第44話 カードゲーマーと聞いて何を思い浮かべるか?

「天野、部活に行こう」


 次の日の放課後、帰りのホームルームを終えると有栖川が俺に話しかけてくる。


「俺と一緒にいたら有栖川に迷惑が……」

「噂は嘘だって昨日流れたでしょ! だから大丈夫」


 有栖川はそう言うが、クラスの生徒たちからの視線は相変わらずレーザーのように飛んでいた。

 ……どちらにせよ有栖川と一緒にいる行為自体がそうさせるのかもしれない。

 今の俺はこの程度で病む人間ではない。俺は突き刺さる視線を背に有栖川と教室を出た。


「あれから入部希望者もだいぶ増えたみたいだね」

「部活の目的からずれた奴らばかりみたいだけどな」


 金髪美人の有栖川、茶髪美人の月ヶ瀬先輩、黒髪美人の黒崎先輩を目当てに昨日一日で入部希望者が大量に出現したらしい。あの狭い部屋でこれ以上の人数は厳しいし、そもそもあの部活はカードゲームを行う為に設立されたはずである。

 どうなるかと心配していたが先輩は入部テストとして来週から希望者と対戦をするそうだ。邪な目的の参加者は一掃されるだろう。


 ……先輩の実力だと、もれなく普通のカードゲーマーまでいなくなりそうだけど。


「天野、もしよかったらさ、また今度の週末一緒に大会に出ない?」


 有栖川は視線を下に向けながら話す。緊張しているのか頬が少し赤い。


「もちろん」

「ほ、ほんとに? そしたらそのあと……」

「大和田や先輩にも声かけてみるか」

「…………そうね」


 ん? なんで急に冷たくなるんだ? あの日のように皆で集まって遊んだほうが楽しいよな?


「今度は天野や先輩にだって勝って優勝してやるわよ!」


 有栖川は涙を流しながら半ばやけくそ気味に意気込んだ。お。おぉ……今度は突然熱くなった。感情の起伏が激しすぎてついていけなくなりそうだ。

 それから廊下を歩く間、俺たちはこの前の大会の話で夢中になった。あのカードをデッキに入れるのはどう? とか、あそこであーすればよかったなど、彼女のほうから積極的に意見を出してくる。気が付けば有栖川も立派なカードゲーマーになっていた。


「あ、そういえばオガ先にお金回収しないと」

「そういえばそうね」


 この前の大会でお金を返してもらっていないのを思い出す。


「オガ先には俺から言いたいこともあるし、先輩の分を含めてお金は受け取っておくから有栖川は先に部室に行ってくれ」

「うん、わかった」


 有栖川とは東校舎の二階で別れると俺は職員室に向かう。生徒会の難癖があるとはいえ、オガ先は廃部になりかけた原因でもある。どういじってやろうか、それにあんなデッキを大会に持ち込んだりして……しっかりと戦い方を教わらないとね!


 そんな風に考え事をしていると……


「どうしてですか!」


 職員室の隣の部屋から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきたので思わず足を止めてしまう。この大声を俺はここ数週間で何度も聞いていた。

 案の定、職員室の隣にある生徒指導室の扉が開いていた。どうしようかと悩んだが、このまま外に声が漏れているのはよくない気がした俺は扉をノックしてゆっくりと開きかけていた扉を開ける。


「あのー、扉少し開いていますよ」

「君は……天野君か」


 中を覗くとそこには近江生徒会長と声の主である月ヶ瀬先輩の妹がいた。先輩の妹は俺を見るなりクラスの生徒の比ではない強い眼差しでにらみつけてくる。


「あなた……あなたさえいなければ!」

「月ヶ瀬さん、それはお門違いというものだよ。 彼は何も悪くない」

「いえ、この人さえいなければ!」


 月ヶ瀬先輩の妹は俺を指さして涙を流し始めた。どうしたものかと困惑している俺に生徒会長は中に入って扉を閉めるように手で合図を送ってくる。仕方なく俺は言われるがまま生徒指導室に入った。


「すまないね、生徒会室で話す内容でもなかったから空いている部屋を借りていたけれど、声が漏れていたみたいだ」

「いえ、それよりも生徒会室で話せない内容?」


 俺は生徒会長の言葉を聞いてつい首を突っ込んでしまう。月ヶ瀬夕里は俺に近づくと目の前で見上げてくる。


「あなたがいなければお姉ちゃんは生徒会に戻ってきた! あなたさえいなければ私はお姉ちゃんと一緒になれたのに……それなのに!」


 月ヶ瀬夕里は涙を流しながら俺に訴えかけてくる。彼女がどうして泣いているのか俺はようやく理解した。


「俺は月ヶ瀬先輩を部活に来るように促した覚えはないよ。 先輩は自分の意志で部活を作ってあそこで楽しんでいるんだ」

「それは……あなたがいたからでしょ! 昔のお姉ちゃんは違った! かっこよくて皆のあこがれだった! それなのにあなたと関わってから変わってしまった! あの頃のお姉ちゃんを返してよ!」


