第26話 四面楚歌

「それでは一回戦をはじめてください!」


 店員さんの声と同時に対戦卓で「よろしくお願いします」の声が飛び交い、試合が始まった。


 一回戦、大和田はハンバーグさんと、有栖川はマー君との対戦、ユー君と月ヶ瀬先輩の相手は一般の大人だった。

 対戦慣れしているユー君は物怖じせず、先輩も冷静に試合を進めていた。なお、俺は人数余りのシード枠の為、このように暇を持て余して会場を見ているわけだ。

 決して一人だけ大会から省かれたわけではないのでその点は補足させてもらう……いや、誰に言ってるんだ。


「ぐあああああ!」


 大和田が大げさに叫んだ。二人の盤面を見るとハンバーグさんの圧勝のようだ。

 大和田の奴、またとんでもないギャンブルデッキを持ち込んだな……結果惨敗しているが、ハンバーグさんと楽しそうに会話を始めた。相手が面白いデッキを使っていたら会話したくなるのはカードゲームあるあるだ。


「わ、私の番!」


 有栖川の声が聞こえてきたのでマー君との対戦卓を覗いてみる。お互いに一歩も譲らない良い勝負をしていた。ただはたから見ても有栖川はガッチガチに緊張しているのが分かった。


「アリス姉ちゃん大丈夫かー?」

「だ、だだ大丈夫よ」


 小学生相手に心配されている……なんとも異様な光景だ。


「対戦、ありがとうございました」


 通路を挟んで反対側の席では月ヶ瀬先輩が対戦を終えていた。相手が悔しそうな表情をしながらも先輩に話しているのを見て勝敗を察した。年齢や性別を超えて平等に競い合える、それがカードゲームの醍醐味だ。

 観戦するだけでも楽しめるが、楽しそうに対戦しているのを見るとやはり俺も早くやりたくなるな……


「やぁ、ヒロ君」

「っ! ……黒崎先輩?」


 背後から唐突に声をかけられて俺は飛び上がってしまう。カードショップと本屋の売場を隔てた仕切り板の上から黒崎先輩は顔を出して俺の名を呼んでいた。


「月ヶ瀬ちゃんにアリスちゃんもいるね……部活動かい? 私を誘ってくれないなんて寂しいじゃないか」

「すみません……」

「冗談だよ。 私はルールをまともに覚えていないからね。 ヒロ君の事だ、私に配慮してあえて誘わなかったのだろう?」


 実際その通りだった。黒崎先輩には俺の全てが見透かされているみたいだ。


「先輩は買い物ですか?」

「いや、今日もアルバイトだよ。 ほらこの格好を見たまえ」


 俺の胸元ぐらいまで高さのある仕切りの上から覗くように黒崎先輩を確認する。本屋の制服を身に纏った先輩はくるりと一回転して全身を見せてくる。この前見たハンバーガー店の格好も似合っていたが、紺色と黒色という大人しい色で統一されている本屋のユニフォームも先輩は見事に着こなしていた。


