魔王の依り代

ジャック・サルヴァドーレ

なんだ、あいつらセ ナンポルト コ! まるで役に立たねえじゃねえか」


 大会議室に投影されているバラランダ全景図は各地の様子を即時更新していたが、中央制御室に向かった三魔戦士の顛末を見たシェランドンはそのへっぽこぶりに呆れ、激怒した。


出オチガク・ドゥヴェルチュールがしたけりゃ、ジャック・サルヴァドーレの映画でも見やがれってんだ」


「敵にを奪われる前に凍結が間に合った時点で中央制御室の防衛は成せた。むしろ水龍の持つ力の一端を垣間見られたのだから、それでよしとするさ」


「……ねー、ギルバン。ジャック・何とかって誰ぇ?」


 気怠けだるそうな声を出すのはジャニンドーの魔戦士ディアゲリエ冥形星めいぎょうせい・死誘人形のギャルガで、机の上にその小さな体を横たえてぐったりしている。彼女はつい先程まで中央演算装置ゲヒルンをめぐって龍の機罡獣と激しい電子戦を繰り広げていたのだ。想像を絶する敵の力に圧倒されつつ、最悪の手段とはいえゲヒルンを一時的に凍結することでそれ以上の侵入を阻止した。

 だが負担は大きくギャルガの体はすっかり過熱症状オーバーヒートを起こしており、現在は冷却中につき動けなかった。

 そんな部下をギルバンは誇りに思っており、彼女の質問に気兼ねなく答えた。


「ランスの映画監督だ。彼の作品の人気は巧妙なギャグとコミカルな登場人物にある。特に冒頭から強烈な笑いを仕掛けて観客の心を掴み、一気に自分の作品世界に没入させる手法には定評がある」


「あら、懐かしい。子供の頃にグランディアの劇場で見たのが最後かしらね」


 魔窓の向こうでそう言うのは大きめの白ベレー帽をかぶった女魔戦士であった。彼女の名前はヴェロニック。冥貴星・白薔薇の魔導士であり、魔王軍第十五師団GEWSゲウス特戦群の一員である。シェランドンがいた部隊であり、巨人城砦マージの攻略においては作戦のカギを握った。

 激戦の末に力を使い果たし、医務室で回復中であったところ、鳴り止まない警報で目を覚ました。事情を知ったヴェロニックは同じく医務室に待機していたカクタクスらと一緒に解放軍に対処すべく、体に鞭を打って出動したのだった。


「もー、ヴェロニックヴェルぅ。起きたのならこっちを手伝ってよぉ」


 自ら魔導士と名乗るだけあって、ヴェロニックの魔力マナ魂力ヴェーダは天元術士テリヴルヒに次ぐとまで言われている。ヴェルがいたならゲヒルンを凍結しなくて済んだのに、とギャルガは愚痴をこぼした。

 ヴェロニックは元々ジャニンドーに所属していたので、ギャルガとは仲がいいのだ。


「無茶言わないでよ、ギャルガ! 技研を守れたのだって正直ぎりぎりよ。それこそサルヴァドーレの映画に出てくる道化師ジェスターみたいなもので、観客がいたら笑われていたわ。あなたはどう、グレンザム」


「ジャック何某なにがしがどう、というのならば知らん。俺は見たことがない」


 別の魔窓には真っ赤な鎧に身を包んだ男の姿が映されていた。彼もまたヴェロニックと同じくマージで死闘を繰り広げた魔戦士ディアゲリエで、冥焔星めいえんせい・烈火の赤備えグレンザムである。元はギラザンガの部下だったが、マージ攻略のために新設された特戦群に抜擢された経緯を持つ。

