清浄なる水龍

 シュミットがなけなしに小銃を構えるが、銃口は震えていた。ただの人間が魔王軍の戦士ディアゲリエに歯が立つわけがない。


「ド、ドゥマッハ……!」


「落ち着けシュミット、まだ終わらんよ。忘れたか、俺達には女神の使徒がついていることを」


 そ、そうだ。俺達にはまだ碧玉と水龍がいるじゃないか! シュミットや他に生き残った兵員達から希望を一身に託された清浄なる水龍だ。ゆらゆらと中央制御室の高い天井と床の間に体を泳がせたまま、明確な敵意を魔戦士へ向けて低い唸り声を上げた。


「ぶははは、この期に及んでまだそんな夢を見ているとは恐れ入るわ。この冥乾星・覇王仙人カクタクスの棘で目を覚ましてくれよう」


「仲間は会議室に現れた火龍に苦戦させられたというが、その理由は一つ。冥牙星・突き上げる者マードン様がその場にいなかったからだ」


「冥損星・俊敏なる鬼の力、オーブランが本気を出せば、たかが図体の大きなミミズが一匹。なんぞ苦労をすることがあろうか」


 好き勝手をのたまう魔戦士の態度に水龍は怒り心頭で、曲線に仕上げられた機械仕掛けの背に並ぶウロコを逆立たせた。頭部に生える扇状をした二本の角には霜が降りて周囲を凍てつかせ、大きく裂けた口からは冷気が溢れている。

 室内の温度が低下していき、いつしか霜は中央制御室全体に広がって鉄床の上は薄い氷が張られていた。

 これにはツヴァイハンダーの兵員達もたまらず震えだし、吐く息を白くさせた。


「むっ、これは……!」


 氷は生き物が地を這うようにして魔戦士達の足元にまで達し、あっという間に彼らを氷漬けにしてしまった。

 これには解放軍も驚き、歓喜させた。


「わ、わはは! 散々威勢のいいこと言っておいて、このザマか。やーい、やーい、お前らが碧玉ちゃんに勝てるわけないだろう」


 すっかり勝った気でいるシュミットは氷柱に閉ざされた魔戦士ディアゲリエの真ん前で煽り倒した。ところがぶ厚い氷の下からサボテンのトゲが無数に突き出されたかと思えば、マンモスを覆っていた氷がバリバリと音を立ててひび割れ、小鬼に至っては氷の中でめらめらと体を燃やしているではないか。

 たまらずシュミットは腰を抜かした。


「ドゥマッハ曹長、今のうちに退避してくださいませ。この場は私にお任せを」


「すまない、碧玉。脱出したのなら俺達に構わず、紅玉と一緒にへ向かえ。カノンの正義と祝福があらんことを!」


 それだけを伝えると、ドゥマッハと生き残った兵員達は腰を抜かしたシュミットの首根っこを掴んで引っ立て、素早く撤収していった。


 そして各自に氷の檻を脱した魔戦士が碧玉と水龍に相対する。


「自らを犠牲に仲間を助けるとは殊勝な心掛けだが」 サボテンが言う。「本気で我ら三人を一人で相手にするつもりか?」


「わ、私はこれでもカノン様の意志を継ぐものですから……」


 マンモスがぶるぶると体を震わせて体に着いた氷を落とした。「他師団の連中であればともかく、我ら第十九師団グランバディガの魔戦士ディアゲリエを甘く見ないことだ」


いくさなど誰も望んでおりませんが、機罡婦人として力を授かった以上、魔王軍の侵略を見過ごすわけにはいかないのです」


「いいだろう、まずはその無駄に青くて図体の長いミミズから切り刻んでやろう。お嬢ちゃんとのお楽しみは後に取っておいてやるぜ」 小鬼はそう言うと自身の得物である短剣に長い舌を這わせて、口を歪めて笑った。


 魔戦士の無礼な態度に我慢できなくなった水龍が激しく極低温の息を吐きだした。直撃すれば体の芯まで凍り付く水龍の秘技だが、この攻撃はサボテンの魔戦士カクタクスが召喚したヴァイクロン、大サボテン兵が壁となって仲間を守った。