「ここでも働いていたんですね」

「最近始めてみたんだ……ヒロ君がこのお店で遊んでいるなら、私もこの仕事のシフトを増やそうかな」

「それなら俺と遊んでくださいよ」

「ははっ、その通りだね」


 黒崎先輩は夢の国のネズミを彷彿させる笑い方をすると「仕事に戻るよ」と言って離れていった。


「……天野君はあーいう恰好が好みなのかな?」

「いえ、黒崎先輩だから見とれていただけかもで……」


 隣を見るといつの間にか月ヶ瀬先輩が立っていた。


「ふーん……」


 先輩は笑っているがその笑顔の圧が強い。


「せ、先輩、一回戦勝利おめでとうございます」

「おや、知っていたのか?」

「先輩と相手が対戦を終えて話していたのを見たので……」

「言っておくが、別に私は自ら話しかけていたわけじゃないからな」

「そうなんですか?」


 対戦を終えて会話をするのは自然な流れなので別に説明する必要もないと思うが……


「それよりも天野君。 今日の私はどうかな?」

「? いつも通りの実力を出していると思いますよ」

「違う、そっちじゃない」


 先輩は俺から少し距離を取ると視線を自身の体の方に向けた。そこでようやく俺は彼女がカードゲームの話ではなく、服装について聞いているのだと理解する。


「似合っていますよ。 私服姿の先輩は新鮮です」

「……そうか!」


 はにかみながら月ヶ瀬先輩は笑った。有栖川と違い、先輩の服装は肌の露出が少ない。それでもボディラインがはっきりわかるので高校生の俺は目のやり場には困ってしまう。


「ハーカセ殿」

「うわ、大和田。 お前まで驚かすなよ」

「ここは健全なカードゲームを行う場所ですぞ。 そういうのは控えてほしいでござる」


 俺にしか聞こえない声で大和田は話した。確かに大会場所でファッションチェックは迷惑になっていたかもしれない。周囲を見ると視線がこちらに……なんか男共全員見てない?


「ハーカセ―!」


 俺の腰にマー君が抱き着いてくる。マー君は先輩に見とれてはいないようだった。純粋な子供にはまだ先輩の魅力はまだわからないのかもしれない。


「アリス姉ちゃんに勝ったよー!」

「お、本当か」

「ま、負けたわ……」


 嬉しそうに勝利報告してくれるマー君とは対照的に有栖川は消沈していた。


「まさか子供に負けるなんて……」

「先輩だからなー! アリスお姉ちゃんも惜しかったよー!」

「フォローまでされちゃった……」


 その場にかがんで泣きそうになっている有栖川にマー君が近づいて頭をよしよしとなでていた。これではどちらが子供か本当にわからないな……


「有栖川は緊張しすぎかな。 こればかりは回数を重ねて慣れるしかないけど」

「でも負けちゃったから練習相手が……」

「自分で良ければ対戦しますか?」


 大和田が手を挙げて名乗りをあげる。


「いいの?」

「自分も負けて暇になりましたので……アリス殿がよろしければぜひ」


 ユー君も大人相手に大金星をあげたようで、知合いの中ではちょうど二人だけ空いたようだった。


「それなら俺たちの誰かが負けるまでフリー対戦かな。 大和田、初心者相手に変なデッキを使うなよ?」


「そこまで性根は腐っていませんぞ。 それよりもハカセ殿は次の対戦相手を見るべきですな」

「俺の対戦相手?」


 対戦を見るのに夢中でトーナメント表を見ていなかった。えっと、俺の次の対戦相手は……


「どうも、ハンバーグです」


 マー君とユー君の父親であるハンバーグさんが顔を出す。そうか、大和田が勝ってもどちらにせよ二回戦は顔見知り対戦になっていたのか。


「パパ―頑張ってー!」

「頑張ってー!」

「ハンバーグ殿、ぜひ勝ってくだされ」

「おい、そこは俺に敵を討てって言うべき場面じゃないか?」

「ハンバーグさん、天野君を負かしてください!」

「天野も私と同じように負けなさい」

「誰も俺を応援してくれない!」


 息子さん二人は分かる。大和田もまだ自分に勝った相手を立てるのも理解できる。なんで同じ部員の先輩と有栖川までハンバーグさん側なんだよ。


「はは、楽しいお友達ですね」

「敵しかいない気がしますが……」


 ハンバーグさんは俺たちの会話を聞いて笑いながら席に座る。俺も席に座り、カバンからデッキを取り出してシャッフルを始める。

 席に座ってからこの試合が始まるまでの時間もまた一興なんだよなー、と考えながらも、俺は徐々に試合に向けて意識を集中していく。


「それでは二回戦はじめてください!」

「よろしくお願いします!」


 俺とハンバーグさんの挨拶と同時に試合の幕が上がった。

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