 月ヶ瀬先輩の妹は泣きながら俺を糾弾する。


「……近江生徒会長、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」


 俺は目の前で泣いている月ヶ瀬夕里の奥にいる生徒会長に話しかける。


「どうしてカードゲーム部を廃部にしなかったんですか?」


 生徒会長なら権限を使っていくらでも廃部に出来たはずだ。先輩の妹もそれを望んでいた。それなのに、生徒会長は廃部を取り消した。俺はその理由を聞いていなかった。


「昨日の動画が答えのはずだけど……君は本当に鈍感なんだね」


 生徒会長は呆れたように俺を見てくる。まさか生徒会長にまでそう言われてしまうとは思わなかった。


「月ヶ瀬さん、昨日の動画を見たかな?」


 生徒会長は月ヶ瀬夕里に話しかける。先輩の妹は無言で頷いた。


「僕は昨年、会計を担当していた月ヶ瀬涼子さんと一年間共に生徒会で仕事をしていた。 月ヶ瀬夕里さんの言うように彼女は秀才で、誰もが彼女を認めて憧れていたよ。 でもね……」


 生徒会長は携帯を取り出すと昨日の動画を再び流し始める。


「彼女がこんなに楽しそうに笑うなんて僕は知らなかった」


 そこには対戦に熱中して顔をしかめている俺を見て楽しそうに笑う月ヶ瀬先輩の姿があった。


「あれから一日考えたけど、結局僕にはカードゲームというものが理解できなかった。 それでも、彼女にとってそれが何よりも大切なものだったみたいだ」


 近江生徒会長は俺の言葉を聞き入れてくれていた。そして彼女の願いをくみ取った結果、カードゲーム部の廃部を撤回したわけだ。


「月ヶ瀬さん。 君に彼女の幸せな時間を奪う覚悟はあるのかい?」

「そ、それは……」

「君がお姉さんを思う気持ちはよくわかる。 けど、きっと彼女は生徒会には戻ってこない。 もしも君が望むなら生徒会をやめても構わないよ」


 ……この人はやっぱり悪い人じゃない。俺の第一印象は間違っていなかった。


「近江生徒会長、月ヶ瀬さん、もしよければいつでも部室に来てください。 カードゲームの楽しさなら俺たちが全力で伝えますよ」

「そうだね、今度時間があるときにお邪魔しようかな」


 生徒会長は優しく笑った。今は分かり合えなくても、この人とならいつかは通じ合える、そんな気がした。


「会長、私は生徒会をやめませんからね! 私は自分の意思で入ったんです。 今の仕事もやりがいを持っていますし、私は生徒会が大好きです!」


 先輩の妹の言葉を聞いて近江生徒会長は微笑んだ。


 そうだ、誰もが好きだから、自ら望んでいるから楽しめる。それはどんな場所でも共通だ。


「じゃ、俺は部活に行くので失礼します」


 二人に別れの挨拶を告げると俺は生徒指導室を後にした。


 〇


 階段を上って三階に上がり、一番奥の部屋の扉を開けた。


「天野、お帰り。 オガ先と話はできた?」

「あっ……」


 生徒会のメンバーとの会話に夢中になって本来の目的をすっかり忘れていた。


「あんた何しに行ったのよ……」

「天野君は鈍感だからね」


 有栖川が呆れて月ヶ瀬先輩はいつものように俺をからかってくる。


「ほーら、二人とも今日は私にルールを教えてくれるんでしょ? よそ見しないの」

「黒崎せ……綾乃も来てたのか」

「うん、そろそろ私も部員らしく活動しようと思ってね」


 黒崎先輩はカードを手に取りながら話す。教えていたはずの二人はなぜだが黒崎先輩を見て不満そうな表情を浮かべた。


「明日からは入部希望者の入部試験を始めるから、私はその為に自分のデッキを作りたいんだが……」

「月ヶ瀬ちゃんなら天才だから大丈夫。 ぶっつけ本番でも一人残らず蹴散らせるよ」

「それはそれで問題じゃないっすか?」


 また部員不足で廃部にでもなりかけたらどうするんだ。


「月ヶ瀬ちゃんも有栖ちゃんも構わないよね?」

「私は全力で相手をするだけだよ」

「部長の意思なら仕方ないわね」

「なんでそこで一致団結するんだ……」


 月ヶ瀬先輩は強者の笑みを浮かべ、有栖川はやれやれと両手を広げて困り顔をしながらも笑い、黒崎先輩は目を閉じながらも口角を上げてニコニコしていた。全員の顔を見て俺は溜息を吐く。




 カードゲーマーと聞いて何を思い浮かべるだろうか?


 きっと人によって回答は異なる。正解なんてものはないのかもしれない。


 それでも……その問いに対する答えを俺たちは持っている。



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カードゲーム部の日常~友人曰く、いつの間にか部室がハーレム状態になっているらしい~ 灰冠 @sevenlover

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