 これなる異形の兵士たるや身の丈が五メートルほどもあり、中央制御室の天井には届かずとも、宙に浮かんでいる水龍を捉えるには十分な大きさである。

 大サボテン兵は覇王仙人カクタクスを体内に収納すると、棘だらけの拳を空中に鎮座する水龍に打ち込んだ。この攻撃をまともに食らった水龍は鉄の床に叩き落とされ、激しくのたうち回った。


 続けて仕掛けたのがマンモス男のマードンである。両手で床を叩くや、たちまち二本の巨大な牙が物凄い勢いで生えて水龍の体を貫き、牙の先端はそのまま天井に突き刺さった。哀れな水龍は天地の間に串刺しにされたまま無様に手足をもがかせた。


 だらりとぶら下がる長い尾は自由に振り回すことができたが、その上をあたかも平面であるかのように駆け上がる人影があった。それこそは俊敏なる鬼の力であり、冥損星の魔戦士オーブランの卓越した戦闘技術スキルである。


「これだけ大きけりゃ切り刻み甲斐があるってもんだ」


 オーブランの両手に握られた短剣が炎をまとい、目にも止まらぬ速度で斬撃を繰り出した。あえなく水龍の尾は切断されて地に落ち、耳をつんざく悲鳴が龍の裂けた口から室内に残響した。

 だが、その口にサボテンの棘が突き刺さり、さらにマードンの得物である巨大槌の一撃が龍の脳天に振り下ろされた。これをまともに食らった水龍は角をへし折られ、続く打撃で頭部を構成するパーツが半壊して崩れ落ちた。

 オーブランの斬撃もとどまるところを知らず、美しかった龍の造形は見るも無残に破壊されて満身創痍の態。床には剝がされた龍の鱗がいくつも散乱していた。


 ついに水龍は一度体を大きく痙攣させたのを最後にぴくりとも動かなくなり、串刺しにされたままぐったりとその身を宙に垂らした。

 魔戦士達は歓喜した。


「ぶわっはっは! これがカノンの機罡獣なのか。まるで歯応えがない」


「いやいや、カクタクス。俺達が強過ぎるだけのことよ」


「さあて、待たせたな、お嬢ちゃん。このオーブランがたっぷりと可愛がってやるぜ……」


 ◆  ◆ ◆ 


 碧玉が見つめる先には三本の氷柱の中で眠る魔戦士ディアゲリエの姿があった。


「ふう」


 一仕事を終えて軽く息を吐く。最初の一撃で極めるつもりでいたのだが、彼らが氷を割って脱出しようとした時は驚いた。やはりバラランダという敵の本拠地に配属された魔戦士は実力が違うのだと思い知らされた。

 彼らを完全に氷漬けにするにはもっと魂力ヴェーダを高めなければならず、そうすると周りにいる人間を巻き込んでしまいかねないので、ドゥマッハらを先に行かせた。


 はたして水龍の強烈な神通力は魔戦士ディアゲリエ達の脱出を阻止し、そのまま氷結させることに成功した。


「え、もっと派手に暴れたかった、ですって?」


 頭上に浮かぶ水龍が碧玉に顔を近づけて文句を言っている。壁玉は敢然と抗議した。


「あなたのその性格が、私の裏の顔だなんて思われている現状をもう少し考えてくださいな。私はカノン様より力を託されましたが、できることなら殺生は避けたいのです。この方々を氷に封じたのもそう考えたからですわ。術式にはカノン様の真言を織り込みましたので、自然解凍される頃には魔星の力も抜けていることでしょう。……ええ、確かに面倒ですし、甘い考えだというのは重々承知しておりますけど、彼らには生きて罪を償っていただきたいのです」


 水龍は渋々自らの宝筐ほうきょうを開いて、三本の氷柱を収納した。この場に放置すると魔王軍に回収され、敵として復活する恐れがあるからだ。


 それにしても氷の中で眠る彼らの顔はどこか幸せそうだ。よほど楽しい夢を見ているのだろうが、それがどんなものであるかは碧玉にも、水龍にも知れなかった。

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