 炎を自在に操り、剣技と共にあらゆる重火器の扱いに長けるグレンザムは機関部へ侵攻した解放軍の相手を任され、これを散々に蹴散らした。


 シェランドンが赤備えの言い方にぴくりと反応する。「サルヴァドーレを知らんとは、人生を損したな。道理で無愛想な人間になるわけだ」


「ランスの映画はごちゃごちゃと台詞が多いが、お前を見て分かった。ランス人は三分黙っていると死ぬという話は本当らしい」


「な、なんだと……」


「俺も好きじゃない」


「へー、意外。ギラザンガは好きそうなのに」 とギャルガ。


「若い頃に女とサルヴァドーレを観に行ったが、結局その女にフラれてな」


「サルヴァドーレ関係ねえじゃねえか」


「お前ら、いい加減にしろ!」


 ここで魔剣将軍デビラーの堪忍袋が破裂した。「もっと集中しないか! だぞ!」


 彼らの前には魔窓がいくつか展開されており、中央で一番大きく表示されたものにはバラランダ各種の兵装と外部の様子が映っている。これは火器管制システムの端末であり、画像は外へ脱出した火龍の姿が映し出されていた。それを左右に浮かぶ小さい枠の魔窓で攻撃の指示を打ち込んで攻撃する。

 通常であればバラランダの火器はすべてバラズゥクの脳波一つで制御されており、敵とあらば即座に撃滅するのだが、現在システムは手作業マニュアルに切り替わっている。大会議室にいる魔戦士はそれぞれの手元に出現した魔窓を用い、各個に龍の機罡獣と戦っていたのだ。


 バラランダの上甲板に据え付けられた八十門の25ミリ魔力機銃、二十四門ある12.7センチ高角ドリル砲、四門据え付けられた62口径127ミリ単装砲、そして通常兵器の中では最も威力の高い46センチ三連破壊砲が五基。これらが龍を射程に捉えるや一斉に火を吹いて夜空を焦がし、派手に薬莢をばらまきながら轟音を奏でた。

 さらには支援用の対空戦闘車両や自動追尾式ミサイルが順次飛び出してそこかしこで爆発し、巨大な火球が浮かんでは消えた。


 この恐るべき艦砲射撃たるや街の一つや二つ、いや国をひとつ灰にして余りある威力なのだが、烈焱の火龍はバラランダの火力をものともせずに弾幕の中を泳ぐ。いつしか空には巨大な積乱雲が形成されて地上に激しい雨と巨大な雹を降らし、叩きつけるような強風に加えて幾筋もの稲妻がバラランダを襲った。

 天変地異を引き起こす龍の神通力によって機銃や高角砲が次々に破壊され、落雷を受けた連装砲は大音響を上げて爆発した。


 魔王軍の戦士が立てこもる中央司令棟も激しく揺さぶられて非常警報が鳴り止まず、機械系統の故障が相次いだ。配線がショートした箇所からは火災が発生し、消火しようにもシステムが落ちてしまっているので燃えるに任せる有様。手の空いている魔戦士が対処に回るのだが、火の手は一向に収まらない。


「あのりゅ……いや、赤ミミズめ。まさに全天候を操る神の化身か」


 魔王軍の首魁はまだ意識を失っているというのに、畏敬の念がアロウィンに龍と言わせるのをためらわせた。「アレッサスはまだか! とっくに飛び出したはずなのに、まさか逃げ出したわけではあるまいな」


 ヴェロニックが答えた。「発艦後、解放軍に奪われた魔力モビルの追撃を受けて高高度まで上昇するところまでは確認したわ。でも対空レーダーが落ちているから、これ以上の補足は無理」


「ええい、このままではグリンセルが犬死いにじにになってしまう!」


 ジャニンドーの魔戦士達は格納庫へ向かったグリンセルがどのような行動をとったのかを把握していた。彼らは彼女の覚悟を受け止めはしたが、それでも内に秘めた怒りは抑えられない。

 ギャルガなど明るく振る舞ってはいるが、仲間を失った思いが余計に彼女を熱くさせ、過熱症状が治まらずにいたのだ。


「俺達の兎狩とがひめを信じろ。死んだと見せかけて実は生きていた、なんて話はジャック・サルヴァドーレのお家芸だ」


 そう言う黒人紳士ギルバンだが、状況は悪化するばかりだ。バラランダの対空兵装が破壊し尽されると、手元にあった魔窓が消失した。続けて各地の状況を伝えていた全景図の更新が止まる。中央司令棟は完全に丸裸となった。


 正面に回った火龍の口がゆっくり開かれていくのを見て、誰もが龍の吐き出す炎で吹き飛ぶ姿を予感した。

 だが、それは直ぐに裏切られた。巨大な物体が龍に体当たりしたのだ。

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