじめられてるみたいだね。だから?」
またもや頷く。
「⋯⋯そっか。でも、日和が気にする必要はないよ。いじめてきてる相手でしょう?」
「⋯⋯それでもっ」
皆が怪訝な目で私を見る。
「っ⋯⋯なんでも、ないです」
「日和、ごめん。とりあえずは、持久走頑張って」
⋯⋯必死に完走しても、その後の授業でも、さっきのことを考えてしまっていて。
「───⋯⋯さようなら」
帰りの挨拶が聞こえた時にハッとする。⋯⋯もうこんな時間。
あれ? ライはいない。まあ、いいや。ここで本読んで待っていよう。
「後藤さーん」
「えっ?」
声をかけられた。それも驚くけれど、かけてきた相手が相手だ。
「日野、さん⋯⋯?」
なんで、彼女が?
「ちょっとこっち来てね〜」
「えっ、ちょ、無理ですっ」
「は?」
⋯⋯圧をかけられて、断ることが出来なくなる。
仕方なく着いていくけれど⋯⋯どうして、ここに?
ここは、もう誰も使わない老朽化した北校舎。多分ここは元3のA。クラスのところにその札が掛けてあるからそう思っただけだけど⋯⋯。
「あんたってやっぱり馬鹿よねっ」
「え?」
「こんなノコノコ着いてきちゃってさあ」
危ない。そんな、もう手遅れな危険信号が頭の中でけたたましくなる。
「あんた、いじめられてるって自覚あんのっ?! そういうのも癪に障るのよっ!!!」
「そう、言われても⋯⋯」
着いてきたのは、断れなくて仕方なかっただけだし。それが癪に障るって言われても⋯⋯どうすればいいのか。
「あーもう、うざい」
っ。
「そーだ。ね、喉乾いた?」
「え?」
喉⋯⋯?
「やっさしいあたしが水あげるわ」
待ってっ⋯⋯。っ、わかってしまった。この人は私に水をかけるんだと。
「駄目⋯⋯! 死んじゃうっ」
「あー、それもいいんじゃない?」
必死の訴えも、スルーされ、私はもう、どうしようもない。
「ほら」
バシャ。
無情にもその音は響き渡り、私の体温をどんどん奪っていく。
「さむっ⋯⋯」
「あははっ。ざまあっ。じゃーね」
「まって、ごめんなさい、助けてっ」
ガシャン。
えっ⋯⋯? もしかして、この教室、鍵かけられた⋯⋯?
あー⋯⋯着いてこなければよかった。言えない空気になってもなんとか言えば良かった。
こんな雪が降るくらい寒い日に水をかけられて、人が来ないところに多分長いこといなきゃいけない。⋯⋯どうしよう。
連れてこられたのが急すぎて、今はスマホ持ってないし⋯⋯。誰にも助けが呼べない。
それが分かってしまって、私は余計血の気が引いた。
数分経ってももちろん誰も来ない。まだ数分なのに、私の体は冷えきってしまっていて、やばいと感じる。
⋯⋯いつになったら、発見されるの⋯⋯?
お願い、誰か⋯⋯助けて⋯⋯。
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