第33話 カードゲーム部出陣

「すまない、遅れた」

「いえ、まだ受付開始まで時間はありますよ」


 月ヶ瀬先輩はパタパタと慌ててこちらにやって来る。今日は古本屋にて石神高校初のチーム戦が行われる日、大会会場の近くで待ち合わせをしていたわけで、時刻を確認するとまだ受付開始までに時間はあった。


「なんで私が一番早いのよ」


 有栖川が頬を膨らませて文句を言う。


「そもそも、今日大会に出ないお前がなんでいるんだ」

「だって、せっかくなら見てみたいじゃない? 見るのも勉強になるって言ったのは天野でしょ?」

「それはそうだが……」


 SNSに投稿されていた大会情報を見るとある程度離れた距離であれば観戦も認められている。ある程度離れたという単語が含まれているのは近くで観戦するとチームの不正を疑われてしまうからだろう。離れた距離で観戦するのが勉強になるのかは正直わからない。


「つーか、チーム戦を提案した張本人がまだ来てないってどうなんだよ」


 有栖川、俺、月ヶ瀬先輩は予定時刻前に集まったというのに、肝心のオガ先がいない。今日は土曜日とはいえ、顧問である教師が一番最後て……


「私たちが早すぎたのかな? 鬼道先生は大人だから興奮している天野と違って落ち着いているのかも」

「誰が興奮してるって?」

「いつもより鼻息荒いわよ……平常心、平常心」


 有栖川に指摘されて俺は深呼吸をする。実際、チーム戦に出るのは初めてなので緊張していないと言えば嘘になる。大会に出ない有栖川はまだしも、月ヶ瀬先輩はいつもと何一つ変わらない様子。流石先輩だなー。


「……ん?」


 バイブ音に気が付いた俺はポケットから携帯を取り出す。見るとオガ先からほぼ同時に複数の文章がラインに送られてきていた。


「あんた先生とラインしてるの?」

「カードゲーム仲間に年齢と職業は関係ないからな、って……はぁ⁉」


 携帯のロックを解除してアプリから文章を確認した俺は大声を上げる。


「急に大きな声を出してどうしたのよ?」

「オガ先、大会に来れなくなったって」

「えっ!」

「体調不良かい?」

「いや、学校の行事だと……清掃活動の人数が足りなくなって急遽呼び出しをくらったらしい」


 最初に一言「すまん、大会に出れなくなった」と書かれ、続けて理由、そして大量の血涙を流すスタンプが連投されていた。


「今日って土曜日だよ。 そんな行事あったっけ?」

「生徒会主催の地域清掃かな」


 月ヶ瀬先輩が顎に手を当てながら思い当たる行事を教えてくれる。


「教師は学校には逆らえない。 俺は無力だ……」


 最後にオガ先から送られてきていた文章がなんとも切なかった。これが社会人か……


「で、でもそうなると大会どうするの?」

「エントリー締め切りまで残り五分か……」


 話している間に予定時刻が迫っていた。


「事前申し込みでプレイヤーネームとデッキは鬼道先生が登録済だったかな?」

「そうですね」


 昨日の段階でオガ先に俺と先輩が使用するデッキのデータは送っている。オガ先は自分のデッキを含めてあらかじめ大会に申請を終えていると共有も受けていた。


「それなら別に本人でなくても問題はないわけだ」

「えぇ、まあ」


 流石にこの規模の大会で顔認証はされないはず。しかし、代役として例えば大和田を呼ぶにしても受付時間に間に合いそうもない。こればかりは諦めるしかないのか……


「それなら有栖ちゃんに出てもらおう」

「えっ⁉」


 月ヶ瀬先輩の提案を聞いて驚いたのは有栖川本人だった。


「で、でも私まだまだ経験が足りてないし……」

「実践の中で実力は磨かれる……なんてのはよく聞く話だ」


 先輩は漫画の解説約キャラみたいな台詞を告げる。


「鬼道先生の使うデッキ、私に使いこなせるかな?」

「あー、それなら俺がオガ先のデッキを使うから、有栖川は俺のデッキを使ってくれ。今日使おうとしていたデッキは有栖川が持っているやつとほとんど同じだから大丈夫だ」

「い、いいの?」

「少なくとも有栖川より俺の方がオガ先のデッキを使えるからな」

「天野君、私が変わりにそのデッキを使おうか?」

「いえ、大丈夫です。 お気遣いありがとうございます」


 いくら先輩とはいえ、いきなり大会で初めて使うデッキを握るのは厳しいはず。

 俺のデッキを有栖川に渡せば少なくとも二人は普段のデッキで戦える。それならば勝機は十分にあるはずだ。


「しかし、鬼道先生のデッキが手元にないな……」

「先輩、カードゲーマーたるもの、いかなる状況でも対応できるものですよ」


 そう言って俺は背負っていたリュックを降ろしてチャックを開ける。そして中にある大量のカードが入ったケースを見せつけた。


「受付登録後に足りない分はお店で揃えればいい……これで完璧です」

「なるほど、やるね天野君」

「あんたそんなにカード入れていたの?」


 先輩は感心したように俺を見つめ、有栖川は呆れるようにカバンを見ていた。べ、別に良いだろ! おかげでなんとかなりそうなわけだし。


「というわけで、オガ先にデッキリスト送ってもらって、後は……」


 俺はラインの文章で

「オガ先の代打で有栖川が出る」

「オガ先のデッキ俺が使うからリスト送って」

「参加費は全額オガ先負担ね」と打つ。


 すぐに既読が付き、「しょうがないにゃぁ」と独身三十五歳の男からは送られてきてほしくない文章に続けて、デッキリストの画像も送付された。


「うっわ……オガ先こんなデッキ使う予定だったのか」


 画像を見て俺は絶句する。携帯画面を先輩と有栖川も覗いてくる。


「これは……コントロールと呼ばれる系統のデッキかな?」


 月ヶ瀬先輩の言う通り、オガ先が用意していたデッキはコントロールデッキだった。通常の勝ち方ではなく、相手を妨害し、特殊勝利を狙う。なんとも変態的なデッキである。


「その前の文章のしょうがないにゃぁって何?」

「……それは聞かないほうがいいかな」

「?」


 有栖川は首をひねった。ごめん、オガ先、女子生徒にこんな文章見られちゃった……いや、送った張本人が悪いな。それなら謝る必要もないか。


「足りないカードはありそうかい?」

「これなら……多分全部ありますね。 とりあえずエントリーしてデッキ作りますか」


 俺と月ヶ瀬先輩、有栖川の三人はエスカレーターを登って会場を目指した。

 まさかの石神高校カードゲーム部の生徒三人によるチーム戦が始まろうとしていた。


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