第32話 修羅場と書いて恋バナと読む③

「私と有栖ちゃんは話した。 最後は黒崎さんの番ね」

「オッケー。 まずは二人も気になっているであろう。 元カレの話から触れようか」


 黒崎綾乃は椅子ではなく机の上に座ると二人の方を向いた。


「私がヒロ君と付き合ったのは彼が中学二年生の頃、期間は二週間ぐらいだったかな?」

「随分と短いのね。 どうしてすぐに別れたの?」

「決まってる。その時は私も、そしてヒロ君も互いに相手の事なんて心から好きじゃなかったからだよ」

「え?」

「ならどうして黒崎さんと天野君は付き合ったのかしら?」


 二人の視線を受けて黒崎は一旦口を閉じて目を細めた。そして再び口を開く。


「……罰告ってわかるかな? とてもくだらない最悪最低な遊び」


 罰ゲーム告白。好きでもない相手に告白するのを周りが見て楽しむという学生の間ではたまに見かける遊びの一種。


「私のクラスでそれが流行ってね……周囲の圧に負けた私は幼馴染のヒロ君にお願いして告白相手になるよう頼んだ」

「それで一時的に付き合ったと」

「ヒロ君は優しいから私を振らなかった。 結果、形だけでも付き合ったがそれが良くなかった」

「良くなかった?」

「彼は年上の彼女が出来たという理由でクラスから孤立した」

「えっ……」

「思春期真っ盛りの中学生というものを私は甘く見ていた。 いじめにまで発展し、そしてヒロ君は不登校になった」

「どうして、天野は何も悪くないじゃない!」

「そう、ヒロ君は何も悪くない。 悪いのはくだらない罰ゲームにつき合わせた私」


 手のひらを胸に当てながら黒崎は話す。


「黒崎さんも被害者ね。 本当の悪はあなたたちの周囲よ」

「月ヶ瀬ちゃんは優しいね……その後、私は全ての人に復讐をやり終えたけど、ヒロ君は学校に戻ってこなかった」


 全ての人という言葉を聞いて有栖川はゾクリと怯えていた。月ヶ瀬は動じずに黒崎の目をまっすぐに見つめた。


「でも、私は彼を去年の冬に外で目撃している。 うちの高校は進学校。 不登校になった生徒が入学できるほど簡単ではないはず……彼はもう一度登学校に通い始めた、違うかしら?」

「そうだね。 半年ほどの期間を経て、ヒロ君は自分自身の強さでその状況を乗り越えた。 カードゲームを始めたのは確かそのころからかな」


 もしかしてカードゲームがヒロ君を救ったのかもね、と黒崎綾乃はぼそりと話す。


「私は彼に取り返しのつかない傷を負わせた。 だから私は彼に一生を捧げると決めたんだ」

「……それは天野君に好意を抱いていると言えるのかしら?」

「彼の為なら何でもする……その思いは誰にも負けるつもりはない。 一方的ではあるが、私はこれを恋心と、そう認識しているよ」


 話を終えたかのように黒崎は二人から視線を外した。


「天野君があなた以外の人と付き合っても認めるの?」


 単刀直入な質問に有栖川は顔を赤くして黙り、黒崎は笑いながら再び月ヶ瀬の顔を見る。


「ヒロ君が自ら望んだならね。 でも……誰かが彼に告白したのなら、私は認めないかも」


 黒崎綾乃は有栖川と月ヶ瀬の顔を交互に見て怪しく笑った。


「そこで、私は二人に提案をする。 私たちは誰からもヒロ君に告白をしない。 けれども、彼の方から告白してきたら他の二人は身を引く……ってのはどうだい?」

「そ、そんなの……」


 有栖川が言葉を言い終えるよりも先に黒崎は言葉を続けようとする。


「ヒロ君を好きになっているのは私達三人だけだ。 他の女が彼を好きになったら話は変わるけど、これならヒロ君を傷つけずに幸せになれるだろう?」

「私は構わない」

「つ、月ヶ瀬先輩⁉」

「流石は優等生。 物分かりが良くて嬉しいよ。 有栖ちゃんはもしかして自分に自信がないのかな?」

「……なんですって?」


 有栖川の眉がピクリと反応した。


「ヒロ君を振り向かせる自信がなくて私の提案を受け入れたくない。 自分以外の誰かが彼と恋人になるぐらいなら、抜け駆けで告白したい……卑しい泥棒猫ちゃんだったか」

「黒崎さんその言い方はあまりにも……」


 月ヶ瀬が話に割って入ろうとするとガタンと音を立てて有栖川が立ち上がった。


「安い挑発ですね、先輩。 いいわ、私もその提案に乗ってあげる」


 有栖川は黒崎の方に身を乗り出して不敵に笑った。


「それは良かった。 ではこれにてヒロ君恋愛防衛協定の締結だ」


 黒崎は両手を叩いて締めの合図を示した。有栖川は椅子に座り直し、月ヶ瀬は小さく息を吐く。


「二人も感じているはずだけど……ヒロ君ってさ、鈍感だよね」


 先ほどまでの一触即発のような空気から打って変わり、月ヶ瀬と有栖川は同じように大きく頷いて肯定した。


「気のあるような発言を平気でしてくる……それでこっちが勘違いしそうになる」


 再び二人はうんうんと首を縦に振る。


「だから、気を付けてね。 協定はしっかりと守るように!」


 黒崎綾乃は言い終えると机から立ち上がり、扉を開けて出ていこうとする。


「黒崎さんは今日も忙しいのかしら?」

「うん、バイトを入れていてね。 もうすぐヒロ君も来るみたいだし、鉢合わせする前に離れるとするよ。 このままここに三人がいたら修羅場になりそうだからね」


 本気とも冗談とも取れる発言に椅子に座っている二人は苦笑いを返す。


「天野は先輩ともカードゲームをやりたがっていたわよ」

「そうだね。 今度二人にルールから教えてもらおうかな」


 バイバイと最後に手を振って黒崎綾乃は部室から退出した。




 しばらくしてから部室に天野博士が入ってきた。


「あ、先輩。 そういえばなんで入学式の日に俺を部活に誘ったんですか?」

「……君は本当に、そういう所だよ」

「天野、サイテー」

「なんでだよ⁉」


 部室の中に三人の談笑が響き渡った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る